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異形の神  作者: ジッパー
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第一編 黒い森

 

 その森に足を踏み入れた時、ウォレスは肌に突き刺さるような寒さにぶるるっと身を震わせた。そそり立つ針葉樹の梢にはまだ解け残った雪がちらついており、苔生したけもの道には霜が張っていた。


「冷えるね」


 ウォレスは傍らのグリラドにそう言った。

グリラドのマフラーに覆われた口がもごもごと動いたが、何を喋っているのかまでは聞き取れなかった。しばらく歩いたのちウォレスは休憩を提案したが、彼女は聞く耳を持たなかった。やはり責任を感じているのかもしれない、ウォレスはそう思い、より一層彼女を支えてやらねばという使命感に駆り立てられていった。


 森は次第に深さを増し、空も薄暗くなってきた頃、2人は木陰にちらちらと燃える焚き木の炎を目撃した。


「誰かいるのかな」

 ウォレスはふらふらと歩くグリラドの手を引き、密生するブッシュの影からそっと覗きこんでみた。その時2人の視界に映ったのは、なんとも形容しがたい世にも奇妙な光景だった。まるで子供のように小さないくつかの人影が焚き木を取り囲み、手を繋いでステップを踏みつつ踊っているのだ。

 ずっと見ていると気が触れそうな光景だった。小人たちはそのしわくちゃな顔に皆一様に満面の笑みを浮かべており、踊りは休憩を挟まず際限なく続いているようだった。


「気味が悪いわ。早く行きましょう」

 グリラドがウォレスのマントを引っ張った。


「まあ待てよ、いい余興じゃないか」

「でも……」


 ウォレスはむっとして言い返した。

「あのな、誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ。それに何なら、連中に道を聞いたっていいんだ。コボルトは地理に精通してるっていうだろう」


 グリラドは尚も不満なようだったが、渋々その場に立ち止まると足を折り曲げて座り込んだ。コボルトの黒い影が過ぎ去る度に焚き木の火がふっと視界から消え、また現れる。まるで夢の中にいるような不思議な光景だった。ウォレスは段々と自分が吸い寄せられるようにして輪に近寄っていることに気付いた。


 彼の存在を察知した時、コボルト達はぱたりと踊りをやめた。

ウォレスは藪を掻き分けて彼らに歩み寄った。


「君たち、この森に住んでいるのかい?」


 コボルト達は答えなかった。ただ、輝きを失ったビー玉のような目でウォレスを見つめている。


「道に迷ってしまったんだが……ヴァトライネの街まで案内してくれるだろうか?」


ようやく、リーダー格と思われる一人が口を開いた。

「はあ、しかし何のご用で?」

「何でもいいだろうが、早く案内しろ」


 ウォレスは強い語調で言った。


「しばしお待ちくだされ」


 コボルト達は一旦焚き木から離れると、輪になってひそひそと話し始めた。

しばらく待っていると、意見がまとまったのか件のリーダーが前に歩み寄ってきた。


「ヴァトライネへは、無論喜んでご案内させて頂きますが、その前にわたし達の町へ寄ってみるというのはいかがでしょう。わたし達はあなた達を歓迎します」

「ほう」


 ウォレスは口笛を吹いた。

土人に手厚い歓迎を受けるのも悪くないと思った。


「あなた、本気で行くつもりなの?こんなわけのわからない異形の住処なんて、くさくて狭いだけよ」

「いいかグリラド、おれたちは不幸だが、こいつらに比べたら平凡もいいとこさ。せいぜい笑ってやろうじゃないか。何なら皆殺しにして森を追い出してやってもいい」

「何てことをいうの」


 コボルトたちは乾いた視線で2人の言い争いを見守っていたが、一段落着くのを見計らってリーダーが声を張り上げて言った。


「それでは、参りましょうか」


「ちょっと、勝手に―」

「何ならそこで留守番してりゃいい。迎えが来るかは知らんがな」

 ウォレスはグリラドの制止を振り切り、コボルトの隊列に続いた。

グリラドは呆れるあまり声も出ないといった様子だったが、この暗い森に一人取り残されようとしている現状に戦慄したのか、そさくさと自らも隊列の後尾についた。











 森はどこまでも深く、視界はカラマツの梢に遮られて常に悪かった。

コボルト達はブッシュや丈の低い灌木に覆われた地表を難なくひょいひょいと進んでいくが、ウォレスとグリラドは鬱陶しい気分でそれらを踏み分けて歩かなければならなかった。また夜の森には得体の知れない生き物の鳴き声が常に響き渡っており、一層恐怖感を募らせた。


 ようやく目的地に着いた頃には2人は心身ともに疲れ果てており、今すぐにでも布にくるまって眠りたい気分だった。

 彼らが町と称するそれは地下に掘られた広大なトンネルで、入口はトロールの目を誤魔化すために笹で隠されていた。


「お疲れでしょうが、まずはわたし達の神様のところへ出向いて頂きます」

「神様?」とウォレスが聞く。


「ええ。こちらです」


 2人は言われるままにコボルト達の後に続き、細いトンネルを進んだ。道はかがまないと通り抜けられない程に細く、明かりも所々にしかないのでほとんど真っ暗な状態だった。


「来るんじゃなかったわ、こんな所」

「引き返すよりはましだろう。それにおれは俄然興味が湧いてきた。あいつら神様って言いやがったぞ。何を見せびらかすつもりなんだ」


 意気揚々とほふくするウォレスの後ろ姿を見やりながら、グリラドはため息をついた。元はと言えば自分のせいで夜逃げすることになったとはいえ、いくら何でもこの行動は勝手がすぎるのではないだろうか。自分はこのまま、この男の言うままに生きていくのだろうか。


 グリラドの思考を断ち切ったのは、あのリーダー格のコボルト―名はトミギルといった―の改まった声だった。


「神聖なるリュパルトナプス神、人間様のお2人をお連れいたしました」


 どうやら前方に大きな空洞の部屋があるらしい。

ウォレスの尻がトンネルを抜け、床に降り立った。グリラドも後に続く。


 最初にウォレスの目に留まったのは、木で作られた簡素な玉座に腰かける老齢のコボルトの姿だった。部屋はその玉座を抱く祭壇を中心に円形に広がっており、入口は無数に見られた。


「うむ、客人をここへ」


 老齢のコボルトは2人を手招きした。ウォレスはその無礼な態度にいささか腹を立てたが、渋々前へと歩み寄った。ここまでの案内を担当したコボルト達はトミギル一人を残してどこかへ行ってしまったようで、その姿は見られなかった。

 



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