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陸軍少年学校物語  作者: 崎ちよ
最終章  弥生「それぞれ」
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最終話「それぞれの」


「ソ連の弱体化の影響により宗教及び民族間の対立が激化、それにともなう各種紛争はもとより、極東共和国の度重なる挑発、中華民国と中華人民共和国の対立など、差し迫った周辺諸国の脅威に対し、我が帝国陸軍の役割がますます重要になっていることは言うまでもないが、本日ここで陸軍少年学校の卒業式を挙行できること……」

 ステージの演台に立つ、中佐の階級章をつけた男。

「あー……やめた」

 男は頭を掻いて恥ずかしそうな表情をする。

 胸には数個の無駄にカラフルな勲章がぶら下がっている。そして、金色のモールを肩につけた礼装はひどく窮屈そうであった。

 そんな彼の背中には大きな日の丸の旗が飾られ、巨大な筆文字で『卒業式』と書かれていた。

 男は祝辞とかかれた白い紙を演台に置く。

 演台の上に備え付けてあるマイクを取り外し、それを握って歩き出した。

 カツン。

 カツン。

 カツン。

 静かな会場に杖をつく音。

 左足が不自由なのだろうか。

 杖をついた野中中佐はゆっくりと演台から離れた。

 ステージの前には、背筋を伸ばし私語をすることなく椅子に座っている学生達。

「なんつうか、硬ッ苦しいことはやめた」

 少しざわめく会場。

「卒業……おめでとう!」

 そう言って彼はニヤッと笑った。

 ドッと湧く卒業生たち。

「もう言う事はない! 自分の道は自分で選べ!」

 ――さすが大隊長ー!

 ――愛してる! 野中のおっさん!

