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放課後探偵は今日は不在

作者: 犬上義彦

『放課後探偵は今日も退屈』の第2作です。

独立した短編なので、そのままお楽しみいただけます。



   放課後探偵は今日は不在



 あたしは一ノ瀬真琴、探偵、じゃなくて、その助手ね。

 今日は二月十四日。中学二年のバレンタイン。

 いちおうあたしにも渡す相手はいる。名探偵気取りの同級生、山越雅之ってやつなんだけど、朝からあいついないのよ。教室の机に鞄はあるのにさ。どこに行ったんだろう。


 雅之って変なやつでね、中学校に入学してすぐの頃、教室のベランダに出て一人でぶつぶつなんか言ってたのよ。危ないやつなのかと思って観察してたらね、

「俺は山越雅之、探偵だ」なんて、窓を鏡がわりに練習していたってわけよ。笑っちゃうでしょ。中から指さしちゃった。

 そしたらようやく見られてたって気づいたらしくて、

「ちょっと寝癖を直していただけだよ」なんて髪の毛クリクリいじりだしたんだけど、もうバレバレじゃん。

 あたし、クラス中の女子に言いふらして回ったわけ。

 まあ、山越雅之探偵事務所の宣伝には役に立ったんじゃないかな。

 女子のクチコミはすごいからね。

「え、マジ?」

「やばくない?」

「ありえねえ、探偵とか。誰が死ぬの、アタシ?」

 ま、あたしのおかげであいつはすぐに有名人になれたわけよ。

 でもね、あいつは本気だった。

 学校の七不思議とか放課後の怪人とか、不良がかわいがってる体育館裏の捨て猫とか、何でも探し回ってた。

 あるわけないじゃん、そんなもん。

 だからさ、あたしがなんとかしてやろうと思ったってわけよ。

 退屈な日常に風を吹かせる。それが探偵の仕事でしょ。

 それ以来あたしは名探偵の助手なんだ。


 で、まあ、やっぱり事件なんて起こりもしなかったわけなんだけどね。

 自転車の鍵無くしたから探してとかって依頼でもちゃんと引き受けるわよ。

 でもね、「ごめん、オカちゃんが拾ってくれた」って、たいていそんなもんよ。

 隔絶された孤島にある全寮制中学とか、悪の裏生徒会が暗躍してるとか、そんな学校知ってたら教えてよ。あいつ転校させるからさ。

 でもそんな怖い学校だったら、あいつ野良猫にもさわれないビビリだから不登校になっちゃうか。

 うちら北中学校は平凡な住宅街の平凡すぎる公立中学だし、生徒会長ときたらとなりのクラスの堂口加奈絵ちゃんで、もう悪どころか天使ですよ。加奈絵ちゃんとあたし達は積分館という同じ塾に通ってて、けっこう一緒にしゃべる機会がある。

 セミロングの髪がサラサラでたまに編み込みとかしてくるんだけど、どうやったらそんな風になるのっていうくらいきっちりしてて、触りたくてウズウズしちゃう。もう完璧すぎてぶっこわしたくなる。ぐしゃぐしゃってして、もう一回最初からやって見せてって。まあ、やらないけどね。

