第十二話 婚約は決定事項
「んん……」
眩しい太陽の光を窓から差し込まれ、ううっと顔を顰めたエヴェリーテは瞼を上げた。ぼんやりとした視界に映るのは、昨夜人に散々深いキスをした挙句、昼間のエヴェリーテの反応をもう一度見たくてまた耳を愛撫した憎たらしい男の寝顔。中身は兎に角、顔だけは絶世の美貌と謳って良いのに。つくづく勿体無い。
「ねむ……」
朝はララが起こしに来るので、それまで寝ていようとシーツを頭の天辺まで引っ張った。
「二度寝さいこー……」
今朝のご飯は何かなと期待しつつ寝始めると――朝から元気な「起きろ!! 朝だぞ!!」という声で飛び起きた。
ぱちくりする青い瞳。
陽光に照らされ輝く流麗な銀の髪をした男がエプロン姿でベッドの側で立っていた。声だけで誰かすぐに判明した。が、朝から何故?
「おはよう! エヴェリーテ嬢!」
「お、おはようございます。あの……どうして」
王様がいるのです?
そう聞きたかったのに横から抱き寄せられ、不機嫌全開の低い声を耳にして体が強張った。
「朝っぱらから何しに来やがった……つか、覚悟は出来てんだろうなあ」
「待て待て! 大事な事をお前やエヴェリーテ嬢に伝えようと思って」
「《戦神の炎帝よ……」
ゲオルグの制止の声も無視し、気持ち良く寝ていたのを喧しい声で叩き起こされたウェルギリウスは、街一つ吹き飛ばす威力を誇る第六階梯の儀式魔術の呪文を唱え始める。
も、小さな両手がウェルギリウスの口を塞いだ。
「落ち着いてウェルギリウス。王様直々に来るって事は、よっぽど大事なお話なのよ」
「……」
左掌には密度の濃い炎のエネルギーが集まり出し、青い瞳が射殺せんばかりの眼光で迷惑な訪問者を射抜く。冷や汗を流しつつ、寝起き最悪な男を止めた少女に心から感謝した。
「バージル様、お嬢様。おはようござい……ます?」
ここで漸くララが二人を起こしに現れた。朝からいる意外な人物に葡萄色の真ん丸な瞳が見開かれた。
「王様がいらしていたのですね。失礼しました」
「ララ。今からこの粗大ゴミを始末するから、ゴミ焼却場へ持って行ってくれ」
「え!?」
「一国の王をゴミ扱いするな!」
「嫌ならそれらしく振舞えよ。はあ」
左掌に濃縮されていた炎のエネルギーを消し去る。まだ眠いが、また叩き起こされるのも嫌なのでベッドから降りた。エヴェリーテを抱いて。
ララに案内される形で食堂へ赴くとアイが配膳を行っている最中だった。顔を上げたアイは蜂蜜色の瞳を丸くした。仕える主と令嬢、それからどうしてか王国を治める王がいた。エプロン姿で。
「おはおうございます、バージル様、お嬢様。王様も」
「うむ。いい朝だな」
定位置の席に座ったウェルギリウスとエヴェリーテ。ぷに、ぷにと発しながらぷにぷに三兄弟も食堂へ現れた。三兄弟とウェルギリウスを交互に見て口元を押さえてぷるぷる震えるゲオルグに本日二度目の殺意を抱く。先程不発で終わった魔術の片鱗を見せると行儀よく体勢を直した。
今朝の朝食はフレンチトーストとサラダ、スクランブルエッグ、デザートにミックスフルーツのヨーグルト。サラダのプチトマトの蔕を取ってエヴェリーテにたべさせたウェルギリウスが、朝食を一緒に取るゲオルグに朝から来た用件を訊ねた。下らない用だったらあの炎の魔術で吹っ飛ばす。とも忘れず。
「今日、王城からある手紙が届く」
「手紙?」
「年に一度の魔力検査実施の手紙だ」
「今日だったのですか? お嬢様楽しみですね」
とララに振られ、自分の属性を知りたいエヴェリーテは笑顔で頷いた。
「(くそ……可愛い)態々それを言う為に朝から人の睡眠を妨害したのか? 死ね」
「死なん! 大事な事だからな。後、おれが早起きしてまで来たのは、ウェルギリウス。お前の事だからスルーされるかと思ったからだ」
「するかよ。エヴェリーテが楽しみにしてるんだ。日取りは何時だ」
「明日だ。明日、王城にて行う」
知らせの手紙を届けた日の翌日に実施とは、国側が妙に焦っているのに片眉を顰めた。
フレンチトーストを王族らしく、優雅に丁寧に食するゲオルグ。お代わり用で多目に作って良かったとララは内心安堵していた。
「色々と事情があってな。ウェルギリウス。この後、話がある」
「知るか食べたら帰れ。俺は二度寝するんだよ。エヴェリーテ、お前もするか?」
「うん。ちょっとだけ」
「寝るな。起きろ。大事な話だ」
「でも、王様もこう言ってるから今日は起きてようよ」
「……」
可愛いエヴェリーテが言うのなら従うしかないウェルギリウスは渋々了承した。……ゲオルグには殺意たっぷりの青い瞳をくれてやりつつ。
ゲオルグはぷにぷにが何を食べているのかが気になり、彼等の食事を覗いた。三兄弟が食べているのもエヴェリーテ達が食べている食事と一緒。但し、食器が全て平らな皿。食べやすいようにだとか。
