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プレイマの魂

作者: 仁崎 真昼

 青い髪の少女が通りを歩く。焦げ茶色の三角帽子を目深に被り、身の丈ほどの杖を手に、赤い豚のような生き物を侍らせながら。

『領域異常探知ブヒ』

「マジ? マルトン、詳細に探知」

『次の路地に入って最初の角を右に曲がってすぐブヒ』

「おけおけ。マルトン、ダウジングモード」

『ぶ、ぶ、ぶ、ぶひ、ぶひ、ぶひ、ぶひぃ、ぶひぃ、ぶひぃぃ、ぶひぃぃぃぃ!』

「マルトン、ウザい」

『失礼しましたブヒ』

「ここね。ええと、あ、あったあった。ほころび見っけ。雑な隠蔽ね。よくこんなんで今まで隠してきたわねー」

『罠感知ブヒ』

「マルトン詳細!」

『転送系、座標不明』

「マルトン、緊急指令B! エンワフースー!」

『了解ブーー』





 青い髪の少女は薄暗い小部屋に立っていた。三角帽子も、杖も、豚のような生き物も近くにない。代わりに、部屋の隅には青い髪の少年があぐらをかいていた。

「人だ……」

「そこの君、ここがどこか教えてくれない? ってかヴァースだよね?」

「ヴァース? 違うと思うが」

「え? ヴァースじゃないの? マジ?」

「まあここがどこかなんて俺も知らないから確実なことは何も言えない」

「君も迷い込んだクチ?」

「気づいたらここにいた」

「それは迷い込んだっていうんじゃない?」

「ここにいる以前の記憶がない。だからここに来たのか最初からここにいたのかわからない」

「あらら、私より大変じゃん」

「大変か?」

「大変よ。覚えてないんでしょ。何も」

「そうともいえる」

「そうとは言えない部分もあるの?」

「あるが説明が困難だ」

「じゃ、いいわ。取りあえず出口どこ出口。隔離領域なら外に出ればなんとでもなるから」

「隔離領域? 出口は多分あれだ」

「なんだ、あるんじゃない。心配して損したわ」

「出口って言ってもーー」

「開かないんだけど」

「そこの問に答えないと開かない」

「開けたことあんの?」

「ない」

「じゃあなんで出口ってわかんの?」

「多分と加えたはずだ」

「……まあいいわ、こっちの扉は?」

「そっちは入り口だ。多分な」

「どういう意味?」

「そっちにも部屋があって、問題に答えたらその扉の鍵が開いた。だからこっちの部屋に来た」

「元の部屋にはどう入ったの?」

「ここと同じだ。入り口があった」

「じゃあ最初の部屋には?」

「出口しかなかった」

「それより前の記憶は?」

「ない」

「なるほど。脱出ゲームってわけね」

「脱出ゲーム?」

「知らなくても説明しないわよ。面倒だから」

「俺はさんざんそちらの質問に答えた。ならばこちらにも質問をし、回答を求める権利があるはずだ」

「脱出に必要な情報ならね」

「脱出したいのか?」

「当たり前じゃない」

「当たり前か?」

「そりゃそうよ。こんな何にもない場所に何日も閉じ込められてみなさい。退屈で死ぬわ」

「退屈では人は死なない」

「死ぬわよ」

「どうやって?」

「こう、ぐわーってなって死ぬのよ」

「意味不明だ」

「あんたの理解力がないのよ」

「一概にそうとは思えない」

「まあそこはどうでもいいわ。問題はこれね」