「モデルさんみたいだよね」って雅之に言ったらね。

「ふうん、そうなのか」だって。

 男子のくせにさ。つまらない男だよね。

 ていうかさ、あいつ本当に気づいてないだけなのかもしれない。

 だって迷探偵だからね。観察力ゼロ。

 何でもあたしに言われてから気づいて、

「ふうん、そうなのか」で終わり。

 だから、助手のあたしがいつも苦労するのよ。

 あたしもセミロングなんだけど、必ず一、二本ぴょんぴょんはねてて嫌になるのよね。直毛なのにはねるってなんだろうね。

 そんなときにかぎってさ、あいつね、

「釣り針みたいに曲がってるじゃん。平仮名の『し』だよ。ぴょんぴょんしすぎて『も』かな」なんて言うのよ。

 自分だって寝癖直してたくせにさ。悔しいでしょ。

 そんなつまんないところばっかり見ててさ。ホント何に興味あるんだろうね。


 二月十四日。朝から男子連中がそわそわしてる。ま、あんたらには縁のない日だよね。円周率が一つ小さくなって円が描けなくなる呪いの日だろ。

 女子は違う話題で騒いでいた。

 生徒会で書記をやっているミホちゃんが欠席だった。

「ミホはインフルエンザで休みだって」とオカちゃん。

「あちゃー、あたしのうつしちゃったかな。なんか、きのうくしゃみが止まらないとか言ってたもんね。あたし、『もう花粉症?』とかって悪いこと言っちゃったな」とハッシー。

「ミホは花粉症じゃないし」とオカちゃんがまぜっかえす。

「それを言うなら、このクラスで一番最初にひいたのうちの探偵だよ」

 あたしの暴露に二人が驚く。

「え、そうだっけ」

「うん。先月だもん」

 でも本当は塾で先月から流行してたからあいつも被害者なんだけどね。


 先月、冬休み明けくらいの時期に塾でもうインフルエンザが流行してたのよね。

 あいつはすぐにかかって一週間塾と学校を休んでた。

 そんなこと、誰も覚えてないか。影が薄いな。

 あいつが休んでいるとき、あたしは塾で加奈絵ちゃんと二人で宿題を見せ合っていた。

「今日はホームズ君いなくて寂しい?」

「んなわけないじゃん」

「でも、二人、仲良くていいよね。けっこううらやましいよ」

 ハア?

