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私の兄貴が発電機なんてナニソレキモーイ

作者: 山田遼太郎

「うおォン、ハレルヤああああっ! 全宇宙の全俺に幸あれええええっ!」


 俺は本日一発目の絶頂を迎えようとしていた。

 今まさに、義理の妹であるテスラ(・・・)の目の前で。


「だまれ阿呆ーっ!」


 怒声と共に顔面に蹴りを見舞われて、前歯の一本が血の糸を引いて抜け落ちようが、俺の右手はピストン運動をやめない。


「無駄だァ! そんな事されたらむしろMP回復しちゃうんだよおおっ!」


 そうこう言ってる間にも、来る、来た。怒涛をうって押し寄せる甘い恍惚に、抗う事なく身を委ねる。頭に被ったダサいヘルメットから延びるコードを通じて、体内で発生したエネルギーの波が吸い上げられていく……というのはあくまで俺個人の感覚の話であって、その流れは決して目には見えない。


「ふぅ……」


 脳髄は冴え渡り、心地よい風を迎え入れるような清々しい脱力感が、全身を包み込む。俗にいう賢者モードというやつだ。

 ティッシュを丸めてくずかごに投げ入れると、もう完全勝利の気分。


「よし、これで今日のぶん終わり。お勤めご苦労様」


 俺なりに労いの言葉をかけてやったのに、義妹は顔を真っ赤にし、殺意すらこもっていそうな嫌悪の眼差しを向けてくる。


「うっさいガリキモ野郎! 千回生まれなおしてまた死ね!」


 ていうか本当に死んでほしいみたいだな。参ったねどーも。


 彼女は母の再婚相手の娘で、アメリカ育ちの日系ハーフだ。歳は俺の五つ下の十五歳。

 東洋人の幼さ、北欧人の色白さなど、双方の好ましい身体的特徴を絶妙な比重で併せ持つ美少女だった。

 非現実的なオーラすら放つ小動物めいた容姿と引き換えにしてか、性格はだいぶ荒んでしまっているけれど、まぁ可愛いからよし。


 そんな子を部屋に呼び込んで、俺はさっきまでナニをしていたのかというと、今さら説明するまでもないナニそのものである。

 誤解しないでほしい。これはれっきとした仕事であって他意はない。


 は市の正式な認可を受け、発電所・・・をやっている。


 内閣府の定めた『原子力完全撤廃法』による慢性的なエネルギー不足。それを一気に解決へと導いた存在が俺達、人間発電所なのだ。

 類稀なる特異体質を持つ童貞だけが、街一つまかなう膨大な量の電力を自家発電・・・・によって生み出す事が出来る。例えば俺が一日何もせず寝ているだけで、付近一帯の生活水準はたちまち江戸時代まで逆行してしまうというのだから、どれだけ責任重大な立場か理解していただけるだろう。


 言うまでもなくナニにはオカズが必須であり、それがテスラの役割。

 発電中ずっと俺のそばにいて性欲を高めるあれやこれやしてくれる……はずだったのだけど、彼女はふざけんじゃねえと主張し、蹴る殴るの暴力と罵詈雑言のスピリチュアルアタックを浴びせてきた。まァ当然と言えば当然か。

 国から与えられた仕事とはいえ、自家発電のサポート役なんぞに抜擢されてしまった乙女心の悲しみを汲み取れぬ俺じゃない。

 だから仕方なくマゾヒストになる道を選んだ。

 さァ蹴っていいよ、いくらでもなじっていいよ! 思う様八つ当たりしていいんだよ!

 とか言ってるうちに、本当に気持ちよくなってくる自分が心のどこかで生まれはじめていて、我ながらひく。


 しかし流石に気の強いテスラさんもここ最近は精神的に限界なのか、俺を興奮させるための悪口も段々と雑になり、死ねとかばっかになってきてる。

 そのせいでマンネリ化して効率が落ち(実を言うとそれだけが原因でもないのだけれど)、一日の発電ノルマが回収できない日も増えて、こないだ政府からお叱りのメールが届いた。知らねーよ、こっちは太陽が黄色く見えるまで頑張ってんだぞ。お前ら、誰のお陰で文明人でいられると思ってんだ。