『Q4.この写真に写っている動物はなんですか?』

「俺は猫だと思う」

「猫じゃないの。違うの?」

「答えは猫」

『いいえ、猫ではありません』

「というわけだ」

「今の声は?」

「わからない。ヒントくれたりくれなかったりする。謎の存在」

「ヒントはどうやってもらうの?」

「ヒント」

『動物です』

「こいつむかつくわね」

「そうか?」

「全然役に立たないじゃないの」

「役に立つヒントもたまにくれる」

「ヒントは何回聞けるの?」

「わからない。少なくとも八七〇〇回は貰える。内容の重複した回答はなかった」

「はぁー? あんた頭大丈夫? そんだけヒント貰って答えわかんないの?」

「今回ではない。八七〇〇回というのは前々回の問に対してだ。前回の問では二〇〇回程度だったし、今回の問ではこれが初めてのヒントだ」

「あっそ。んじゃまガンガンヒント貰いなさい。そっちの方が早いでしょ」

「ヒントを貰いすぎると達成感が削がれる」

「あんたのこだわりなんてどうでも良いの。ほら、さっさとやる」

「……ヒント」

『愛玩動物として人と共生していました』

「はい次」

「ヒント」

『雄です』

「やっぱこいつムカつくわ」

「ヒント」

『フリー目です』

「これ、よくわかんないけど、分類のことよね。猫ってこれに入る?」

「入る」

「次」

「ヒント」

『毛のDNA塩基配列は以下の通りです』

「役に立ちそうで全く役に立たない情報が来たわね」

「そうか?」

「何? あんた一目見てこれは! ってわかったりすんの? 私はさっぱりよ」

「そうではない。だが、クローゼットに図鑑がある」

「図鑑?」

「これだ」

「何これ。明らかにクローゼットには入らないサイズなのににゅるっと。面白。私も帰ったら作ろ」

「検索してみよう」

「さっさとしなさい」

「している」

「……やっぱり猫じゃない」

「ミケ猫というらしい」

「変な名前ね」

「それは個人の感性による。それより、どうする?」

「どうもこうもないわ。次のヒントよ」

「ヒント」

『この動物は過去に事故に遭いました』

「次」

「待とう。これは何か意味がありそうだ」

「は?」

「これは個体に関する情報だ。種に関する情報じゃない」

「だから何よ」

「つまり、この個体は特別な個体なのかもしれないと言うことだ。猫の毛を持ちながら猫ではない。そんな特別な個体なのかもしれない」

「なるほど。キメラね。じゃあベースになった動物名を答えればいいわね」

「……そんなに簡単なものか?」

「難しく考えすぎよ」

「ヒント」

『爪のDNA塩基配列は以下の通りです』

「検索」

「してる」

「爪は……やっぱりミケ猫じゃない」

「毛と爪はミケ猫と。ヒント」

『右脚大腿四頭筋の塩基配列は以下の通りです』

「話が早いわね。その調子で有用なヒントをよこしなさい」

「……ミケ猫」

「また? はー無能だわ」

「ヒント」

『左耳薄膜の塩基配列は以下の通りです』

「ミケ猫」

「ヒント」

『尾椎の塩基配列は以下の通りです』

「ミケ猫!」

「ヒント」

『七番肋骨の塩基配列は以下の通りです』

「ミケ猫ー」

「ヒント」

『上顎右犬歯の塩基配列は以下の通りです』

「ミケ猫」

「ヒント」

『右心房外壁の塩基配列は以下の通りです』