「私、学校に好きな人いないのよね」

「そうなんだ」

「うん、なんか私、シャーロック・ホームズみたいな人が好きなんだ」

「へえ、そうなの。理屈っぽい人?」

 加奈絵ちゃんが笑った。笑顔がかわいすぎて、ほっぺをグニグニしたくなる。

「そうじゃなくて、頭が良くて頼りになるっていうか。困ったときに助けてくれそうな。思いがけないところに現れて『君のことなら、全部お見通しだよ』なんて言われたい」

 同じホームズなのに、「本家」と「気取り」じゃ大違いだよねって思った。

「けど、やっぱり、それってフィクションとか二次元の世界だよね」

 加奈絵ちゃんがため息まじりにつぶやく。

「でしょ、だから現実の男子でいいなっていう人いないのよね」

 男子ども、学園に夢はなかったぞ。ムハハ。

「まあ、現実の男子って、ガキっぽいからね。もう少し大人になってからじゃないと見つからないかもね」

「一ノ瀬さんって世話焼きタイプじゃない? 私、あこがれタイプかな」

「ああ、そっか。そういうのあるかもね。じゃあ、当分出てこないね、王子様」

「うん、だから、今は一ノ瀬さん達のこと見て、参考にさせてもらってるの」

「あいつ特殊すぎるじゃん」

 加奈絵ちゃん、くすくす笑い出した。

「否定しないんだね」

「お笑いコンビにしては呼吸がぴったりでしょ」

「うん、うらやましいな」

「あげないよ」

「えー、奪っちゃおうかな」と、加奈絵ちゃんもノリがいい。

「どうぞ、どうぞご自由にお取り下さい。パンフレットはこちらです」

 加奈絵ちゃんが目に涙を浮かべながら笑ってた。

 あいつのおかげでなんか仲良くなれた。

 不在の時の方が役に立つって、探偵としてもどうなのよ。


 もうすぐ朝のホームルームが始まる時間なのに、うちの探偵が帰ってこない。

 あいつの隣の席のオカちゃんに聞いてみた。

「ねえ、うちの探偵どこに行ったか知らない?」

「あれ、そういえばいないね」

 存在感ゼロですか。尾行には最適な適性ですワ。

 そしたら、ハッシーが教えてくれた。

「なんかさ、さっき探偵君、廊下で堂口さんと話してたよ」

「え、会長と?」

 ハッシーが口元をおさえながらあたしに耳打ちする。

「探偵君、なんか紙袋持ってたよ。チェック柄の」

 聞き耳を立てていたオカちゃんが人差し指をたてて叫ぶ。

「それってもしかして」

「いやいや、あるわけないって」

 あたしが否定しても、言い出したハッシーも調子に乗りはじめた。

「こいつぁ事件ですぜ、探偵!」

「って、その探偵がいないのかよ」とオカちゃん。

 何で急に盛り上がるかな。

 少し冷静ぎみになってオカちゃんがあたしを見る。

「ねえ、ちょっとは心配にならないの?」

「うん、ならない」

「強がり?」

「ううん、確証があるからね」

 へえ、と二人があたしを見る。

「今はまだ言えないけどね」

「うわあ、なんか名探偵っぽい」

「でもさ、これって次に誰か死ぬパターンだよね」

「ヤバ、誰? うちらやだよね」

「恋する前に死にたくないわ」

 ハイハイ、ちょっと探してきますよ。


 別にハッタリとかじゃなくて、あたしにはちゃんと確証があった。

 なんか、昨日の塾のときから違和感あったんだよね。

 昨日、バレンタインデー前日の塾。

 積分館はコンビニだった建物を改装した学習塾で、おじさん先生と大学院に通っている若息子先生の二人でやっている個人経営のところなのよ。いちおうあたし達三人とも成績はいいから、おじさん先生担当の上級クラスに通ってる。

 授業が始まる前に加奈絵ちゃんとうちら三人で宿題の答え合わせをやった。それ自体はいつものことだった。でも、一つだけ違うことがあった。

 いつもはあたし達二人が後ろで、加奈絵ちゃんが前の席に座ることが多いんだけど、昨日は逆だった。塾にはいつも家が近いあたし達が先に来ていて、加奈絵ちゃんは親の車で後から来る。席は自由だから好きなところに座ればいいんだけど、空いているときはいつも加奈絵ちゃんが前に座るから、「あれ、今日は後ろなんだ」とは思ってた。

 お互いに数学の宿題を見せ合おうってことになって、あたし達がイスの向きを変えて後ろ向きになって、加奈絵ちゃんの机にプリントを並べた。確率の問題で、サイコロ二つにグラフがからんだメンドクサイやつがあって、数学の得意なあいつが説明してくれたわけよ。

「y=2xのグラフって、(1,2)の倍数の点を通るだろ」

「(2,4)と(3,6)でしょ」と加奈絵ちゃんが点を書き込んだ。

 あたしは宿題そっちのけで加奈絵ちゃんの細い指を見てた。だってめっちゃきれいなんだもん。撫でたい衝動をおさえるのが大変よ。あいつは得意げに解説を続けていた。推理も数学ぐらい冴えればいいのにね。

「だから、この三つとそれより左上の部分にある点を数えればいいわけだよ。単純なトリックだね」

「すごいね、さすがホームズ君」

 加奈絵ちゃんだけだよ、あいつのことをそんなふうに呼ぶのは。

「なあに、初歩だよ……」

「ワトソン君」

 決めのセリフをあたしに取られてあからさまに不機嫌になったあいつを加奈絵ちゃんがくすくす笑ってた。

 調子こいてる男って、ホント殴りたくなるよね。まあ、脇腹ツッコミにしておいたけどさ。

 その後、いつもどおりおじさん先生の授業が始まってあたし達は前を向いて勉強した。

 気になったのは授業が終わった時だ。問題集とプリントを鞄にしまうとき、あいつの手が止まったのを私は見逃さなかった。荷物を入れようとした鞄に物を入れるのをやめる理由はただ一つ。先に何かが入っていたからだ。

