十三話 魔力検査
魔力検査当日――
王城に再び足を踏み入れたエヴェリーテの表情は緊張で固くなっていた。今日はレースがふんだんに使われた黒いワンピースを着て、頭には自分で選んだ赤い大きなリボンを結んでいる。朝から保護者のロリコン精神に火が付いたのは言うまでもない。瞬間移動で一気に飛んだ時は抱っこをしていたエヴェリーテを降ろし、手を繋いで中に入っていくウェルギリウスに夫人と訪れていたシリウスが声を掛けてきた。
「セルディオス公。良かった、ちゃんと来てくれましたね。心配していたんですよ。セルディオス公がすっぽかさないか」
「お前は俺の保護者か何かか」
「私等が恐れ多い。エヴェリーテ嬢も緊張せず、のびのびと検査を受けてください」
「は、はい」
ララに教わった挨拶をし、隣の夫人に目をやった。スカーレットの名に相応しい赤い髪に鳶色の瞳の垂れ目で可憐な女性。エヴェリーテが様になっているカーテシーを披露すると夫人も返した。続いて、ウェルギリウスにも。
「初めまして、セルディオス公。アルビア=スカーレットです。本日はお会いできて光栄で御座います」
「ああ。時にシリウス、お前のとこの餓鬼も検査を受けるのだろう?」
「はい。今は順番待ちの筈です」
「エヴェリーテ。お前も行って来い」
お知らせの手紙に同封されていた申請書をウェルギリウスに持たされ、長い列を作っている最後尾に並んだ。ちらっとウェルギリウスを見るとシリウスの他にも、菫色の髪を結んで尻尾みたいに首に垂れている男性が増えていた。髪の色と雰囲気的にヴァイオレットの親族っぽい。
魔力検査機で魔力容量と魔力濃度を計り、更に魔術属性を判定する。大きなガラス張りの画面に当てられた光から、検査を受けた人物の結果が次々に表示されていく。
初めての検査で出る結果の平均値は、魔力容量で100~300、魔力濃度で10~20。二つとも、それらの数値を上回る人は極一握りなのだとか。王族ともなると稀に平均値を上回る逸材が現れるらしい。
エヴェリーテ自身は不安で仕方なかった。ここは、ウェルギリウスの技術を信じるしかない。
平均値を叩き出していく子供達から、ついにエヴェリーテの順番が来た。遠くから彼女を見守っているウェルギリウスも視線をガラス張りへ向けた。彼の回りにいるスカーレット公爵夫妻やプラチナ公爵も。
エヴェリーテは係りの人に促されるがまま丸椅子に座った。子供の掌サイズの水晶玉に手を乗せるよう言われる。
「ねえ、あの子よ」
「“人外”の魔術師が連れてきた女の子か」
「あの幼女趣味の事だ。外見だけで選んだに違いない」
「……」
大人達は小声で話しているつもりだろうが丸聞こえである。その証拠に、王城すら軽く吹き飛ぶ大魔術を密かに準備し始めたウェルギリウスをシリウスとプラチナ公爵が必死に止めていた。
「では、水晶玉に魔力を流してみてください」
「は、はい」
言われた通り、水晶玉に魔力を流した。少なすぎず、多すぎず。ゆっくりと。エヴェリーテの魔力が流れ込んだ水晶玉が急に眩い光を発した。眩しさに水晶玉から手を離し、手で顔を覆ったエヴェリーテを誰かが抱き上げた。鼻腔を擽った香水の香りで誰か一発で判明した。
「こりゃあ、予想以上だなあ」
エヴェリーテの保護者ウェルギリウスである。
声色に微かに動揺の色があった。え? とエヴェリーテが顔を上げた同時に――……エヴェリーテの魔力検査を行った水晶玉が爆発した。それも、かなり大きく。検査員は爆発を諸に食らって倒れ、周囲の人々も我が子を巻き込みたくないと抱き上げて遠ざける。
黒煙が空高く舞う光景を呆然と見上げるエヴェリーテの耳に、大音量の人々の驚愕の声が入り込んだ。ウェルギリウスを見るとあれを見ろと促される。彼の視線の先は検査の結果が表示されるガラス張りの画面。エヴェリーテは画面を視界に入れ、そして――表示された数字に愕然とした。
「魔力容量10960、魔力濃度440、魔術属性は……測定不能、か」