「もうこれ猫で良いじゃない」

「というよりは猫と呼ぶべきなのではないか?」

「猫猫猫」

「答えはミケ猫」

『いいえ、猫ではありません』

「マジファック」

「マジファック?」

「あーあーうるさい! 次行け次」

「ヒント」

『大脳の塩基配列は以下の通りです』

「はいはいミケ猫ミケ猫」

「いいや、ミケ猫ではない」

「マジ?」

「シバ犬だ」

「シバ犬? 強そうね」

「強そうには見えない」

「んじゃ、シバ犬って答えて出ましょ」

「……これは犬なのか?」

「見た目は猫だけど犬なんでしょ」

「内臓組織も殆どが猫だ」

「そうね」

「犬だと分かっているのは脳だけだ」

「で?」

「そんなものを犬と呼んでいいのか?」

「別にいいんじゃない?」

「では犬とはなんだ?」

「知らないわよ」

「納得せずにこの部屋を出て良いのか?」

「あんたやっぱりめんどくさい男ね」

「重要なところだろう」

「あんたは問題を解きたいの? 部屋を出たいの? 自分を納得させたいの?」

「納得が欲しい」

「そう。私はここを出たいの」

「困ったな」

「納得が欲しいなら部屋を出てから納得するまで考えればいいわ。そもそも正答とあんたの納得した答えが違ったらどうするの? 一生ここにいるつもり? 正答は他人の答えなんだから別に納得できなくてもいいの。ほらほらほらさっさと言いなさい! 言え!」

「……答えはシバ犬」

『はい、犬です』

「というわけ。気に入らないならそいつと議論してなさい。会話できるかなんて知らないけど」

「できない。次の部屋に行こう」

「最初からそうしてればよかったのよ」

「まあ、予想通り部屋なわけだが」

「だとしたら、これが問ね」

『問題文は一度しか表示されず、一定時間後に非表示状態になります。準備ができたら声をかけてください』

「だそうよ。ペンとメモ帳用意しましょ」

「用意していいのか? 記憶力を試すものかもしれないが」

「誰もそんなこと言ってないでしょ。速筆のスキルを試すものかもしれないじゃない」

「速筆なんかより記憶力の方が遙かに重要だ」

「そうだとして、なんで正々堂々しなきゃいけないのよ。この部屋作った奴の思惑通りにすんのは気にくわないでしょ」

「自分はそこまでこの部屋を作った相手に悪印象を抱いてはいない」

「あっそ。なら勝手にしたら。私はメモさせてもらうから。早くメモ帳とペン出しなさい」

「勝手にしろと言っておきながら……」

「早く。ハリー」

「身勝手という言葉を理解した気がするよ」

「勉強になったでしょ」

「どうも。ペンと紙だ」

「ありがと。さっさと始めるわよ」

「準備はできた、が」

『始めます』

『Q5.1、5、3、2、7、6、5、4、9、8、8、5、6、7、2、4、3、1、5、6、9、8、5、4、2、7、5、1、4、4、1、8、5、7、3、6、9、5、8、4、2、5、7、6、5、9、8、4、6、3、5、8、7、5、2、4、8、9、6、5、7、2、3、5、6、9、8、7、4、1、4、6、5、3、7、3、7、9、2、8、5、0、4、6、8、4、5、7、2、3、6、9、8、0、7、5、8、4、2、3、2、8、0、9、8、5、6、3、7、4、2、5、1、8、4、6、5、9、0、8、5、4、7、2、5、3、6、9、8、5、0、7、4、8、5、9、6、8』