 そんなヤジとも言える歓声が上がった。

「独立歩兵第九大隊長兼ねて金沢陸軍少年学校長、陸軍中佐、野中博三(ノナカヒロミ)、以上終わり」

 野中はそう言うとマイクの電源を切った。

「気を付け!」

 学生長である宮城京(ミヤギキョウ)が間髪を入れず号令をかける。

 予行練習とは違う段取りだが、そこは空気を読んで動ける男である。

 騒いでいた卒業生は口を閉じて起立。

 一瞬にして静まり返った会場。

 お辞儀の敬礼をする京。

 台上の野中も同様にお辞儀の答礼。

 数名の来賓が呼ばれていたが、野中のこの行動のお陰で、いつもだらだらと祝辞を垂れ流す空気は失われ、短く終わっていった。

 野中中佐。

 この年の夏の異動で、この学校に戻っていた。

 あの戦争で切断した左足。

 今は義足をつけている。

 杖が必要なぐらいの障害は残っているため、第一線ではなく、半分学校で半分部隊の陸軍少年学校での勤務が妥当だったのかもしれない。

「相変わらず、野中中佐は適当すぎる」

 日之出晶(ヒノデアキラ)は呆れていた。

 彼女の肩には大尉の階級章がついている。

 隣には私服の女性がいて、晶の言葉に対して笑っていた。

 その私服の女性は鈴だった。

 胸には赤ん坊を抱いている。そして、逆側には背の高い女性の中尉が座っていた。

「で、いつだっけ?」

 鈴は見上げるようにして質問をする。

「いつって言われても……」

 恥ずかしそうに顔を赤くしている伊原中尉。

 背格好に似合わないそのアニメ声はいつになく小さい。

「……三和ちゃんが、卒業して……大学に行ったら」

 彼女は遠征旅団が海外出兵したあの年から野中の娘と同居していた。

 アパートにひとり暮らしさせるのが心配という野中パパのお願いがあって。

「堂々とすればいいのに」

「あ……でも」

「まさか……大隊長と小隊長が堂々と付き合ったら、問題がある、士気にかかわる……なんて言ってるんじゃ」

 鈴が野中のモノマネをする。

 下手だが、なんとなくそんな風に聞こえる。

「え、まあ、そんな感じです」

「そんなに真面目な人だっけ、野中中佐って」

「一応……」

 ははは。

 と、ごまかす感じで伊原は笑った。

「堂々と職場で付き合ってた鈴には理解できない苦労」

 意地悪な顔をしたまま横槍を入れる晶。

 目の前でいちゃついているのは見せなかったが、鈴と綾部は職場公認のカップルであった。

「隠してるつもりだったんだけどなあ……ねえー」

 鈴は胸元の赤ん坊に話しかける。

 伊原も同じように鈴の胸元を覗き込んだ。

「……なんか、似てますね」

「そうかな?」

 あんなのに似られたら困る。

 そんな感じで鈴は返した。

「お父さんみたいに、バカにならないもんねー」

「そういうことじゃないですよ」

 伊原は一応フォローした。

「お父さんに似なくてよかったよねー」

 晶もそれに乗じたようだ。

 鈴の旦那をバカにするときは、なんか嬉しそうな彼女。

 だが鈴は口の端をクイッと曲げて、丁重に無視をした。

 晶に言われると少しムッとしてしまうのだ。

 不思議と。

「でも、今日はよかったです、真田大尉が産休中なのに、卒業式に来てくれて」

 伊原は笑顔でそう言った。

 鈴は職場では別姓を使っている。

 慣れた苗字が好きだった。

「そりゃ、卒業生のあの子達とは思い出いっぱいだから……最後は見送りしたいし」

 一年前に籍を入れたふたり。

 鈴は男の子を出産していた。

「綾部軍曹は、お元気ですか?」

 二年前、富山の連隊に綾部は配置換えになっている。

「見習い士官の綾部曹長」

 そうやって階級を言い変えたのは晶。

「え! 将校になるんですか?」

「信じられないと思うけど……鈴の旦那は今、士官候補生学校」

「与助くん、なんかあれから火ついちゃって、あれだけ嫌がっていた将校になるって言うから」

 鈴がそう補足する。

 なんとなく恥ずかしそうに。

 あの事件以来。

 綾部の中で何かが変わっていた。

「バカでもなれるんだ」

 そんなひねくれた言い方をする晶。

「ほんと、バカでもなっちゃったから……帝国陸軍やばいかも」

 晶の嫌味に、笑顔で返す鈴。

 九州にある陸軍士官候補生学校に単身赴任。

 見習い将校としての教育を受けている。

「佐古さんみたいな中隊長になりたいんだって……」

 鈴が目を細めてそう言った。

「……あ」

 伊原はそう言って、しょんぼりした。

 晶は何も言わず、会場からぞろぞろ出て行く学生達の背中を見ている。

 しんみりした空気。

 そんな空気に触れたのがきっかけになったのか、眠っていた赤ん坊がウニウニと動き出した。

 目が覚めたというよりは寝ぼけているような感じだ。

「晶は、陸軍大学校(リクダイ)に行っちゃうんだよね、準備は大丈夫?」

 抱きかかえた小さな赤ん坊を揺らしながら鈴が質問をする。

「全然……引っ越し準備は今日から、かな」