 鞄はイスの背にかけてあったから、後ろの席の人が入れたはず。

 それは加奈絵ちゃんだ。

 さりげないふりして鞄に勉強道具をしまっているあいつに、後ろから加奈絵ちゃんがそっと声をかけていた。

 あたしの耳は聖徳太子なみに聞き取れる。

「家で見てね」

 確かに加奈絵ちゃんはそう言ってた。

 塾を出ると加奈絵ちゃんはお母さんの車で帰って、あたしらはいつも通り歩いて帰った。あたしのうちの方が近くて途中だから、あいつはいつもあたしのボディーガードになって送ってくれる。

「ねえちゃんが送ってこいって言うからしょうがないんだよ」

 あいつはいつも言い訳するんだけど、実際、お姉さんの山越先輩は三つ上で逆らうと怖い。力じゃなくて、修学旅行のお土産に変な消しゴムを買ってきて使わせるとか、精神的にじわじわくる攻撃が得意だから、さすがのあたしでも先輩の前では良い子ちゃんにしてる。

 昨晩はあいつは無口だった。

 ちょっとからかってやろうって思って、直球勝負を挑んだ。

「あんたさ、明日が何の日だか分かる?」

「明日?」

 声が裏返っちゃって明らかに動揺してた。

「……な、何だっけ」

「バレンタインじゃん」

「あ、ああ、そうだね」

「あたしがチョコあげるから楽しみにしてな」

「え、くれるの?」

「去年もあげたじゃん」

「普通の板チョコだっただろ。パッケージそのまま」

「今年はね、ちゃんとしたやつ買ってあるし、金色リボンでラッピングもしてあるから。期待してて」

「へえ、そうなんだ」

 鈍い反応だった。

「靴箱に入れておくイベントやってあげるからさ、明日は少し早めに学校に行ってさ、あたしが入れておくチャンスを作っておいてよ。帰りに『あれ、これ誰からだろ?』って言えるでしょ。男子あこがれのシチュエーション」

「ああ、分かった」

 そうじゃないだろって言いたくなった。「それじゃサプライズじゃないじゃん」とか、そういう会話になるかと思ってたのに、なんか全然おもしろくなかった。

 全部加奈絵ちゃんのせいだ。

 というわけで……。

 あいつの鞄の中まで見えたわけじゃないけど、何かを受け取ったとしたら昨日の段階だったはずだ。

 だから、今日廊下でもう一度受け取るのはおかしい。少なくとも受け取ったんじゃなくて逆に渡したか返したかなんじゃないかと思ったわけね。

 たぶんあたしの推理は間違っていない。

 それに絶対チョコじゃない。

 そっちはただのカンだけどね。

 ううん、……願望かな。


 結局見つからなくて朝のホームルームが始まりそうだったからあたしも教室に戻ってきたんだけど、そしたらあいつは自分の席に座っていた。なんだよ、いたじゃん。

 あいつはブレザーの内側に何か隠してた。

 普段あいつが口癖のように言っている言葉がある。

「上着の脇の下がふくらんでいるやつは拳銃を携帯しているから気をつけろ。探偵の常識だ」

 あんたのことだったのかよ。

 何の事件を起こすつもりよ。探偵が犯人かよ。

 一時間目が終わって休み時間になると、あいつは教室を飛び出していった。

 あたしは後を追ったんだけど、途中の中央階段で数学の高島先生に呼び止められてしまった。

「おう、一ノ瀬、ちょうどいいや。後で数学係に準備室に来るように伝えておいてくれ。五時間目のプリントを渡しておきたいからさ」

「はい、今すぐ言いに行ってきます」

「おう、ありがとうな」

 模範的生徒だけど、探偵の助手としては失格だ。

 尾行失敗。見失ってしまった。

 あいつは中央階段下の西側廊下に消えた。その先は職員室か昇降口か体育館だ。

 加奈絵ちゃんはいるのかなと思ったら、隣は一、二時間目が美術の授業でクラス全員教室にはいなかった。

 結局あいつは休み時間中ずっといなくて、ギリギリの時間になって帰ってきた。やっぱり上着の中に何か隠している。

 二時間目が終わってまたあいつは同じように教室を出ていった。行き先の見当はついていたから二階の廊下を走って先回りした。西側階段の踊り場で隠れて見ていたら、予想通り、一階の廊下をあいつが体育館通路の方に向かって通り過ぎた。チェック柄の紙袋を持っている。