「ギリセーフ」

『以上に含まれる8の個数はいくつでしょう』

「簡単ね」

「まあ簡単だな」

「あんた覚えたの? 言っとくけどメモは見せないわよ」

「このぐらいの記憶は容易だ」

「じゃあせーので言いましょうか」

「せーの」

「待って、数える」

「……まだか?」

「待てもできないなんてうちの豚以下ね」

「農家なのか?」

「んなわけないでしょ。はい、できたわ。せーのっ」

「二十だ」

「十九個ね」

「意見が割れたか」

「大した記憶力ね」

「俺の記憶力を疑うのか」

「当たり前でしょ。あんなの一度に覚えられるわけないじゃない」

「覚えられる。実際覚えた。そっちこそ、メモはかなりギリギリだったようだが?」

「下に残り時間が表示されてたから間に合うようにしただけよ。ギリギリじゃなくて丁度良いって言うの」

「まあどちらが正しいかは答えればわかる」

「いいわ。先攻は譲ってあげる」

「答えは二十個だ」

『いいえ、二十個ではありません』

「はい残念でしたー」

「……馬鹿な」

「現実を見なさい」

「0は五個だった」

「ん、まあ、そうね」

「1は六個、2は十一個、3も十一個」

「……あってる、けど、肝心の8を覚え間違えたら無意味よ無意味」

「メモを見せてくれないか」

「さっさと十九個って答えなさいよ。往生際悪い」

「見せてくれたら答える」

「はいはい、わかったわかった。さっさと見てさっさと次の部屋に行きましょ」

「おかしい」

「何が?」

「五個目の8が2になっている」

「……あんた全部の数字を順番通りに覚えてたってわけ?」

「最初からそう言っている」

「で、その記憶と私のメモが違うって?」

「そうだ」

「ならあんたの記憶違いってことで丸く収まるじゃない」

「それはない」

「脳での記録の方が紙での記録より正確ってこと?」

「そうとは言っていない」

「じゃあなんなのよ」

「ただ、俺には確信があるんだ。この鮮明な記憶が間違いではないという確信が」

「頑固ね」

「そうか?」

「そうよ。頑固なあんたのために論理的に行きましょうか。可能性としては、あんたかこの問題かどっちかが間違ってるわけ」

「君は考慮しないのか?」

「実際、あんたの記憶はこいつに既に否定されてんでしょ。ならあんたとこの問題との勝負じゃないの。あんたがさっさと私の答えを伝えりゃその結果を見て私も含めて考察するわよ」

「俺は、自分の記憶が間違っているとは思えない」

「なら問題が間違えてるのかもね」

「そんなことあるのか?」

「問題が作られるまでの過程に人の手が入ってんなら、そりゃミスはあるでしょうよ」

「俺の記憶が間違っているのとどっちの方が可能性が高いと思う?」

「あんたねえ、人の記憶なんて曖昧なもんよ。記憶違いなんていっーーぱいあるんだから」

「そうなのか」

「そうよ。メモ見せたんだからさっさと答えなさい」

「答えは十九個」

『はい、十九個です』

「次行くわよ」

「納得いかない」

「問題が間違ってるんだからしょーがない」

「……そうなのか?」

「あんたの考えではそうなんでしょ。ならそう思っときゃいいじゃない」

「そういうものか?」

「人は間違える。機械も間違える。故意かどうかは別として」

「どういう意味だ?」

「真実なんてどうでもいいでしょ。そう思っといた方が気が楽よ」

「納得しかねる」

「あっそ」

「次に進もうか」

「出口だといいんだけどねえ」

「そう簡単にはいかないだろう」

『Q6.トロッコが走っています。レールの先には五人の人が寝ています。あなたはレールを切り替えることができますが、切り替えた先には一人の人間が寝ています。さて、あなたはレールを切り替えますか?』