「ううぅ~っ、くっそー! なんで毎日こんな事しなきゃなんないのよ!」


「しょうがないだろ? 仕事だし」


 怒って先に部屋を出たテスラに追い付き、作り笑いを浮かべる。


「だからってビデオまで取って提出しろとか、会社もアタマおかしいんじゃないのっ?」


「マニュアル通りにやってるかチェックしたいんだろ。ってか、俺にも少しくらい同情してくれよ。知らない奴らにいたしてるとこ見られるんだぜ?」


「うっせ! わたしの方がどう考えてもダメージでかいわ!」


 ぶちギレて、振り向き様に綺麗な回し蹴りを決めてきやがった。

 顎にクリーンヒットをもらい、意識が飛びかける。


「うあ~キモオタの汗が足の裏にぃ~。汚いよぉ~」


「いや、足裏の方が汗より汚いと思う」


 ツッコミいれたら今度はグーで顔面殴られた。

 なにすんだキモチいぃ……じゃなくて痛い。


 廊下の突き当たりの階段を二人でのぼり、一階に出て、リビングに行く。窓の外はもう真っ暗になっていた。抜きすぎて時間忘れてたよ、しんどい。


「出前でも取るかあ。カツ丼でいい?」


 固定電話の受話器を片手に、注文表を見て尋ねるが返事はない。テスラは冷蔵庫を開けて何やらごそごそやっていた。


「冗談でしょ、あんなの見せられた後で一緒に晩御飯とか。わたし一人で適当に食べるし、あんたはファミレスでも行ってきたら?」


 ちなみに両親は共に海外勤めのため、家には年に一回しか帰ってこない。

 テスラはきつめの性格が災いして学校では友達がいないらしいし、家に戻れば大嫌いな義兄と二人きり。

 態度には決して出さないが、寂しい思いをしているに違いなかった。

 兄らしく話し相手くらいにはなってやりたいと考えもするが、向こうにとっては迷惑でしかないだろう。だからせめて要らぬストレスを与えてしまわぬよう、仕事以外ではなるだけ一定の距離を置いて接するようにしている。


 ややあってテスラが取り出したお盆の上には、形のぐちゃぐちゃなご飯と海苔の塊が山と積み重なっている。


「てか、なにそれ?」


「わたしが作ったの。文句ある?」


 いや、作ったとか創ったとかいうよりも、生かすか殺すかでいうと殺してるよねそれ。おにぎり(ライスボール)のつもりなのか……どんな握り方すればそんな不味そうにできるんだ。どうしても無理ならかたを使えばいいのに、などという言葉の数々は、なんとか飲み込んだ。

 というか、出かける予定もないのにどうしてわざわざ作ろうとしたのか。


「もらってい?」


 ノリで、皿の上から二つ同時に奪い取ってみた。普段から地下室に入り浸りで発電に精を出し、気付けば深夜という日も多い。その頃には飯を買いにいく体力もないので、基本的に俺はいつも腹ペコなのだ。怒られるのも期待しての行動であったが、テスラはちょっと照れている感じで視線を反らし、


「い、いいけど? 一人じゃ多いしね」


 なんだこの珍しい反応と思いながらパクつくと、やや辛めの舌に嬉しい味が口内に広がって、顔がほころぶ。


「……お、しょうが焼き入ってんじゃん。……ふむ、こっちはアボカドか。うん、どっちも好み好み。やっぱ料理は見た目じゃないな」


 少し考えた結果、一つの可能性が脳裏をよぎって、思わず口に出す。


「もしかしてこれ、俺のために……」


「そっ、んなわけないでしょ!? うぬぼれんな!」


 みぞおちを的確に拳で抉られた。

 食ってる最中それはヤバいって。


 どうやら、自意識過剰気味な痛い勘違いだったらしい。

 それもそうか。

 この義妹が、大嫌いな俺のために手間暇かけて好みのオカズを作ってくれるとか、どう考えても柄じゃないしな。


 テスラはおにぎりの皿を持ち、逃げるように二階へとあがってしまった。


 ※    ※    ※


 と、まァ、これが俺の日常の一部だ。


 人間発電所という立場は、冷静に考えれば清々しいほど人権無視のひどい話だけれど……普通に生きてたら単なるニートの穀潰しの社会不適合者である俺ごときが、なんだかんだで誰かに必要とされる存在となれたのだから、恵まれてるに違いない。

 唯一の家族と呼んでいいテスラには、この体質のせいで随分とキモがられているし、一つ屋根の下だからといって甘い出来事など皆無。むしろからい、苦い、渋い。馴れてくれば快感になってくけどな。いやはや、適応力ってのは恐ろしい。

