※第十一話 人の眠りを妨げる者には“お仕置き”あるのみ
ちょっぴりR15です
エヴェリーテは慌てて部屋を出た。
廊下には、ぷに太郎とぷに次郎が水色の球体に無数の擦り傷を負ったぷに三郎をエヴェリーテの部屋へ連れて来ていた。どうやって連れて来たのかという疑問はさて置き、すぐに治癒魔術をララに頼んだ。直ぐ様治癒魔術を掛け始めたララにぷに三郎を任せ、事情をぷに太郎とぷに次郎に訊ねた。
ぷに太郎とぷに次郎によると、ウェルギリウスとエヴェリーテが王様主催の茶会へ行っている間、主が留守の間は三兄弟が屋敷を守ろうと意気込んでいた。ララは買い物、アイは掃除。基本訪問者のいない屋敷なので、門前で見張ってても誰も来ない。暇な時間を持て余した三兄弟は、順番で門番をする事を決め、先ずはぷに三郎が残り、ぷに太郎とぷに次郎はぷに子の情報を得るべくモヨリの森へと行っていた。
「交代の時間が迫ったので、急いで戻ったら、傷だらけのぷに三郎を見つけたのです」
「くそっ、一体誰がぷに三郎をこんな目に……!」
怒りを露にするぷに次郎を諌めるアイの横、顎に手を当てて思案するエヴェリーテは、庭掃除をしていたアイに異変は無かったかと訊ねた。
アイは首を横に振った。仮にあったとしたら、茶会を途中で抜け出して戻ったウェルギリウスに報告する。可笑しな気配もしなかったと言う。
「うーん……ウェルギリウスに調べてもらうしかないね」
「そうですね。万が一、というのもあります。ララ、ぷに三郎さんの怪我の具合はどう?」
懸命に治癒魔術を掛け続けるララにぷに三郎の様子を確認すると「大丈夫です。擦り傷は多いですが、命に別状がある怪我でもありません」と返事を貰った。
命の危険がないと知り、一同は安堵の息を吐いた。
この場はララとアイに任せ、エヴェリーテは昼寝を決めたウェルギリウスを起こすべく彼の私室へ走った。
ノックもなしに入り、大きなベッドの上で熟睡しているウェルギリウスを揺さぶった。
「起きて! 起きてウェルギリウス!」
腰辺りに手を置いて揺らすも起きる気配がない。頬をペチペチ叩いても反応無し。服の中に手を入れ、脇腹を擽っても効果無し。
「どうしたら起きるの……。……そうだ」
ある閃きをしたエヴェリーテは、テーブルからある物を持ち出し、恐る恐る絶世の美貌を無防備に晒すウェルギリウスに近付ける。
「もう少し……」
エヴェリーテの持っている物のペン先が陶器の様に白い頬に触れようとした刹那――
「寝込みを襲うとはいい度胸だな」
「きゃあ!」
ガシッと羽ペンを持った腕を掴まれ、下に押し倒された。見上げた先にあった青い瞳には、微かに安眠を妨害された苛立ちが含まれていた。少し顔を青くさせながらも「大変なの!」と異変を訴えた。
……が、無理矢理起こされた上、顔に落書きされそうになったウェルギリウスにしたら関係のない話であり。
「知ったこっちゃねえよ」
「話くらいきい……あっ!?」
ぷに三郎の危機を説明しようとした口からは、十歳の少女とは思えない艶めいた声が出た。
――原因はウェルギリウスがエヴェリーテの耳を舐めたせい。
「ああっ……やめ、やだっ、んっ……」
「ん……ふ……」
「ひぃ、あ……ああ……!」
耳の表面を丁寧に舐め上げると、尖らせた舌を耳の穴に入れた。奥を舐める舌の感覚と愛撫する音、耳に掛かる熱い吐息がエヴェリーテに未知の感覚を与える。ぶるぶると身体を震わせるエヴェリーテの手がシーツを掴んだ。小さな手を包み込むように大きな手が覆った。瞳に涙を浮かべ、真っ赤になった顔で睨まれても余計加虐芯を煽るだけ。何なら、今からこれ以上の事をしてしまおうか、とさえ思ってしまう。
沸き上がる欲望を必死に押さえ込み、耳への愛撫を止めたウェルギリウスは愛する少女を見下ろした。
「はあ……はあ……っ」
「……ふ。人の安眠を邪魔するとどうなるか思い知っただろう」
「うっ……」
「まあ、いい。イい声を聞かせてもらった。起きてやるよ」
「うう……」
(穴があったら入りたい……)
自分でも恥ずかしいと思える声を出したと自覚があるエヴェリーテの顔は茹で蛸の如く赤い。
ウェルギリウスに起こされたエヴェリーテは、寝ている所を起こそうとした理由を話した。俯いたまま。
話を聞き終えたウェルギリウスは小さな体を抱き上げると部屋を出た。向かったのは屋敷の門。ぷに三郎が襲われたのは此処らしいのだが、何一つ可笑しな部分は無い。
「《どれどれ》」
「?」
周囲を見回す様にゆっくりと一周した。すると、成る程なと一人納得をする。
「何か分かったの?」
「ああ」と頷くと「はあ」と心底面倒臭そうに溜め息を吐いた。
「魔物狩人の仕業だ」
「もんすたーはんたー?」
魔物狩人とは、その名の通り魔物を狩る仕事人の事。主に、ギルドと呼ばれる組合から出されている依頼を熟す。
その魔物狩人がどうしてぷに三郎を?
