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腕をぉぉっ!前にあげてぇぇぇぇっ!!大きくぅぅっ!背伸びのぉぉっ!運動ぉぉぉぅっ!
午前六時三十分。 朝の公園。
そこには100%の熱量でラジオ体操を踊る小学生達と、120%の熱量でその体操を表現し続ける18歳女子高生と、カラカラの棒みたいな死にかけの16歳男子高生がいた。
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出兵までにしたい100の事!
No.79「ラジオ体操のスタンプのヤツを全部埋める!(近所の小学生とか集めて!)」
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との事で僕達は、この公園で朝からラジオ体操をしている。小学生一行は大王さんがボランティア先で仲良くなったガキだ。茶髪とか鬼の刺繍が入ったスウェットとかのが居る。大王さんは『だい』、僕は『ガリ糞バカ』と呼ばれた。「おいガリ糞バカ!スタンプおせよ!」「おせーよ、ガリ糞バカ!」
そんな餓鬼も先輩が高らかに解散を叫ぶと一斉に帰って行く。
「バイバイ!だい!」「また髪の編み方教えて。」「ガリ糞バカ、しーね(中指を立てて)」手を振る先輩。心の中で中指を立て返す僕。
ラジオ体操終了後。公園のベンチ、二人揃って座る。「あの、どこか『二人だけ』の、なんですか」
爽やかな香りのする大王さん。鼻先を人差し指でくにくにしていたが、それを聞いて直ぐに悪い顔(さっきの小学生的)になって「えー、それってさー、え、それさー。あれ?あれなの?」とニヤニヤしだした。慌てる僕。「それにですね、大王さん。この学校近くの公園では、二人になれないような。」
「え、ダメ?」 「その、仮に見つかったりすると。」「見つかる?誰に?」「演劇部とか、それとか、その…」「それは、そっちの都合だからなー。」大王さんは蝉の死骸を見ている。僕は何にも言えない。
「私は知らない。」
蝉を遠くの方へ蹴り弾いてレイチェル先輩は「南無ー。」と呟いた。
帰り際。
無理矢理大王さんに繋がれた手は、冷たかった。
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出兵までにしたい100の事!
No.6 「海で四六時中好きと言われたり砂に書いた名前を消したりしたい」
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という訳で僕と大王さんは海へ出掛ける事となった。なったのだが。「思ってたのと違う。」駅前のミスド。二人向かい合う。「なにが?」
「いや、大王さん、球体になって戦ってたじゃないですか。」
彼女は当然と言わんばかりに回答。「いや『ヌガマバ』が来たんだよ?」
「あまり馴染みの無い言葉を出されましても。」「そりゃあ『アンゴルモアブースト』作動するでしょ。」「よく分からない単語によく分からない単語を重ねられましても。」その後、普通に海水浴を楽しむ大王さん。こっちは球体の彼女にトラウマ。「3秒遅かったら死んでたね。」死んでたんだあ。
「なんか海で『好き』って叫んだ時もヤバかったし。」好きな所を言うって位下げで許しを乞うた。「砂文字も下手。」書道2段、毛筆なら勝算はあった。「まあ、でも面白かったよ。そっちは、どうだった?」そう言って大王さんは再び冷たい手を絡める。
その夜、僕はマーズを強く抱きしめた。
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出兵までにしたい100の事!
No.22「BBQでワンピース的な宴をしたい!」
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あ、向日葵。ねえ、今、向日葵畑が見えたよ」「…」「夏だねえ、夏だよねえ」「…」地獄だった。「ごめんね、見送り。」「大王さん、本当勘弁して下さい。」「だって上から依頼が来たから。」「それは分かりますけど、一人でも大丈夫じゃないですか。」「寂しかったから。」「卑怯だな」
クラブの夏合宿、一泊二日の初日にて、「私と一緒に逃げ出さない?」後、初の大王さんとマーズの会合が執り行われた。
BBQでワンピース的な宴をしたい、この願いとクラブ的イベントが合致してしまった。拒否権の無い僕は大王さんとマーズがニアミスしないよう可能な限り工作を行う。しかし突然の大王さんに湧き立つ演劇部。春巻先輩の欠席が唯一の救い。しかし大王さんも際どいデニムのショートパンツで来る。
最高だ、いや最悪だ。男連中は文字通り鼻の下を伸ばしてた。「(蹴りながら)見過ぎ。」佐々木等の男共はマーズから一発ずつ。「見てなかったけどなあ。」ご多分に漏れず僕も。しかし何故か二発。
さて問題は日が傾き、肉喰って酒飲んで下ネタが潤滑し始めた頃に届いた先輩のメールから。
ちなみにお酒を飲むという表現があったが、これは概念としてのお酒であり高校生がお酒を飲むことは法律で禁止されているので、お酒という思想を飲んだ、お酒という定義を飲んだ、という解釈をして欲しい。お酒的なものを飲んだのであれば、それはもはやお酒を飲んでいないと同意義なのだ。
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件名:(゜レ゜)
本文:ぬけだそ
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いやいや、と。この局面ですよ、と。見れば大王さんは、悪ぅい事企んだ子供みたいな表情。さっそく「私、急用出来た。」と退場を切り出す大王さん。噴き出す汗。渇いた喉。酔ってニャーニャー言うマーズ。
そこで僕は咄嗟の一言。「ア、アルコール飲んでないんで僕、送ろうかなあ。」あれ、全然ニアミス回避出来てなくない?
そうして最寄りのバス停。膝を抱き頭を抱える僕だった。「嫌ならいいんだよ?」様子を見てた大王さんが僕に囁いた。この人は全て分かって…。「今ならまだ戻れるし。」
そうだ、それなのにどうして僕は。新着のバス。大王さんは「今日も、色々と楽しかった。」とニコリ、笑う。あの猫の、細い細い笑顔。
とぼとぼと一人。帰り道。『歩いて帰ろう』を口ずさみながら、大王さんが言っていた向日葵畑は見えなかった。
翌日、マーズが「向日葵、そんなにいい?」と僕に告げた。
「なんで、昨日、大王さん先輩を送ったん?」帰りの車内。マーズは僕を問い詰める。「お酒を飲んでない人も他にいたき。男と女2人っきりで送るって。彼女おるよ、目の前。え、じゃあウチは、なんなん?……なんで即答せんの?」
「もう知らん。なんも知らん。ウチの事好き?なあ、好き?ウチは好きよ。あの曲も、あの服も、癖も、匂いも、クチャってなる目のしわとかも、好き。嫌いなトコも多いけど、好きなトコが、それよりいっぱいある。ウチのどこが好きなん?」マーズの好きな所は、たくさん思いつく。
「……うん。先輩は?……うん、うん。先輩より?……うん」髪とか、歌とか、小指とか、漫画とか、声とか、胸とか、2人っきりの時しかしない謎のツンツンし合っちゃうぞゲームとか、服とか、考え方とか、自分に無い所とか、ある所とか。
大王さんの好きな所は海で二つも出なかったのに。
(つづく)