「バカだなあいつ」

 私はハラハラした。学校ではバレンタインのチョコを持ってくるのは表向きは禁止されている。見つかったら没収だ。教室で隠してたんだから、廊下でも隠しておけよ、って余計な心配しちゃったじゃん。ドジ探偵。

 踊り場から廊下に下りて尾行しようかと思ったとき、あたしはあわてて階段を駆け戻って踊り場の奥にしゃがんで隠れた。

 あいつの後ろを加奈絵ちゃんが追いかけていく。危うく鉢合わせするところだった。通り過ぎてからまた階段を下りて角から顔を半分出して様子をうかがったけど、二人とも廊下に姿はなかった。行き先は体育館で確定だ。

 あたしはそこから教室に戻った。怖くて体育館には行けなかった。

 尾行なんかしなければ良かったと思った。

 くだらない探偵ごっこなんかしなければ良かったんだ。

 生まれて初めて、胸の中がもやもやした。

 今からでも体育館に行けばすべてがはっきり分かる。

 でも、はっきりするだけですっきりするとは限らない。

 知らなくていいことなんて、たくさんある。

 なんで今日が二月十四日なんだろう。

 私のコンパスもきっと円が描けない呪いにかかったんだ。


 三時間目が始まるギリギリにあいつは教室に戻ってきた。急いできたのか顔が赤くて息が荒い。

 あたしは教室の入り口に立って通せんぼしていた。

「おかえり」

「なに、どうした」

 あいつは隙間から教室に入ろうとする。あたしはブロックした。

 あたしは目を合わせることができなかった。

 なさけないな。

「授業始まるだろ」

 何のにおいだろう?

 あいつから何かのにおいがする。

 チョコじゃない。

 サンドイッチみたいなにおい。かくれて早弁?

 うちの学校は給食だからそれはない。

 上着の内側にツナサンドなんか隠せるほどの手品師でもないし。

 さっきまでとは違って、もう上着には何も隠していないようだった。

 あの紙袋はどうなったんだろう?

