第十話 飽き性でロリコンのくせに実力だけは本物
一通りの挨拶も終えて、残りの時間は隅っこの方でのんびりとジュースを飲むエヴェリーテは、今日三杯目のオレンジジュースを手にした。保護者のウェルギリウスは、王様に無理矢理連れられ各貴族達と色々会話をしている。エヴェリーテに隅にいろと指示したのも彼。エヴェリーテにしても有り難い指示だった。今日の主役である二人の王子の姿がないのに、ふと、気付いた。
(視界に映らない場所にでもいるんでしょうね)
これからの為に、一切関わりたくない相手なので気にしないでおこうとまたオレンジジュースを一口喉に通した。王城の人が用意した最高品質のせいかもしれないが何度飲んでも飽きない。
だが。
食事も飲み物も程々に――。マナーレッスンの際、ララに言われた注意を思い出した。
(いけないいけない。ここらで飲むのは止めとこ)
「ねえ」
「!」
不意に声を掛けられて身がビクッと跳ねた。振り向くと菫色の髪を縦ロールにした令嬢がエヴェリーテの前に現れた。空色の瞳と同じ色のドレスを着た令嬢は、挨拶回りの中にいた一人だ。名前は確か――。
「こんな日陰にいないでもっと明るい場所に来ませんか?」
「ヴァイオレット様。お気遣いありがとうございます」
ヴァイオレット=プラム=プラチナ。プラチナ公爵家令嬢。
ヴォルティス王国には五つの公爵家が存在する。
ラピスラズリ家
スカーレット家
プラチナ家
シルヴァ家
ノイシュタイン家
合わせて五大公爵家と呼ばれている。セルディオスの名がないのは、飽くまでもウェルギリウスに自由と引換に有事の際にはある程度力を貸させる為。公爵という名も殆ど飾りに近い。
ヴァイオレットはプラチナ公爵家唯一の女の子、というので甘やかされた印象を受ける。しかし、プラチナ公爵夫人は躾に厳しい人物として社交界では有名らしく、上位貴族特有の傲慢で嫌味な部分がない。
エヴェリーテに声を掛けたのも、慣れない社交場で所在無さげにしているのを気にして。
「でも、お父様にここにいるにように言われまして」
「そうでしたの。出過ぎた真似をしてしまいましたね」
「いえ、ヴァイオレット様のお気遣いとても嬉しかったです。皆さんから遠巻きに見られて、変なところがあるのかなと不安だったので……」
「セルディオス様がこうした場に姿を現す事自体稀ですから。それに加え、エヴェリーテ様はセルディオス様のご息女。皆様が気になってしまうのも道理。よろしければ、わたくしにエヴェリーテ様のお話相手をさせていただけませんか?」
「良いのですか? ありがとうございます!」
初めての友達が出来るチャンスと内心大喜びのエヴェリーテに水を差す声が一つ、頭に手が乗ったと同時飛んだ。
「ウェル……お父様」
癖でウェルギリウスと呼びそうになったのをお父様と訂正した。今の二人は、父と娘。父を名前で呼ぶ娘はいない。王様に連れられていたのに王様の姿がない。王様の事を訊くと「知らん」と一言だけ。
「……どっか飛ばしたりしてないよね?」
「さて、な。……ん? シャルディンとこの娘か」
「はい。お久しぶりです。セルディオス様」
優雅なカーテシーを披露したヴァイオレット。知り合い? とエヴェリーテが疑問にするとプラチナ公爵とは顔見知りなのだとか。顔見知り扱いされたのが不満なのか、違うとヴァイオレットが否定した。
「セルディオス様はお父様の家庭教師をしていたとお母様から聞いております」
「無理矢理頼まれたんだよ。先代プラチナ公爵にな」
意外な関係に目を丸くするも、嫌そうに語る様子から本当に嫌な思い出なのだろうと察した。ウェルギリウス曰く、幼少期の現プラチナ公爵は両親が手を焼くほどの問題児だったらしく、頼みに頼み込んでウェルギリウスに家庭教師という名の躾役になってもらったのだとか。まあ、たった一発食らわせた雷属性の魔術【ライトニング】で大人しくはなったらしいが。
ん? とエヴェリーテが首を傾げた。
「雷? 魔術属性は、基本四元素の地水火風と特殊三元素の光・闇・氷って説明しなかった?」
「あぁ。だが、更に威力に特化した二つの属性が存在する。雷属性と無属性の二つが」
「無属性? ってことは、属性はないの?」
「無属性はその名の通り、属性を持たないが、基本四属性の攻撃呪文よりも威力が格段に上がる。その分、魔力操作が難しくなるのが欠点だ。雷も同じだ」
ゲオルグが屋敷へ二度目の訪問をした際、ウェルギリウスが部屋を半壊させたのも雷の魔術という。
この世界の人間が扱える魔術属性は生まれながらに決まっており、基本一つの属性しか扱えない。ただ、“人外”の魔術師たるウェルギリウスは基本四属性は勿論、特殊三属性と威力特化型の二属性も扱える。
「私は何の属性を扱えるの?」
エヴェリーテの疑問をヴァイオレットが答えた。
「それでしたら、もうじき王国から魔力検査を実施する旨が記された手紙が届く筈ですわ」
「魔力持ちの子供は、十歳になると貴族平民問わず検査を受ける。お前にも届くだろうよ」
「そうなんだ」
どんな属性なのか。
楽しみな反面、疑問に感じる部分もある。
(私の身体はウェルギリウスの作った人工生命体。私に属性ってあるの?)
