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異形の神  作者: ジッパー
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第三編 殺戮


もうもうと湧き立つ砂煙の向こうに、僅かながら戦況が垣間見えた。

大砲の弾を喰らった巨大な馬の異形がもんどり打って倒れ、下敷きになった異形達の悲痛な喚き声が刹那響き渡る。

 鬣を振りたて、最後の力を振り絞って立ち上がった馬の異形の黒く輝く肌に雨の如く矢が浴びせられ、()()は声もなく倒れ伏した。土砂が吹き上がり、跳ね飛ばされる異形の姿もちらほら見られた。


「優勢のようだな」


 ウォレスの声は老人と見間違うほどに低く、しわがれていた。

城壁から身を乗り出して歓声をあげている子供たちなど目にも入らぬようで、静かに血飛沫の舞う戦場を眺めている。


「彼らに足りなかったのは、戦略を考える頭ね。」とグリラド。「全員で真正面からぶつかっても勝てるわけがない」


 人間側の迎撃態勢は完璧だった。

城壁に大量の穴を開けて大砲を設置し、異形の軍勢が辿り着く前に撃ち殺す。それを掻い潜り抜け出てきた異形は深く掘られた堀の前で立ち往生している間に弓矢で射殺された。


 それにしても、とグリラドは思った。一体どこからこれだけの数の異形を揃えてきたのだろう。軍勢は大きいものは(ドラゴン)から、小さいものは老いぼれのドワーフまで多種多様な種類が揃っており、中には仲間同士で共食いに発展している異形もいた。


 人間側の容赦ない攻撃に怯んだのか、前線部隊がじりじりと後退し始めたかと思うと、左翼後方から岩を足に掴んだ数匹の鷲獅子(グリフォン)が勢いよく飛び立った。


「ねえ、危ないんじゃない」とグリラド。


「大丈夫さ、城の守りは完璧だ。兵たちもこのところ戦がないんで退屈してたところさ」


 ウォレスは血を目にして明らかに興奮しているようだった。鉄臭い血の臭いは防ぎようもなく、風上のこちらまで漂ってくる。


 と、けたたましい鳴き声。

弓矢で射ち殺された鷲獅子(グリフォン)が岩もろとも落下していくところだった。鷲獅子(グリフォン)の翼は堀の壁面にぶつかって、激しい音を立てて折れた。


 やがて夕暮れが訪れた。赤く染まる空の中、火矢を体中に浴びて火だるまになった鷲獅子(グリフォン)が無数に落下していく光景は、この世の終わりを思わせる凄惨なものだった。はじめは面白がって見ていた子供たちも、気味悪がって帰ってしまった。町にはいつも通りの時間が流れ始め、兵士たちは淡々と異形の駆除に精を出す。


 ウォレスとグリラドは城壁の欄干にもたれかかって、暗くなりつつある空を見上げた。山並みは黒く霞み、異形の大軍勢は海の波のごとく蠢きながら前進している。


「何で、こうなったんだっけかな」

「私達が宣戦布告の文を受け取ったからよ」


「そうか」とウォレス。

彼はここ数か月の間にすっかりやせ衰え、頭髪も薄くなっていた。


「正直な、あいつらが宗教を作ろうとしているって知った時はぞっとしたよ。おれたちは異形を物言わぬ道具か何かと勘違いしてたんだろうが、実際は違った。奴ら一匹一匹にも意思があり、精一杯生きようとしている。そして覚悟がある」

「覚悟?」

「ああ。自分の命なんて何とも思っちゃいねえ。ただ一つ、種としての全体の目標のために一生を捧げる覚悟が、お前にはあるか」


「……わからない」


 グリラドは月光に照らされてきらきらと光る川の水面を見やった。森との狭間にあるその川の岸辺には野営地が張られており、松明の火の元てきぱきと動く異形の姿も垣間見えた。


「コボルトは農地開拓、トロルは土木作業に酷使される。そして、(ドラゴン)は産まれた時点で殺される。」ウォレスは続けた。「過酷な搾取に耐えかね、神にすがる者が現れたとしても不思議ではない」


「そして神は死に、神話が残った」


 鼓膜が破け散るほどの轟音が突如響き渡り、城壁が煙をたてて崩れ落ちた。

鷲獅子(グリフォン)に運搬され身を潜めていた小型の異形たちが、監視の目を掻い潜り城壁の内部に仕掛けた火薬爆弾だったが、人間達には知る由もなかった。

 ついぞ昼から止むことのなかった大砲の砲撃音が途切れ、待ってましたとばかりに森から木製の簡易橋を担いだ異形達が現れた。堀に箸が渡され、雪崩を打って異形の群れが飛び込んでくる。半壊した城壁はあっという間に突破され、城門は牛頭人(ミノタウロス)の体当たりによって破壊された。


 異形達が最初に狙ったのは城だった。大砲を抑えた軍勢は次に西洋諸国に伝令を出し、管理地区を解放するよう求めた。

 そして殺戮は、二日に渡って続いた。



















「神に祈りなさい。信じる者は救われます」


 外は血の海だった。

この教会にも、もうじき異形が流れ込んでくるだろう。神父は唇を噛み、聖母像の前にはいくつばった。教会には数人の子供が残っている。皆憔悴しきっており、うち一人は舌を噛み切って死んだ。


「ほんとうに、救われるのですか。神父様」


 ひとりの子供が掠れる声で言った。

神父は頭を上げ、全てを諦めようとしていた自分を恥じた。わたしに為すべきことは、まだある。わたしがこの子らにとっての、神様になってやらなばならない。


「ああ、ほんとうさ」


 神父は子供たちを抱きすくめた。


 刹那、ドアを破って飛び込んできたトロルの拳が神父の脳髄を叩き潰した。







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