「おい、授業はじめるぞ」

 先生が来ちゃって、これ以上の抵抗はムリだった。

「なんだよ、怒られちゃったじゃないかよ」

 あたしに怒られないだけましだと思いなさいよ。

 三時間目は何の勉強をしたか覚えていない。授業中はいつもそんな調子だけどね。別に今日が特別ってわけじゃない。そう思いたかった。

 四時間目は体育だ。隣のクラスと合同で、男女別になる。加奈絵ちゃんも一緒だ。男子は体育館でバスケみたいだった。外だったら靴箱イベントが台無しになるところだった。

 女子はグラウンドのトラック十周なんていう地味な持久走だったから、加奈絵ちゃんと話をするタイミングはなかった。

 授業が終わると加奈絵ちゃんは一人で体育館の方へ行ってしまった。

 あたしは給食当番だったから追いかけるわけにもいかなかった。

 その給食の時間、あいつもいなかった。

「探偵君、どこ行ったんだろうね」と、オカちゃんがまわりの男子に聞いていた。

「さあ、体育は普通にやってたぜ。バスケ出てたよな」

「うん、俺の班だったよ」

「ボール片づけやってたぜ。そろそろ来るんじゃないか」

「トイレで大事なことやってるんじゃねえの」

「あんたね、食事時にそれはないでしょ」とオカちゃんに叱られて男子達が黙る。

 ああ、もうイライラする。

 これまでの情報から得られる結論はただ一つ。

 私は教室を出てあの場所へ急いだ。


 あたしが向かったのは体育館倉庫だ。

 思った通りだった。道具置き場の奥に隠れている二人を発見した。

「二人とも何やってんの?」

「あ、一ノ瀬さん」

 加奈絵ちゃんがあわてて何かを隠そうとしていた。

 うちの探偵は呆然と突っ立っていた。何の役にも立ってないじゃん。

「猫のエサでしょ」

「え、知ってたの?」

「ミホが世話してたんでしょ。迷い猫?」

「うん、怪我して隠れてたみたいなの」

 跳び箱の持ち手穴から顔を出しているのは黒と白の細縞模様の猫だった。たぶんまだ若い猫だ。野良猫と喧嘩したのか目の上に傷がある。

「なんで分かったんだよ」

 やっとうちの探偵がしゃべったかと思ったら、それ、探偵のセリフ?

「見つけたのは誰なの?」

「私。でも、ミホも協力してくれてたの」

 加奈絵ちゃんが手を出して猫を呼ぼうとするけど、警戒しているのか出てこようとはしない。

 あたしは謎解きを続けた。

「ミホがくしゃみが止まらないって言ってたらしいんだけど、ミホは花粉症じゃないから、動物アレルギーだったんでしょ」

「え、そうなの、知らなかった。猫が好きって言ってたのに」

 好きだけどアレルギーってちょっとかわいそうだけど、家で飼えないから、こういうところでかわいがりたくなるんだろうな。

「犬か猫だろうなとは思ってたんだけど、あんたの体からにおいがしてたのがツナだったから、犬じゃなくて猫。傷ついた迷い猫が隠れるところって言ったら、物がたくさんある狭いところでしょ。あんたが体育館に行く廊下で消えたってことは、可能性は限られてくる」

「え、においする?」

 探偵が自分の服をクンクンかいでいる。尾行もされるし、隙だらけだろ、あんたは。

「さっき二時間目の休み時間に手を洗った?」

「時間がなかったから洗ってないや」

 指先のにおいをかいで納得している。

「加奈絵ちゃんがエサを用意して、雅之からうちのクラスのミホに渡してもらうようにお願いしたんだろうけど、でも、ミホがインフルエンザで休むなんて思わなかったから、予定が狂っちゃったんでしょ。あんたもエサを渡せなくなっちゃって今朝返しに行ったんでしょ。でも、加奈絵ちゃんのクラスは一、二時間目が美術で移動だったから休み時間にエサをやりに行くことができない。だからあんたが代わりに行くことになった」

 加奈絵ちゃんがうなずく。雅之はぼんやりとした目で猫を見ていた。

「でも、あんたビビリだから野良猫にエサなんてやれなかったんでしょ。だから、午前中に二回体育館に行った」

「ビビってないよ、僕は」

 加奈絵ちゃんが大きな目でうちの探偵を見る。

「あ、さっきだけじゃなかったんだ。ごめんね」

「だから違うって。ちゃんとエサやったし」

「でも、この子もこわがってるからあんまり食べなくて元気ないのよ。化膿しちゃってるのか怪我も良くならないし、困っちゃって」

 加奈絵ちゃんが泣きそうな目をしていた。

 いつものミホじゃないから猫が警戒してるんだと思う。

 こういうときは人間が頑張ろうとすればするほどうまくはいかないものだ。

「ねえ、聞いて」

 あたしは人差し指をたてた。二人が耳を澄ます。

 学校放送が鳴る。

「北中学校生徒会からのお知らせです。迷い猫を預かっています。心当たりのある方は生徒会役員までご連絡ください」

 さっき放送室に立ち寄って、給食時間のお昼の校内放送を外部にも流してもらえるように頼んでおいたのだ。ご近所から騒音の苦情が来るからいつもは外には流さないんだけどね。