そのぷにぷにとした感触を堪能したい。が、自分はヴォルティス王国の王。今こうして、城の連中に黙って出てきた時点でまた宰相や臣下達からは説教+仕事増量コース確実だが……。そこは、理性を保った。どこぞのロリコンとは違うから。
「何か言ったか?」
「いいえ」
心の中の声が読まれたと身を強張らせるも、そうか、とスクランブルに手を伸ばしたウェルギリウスに安心したように息を吐いた。
明日が楽しみになったエヴェリーテを部屋に戻し、ララには買い物を、アイにはまたモヨリの森へ素材集めを頼み、ぷにぷに三兄弟もアイに同行して素材集めへ行かせ、食堂に残った二人は向かい合って座り直した。
只ならぬ雰囲気を纏ったゲオルグに話を促させた。
「お前も知っての通り、もうじき、“終焉の魔王”の転生者が目覚める五百年後が訪れる。王国は孰れ来る災厄に備え、優秀な魔術師を集め、育成に力を注ぐ」
「それでお前が此処に来るのとどう関係がある」
「おれの瞳に“解析”が付加されているのは知っているだろう。エヴェリーテ嬢の能力を見抜けないと思ったか?」
「盗撮魔」
「人聞きの悪いことを言うな!」
ゲオルグは生まれた時より、銀瞳に解析を付加されていた。持って生まれた特殊能力は”異能力”と一般的に呼ばれている。解析の異能がエヴェリーテの内に秘められた力を見抜いた。次にゲオルグが発する言葉をウェルギリウスには手に取るように分かる。
「昨日の茶会は、先日も説明した通り、パーシアスとセストの婚約者を選ぶ場でもあった。そして、パーシアスの婚約者にエヴェリーテ嬢を。セストの婚約者にはシルヴァ公爵家令嬢ベアトリクス=ル=シルヴァ嬢を選んだ。議会での決定だ。例え、お前が異議を唱えようと簡単には覆られない」
「……」
事後報告の形になったのも、全てウェルギリウスに手出しさせない為。訪問しては城へ飛ばされ、中に入れてもらっても雑な扱いしかされなくても、国を治める王として仕事はする。議会の決定に不服があるという事は、王国に不服があるのと同意。国を相手に大喧嘩しても、却って目の前の男を喜ばせるだけだと長年の付き合いから容易に推測できたゲオルグの銀瞳は一度も青い瞳から逸らされない。
幾何の間、睨み合った。
先に折れたのはウェルギリウスの方だった。
「好きにしろ。但し、お前のとこのクソ餓鬼がエヴェリーテを傷付けたら……その時は分かってるな?」
「……あぁ。重々、承知しているよ」
貴族のほぼ九割が政略結婚で相手を決められる。決まった婚約から愛を育む者もいれば、家の為だけに仮面夫婦を続ける者もいる。ゲオルグの父親としての勘は、パーシアスは間違いなくエヴェリーテに惚れている。……弟のセストも。パーシアスにエヴェリーテを選んだのはその親の勘。人の第六感は侮ってはならない。目の前の男に関して、この第六感のお陰でゲオルグは何度も救われた。
ウェルギリウスの言質も取り、一つの困難をクリアしたゲオルグは体の力を抜いた。婚約発表は検査が終わった翌日に行われる。絶対に城に来いとだけゲオルグは告げると席を立った。エプロンを着たまま。
「……」
あの姿のまま帰ったゲオルグを見送り、二度寝をしようとウェルギリウスは自分の部屋へ行った。大の男が寝転がってもまだまだ余裕のあるベッドに寝転んだ。昼になれば、また起こされる。それまでは寝ていよう。エヴェリーテに婚約の話をしないとならないが、起きてからでもいい。襲いくる睡魔に身を委ね、穏やかな温もりを与える陽光を浴びながらウェルギリウスは眠った。
一方、私室へ戻った後、魔術の勉強をしようと書庫室へ訪れたエヴェリーテは保管される書物量に圧倒された。大きな部屋の壁一面に仕舞われている本の数々。何十年、何百年読書に励めば全て読破出来るというのだろうか。豊富な書物に心躍りながらも、これでは肝心の魔術の本が何処にあるかが分からない。唯一分かりそうなウェルギリウスはゲオルグと話をしている最中(実際はもう終わっている)で聞きに行けない。
「どうしよう……」
途方に暮れたエヴェリーテは結局諦めてしまい、とぼとぼと書庫室を出た。ウェルギリウスに探してもらわないと自分では見つけ出せない。
「早く明日にならないかな」
自分の自属性が気になって仕方がない様子だが、大事な事をエヴェリーテは忘れている。
彼女の肉体はウェルギリウスが用意した、最高の器。生半可な能力を付ける筈がないのだ。
ゲームの属性は威力特化型の無属性。ゲーム通りじゃないのを祈り、スキップしたくなる気持ちを押さえてエヴェリーテは庭へ向かったのだった。
――今晩、食事中にパーシアスの婚約者に決まったと聞かされて驚愕するとも知らずに。
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