 彼女は陸軍のキャリアコースである陸軍大学校の試験に合格していた。

 帝国大学以上の難関と言われる選抜試験。

 三月末からの入校。

「やっぱ、才女は違う」

「そんなんじゃないって、なんか……試したくって」

 試したい。

 キャリアでもなんでもない父親。

 父親を追って軍人になった晶。

 戦死したときの階級。

 その階級章をつけるようになって、ふと考えるようになった。

 父親とは違う道を行ってみたい。

 そんな風に。 

「いいの? あの子は」

 あの子。

 大川一貫のことだ。

「あ、気になります、あの海軍中尉ですよね」

 伊原も目をキラキラさせて話に混ざってきた。

「あの馬鹿は別にどうでもいい、勝手にまとわりつくだけだから」

「くはっ」

 頭を抱える鈴。

「うわ」

 口を抑える伊原。

「な、何」

「重症」

 鈴はため息交じりにそう言った。

「なんか、むかつく」

 顔を赤くしてプンプンする晶。

「お姉ちゃん、プンスカしちゃってるねーくぁーいいねえー」

 そうやって胸の赤ん坊に語りかける鈴。

 きゃきゃ。

 可愛い声で赤ちゃんが笑っている。

「そういうのむかつく」

「むかつくってーこわいねえー」

 もう一度そんな言葉を赤ん坊にいいつけて顔を上げた。

「素直になればいいのに」

「素直」

「ほら、そういうところ」

「うわ……ムキ―」

 そんなやり取りをするふたり。

 変わらない同期。

 ――なんか羨ましいな。

 伊原はそう思った。

 彼女にも同期――頭山――がいるが、異性相手だと、少しだけギクシャクすることもある。

 自然体、そして変わらないふたりの関係が羨ましかった。

「しっかし、大きくなったねえ、みんな」

 学生達の背中を、改めて見た鈴が感嘆をもらした。

 入学してきた頃は、中学生と変わらなかったのに。

 誰もが大人の一歩手前の表情をしている。

 大人でも、子供でもない。

 そんな十八歳。

 たった三年で、こうも変わるものかと。

「相変わらず、あの子は小さいけど」

 そう言って鈴が目を向けたのは松岡大吉(マツオカダイキチ)だ。

 身長は一六〇センチから伸びていない。そして、相変わらず童顔。

 茶髪でつっかかってきたころを思い出すと懐かしく感じる。

「結局、あの子達……付き合ってないんでしょ」

 晶が珍しく学生の恋愛を気にしている。

 その視線の先には上田次郎(ウエダジロウ)中村風子ナカムラフウコ

「風子は、晶と同じ匂いがするんだよねえ、簡単に男には捕まらない……あの子……すごくきれいになったしー」

 そんな評価をする鈴。

 彼女が言うように今の風子にはあの頃の幼さはない。

 大人しめのショートカットだった髪型も、今はベリーショート。

 活発そうな雰囲気で、お姉さん的な余裕もある。

 一部の女子に人気があるという噂だ。

 それは次郎も同じだ。

 髪型は変わらないが、顔つきも少し彫が深くなって少年の面影はなくなっていた。

 細マッチョであることは変わらないが。

 なんにしても、あの頃に比べ数倍大人びた卒業生たち。

「そりゃ、年取るわ」

 鈴はそう言ってため息をついた。

「子供こさえた人がそんなことを今さら」

 呆れた声を出す晶。

「お若いですよ、おふたりとも」

 そんなフォローも逆効果であることがわらない伊原は若かった。

 彼女だけは二十代。

「いいな伊原ちゃん」

 と晶。

「あーあ、そんな伊原ちゃんももうすぐ人妻か」

 と鈴。

「そんな卑猥な言い方やめてください」

 と返す伊原。

「卑猥ですって晶さん」

 ジト目で晶にパスをする鈴。

「うん、あなたは卑猥」

 とフォローしない晶。

「純情ぶっても、もう三十だから、そろそろそーゆーのやめたほうが」

「やかましいっ!」

「まあまあまあ」

 伊原がふたりの間にスッと割り込んだ。

 すると鈴がふたたびため息をつく。

「あーあ、二十代に戻りたい、伊原ちゃん、いいなあ」

 鈴はそう言いながらげっそりしていた。

「桃子さんみたいに素敵なお姉さんになればいいし」

 と、意地悪な声を出す晶。

「あたしゃ、もうお姉さん通り越しておかーさんだよ」

「いいじゃない」

「晶もなれば」

「断じて遠慮する」

 そんなことをブチブチいい合う二人。

 ――本当に仲がいいなあ。

 伊原はそう思う。

 ――もっと、こんな時間が続けばよかったのに。

 もうふたりの絡みが見れなくなると思うと、彼女は急に寂しくなってしまった。

「どうしたの? 伊原ちゃん」

 鈴がそう聞くと、彼女は笑った。

「いや、寂しいなって」

 そんな言葉しかでなかった。

「そうね、卒業生ともこれで……」

 鈴はそう言ってもう一度学生に視線を向けた。

 ――おふたりが。

 なんていうのは野暮かもしれない。

 伊原は心の中で思った。

 口にせず、ただ、鈴と同じように学生達を見送っていた。

 