 放送委員の一年生に原稿メモを渡して、生徒会の堂口会長からの要請って嘘のお願いしちゃったけどしょうがない。

 幸いすぐに情報が寄せられた。近所のお宅で飼っている猫だったそうで、少し前にいなくなって探していたらしい。あわててすぐに飼い主さんが迎えに来て昼休み中に一件落着。

 先生方も生徒会が自主的に解決した事案と受け止めて、加奈絵ちゃん達には何のおとがめもなかった。

 加奈絵ちゃんと別れて二人で教室に戻るとき、あいつに聞いてみた。

「きのうの夜、ちょっと期待してたの?」

「まさか」

 うそつけ。

「なんか挙動不審だったよ。夜道で職務質問レベル」

「僕にチョコ渡す人なんて、いないよ」

「いるじゃん、ここに。予告したでしょ。イベント期待してよ」

「助手だからね。義理はカウントしないだろ」

 膝カックンしてやった。

「何すんだよ」

「あ、カウントか。カックンしろって言ったのかと思った」

「全然違うじゃんか」

「でもさ、加奈絵ちゃん、あんたのことを探偵と見込んで依頼したわけじゃん。名誉なことでしょうよ」

 エサを受け渡すだけだったらあたしでも良かったんだもん。

 あえてあいつに頼んだってことが重要なのに、肝心のあいつが全然気づいていなかった。

「そうかな。ただのパシリじゃん」

 偉そうに何を言ってるのよ。

「本物の探偵は仕事を選ばないでしょ」

「言い方を変えても本質は変わらないよ」

 そんなことないでしょ。立派な事件だったと思うよ。

「それにさ、あんた、エサをやるだけじゃなくて、様子も見に行ってたわけじゃん」

「まあ、依頼されたことは責任を持って見届けないとね」

 不良がかわいがってたわけじゃないけど、探偵が気にしていた迷い猫はいたし、悪事じゃないけど、ちょっと隠し事をしている生徒会なら存在した。退屈な日常にもちゃんと風が吹いていたのよ。

 でもね。

 今日は二月十四日。

 事件はそれだけで終わるはずがないでしょ。


 昼休みが終わる直前に、男子が騒ぎ始めた。

「おい、さっき堂口さんが昇降口にいたってよ」

「それがどうした」

「箱持ってたんだってよ。ラッピングしたやつ」

「マジかよ。チョコか?」

「それもさ、俺たちのクラスの靴箱のところで何かやってたんだってよ」

「俺、見てくる」

「俺も!」

「待てよ、俺が先だろ」

 男子が一斉に駆けだしていく。

「急いだからって結果が変わるわけでもないのにね」とオカちゃん。

「バカだから、スピードしか競えるものがないのよ」とハッシー。

 残念ながら午後の授業は男子がみんなお葬式みたいな雰囲気だった。

 じゃあ、相手は誰だったんだろう?