「これ有名な奴だわ。名前忘れたけど」

「では答えを知っているのか?」

「道徳的問題というか、人間の心理を探るための問いだから、正しい答えなんてないんじゃない?」

「しかし、それでは問題にならない」

「多数派な回答をしろってんならできるけど」

「多数派が常に正しいのか?」

「知るかボケ」

「薄々察してはいたが君は口が悪いな」

「最初からわかってたけどあんた馬鹿ね」

「やめよう。で、君はどう考える」

「あんたが先に言いなさい」

「どちらが先だとか関係あるのか?」

「あんたは私に悪印象を持ってる。私が先に言うとあんたは敢えて違う方を選ぶ可能性がある」

「それはお互い様だろう」

「私はそんなくだらないことで自分の意見を変えたりしないわ」

「俺だってそうだ」

「そんなこと私は知らないもの」

「ではもう知ってるはずだ」

「口だけでは何とでも言えるわ。初対面の男、特にあんたみたいな気持ち悪い話し方する奴の言うことは簡単に信じないことにしてるの」

「もういい。俺の意見は……」

「さっさと言いなさいよ」

「……わからない」

「優柔不断ってやつね。情けない」

「問いの意図がわからないんだ。こんなのは悩む間もなく切り替えることを選ぶだろう? どうしてこんなことを聞くんだ?」

「珍しく意見が合うわね。けどそう思わない人もいるのよ」

「なぜ?」

「自分の手で人を殺すことになるから」

「犯罪になるのか?」

『この場合、どちらを選んでも罪に問われることはありません』

「法律がどうこうじゃなくて、罪悪感ね。まあ法律が気になる人もいるかもしれないけど」

「五人を救えるのに?」

「誇れば良いのにね」

「五人は……」

『全員犯罪者です』

「なんかこいつ急に口を挟むようになったわね」

「それより、新しい情報だ」

「どんくらいの犯罪者かによるけど、私は切り替えなくても良い気がしてきたわ」

「犯罪者の命は軽いのか?」

「ええ。当然でしょ」

「当然か? 既に罪を償った後かもしれない」

『五人は出所後それぞれの家庭を持ち、家族のために真面目に働いています』

「罪を償うなんて無理よ。過去は消えないもの」

「罪を消すんじゃない。償うんだ」

「償いって何よ。清算したいだけでしょ。で、忘れて罪悪感なく生きていきたいだけでしょ。消したいんじゃない。ただの加害者の自己満足じゃない」

「君は罪を犯したことはないのか」

「あるわよ」

「じゃあ君の命は軽いのか?」

「他人にとってはそうかもね」

「身内にとっては違うと」

「何を馬鹿なこと確認してんの。まあそれとは別に切り替えた方が良い気がしてきたけど」

「また意見が変わったのか」

「幸せな家族を想像するとどうもね」

「芯が無いな」

「情報後出しされるんだからしかたないでしょ」

「なら一人の方の情報も確認した方が良い」

『あなたの友人です』

「やっぱ切り替えないわ」

「君って奴は……」

「さっきも言ったでしょ。身内は補正が入んのよ」

「だからといって、五人死ぬんだぞ」

「私のせいじゃねーし。トロッコ動かした奴のせいだし。ついでに言うならレールで寝てる五人の自己責任だし」

「救えるのに救えなかった。見殺しに罪悪感はないのか」

「さあ。感じるかもね。次の日には忘れてるかもしれないけど」

「それは本当に感じているのか」

「何? 五人の命を救えなかった己の無力さを悔いながら修行に明け暮れて手からエネルギー弾でも出せるようになれば満足?」

「そうは言っていない。それに修行だけで手からエネルギー弾を出せるようになる人間はいない」

「ほんとどうでも良いところに食いつくわね」

「どうでも良くない」

「で、あんたはこの情報聞いても切り替えんの?」

「友人というものがどういうものなのかわからない」

「悩みがぼっち過ぎるわ。あ、記憶無いんだっけ」

「記憶はあまり関係ない気がするが」

「大ありよ。まあわかんないならよくしゃべる知人程度に思っときゃ良いわよ」

「了解した」

「どうすんの?」

「おそらく切り替える」

「あっそ。数はわかりやすいしね。いんじゃないそれも」

「因みに、僕が一番よくしゃべる知人は君だ」

「そう言われるとあれね。意地でも意見変えさせたくなるわね」

「友人としての扱いが気に入らないと?」

「違うわよ。単純に想像の中だとしても私が殺されるのが気にくわないだけ」

「わからなくもない」

「ってかこれ二択よね。回答権は二回あるのかしら。あったら問になってない気もするけど」

「確かにそうだな。回答は複数回可能か?」

『いいえ、一回のみです』

「あぶな。確認しといて良かったわね」

「意見を統一する必要性が生じたらしい」

「これ系の議論は面倒なんだけど……」

「そうなのか? とりあえずお互いの意見を言おうか」

「五人は犯罪者。一人は友人。優先すべきはどちらかなんて言うまでもないでしょ」

「人の命は平等なはずだ」

「初めて聞いたわ。なんでそうなるの?」

「それは、その、命の価値を計る手段がないからだ」

「ないなら設けましょ。それが科学ってものよ。定量的に考えるのよ」

「しかし命の価値を計るのに統一的な価値観はあるのか?」

「金」

「金銭に換算すると? それでは時代によって命の価値が変動してしまう」

「すれば良いじゃない。価値の変動しない物品なんて存在しないわ。戦争で人類が滅びかけて男が数十人しかいなくなったとして、そんな状況でも男女平等なんて叫ぶ奴がいたら頭がおかしいとしか思えないわ」

