41-45
―――41
ウサギの人形をぎゅっと抱きしめて、眞子は響くセロイアの言葉を復唱し始める。
朗々と流れる慣れない言葉を眞子は間違わないように、慎重に紡いでいく。
言葉を紡ぐたびに、眞子の胸の奥が熱くなっていく。たどたどしかった言葉は次第に流れるように、滑らかになっていく。先行して響いていたセロイアの声と、眞子の声はやがて重なり始める。
紡ぐ声も段々と大きく、激しくなり、そして最後には盛大に弾けた。
その瞬間、眞子の手からウサギが消えた。
「ウ、ウサ、ウサギが!」
『イルイシャ、ぬいぐるみになった気持ちはどんなものだい』
「セロイアさん?」
ウサギのぬいぐるみはどうやら鵺たちの世界に届けられたらしい。何をするのかと思っていた眞子だが、漸く理解が出来た。セロイアがクマになったように、ウサギの中に誰かを閉じ込めたらしい。
『暫くそこで反省してもらいますよ』
とりあえずの事態は収束したらしい。しかし眞子はここからどうすればいいのか、首を傾げた。
―――42
鵺の上着に身を包んでいた眞子はセロイアたちの響く声を聞きながら、あちらが落ち着くのを待っていた。セロイアと鵺はまだ自分の体に戻れていない。それにあちらでまだ大事な話をしているようだ。口を出すことが出来なくて、眞子は仕方なく待つことになったのだ。
ふと、女の子の声が聴こえたような気がして眞子は顔を上げた。
けれど其処には何もない。況してや誰もいない。けれど再び、眞子は声を聴いた。
「誰?」
周囲を見回すと、霧の向こうから誰かがやってくる所だった。赤茶の髪に黒い目をした女性だった。
「初めまして。貴女が眞子ね。先読みの魔女とシュバイトから話は聞いたわ」
「はあ……」
「あたしはリリン。貴女に最後のお手伝いをお願いしたいの。いいかしら?」
「最後? えっと、セロイアさんと鵺さんは?」
「鵺? ああ、シュバイトね。大丈夫、二人ももうすぐ此処へ来るわ」
リリンが笑うと、眞子は何故か頬に朱を走らせた。
「あら、顔が赤いけど大丈夫なの?」
「い、いえ、あの、姫様に似て……や、あの、その」
鵺の出てくる漫画の登場人物に何処かしら似ていると思ってしまったとはさすがに言えない眞子である。だがリリンは気にした様子もなく笑みを浮かべた。
「まあ、いいわ。じゃあ、眞子、貴女とあたしで魔法を奏でましょう」
その笑みに眞子は数瞬見惚れた。
―――43
「眞子、よくやった」
クマのぬいぐるみを持った鵺が眞子の髪をかき乱す。どうやらクマと鵺は元に戻ったらしい。
「鵺さん、戻ったんだね。はい、上着ありがとう」
「おお。それじゃあ、クマを人間に戻してくれ。リリン?」
眞子は鵺に上着を返し、鵺は眞子にクマを渡した。クマが眞子に抱きつくと、眞子は思わず頬ずりをする。
「やっぱりクマちゃんはいいなあ」
「……なんだか複雑だわ。あれの中身を知っててあんなこと出来るなんて」
「それは同感だが、とりあえず直してやってくれ」
クマと戯れる眞子を鵺とリリンは苦笑いで見やる。
「まあいいわ。それじゃあ、始めるわよ。眞子、そのまま先読みの魔女を捕まえててね」
「捕まえる?」
顔を上げた眞子はリリンの手に大きな金槌が握られているのを見た。ぎょっとしたのは眞子だけではない。呆ける眞子に代わって鵺が暴れるクマを押さえつける。
「やれやれー」
「望むところよ。娘よりも妻よりも若い女の子とじゃれついて、少しは恥ずかしく思いなさーい」
眞子とクマが慌てる中、無情にも金槌は振り下ろされた。
―――44
クマが金槌にしたたか頭を打ち付けられて倒れこんだ。リリンは更に首根っこを掴んで持ち上げる。それでは首が絞まってしまう。
「わ、クマちゃんが」
「大丈夫」
リリンは大きく頷いて、クマを掴んでいるのとは別の手で眞子の手を取った。
「眞子、あたしと一緒に魔法を唱えてちょうだい」
「は、はい」
リリンはクマを鵺に渡し、眞子の手を両の手で包みこんだ。鵺がいつでもどうぞと頷いて、眞子とリリンは顔を見合わせた。
魔法使いになりたい、と眞子は言った。でも魔法使いになれないと、眞子は知っていた。だけど今、この瞬間に於いて眞子は魔法使いに他ならない。
リリンと眞子の口から厳かに魔法の呪文が流れ始めた。
―――45
分かち二つ
分かち一つ
其を交わらせんは彼の者の欠片持ちし我ら
一つ、我が身に流れし彼の欠片
一つ、我が心に落とされし彼の欠片
分かち二つ
分かち一つ
交わらせんと我希う
彼の欠片用いて魂願う
彼の欠片用いて器願う
交わりて彼という存在の嘘偽りない姿
我らが前に示し給え
我希う彼の者
その名を――