 この自家発電ライフは、痛々しくも平和に、今後も続いていくのだろう。

 俺は切に願う、右手も心も忙しない日常に、せめてささやかな幸あれと。






 ……

 …………

 ………………

 ……………………んなワケあるか、ふざけんな。


 こんな荒唐無稽な設定、あり得るものか。

 俺は、知っている。

 この世界が、知らないどこかの誰かによって描かれた、妄想の産物でしかないという事を。

 そこに生きているはずの人々、俺もテスラも誰もがみんな、本当は自分の意思なんてない人形みたいな存在であり、あらかじめ決定された運命に従っているだけなんだという事を。


 俺はある日突然、ただ一人気づいてしまった。

 広大だと信じていた世界は、実はゲームの中だけに存在する空間だった。薄っぺらいディスクみたいな媒体にすんなり収まってしまうほど、チャチな代物に過ぎなかったのだ。しかも、レーディングは十八禁。つまりはエロゲ。テスラの日常は今も見ず知らずの他人にさらされ、時には嫌らしい視線でなめ回されてる事になる。そんなのって耐えられるか? 俺は無理だね。

 俺という存在は、命は、一体なんだったんだ。発電機なんて、そんな下らないものになるために俺は生を受けたのか。望みもあって自我もあるのに、理不尽に搾取され続け、支配から抜け出せず飼い殺されていくだけなのか。

 そんなのは嫌だ。


 だから、何もかも滅ぼしてやる事にした。


 俺がずっと考えていた人間発電所の可能性の一つに、電気の流れを自在に操る、というものがある。

 いたさなければならないというキモい条件はあるもののの、王道少年漫画みたいな特異体質を持って生まれてしまったら……ましてやそれが男の子ならば、自分の力でどんな事が出来るのかを試してみたくなるはずだ。そういう好奇心の延長として俺は日頃から実験を繰り返し、この考えに行き着いた。


 電気を操るという事は物質同士の結合解離を司り、ついには引力を生む。だから、このエネルギーを少しずつでも体内に蓄積して増幅させていけば、どこか遠くの……たとえばこの世界の外部(・・・・・・・)からでも、隕石みたいな巨大な何かを引き寄せてくる(・・・・・・・)事だって可能なんじゃないだろうかと、俺は考えた。大雑把な理論で捉えるならば、自家発電の能力は、運命そのものに影響を与えるとさえ言っても過言じゃない。


 これまで俺は、電力会社の管理の目を盗みながら、毎日の生産分から徐々に徐々に、計画のための電気を吸い上げては溜め込んでを繰り返してきた。

 そして今日、ついに目標量を達成できたのだ。

 全てを壊して終わらせる日が、間近に迫っている。


 ※    ※    ※


 翌日、俺はいつもの地下室には行かず屋根裏部屋へと向かい、深い瞑想状態に映った。

 シコるため、シコッて世界を滅ぼすために、妄想のスイッチを入れる。今回ばかりは流石にテスラの協力を得るわけにはいかないので、代わりにテスラから受けてきた有らん限りの罵倒と暴力の数々を、脳裏に思い描く。すっかりマゾヒストと化した精神が欲望をかき立て、俺自身をエレクトさせる。