『遊びにおいでー! 待ってるからー!』

 スクリーンに映された金色の長い髪。

 艶やかなそれは彼女の肩の下まであった。 

 青い瞳はカメラ目線。

 美少女というよりも美女といっていいかもしれない。

 画像はにっこり笑ったまま止まっている。

 ビデオレター。

 五分ほど、サーシャの日常を映した動画が、学校に送られていた。

 元気にやっている。

 それを伝えるための映像。

「サーシャ、()っきくなったねえ」

 風子はそう呟いていた。

 そんな彼女に困った表情をするのは緑。

 相変わらずのパッツン前髪。

「ママじゃないんだから」

 彼女はそう言って口元を緩める。

(アネ)さん通り越してママとか……」

「そういう言動をするから」

 ふたりは笑った。

 そうしているうちに、もう一度サーシャの動画が再生された。

 二回目。

 今度は緑に異変が起きていた。

 狩人のような目つきでサーシャを追っている。

 逆に視線の緊張感と反比例して、ヨダレを垂らさんばかりに緩んだ口元。

 彼女はブツブツ呪文のように何かを唱え始めた。

「……ちくしょー……サーシャアア……そう来たかーお姉さんキャラかー……せくしい方向かああああああ……いいよー、いいよー、全部面倒みてやるよお」

 ブツブツ唸りながらスクリーンに映る、愛しの金髪娘を目で追い続ける。

 想像していたよりもサーシャは進化していた。

 彼女に着させる衣服を新調しなければならない。

 そんな使命感をたぎらせている。

 緑にとって、動画のサーシャは挑発以外の何物でもなかった。

 風子は長年の付き合いからか、そんな緑の妄想を看破して、困った表情を一瞬見せたが、無視することにした。

 こんな時、下手に関わると、緑の趣向が自分に飛び火することが目に見えているからだ。

 三年間。

 経験上。

 触れてはいけない。

 そんな世界。

「成長したなあ、あいつも」

 いつのまにか風子の隣に立った次郎が感慨深そうに見ている。

 そして、チラッと風子の胸に視線を向けようと……して。

 いや、できなかった。

 裏拳。

 グーで。

 それが顔面にヒットしたからだ。

 もう、三年もいれば、ムッツリ野郎ぐらいなら先手を打てるようになる。

「な……な、なにを」

「乙女の天罰」

「……なにも」

「ほんと、次郎はいつまでもわたしの胸をチラミするから」

「見るも何もチラミも、それぐらいだったらスルーしちゃ」

 ぼこ。

 両手で首の後ろを掴み、頭を下げるとともに、右の膝蹴り。

 次郎は辛うじて両手でガードするが、冗談にしても威力はすごい。

「……シャレにならん」

「古流の武術かなんか知らないけど、練習サボってるんでしょ、反応悪い」

 ニヤリ笑う風子。

「そんなんじゃねえって」

 彼女はあれ以来、週イチとはいえ休みの日を利用してキックボクシングのジムに通い、全国大会に出るレベルにまで強くなっていた。

 強い姿に憧れてしまったから。

 何かをせずにいられなかったのかもしれない。

 その憧れであり目標でもあったサーシャ。

 生き生きとした姿の彼女がスクリーンの中にいた。

「サーシャに会いたいなあ」

 メールとかそういうものはしている。

 写真とかも送っているが、それでも遠い存在。

 改めて動画で見たサーシャは大人びていた。

 遠くの存在に感じてしまう理由。

