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リサーチャー 第二〇八研究室  作者: 東雲あずま
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喫茶「ノワール」の美女

 ノワールは、学校から駅までの道のりからは少し迂回した所にある喫茶店だ。

 最近ではド〇ールなどの手軽な老舗カフェばかりが増えている中で、本格的な珈琲を味わえる数少ない喫茶店だ。

 とはいっても高校生からすれば、手軽な値段のカフェの方が落ち着くこともあり、あまり若い世代の出入りが多い喫茶店ではない。

 いままでであれば、どうしても落ち着くところがない時に、仕方なしに立ち寄るくらいで、店内は常にすいている印象で、そんな雰囲気はギンヤは嫌いではなかった。

 しかし、今日に限って言えば、店の中は全く違う状況になっていた。

 席はほぼ満席だ。

 かなり急いで出てきたはずのカズヤとギンヤでも、なんとか座れたという程だった。

 しかも、客のほとんどが男子高校生で、隣の区にある第五高等学校の生徒とおぼしき高校生も、いくらか見受けられた。

 ギンヤ達は、忙しさで笑顔を失っていた女性店員に案内され、二人掛けの対面席へ腰をおろした。店員は、小脇に挟んだメニューを机に置くと、「ごゆっくり。」の一言すらなく、空いた席の片付けに向かっていった。

 ギンヤがカズヤの方を見てこめかみを二度ノックすると、カズヤはポケットの中に手を突っ込みRデバイスをオンにした。

『で、件の美女はどこにいるんだ?まさかさっきの残念な店員じゃないだろうな。』

『違う違う、あれじゃない。ちょっと待てよ、』

 カズヤがあたりをきょろきょろとすると、奥の座席で注文を取っている一人の店員を見つた。

『今、奥で注文取ってる子がそうだ。』

 カズヤに促されるまま奥をのぞき込むが、後ろ姿で顔がはっきり見えなかった。どうにか振り向いてくれないかと覗き込んでいたが、注文が終わったと見えて振り返ってこちらに向かってくることを察し、急いでメニューに目をやり顔を隠した。

 ギンヤが正面を向くと、カズヤがにやにやした顔でギンヤを見ていた。

『やっぱ、ギンってムッツリだよなぁ。』

 どことなく嬉しそうな言われ方に、イラっとしたが、今更取り繕っても仕方がない。

『悪かったな、ほっとけ。』

 ギンヤがそう言うと、カズヤは満足げに声を出して笑っていた。

 店員が取った注文をカウンターで珈琲を入れている初老の男性に告げるのを見て、カズヤが声をかけた。

「すいませーん。注文お願いしまーす。」

 ほかの店員が来ないよう、完璧なタイミングで声をかけるカズヤに、ギンヤは(さすがだ。)と思いながら、心の中で称賛した。

「ハーイ。かしこまりましたー。」

 その女性店員は明るく元気な声で返事をすると、小走りで注文を取りに来てくれたのだった。

「お待たせしました。ご注文をどうぞ。」

 笑顔で注文を聞いてくれた彼女を見ると、これは確かに可愛い。

 ギンヤの予想をはるかに超えた可愛さだった。

 年齢は自分と同じか少し下といったところだろうか。

 大人っぽく見える中にも可愛らしさを醸し出していた。

 本来なら肩より少し長い程度だろう髪を後ろで束ねている。

 美人というよりも可愛い女性。

 カワイイというよりも可愛い。そんな表現がぴったりくる女性だった。

「おれ、カフェオレ。砂糖なしで。」

「はい、カフェオレ、砂糖なし一つ。」

 ギンヤがその女性店員に見とれていると、いつの間にかカズヤが注文をしていた。

 それに気づいて、ギンヤも急いで手元のメニューを見る。

「あ、えっと、ブレンド一つ。」

「え、ブレンドですか?はい、ブレンド一つ。」

 彼女は少しびっくりしたような表情をした後に、笑顔で注文を手元の端末に登録した。

「以上でよろしいですか?」

「はい、以上で。」

 カズヤが満面の笑みで返すと、彼女も笑顔でお辞儀をしてカウンターの方に向かっていった。ギンヤはそんな後ろ姿に、どこか懐かしい感じがして眺めていた。

『で、どうよ。俺の情報。そして、美的センスっ。』

 自信満々な表情でカズヤが問いかける。

『まぁ、お前にしてはまあまあいい線いってるんじゃないの。』

 なんとなくドヤ顔に見えたカズヤに、正直に答える気にはなれなかったギンヤは、精いっぱいに強がって答えた。

『あぁ、そう。あんだけ見つめといてなぁ。まぁいいけど。』

 カズヤは、また例のにやにやした顔でギンヤを見ていた。

 いい加減、カズヤとの付き合いは長い。ギンヤの好みを知っているうえでの反応なのだろう。かといって素直に感想を聞かせる気にもなれずに、ギンヤはなんとなくメニューを眺めて黙っていた。

「お待たせしましたぁ。」

 少しすると覇気のない声とともに、注文したカフェオレと珈琲がきた。

 残念ながら持ってきたのは、初めに案内された『残念な女性店員』だった。

 ギンヤはミルクを少し入れて、スプーンで珈琲をかき混ぜた。

『砂糖くれ、お前使わないよな。』

 カズヤがなぜか通信を使って話しかけてきた。

「そういえばお前、自分で砂糖なし頼んでなかった?」

 甘党のカズヤにしては、確かに珍しい注文だったことを思い出した。

『通信の方で話せよ。いや、だってほら。砂糖なしの方がかっこいいじゃん。』

 少しムッとした後、得意そうな表情でカズヤは答える。

『・・・なにそれ。』

 あきれ顔で要望通り、通信越しにギンヤが言う。

『砂糖入り頼んだら、彼女に子供っぽく思われるだろ。

 彼女みたいなタイプはきっと、守ってくれそうな大人の男に弱いと見た。』

 さも当然という顔でカズヤは言う。

『かっこつけたかったと・・・。』

 またまたあきれ顔でギンヤが言う。

『いいだろ、別に。』

 少し不満気にカズヤが言う。

『いや、いいんだが・・・。』

「なんだよっ。」

 この不毛なやり取りは、ギンヤがそっと砂糖を差し出すことで終止符が打たれた。

 カズヤは満足そうに砂糖を受け取ると、袋の端を破り、一気にカフェオレの中に投下した。

 そんなカズヤを見ながらギンヤは珈琲をすする。

(だったら、まずカフェオレを頼むなよ・・・。)と、ギンヤは心の中で呟いたのだった。

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