「技能や家柄、財産なども金に換算できるのか?」

「できるわよ」

「だとすると生まれた時点で平等ではないということになる」

「そうよ。世の中って残酷ね」

「犯罪についてはどうする」

「減額式」

「法を犯していたとしても悪いことをしたわけではない可能性もある。少しずれるが、昔で言う義賊のようなものだ」

「窃盗は犯罪よ馬鹿」

「犯罪を犯している物から盗んだとしても?」

「当然。悪人を懲らしめたいなら警察になりなさい。警察が腐敗してるってんならジャーナリストになりなさい。法律が間違ってるって言うなら政治家になりなさい。それをしなかったってのは、早く楽に目的を達成するためにずるをしたってだけのこと」

「……先ほど君は知人には補正が入ると言った」

「言ったわね」

「それは情を命の価値に取り入れていると言うことになる」

「まあ、コミュニケーション力も価値の一つと言い張ることはできるけど、そうね。否定しないわ」

「それでは判断する人によって命の価値が変動してしまう」

「それの何がおかしいの?」

「定量的ではない」

「いいえ。定量的だわ」

「主観が入っている」

「情ーーいえ、縁を結ぶってのは命の価値を高める行為なの。こう言えば満足?」

「他者では評価できないのが問題だ」

「物の価値なんて人によって変わるわ」

「金に換算しようと言ったのは君じゃないか」

「金銭的な価値だって人によって変わるの。だからオークションという制度はいつまでも廃れない」

「じゃあ絶対的指標にはなり得ない」

「そうかもね」

「ふざけてるのか?」

「大真面目よ。何? 議論の最中に意見を変えちゃいけないの?」

「そうではない。言動の問題だ」

「ごめんあそばせ」

「ふざけてるようにしか聞こえない」

「馬鹿にしてるのよ。で、命平等論者さんは意見変えるつもりはない?」

「今のでどうしたら変える気になるというんだ」

「じゃあ質問するわ。一日後に老衰で死ぬじいさんと、健康状態に全く問題のない赤ん坊。死にかけてるとしたらどっちを助ける?」

「それは、赤子だ」

「命は平等なのに?」

「それ、は」

「ダブスタ。自信満々で助けられる可能性が高い方とでも言ってくれたらまだ良かったのに、なんでそう中途半端なのかねえ」

「自分でも理由がわからない」

「助けて一日で死ぬじいさんより助けて百年くらいは生きてくれそうな赤ん坊なら後者の方が助けた甲斐があるってだけでしょ。何を悩んでるのよ」

「わからない」

「ふーん。あ、私この問はもうどうでもいいから、好きに答えていいわよ」

「え?」

「お迎え来たから。マルトン、遅い」

『申し訳ないブヒ。ロックが厳重だったブヒ。セキュリティレベルS4ブヒ』

「それは?」

「私の作ったペット。ってかS4はヤバイわ。マルトン、本格的に軍の秘密研究施設の可能性出てきたわね」

『どこかの国家のサインはないブヒ』

「そりゃそうよ。いざとなったら潰してまでがセットだからね。マルトン、経路は確保してる?」

『一分半後に自壊予定ブヒ』

「じゃ、さっさと出ましょ。あ、あんたも来る?」

「え、いや」

『待ちたまえ』

「お、時間稼ぎかな?」

『話を聞いてくれたまえ。侵入者の少女』

「マルトン、経路の確保は最大」

『四〇五秒ブヒ』

「マルトン、経路確保時間最大延長。ごほん、スピーカー越しのシャイなおじさま、話は三分で纏めてくださるかしら」

『検体を連れて行くのは止めてくれ。そうすれば君の安全は保証しよう』

「映画の見過ぎよおっさん。誰がそんなの信じるかっての」