 もしかしたら、相手も同じ事を感じてしまっているかもしれない。

 だからこそ会いたくなった。

 会わないといけないと思った。

 一方、緑は大吉に話題をふっていた。

「大吉くんは変わらないよね」

 意地悪な視線を彼に向けていた。

 それに気づいた大吉は口を尖らせる。

 そんな動作が、彼自身気付かないうちに、幼い雰囲気を強調しているのだが。

「お前には言われたくねーし」

 ソフトモヒカンの下にある顔は確かに幼ないままだ。

 そして身長も一六〇センチ台。

 緑よりも少し高いぐらい。

「私は永遠の少女を目指してるから」

「うわ……こわい、やばい」

「なんだコノヤロー」

 壮絶な笑みを大吉に向ける緑。

 怖くなったので、目を背けた。

 話題を変える。

「あーあ、彼女欲しかったなあ、もうちょい身長があればモテモテで、イチャイチャだったのに」

 そんな大吉は、外見の可愛さと、オトコギのギャップに後輩の女子からそこそこ人気があった。

 だが本人にそんな自覚はない。

 後輩女子からも告白を数回されている。

 彼は自然に断っていた。

 そんな大吉を緑は知っている。

 だからこそ彼女はもうひとりの親友を大吉の姿にどうしても重ねてしまっていた。

 ずっと遠慮している大吉に。

 今日は卒業式。

 少しぐらい、話をしてもいいだろうと思った。

「幸子ちゃん、元気かな」

 緑は静かにそう言った。

「……」

 次郎はサーシャの動画から視線を動かさず、聞こえないふりをしている。

 大吉に気を使っていた。

 触れてはいけないと、彼は思っていたから。

「元気だよ、きっと」

 反応したのは風子。

 ありふれた言葉しか返せないことを悔しく思った。

 でも、それはどうしようもない。

 流したくなかった。

 それが、悲しい空気を生んだとしても。

 会いたくとも、会えない。

 極東共和国と日本帝国は二年前のロシア紛争以来、断絶状態に陥っていた。

 このため、あれ以来、いっさい彼女の情報は入ってこなかった。

 緑は幸子に会いたいと思っている。

 いつか彼女が書いた本が、国境を越えて幸子の手元に届けばいい。

 そう思って、彼女達共通の趣向が込められた物語をいつか送り届けるために努力をしていた。

 彼女はそういうこともあって、卒業後は一般の大学で心理学を学ぼうとしている。

 ある尊敬するひとの影響だった。

 二年前に作家デビュー。そしてその界隈ではブレイク中。

 元学校カウンセラーの笠原梅子(カサハラウメコ)

 彼女は緑から『お師匠様』と崇拝されるとともに、相談なども気軽に乗ってくれる存在であった。

 彼女が心理学を専攻していたから、緑もそれを目指す。

 そんな単純な理由で大学進学を選択していた。

 だからこそ迷いもない。

「相変わらず、真面目ぶって、それで、クールで、でも……」

 大吉がポツリポツリと言った。

「いつか、会える気がするんだよなあ」

 そう言ってにっこり笑った。

 素直な笑顔。

「……もしかして、大吉くんが陸軍士官学校(リクシ)に行く理由って」

 風子がチラッと彼を見る。

「本当は外交官になりたかったけど……英語のアレも七〇〇点台だし、到底合格するような能力じゃないってわかったから……それで軍隊……軍隊にいれば、いつか会えるかもしれない……動機が不純すぎるかな?」