「え……? え……? あれ、本当に私の?」
「そうだ。お前の結果だ」
「あ、あり得るの? 貴方の作った器だから?」
「多少は多いだろうとは思ってはいた。……が、これはいくらなんでも俺でも予想外だ。魔術属性にしてもそうだ。測定不能が何を意味するか解るか?」
首を横に振ったエヴェリーテにウェルギリウスは告げた。
測定不能は全属性の持ち主だと。
つまり、ウェルギリウスと同じ全属性の魔術師になり得るということ。
“人外”の魔術師に連れられた少女を侮っていた貴族の大人達は、畏怖の目で少女を見つめた。そして、北の大陸最高峰の男がただ見目麗しいだけの子供を連れる筈がないと今更ながら実感した。
「セルディオス公……貴方、エヴェリーテ嬢を何処で見つけたのですか?」
シリウスもまた、エヴェリーテの結果に驚愕した内の一人。恐る恐ると言った風なシリウスにウェルギリウスは「教えるか」と一蹴した。
ウェルギリウスは、検査会場より上にいる人物を睨んだ。本来なら不敬罪で罪に問われる事であろうがこの男に限ってはない。会場を見下ろすのは、先に魔力検査を終えたパーシアスとセストの父ゲオルグ。魔力検査の後、王子二人の婚約者を発表するとか今朝言ってはいたが、エヴェリーテの結果を知って尚、それは変わらない。
小さな身に秘めた恐ろしい力と才能。魔術学院に入学し、更に魔術に関しての知識と技術を高めれば、今日の数値は倍以上に跳ね上がる。エヴェリーテの叩き出した数値は、超一流の魔術師と同等かそれ以上。ウェルギリウスの下で入学までに勉学や魔術や錬金術に励めば、魔術学院に入学する必要すらなくなる。
ウェルギリウスの視線の先を気にしたエヴェリーテもゲオルグを見上げた。困った様に眉を八の字に曲げた少女は未だ戸惑っている最中。安心させようと微笑むも、保護者が地面に下ろしたので意識が逸れた。
「王様がいたけど挨拶は?」
「朝しただろ。もう良いだろう。帰るぞ」
「いいの?」
周囲の人々の注目は未だにエヴェリーテに向けられたまま。構わん、と吐き捨てたウェルギリウスはエヴェリーテを連れて瞬間移動で屋敷へ戻った。
今日は庭には誰もいない。綺麗にされている辺り、今日の掃除は終わったのだろう。エヴェリーテはウェルギリウスの腰に勢いよく抱き付いた。
「怖い……あんな結果になるなんてっ」
“終焉の魔王”の転生者の力か、別の力か。身体は十歳、生きた月日はまだ一ヶ月も経っていないエヴェリーテには荷が重い。震える幼子と目線が合うようしゃがみ、真っ白な額にキスをした。
「怯えるな。あれはお前自身の力を表した数値に過ぎない。お前以上の数値を持っている奴だっているんだがな」
「っ……そんなの、滅多にいないでしょう?」
「その滅多にいないのが目の前にいるんだがな?」
「あ……」
(そうだ……ウェルギリウスは最強の魔術師。この人に勝てる人は誰もいない。私の数値よりも上……どれくらいなんだろう)
半分の興味と半分の恐怖を抱いて訊ねた。あっけらかんと答えられエヴェリーテはあんぐりと口を開け、例え、十歳の子供にしたら規格外の数値でも、目の前の男に掛かれば1にも等しい数字だと思い知らされた。
取り乱す様子もなくなったエヴェリーテを抱き上げると向かったのはウェルギリウスの私室。そのままベッドに倒されたと思えばウェルギリウスも隣に寝転んだ。
「疲れただろう?」
「うん……精神的に……あ、でも、魔力検査が終わったら王子達の婚約者の発表があるんじゃ……」
フライングで教えられたが、エヴェリーテは第一王子のパーシアスと婚約を結ばれた。
「適当にすりゃあいい。お前も、嫌になったらすぐに言え。婚約を解消してやる」
「う、うん」
王子の婚約者になるということは、未来の王妃――国母になる。厳しい王妃教育が待っていそうで恐々とするエヴェリーテだった。
――それが杞憂に終わると知るのは明日。
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