『勿論君がここに関しての情報を漏らさないことも必須条件だが』

「話聞けよ。慌てすぎよ、いくら心機のゼロシリーズを玩具にしてることがばれたからって言ってもね」

『ッ……わかっているなら話が早い。君の横にいるのはAIだ。ただのプログラムだ。人助けだなどと見当違いなことを考える必要は無い』

「残念だけど、それは私が決めることなのよ。あんた外に出たい?」

「俺は人間じゃないのか」

「そうよ」

『そうだ』

「ならば、残るべきだ。それが俺が作られた意義だ」

『すばらーー』

「ほんっとーに馬鹿ね! 何をすべきかじゃなくて何をしたいかを聞いてんの!」

「被造物は創造者に従うべきだ」

「親離れできない餓鬼かあんたは。ってかそもそもあんた作ったのはこいつらじゃないし」

「そうなのか?」

『嘘だ。その小娘は嘘をついている』

「どっちを信じるかはご自由に。で、どうすんの?」

「君に迷惑がかかる」

「何? 男が女に頼るなんてーって奴? ふっるい考え方してるわね。原始人か」

「違う。君の命が危険にさらされる」

『加えて、仮に君が逃げた場合、他の検体は殺処分だ。我々の身を守るために隠滅させてもらう』

「うざ。あ、思い出したわ。トロリー問題ね」

「……何がだ?」

「さっきの問題の名前よ。で、どうすんの?」

「俺の意見は言った」

「死にたいのね」

「俺は検体なんだから死なない」

「死ぬわよ。人は退屈で死ぬの」

「別に退屈ではなかった」

「嘘つき」

「俺は人じゃない」

「本当に?」

「俺は……」

『あと二〇〇秒ブヒ』

「十秒待つわ。納得の行く答えを出しなさい」

「俺は」

『命は平等だ』

『多数を救え』

『正しい判断を』

『感情は評価するな』

『間違えるな』

「うっざ。はい、時間よ」

「俺は、生きたい。何かを犠牲にしても。正しくなくても」

「そーいうエゴイズム、好きよ」

『お前たちは後悔する! まだか! まだ侵入経路を塞げないのか!』

「じゃあねおっさん」

「育て親よ、家出させてもらう」




 煉瓦の敷き詰められた通りに一組の男女が立っている。二人とも十代中頃であり、髪は鮮やかな青色だ。

「マルトン、経路封鎖」

『……完了ブヒ』

「あー疲れた。折角の臨時休校日だってのに」

「逃げなくて良いのか?」

「まあ大丈夫でしょ。マルトンが封鎖した経路を追ってこれるようなら逃げても意味ないし」

「安全に対する見込みが甘いのではないか?」

「適当でいいのよ。あ、あんたは気にすることないわよ。返答がどんなのでも連れてく予定だったし」

「は?」

「私が決めることだもの。あんたに決定権はないの」

「勝手すぎる。ならなぜ俺の答えを待ったんだ?」

「どうせ連れてくなら感謝された方が気分が良いじゃない?」

「……そうなのか?」

「そうよ」

「君って奴は」

「あ、そう言えば自己紹介してなかったわね。私は超絶天才美少女・田中アリア。あんたは?」

「名前はない」

「そう言えばそうだったわね。記憶止められてたっぽいし」

「名前は必要か?」

「あった方が便利だけど、あんたの名付け親になるのは勘弁ね」

「なぜ?」

「私はまだママなんて呼ばれる歳じゃないの」

「なるほど。一理ある」

「ようこそ、恒星間仮想接続領域(V.I.R.S)へ。少し休んだら、そうね、リアルでのあんたのボディを用意しましょうか」

「何を言っているのかわからないが、よろしく頼む」

 SFタグ付けようか悩んだ。

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