 笑ったままそう言った。

 女のために仕事を選ぶ。

 世間一般では胸を張って言えることではない。

「さよならを言えてねーから」

 だが、今の彼はそれを堂々と言えた。

「かっこいいな、大吉は」

 次郎はそう言って大吉の肩に手を置いた。

「お前だって、陸軍士官学校(リクシ)に」

「そうだけど」

 風子が口を挟もうと次郎に視線を送る。

「次郎はどうして?」

 まさかそんな質問をされるとは思わなかったんだろう。

 次郎は風子の方を向いて、首を傾げる。

「どうしてかな」

 軍隊を続ける。

 それ相応の理由があってもいいと思う風子だった。

「じゃあ風子は、どうして京都帝国大学に?」

「……その、あの大学に行けば、可能性が広がるかなって」

「可能性ってなに?」

「世界と関わるような勉強……というか、サーシャとか幸子ちゃんとかと、また会えるような、そんな仕事を」

「そうか……」

 次郎は目を細める。

「俺は……なんで、士官学校を選んだんだろう……風子も大吉も、緑もちゃんと理由があるのに」

 風子が少し口を開こうとしたが、先に大吉が口を動かした。

「気付いていないかもしれないけど」

 真面目な顔。

「お前って、佐古中隊長に、なんかさ、後輩とか面倒見る時も、似てるっていうか、真似してるように思えるんだよな」

「……中隊長?」

「ああ、なんかしゃべり方とか素振りとか」

「……」

 次郎は目を閉じた。

 あまり気にしたことはない。

 いや。

 あの二年の春に、そんなことを考えた時期があったことを思い出す。

「ああ、そうかもしれない」

 あれから二年間。

 そして今も。

 佐古少佐(あのひと)の背中を追っていたような気がする。

 そのことを忘れるぐらい、無意識に。

 やっていたのかもしれない。

 不思議な感覚だった。

 そうとしか言えない。

 やっぱり、このメンバーでいると本音を引き出してくれる。

 ――ああ楽しいな。

 次郎はそう思う。

「またみんなで会いたいな」

 ぽろっとそんな言葉がでていた。

 大吉が笑いながらうなずく。

「おう」

「合コンしよーとか言ってメールしないでね」

 緑がそう言うと次郎が首をふる。

「それはない」

「即否定されるのも、なんか」

 ピクッと顔を引きつらせる緑。

「もっと、四十歳とか五十歳になって、みんなで温泉旅行とか」

「……うわ、おっさん臭い」

 と風子。

「なに、その湯けむり不倫旅行」

 と緑。

「お前ら、心汚れすぎ」

 と反論するが、バカにした目つきの女子二人に見下ろされる。

「だから、男ってロマンチストというか、現実逃避というか」

「温泉旅行で何が悪い、なあ大吉」

「温泉旅行はないな」

「……大吉お前もか」

「じゃあ大吉くんもこっちー」

 風子が大吉の腕を引っ張る。

「やっぱ、みんなで休暇とってアメリカ大陸横断とか」

 大吉の提案。

「……なにそれ、楽しい?」

 パッと手を離す風子

「男のロマン」

 小さい巨人がエッヘンする。

「それはねえな」

 敵対する男の友情。

 四人は笑った。

「あんた達、仲いいなら付き合っちゃえばいいのに」

 少し離れた外野から口出しするのは小牧楓。

 すでに徳山俊介とはそういう仲ではなくなっていたが、それはまた別のお話し。

 同期の中でも恋多き女子なのだ。

「そんなんじゃないんだよね」

 風子がそう言った。

「まあ、そんなんじゃないな」

 大吉が笑う。

「わたしは二人がそんなんだったらいいなーって思うけど」

 と緑。

 視線の先は次郎と大吉。

 ゾクゾクっと悪寒が走るが、もう慣れている。

 相手にしない。

「さよならだけど、さよならじゃない」

 次郎の言葉にうなずく他の三人。

「なんだよそれ」

 と大吉。

「うなずいていたし」

 次郎の返しに風子が笑う。

「なんとなくうなずいちゃった」

「うん」

 緑もうなずく。

 そして、しばらくして。

 四人はしゃべらなくなった。

 緑が息を吸った音が。

 すごく響く。

「ばいばい」

 パッツン前髪が揺れた。

「じゃあね」

 一生懸命作った笑顔がますます幼く見えた。

「またね」

 ベリーショートの頭を下げ、溜まった涙を隠す。

「さようなら」

 口元が震えた。

 また、静かになる。

 息を吸う音が、すごく大きく聞こえた。

 四人はもう一度息を吸う。

 口に出そうと。

 それぞれの分かれ道。

 この三年間いっしょだった四人。

 もう離れていった人もいるけど。

 全部。

 また、繋がるかもしれない。

 また、繋がりたい。

「ばいばい」

 手を振った。

「じゃあね」

 握手をする。

「またね」

 まぶたに指を押し当てた。

「さようなら」

 もう一度。

 手を振った。



 それぞれの。

 それぞれの。

 道に。

 一歩踏み出すために。

 


 

 陸軍少年学校物語  了



最後まで読んでいただき感謝いたします。


この物語を初めて書いたのは五年前になります。

Pixivで書き始め、創作の世界に入った一歩でした。

読んでいただく喜びを感じたのもこの作品です。

そして、ファンアートをいただいたのも、この作品が初めてでした。


当時はプロットも作らず、見切り発車で物語を一人称で綴っていたため、途中で頓挫しお蔵入りにとなっていました。


創作の先輩に「まずは完結させることから」というアドバイスをいただき、同じ世界、時系列である拙作の「39歳バツイチ……」「缶コーヒーから……」といった長編を完結させることができ、かつ、多くの方に読んでいただく機会を得ることができました。


そして、このたび二年をかけ時間はかかりましたが、次郎と風子の物語に区切りをつけることができました。


これも、目に見えるこちらへの感想、ツイッターでの感想、ファンアート、ブクマ、評価点を入れていただいた方々のお陰です。

メンタル弱い私には、なんとか書き終えようというモチベーションを得ることができたのもこれのお陰だと思います。

目に見えるというのは、本当に大切なことだと実感しました。


そして、目には見えませんが、この物語を続けて読んでいただける方も、もちろん感謝いたします。



そんな応援して頂いた方々にもう一度感謝をさせていただき、後書きに変えさせていただきます。

本当にありがとうございました。

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