心の中で問うたのに、心を読む術でもあるのか、あるよと頭を撫でられる。
むすっとエヴェリーテに見上げられても可愛らしさが倍増するだけ。帰りたい気持ちが一気に強くなったからエヴェリーテを抱き上げた。吃驚してウェルギリウスの首に腕を回したエヴェリーテが抗議の声を上げた。
「まだ終わってないわよ!」
「飽きた帰るぞ。ゲオルグにも合わせてやったんだ、十分だ。じゃあな、シャルディンとこの娘」
「は、はい。またお会いできる日を願っております……」
唖然とするヴァイオレットに小さく手を振ったエヴェリーテ。転送方陣を展開したウェルギリウスとエヴェリーテの体が淡い光に包まれる。戻ったら魔術の勉強をしてもらおうと決めたエヴェリーテの耳に「待てえええええい!」とゲオルグの制止の叫びを拾うも、うるさいと一蹴したウェルギリウスはそのまま瞬間移動を決行――二人は、あっという間に屋敷に戻った。
最後までいられる筈がないと予想していたものの、ある程度の長さはいたので良いだろうと判断したエヴェリーテは、箒を持ってきょとんとしているアイと目が合った。
「バージル様にお嬢様? もう終わったのですか?」
「ううん。ウェルギリウスが飽きちゃったから、途中で抜け出したの」
「良いのですか? 王様のご招待なのでは?」
「いい……のかな……」
「ほっとけ。はあ、疲れた。俺は寝る」
大きな欠伸をした後、昼寝の誘いを愛する少女にするもまだ眠くないと断られた。
私室へ行くウェルギリウスを見送るとエヴェリーテはアイにお願いをした。
「掃除が終わったら、私に魔術の勉強をしてくれない? 他の用事がなければだけど」
「勿論、お受けしますよ! あ、なら、ララも呼びましょう。ララは説明が上手なので」
「ありがとう」
――場所は変わってエヴェリーテの部屋。掃除が終わったアイと買い物へ出掛けていたララが揃い、早速魔術についての勉強が始まった。
「魔術属性はウェルギリウスに教えてもらったから、実際に魔術に使った勉強がしてみたい」
「それでしたら、魔力検査を終えてからで宜しいのでは? 下手に自属性以外の属性を扱おうとすると魔術を暴走させる危険があります」
「そ、そうなの?」
ララの説明にアイは「そうですよ」と肯定した。知らなかったとは言え、無謀な発言をしたと軽く反省。そこで、魔術を使用する前に魔術の階梯についての勉強にしましょうとララが提案した。
「すえるて?」
「はい。魔術師に階級があるように、魔術にも威力によってランクがあるのです」
魔術学院の生徒が最初に習う魔術の階級は第一階梯~第三階梯。学生用の魔術なので殺傷能力はない。但し、第四階梯以降は威力が格段に増す。第四階梯以降の攻撃呪文は一般的に“戦争魔術”と呼ばれ、学生の習得は禁じられている。
「第四階梯は一流、第五階梯を起動出来れば超一流と認められます。第六、第七は複数人で行う儀式魔術で個人で扱う魔術とは比べ物にならない威力を持ちます」
「これを一人で起動させられる者は、第七超度の魔術師。若しくは、バージル様だけです」
「……」
魔術師に階級が存在するのは勿論、魔術にもそれがあるのは薄々分かってはいたものの、改めて聞かされるとロリコンの癖に“人外”の強さを持つウェルギリウスがどれだけ規格外なのかを実感させられる。怖いもの見たさで最強の威力を誇る第七階梯の魔術を見てみたい。エヴェリーテの我儘ならどんなものでも叶えてくれそうではあるが。
「次に白魔術について説明しますね」
「うん。……ん?」
不意に妙な胸騒ぎを感じたエヴェリーテが出入り口へ向いた。アイとララも釣られて振り向くも、何も起きない。
(気のせいかな?)
じぃーっと扉を凝視しても何も起こらない。怪訝そうに自分を呼んだ二人に何でもないとエヴェリーテは首を振り、続きをしようと気持ちを切り替えた。
――と、同時に胸騒ぎの原因が解明した。
意識を勉強にエヴェリーテが持って行った矢先、扉の外からぷに太郎とぷに次郎の切羽詰まった声が響いたから。
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