 唯一の例外はうちの探偵だった。

 午後イチの数学の授業中に雅之のおなかが盛大に鳴った。

 みんな居眠りしかけていたのに、クラス中大爆笑。

「なに、探偵君、おなかすいたの」

「昼食べてないんだっけ?」

「あとでうちらの友チョコあげるよ」

 休み時間になって女子がみんなであいつを取り囲む。ちょっと悪ノリもあったけどね。

 あいつの机の上にチョコの山ができた。アイドルかよ。

「あんたモテモテじゃん。もうあたしのチョコはいらないかな」

「いや、そんなことないよ」

 なんだよ、こんなときだけマジに答えるんじゃないよ。


 放課後、あたし達は二人で昇降口にやってきた。

 靴箱の前まで来てあいつが深呼吸をした。ゆっくりとふたを開ける。

 蝶番がキイっと音を立ててあいつの肩がピクリと動く。ビビリだな。

「あれ、これ誰からだろ?」

 棒読みのセリフ。緊張しすぎだろ。

「探偵さん、問題です。それは誰からのチョコでしょう」

「節分に追い払った鬼の仕返しとか」

 つまんない返しだな。仕返しだけに。あたしもふくめて三十点。

「追い払ったのが戻って来ちゃダメじゃん」

「下駄箱の怪人?」

「ブー。べつに毒は入ってません」

 急に黙ったかと思うと、靴箱を向いたままぽつりとつぶやいた。

「ありがとう」

「照れるなよ。こっちも恥ずかしいワ。ちゃんと予告してあったじゃんか」

「義理でもありがとう」

 初めて見るちょっといい笑顔だった。

「ホント、こういうのもらいなれてないもんだから、素直じゃないよね」

 そうだよ。

 あたしだってなれてないもん。

 だから、ちゃんと予告したんじゃん。

 これでようやく、あたしの事件は一件落着。

 なんか疲れたな。

「温泉にでも連れていってよ」

「なんだよそれ。ホワイトデーはクッキーとかだろ。三倍返しとかでも高過ぎだろ」

「へえ、あんたでもそれくらいの常識は知ってるんだね」

「うちのねえちゃんがさ……」

 ああ、そういうことか。

 こわい、こわい。

 真冬の怪談は聞きたくないや。


 もう一つドキッとする事件があった。

 あたしの靴箱にもチョコが入ってたのよ。

 銀色リボンに赤い包み紙。ちゃんとハートのシールまで貼ってある。

 二つ折りの小さなカードがリボンにはさまっていた。

「ありがとう。私のシャーロック・ホームズさん。探偵さんにもよろしくね」

 これは予想外だったな。

 ごめんな、男子ども。


 いちおう後日談もあるよ。

 猫は元気に近所を歩き回ってる。あたしらには全然なつかないけどね。

 あたし、髪切った。

 さっぱりボブヘア。

 クラスのみんながほめてくれた。

「すごくいいじゃん」

「カワイイ」

「マジで似合うよ。あたしも切りたくなっちゃった」

「写真撮ろうよ」

 ハッシーがスマホを出したらみんなが集まりすぎて、あたしのヘアスタイル全然かぶって写ってないんですけど。

 ま、いいか。

 塾では、加奈絵ちゃんが編み込みのやり方を見せてくれた。

 きっちり編み込んである髪からピンをはずして加奈絵ちゃんがあたしに背中を向けた。

「いいよ、ぐしゃぐしゃにして」

「え、本当にいいの?」

「どうぞ、どうぞご自由に」

 そうは言われても、もちろんちょっとは加減しましたよ。

 でも、サラサラしててめちゃくちゃ気持ちよかった。美容師さんになりたいとか思っちゃったくらいよ。

「じゃあ、さっきと同じの作るね」

 鏡も見ないでちゃっちゃと編んでいく。塾の他の子たちもみんな集まってきた。

「うわ、すごいね。あたしも鏡を見ながらならなんとかできるけど、ここまではムリだわ」

「バランス崩れないのがすごいよね」

 あっというまに元通りに編み上がった。

「うますぎて全然参考にならないや」

 あたしは降参した。

「あたしにはムリ。ボブにして良かったワ」

「ボブでもできるし、カワイイよ。今度やってあげる」

 あいつの反応はどうだったかって?

 さすがに話題にはなったよ。

「髪切った?」と一言ね。

「そりゃ、バッサリね。別人みたいでしょ。鈍感なあんたでもさすがに分かるでしょ。幼稚園の間違い探しクイズだって簡単すぎるって言われるレベルでしょ」

 ちょっとあたしはしゃべりすぎていたのかもしれない。

 あいつは何か言いかけて、視線をそらして黙り込んだ。

「なによ?」

「いや、べつに」

 なんだよ、もう。お約束の言葉、言えよ。しょうがない、あたしから言うか。

「別に失恋なんかしてないけど」

 あいつは顎に手を当てながらあたしを見て、はっきりとした口調で言った。

「だろうね」

「なんでよ」

「だって、まだ恋なんかしたことないだろ。君のことなら、全部お見通しだよ」

 ホント、ムカツク。


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