ウェルギリウスはエヴェリーテを下ろし、髪を優しく撫でた。
「大方、誰かが俺の屋敷の前にスライムがいるとでも通報したんだろうさ。水色のスライムなら、ギルドに所属してる底辺でも、簡単に倒せるからな」
「スライムじゃなくて、ぷにぷに。街の人は此処がウェルギリウスの屋敷だって知らないの?」
「知ってるよ。どうせ、俺に恩を着せようと考えた阿呆だろうよ。ちょっくらギルドに顔を出してくる」
「なら、私も!」
「駄目だ」
「どうして!」
「基本的に、スライムは魔物。人間の敵。魔物が街中にいるとなれば、当然誰もが怯える。それが魔物の中で最弱の水色のスライムでもだ。退治されるのは当然だ」
「……でも」
ウェルギリウスの言っている事は正しい。間違ってはいない。
けれど、魔物でも、ぷに三郎は大事な同居人。怪我を負わされて黙っていられる程エヴェリーテは我慢強くない。可愛らしい青い瞳を釣り上げて見せるも、留守番してろと頭を撫でられ額にキスを残してウェルギリウスは消えた。ぷに三郎を痛め付けた魔物狩人が所属するギルドへと飛んだのだ。
「……」
一つのキスのせいで怒りが萎んでいった。
「ウェルギリウスに任せるしかないのね……」
エヴェリーテは屋敷の中に戻り、自分の部屋の前へ向かった。
ぷに三郎の治癒は終わったらしく、包帯を巻かれ眠っているぷに三郎をぷに太郎とぷに次郎が揃って背負っていた。
「あ! お嬢様! バージル様は?」とララ。
「ぷに三郎を攻撃したのは、魔物狩人って人らしいの。その人が所属してるギルドへ行ってしまったわ」
「魔物狩人の仕業でしたか……。ですが、何故? バージル様にご用があった方なのでしょうか?」
「うーん。詳しくはウェルギリウスが戻ってから聞くよ」
ララに労い、アイと二人で今日はゆっくり休んでと言い、ぷに三郎を部屋へ運ぶのを手伝った。
――因みに、今日平民界にある一つのギルドに属する魔物狩人が行方不明となった。原因は誰にも分からず。ただ、その魔物狩人と親しい友人曰く、明日大金が手に入ると魔物狩人は豪語していたらしい。
新聞に目撃情報求む、といった記事を読んで。さっきから人の頭にキスを落とす元凶に訊ねた。
「これって、ウェルギリウスよね?」
「さあな」
「殺してないよね……?」
「どうだかな。今頃、新しい性癖に目覚めている頃じゃないか」
「……何、したの?」
怖くて聞きたくないが気になってしまう。
「人の眠りを妨げる奴には、それ相応の罰が必要だ」
「……」
「お前も。今度また同じ事をしてみろ……あれくらいじゃ済まさんぞ」
「!!」
(耳を舐められただけで恥ずかしくて死にそうだったのに、それ以上のされるの!?)
もう二度とウェルギリウスの安眠を妨害するのは止めようと心に誓ったエヴェリーテであった。
読んでいただきありがとうございました!




