心変わり
いつもと変わらない日常を僕は…いや世界中の人間達は暮らしている。何も変わらない毎日に僕は退屈していた。
「守~起きてるの?」
今日も聞こえる。母の声だ。もう数えきれないほど同じ声同じ言葉を同じ時間に聞いている。
だけどそんな日常も今日で終わらせる。母に返事を返すと身仕度を済ませ家を出た。
まだ学校に行くには早い時間だ。だけど今日の僕には行かなければならない場所がある。鞄から取り出した紙を見ながら僕は歩いていく。
昨日必死に見たからだろう。くしゃくしゃになった紙をぎゅっと握りしめながら目的地にたどり着いた。
トントン 「すみません」
そう声をかけるとゆっくりとドアが開いた。
「何だ?」
中から出てきたのは中年のおじさんだった。
「あの、このちらしを見て来ました」
「ん?…あぁ…君には無理だ。帰りなさい」
「え?どうしてですか?」
「君はまだ若い。それをするにはリスクが高いんだよ」
「俺本気なんです!お願いします!」
「それでも無理なものは無理なんだ。諦めて帰ってくれ」
「そんなの嫌だ…このまま帰ったらまたいつもと同じ生活に逆戻りじゃないか!何のためにここに来たと思ってるんだよ!俺は自分の退屈な生活を変えるためにここに来たんだ!若いから無理?もっと他に理由があるんだろ?言ってくれよ!」
「はぁ…君が真剣なのは分かった。話はゆっくり中でするから入りなさい」
夢中になりすぎて忘れていたがここは外だ…恥ずかしい思いをしてしまった。心を落ちつかせ家の中に入った。
「君が言った通り君がダメな理由は若さだけじゃない」
落ちついた僕に彼はゆっくりと話しかけた。
「他は何がダメなんですか?」
「幼さだよ」
「幼さ?それじゃあ若さと変わらないじゃないか!」
「いや違う。若さは年齢…つまり君自身のことだ。だけど幼さは違う。幼さは君の心の幼さのことなんだよ」
「俺の心が幼ない?だから無理だって言ってるのか?」
「あぁ…一目見て無理だと分かったよ。さっきも外だということを忘れて声を荒げてたろ?そういう幼さがある以上、君はこれをすることは出来ないんだよ」
僕は悔しかった。自分を変えようと思ったことを自分に邪魔されている。そんな辛い思いだ。僕はまた鞄から紙を取り出しじっと見つめた。
【あなたの心入れかえます】
その言葉を見つめた僕はもう一度ゆっくりと口を開けた。
「どうすれば幼さをなくせるんだ?」
「それは君自身が大人になるしかない」
「20歳まで待つなんて俺には無理だ」
「いや違う…私が言ってるのは年齢的な大人ではない。大人になっても幼い奴はたくさんいる。さっきも言っただろ?心の幼さだよ。」
「じゃあ今すぐ俺は大人になれるのか?」
「えぇ、君の努力次第ですぐに」
「今すぐやり方を教えてくれ!どうしたら俺は大人になれる?」
「まあまあ落ちつきなさい。まずはどうして心に幼さがあるとダメなのか。それを君にきちんと伝えるのが先だ」
そう言うと彼は俺の目の前に座った。
「まずは自己紹介だな。私の名前は鈴木信。君の名前は?」
「大澤守」
「守か…君は自分の名前を忘れたことはあるかい?」
「ないよ。自分の名前だ。忘れるわけがない。」
「そうだ。それが当たり前なんだよ。だけど君がやろうとしているそれはそのリスクがある」
「どういうことだ?」
「まず君がやろうとしている【心変わり】これはどういう風にしてやるか君は知っているのか?」
「知らない。ただこれを見てやりたいから来た。それだけだ」
「何も知らずに来るとは。本気なのか本気じゃないのか分からないもんだな」そう言いながら彼はニヤリと表情を変えた。
「笑ってないで早く話してくれよ!」
「すまない。話を戻すとしよう。まず君と心を変える心はどこから来るのか。それは…死者の世界からだ」
「死者の世界?そんなものが現実に存在するのか?」
「あぁ、存在するとも。君はその死者の世界から自分に合った心を見つける。そしてそれを私たちが【心変わりする】その時、君の心はどこにいるか。」
「死者の世界」
「そうだ。心変わりをした瞬間、君自身の心は一度死ぬ。」
「ちょっと待ってくれ。俺は心を変えたいんだ。俺の心が死者の世界にあったままで意味があるのか?」
「その心配はいらないよ。確かに君の心は死者の世界にいる。だけど本来は一度死者の世界に行くと心も死ぬのが当たり前なんだよ。その心が死なないようにこちらで保存させてもらう。だが保存にも限界があって7日までだ。そして一度死んだ心を君の中に入れる。君の中に入った心をどうするかは君自身だ。名前も経歴もどんな心にするかも君が決める。私たちがその心を作り君と変わの中に入れる」
「なるほど。だけど1週間だけだと何の意味もないような気がするけど」
「その心配もいらないよ。確かに【心変わり】の期間は7日だけだ。だけど7日で元に戻れば3日すればまた同じ心と変わることが出来る。その時の心は7日間君が作り上げてきた心と同じままなんだよ」
「それなら安心だ。今から楽しみになってきたよ!」
「あ!すまない大事な話を忘れていたよ。7日目が終わると死者の世界から迎えが来る。その時に君の元の名前を言ってくれ。それが言えないと君自身も君と変わった心も消滅してしまう」
「心を変える時に元の名前と同じ名前には出来ないのか?」
「それは規則上出来なくなっている。何、心に幼さがなければ君自身の名前を忘れることはない。そのために君は大人にならなければならないんだよ。分かったかい?」
「分かった。【心変わり】についてはよく分かったけどどうすれば大人になれるかが全然分からないんだよ」
「そんなの簡単だよ。君が君自身を好きになるだけさ」
「自分を好きになる…」
考えたこともない感情に俺は視線を床に落とした