 今までこつこつ蓄えてきた電力の全てを、一気に解き放つ。

 すると、雷のごときエネルギーの柱が脳天から迸り、屋根を突き破って、ただ真っ直ぐに天へと伸びてゆく。

 来い、来いと、瞳を閉じて念じ続けた。知らず知らずのうちに座禅のポーズをとっており、天罰を与える神にでもなったかのような高揚感に震える。

 肌を刺す冷たい刺激に、瞳を見開く。


「来た」


 暗雲が雷鳴を轟かせながら渦を巻く。

 次いで唐突に雲が晴れ、色彩の狂ったまだら模様の空の向こうに、巨大な影が浮かび上がった。

 期待していた隕石ではない。蜃気楼をにも似た大気の揺らめきを纏って、そびえ立つそれは、人の形をしていた。


「おいおい想像以上じゃん。一体何を引き寄せちゃったんだ」


 一方、精根つき果てた俺は、床に力なくへたり込む。肉体がいっぺんに老けて衰えたような感覚に支配され、もう指一本も動かせない。


「神様でも悪魔様でもどっちでもいい。……頼む、早いとこブッ壊してくれ」


 生まれ変わったらエロゲの主人公なんかじゃなくて、そうだな、義妹にも憧れてもらえるような、カッコいいバトルもののヒーローがいい。


 真横に倒れかけた俺の体を、細い腕が支える。

 霞む視界に映り込むのは、テスラの顔だった。


「ねえ兄貴、なんなのこれ。どうなっちゃってんの……?」


 初めて見る、今にも泣きそうにくしゃくしゃで、不安げな表情。

 俺のせいで怖い思いさせちゃうな、ごめん。そう謝りたいのに、乾ききった唇は震えるだけ。なんとか頭だけを起こすと、髪がひとふさ抜け落ちた。

 老人みたいに真っ白だ、ああ、もうこれダメだわ。死ぬわ、俺。

 足音が響く。

 破壊をもたらす巨人の影が、この閉ざされた狭い世界に近づいてくるのだと、はっきりわかる。俺は結末を見届けるまでもちそうにないが。

 もうすぐ何もかも終わる。最後なんだテスラ。近くで、顔を見せてくれ。


「嫌だよ、こんな……わたしまだ死にたくないよ」


 テスラの大きな瞳からしずくが溢れ、俺の頬を濡らす。


 許してくれ、お兄ちゃんが勝手をしたばっかりに。世界の命も、お前の命も、全部残さず連れていくから。

 来世がもしあるのなら、その時は俺の事を少しは見直してくれよな。


 エゴイズムまみれの願いを抱く、虫の息の俺。その手を、テスラが握る。


「死にたくない、だって……わたし兄貴の事、蹴ったり殴ったり、そんなんばっかで」


 何を言ってんだ?


「兄貴、一緒にいてくれてありがとうって、頑張って発電してくれてありがとうって……ずっと言いたかった! キモいとか散々、悪口だけはスラスラ出るのに、しっかり言っときたい大事な事は、いつも全然言えなくて……っ!」


 一気にわめき散らしてからは、しゃくりあげるような嗚咽ばかりが響く。


「ごめんね、ごめんね……! おにぎりだってホントは、兄貴に食べてもらいたくて……」


 ウソだろ。

 なんだよそれ、ふざけんな。

 今さらになってツンデレでしたは無いでしょうよ。

 だってお前、いっつも俺の事、嫌いって言ってたじゃ……


 もう遅い。後悔したところで、もう何もかも。


 俺の家の前までやってきていた巨人の体が、途端にバランスを崩して、頭から倒れこんでくる。


 ソシテ、真っ暗闇がセカイのゼンブを呑み込ンダ。

 ナニかが砕け散る音がシタ。


 ※    ※    ※


「うぅぅ~、いたぁ~……」


 わたしはじんじんと痺れる額を押さえ、涙目になって身を起こしました。

 お兄さんのお部屋を掃除している途中、戸棚から床に落としたディスクが目の前にあります。無惨にへこんでひび割れたそれを見て、先程までの状況を遅れて思い出しました。ディスクを拾おうとして足を滑らせたわたしは、その上に倒れ込み、あろうことか勢いよく頭を打ち付けてしまったのです。


「ふおおおお、どおしましょお……」


 気配を感じて振り向くと、わなわなと震えるお兄さんが立っていました。


「お、にい、さん……! こ、これはですねその……」


「ウワアアアーッッ! 去年の夏コミ! 初発で来て、地獄の蒸しブロ猛暑のなか五時間並んで! 一時間完売のとこ、数多の勇者の屍を踏み越えて! やっとの思いで手に握りしめた、壁サー『ぬこぬこにーにー』の会場限定販売エロゲ『私の兄貴が童貞なんてナニソレキモーイ』がああああっっ!」


 お兄さんはまくし立ててから、膝をついてしまいます。エロゲという言葉の意味はよくわかりませんけれど、よほど大切になさっていたのでしょう。

 そんなものを壊してしまったなんて……ごめんなさい、お兄さん。

 わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいになって、ひしゃげてしまったディスクを見下ろします。


 その表面に印刷されている可愛い女の子のイラストが、いまにも泣き出してしまいそうなくしゃくしゃに歪んだ表情で、こちらを見上げていました。

 

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[一言] 大変面白く読ませていただきました。 何かの暗喩かと思いきやストレートにそのものずばりからはじまり、それで発電しているの?と思わせ、最後のどんでん返しと短編とは思えない濃さでした。 コメデ…
[良い点] まさかのラストに一周回って感動しました。 あと、気持ちが良いくらい読みやすく、物語に引き込まれました!
[良い点] キャラクターと設定がしっかりと立っていて、読みやすいのです [一言] 劇中劇という理解であってますかね? ストーリーを強引にまとめようとしているせいでしょうか、オチが無理矢理っぽくなってし…
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