第72話「一〇三〇 こどもたちの戦い」
幸子はサーシャの手を握って歩いていた。
――元気になって欲しい。
そういう想いを込めて。
だが、そんな彼女が掴んでいるその手は、力なく、そして冷たかった。
サーシャが三十分前にみせたあの勢いは消えていた。
理不尽な暴力に果敢に立ち向かったあの瞬間。
そして、叩きのめされた今。
鼻血で汚れた制服の胸元。
赤く腫らした頬。
幸子は三十分前の光景を思いだす。
あの時、スタンガンを受けて彼女は悲鳴にならない声を上げた。
倒れたあと、すぐに立ち上がろうとしていた。でも、体がいうことを聞かず、滑稽に地面を這いつくばっていたサーシャ。
それから、彼女に覆いかぶさった男。
三発ほど顔面を殴打された後、彼女の抵抗は終わった。
戦意を喪失したようにうなだれるサーシャ。
立ち上がって敵の指示に従う彼女の手を幸子は意識することなく握っていた。
意気消沈している青い瞳。
そんなサーシャを見るのは耐え切れなかった。
いつも元気で高飛車で……そんな状態じゃないサーシャは彼女をひどく不安にさせた。
だから、幸子は少しでもぬくもりを伝えようと指先に集中している。
戻ってきて、サーシャ、と。
怖かった。
恐怖という足枷。
目の前で見せつけられたサーシャやボブに対する容赦ない暴行。そして、自分達の背中に突きつけられた拳銃。
留学生達は躊躇することなく従うしかなかった。
スピーカーから流れる唐突な言葉。
――今から人質だった留学生達と合流させる。
――動かずに待て。
――さっきの侵入者は制圧した。
――君たちはすぐに保護する。
嘘の艦内放送。
今まさに、その侵入者から留学生たちは銃を突きつけられているというのに。
伝えなければならない。
でも、留学生達は従うことしかできない。
ただ歩いくことしかできない。
抵抗したボブも同じだ。
放った右ストレートの代償。
腫れあがった右肘。
歩くだけでも激痛が走る。
すでに応急処置を自分でやって、外れたひじ関節は元に戻したが、腫れはひどくなっている。
あの放送の意味をボブも理解していた。
自分達が餌だということはよくわかっている。
それでも進むしかない。
あいつらは容赦しないだろう。
自分達を痛めつけることに躊躇は感じられない。
それに、とボブは思う。
人質はひとりいれば十分なのだ。
処理して海に投げ込めばいい。
ボブだけではない、留学生達は一瞬にしてそれをわかってしまった。
前に進むしかない。
今はもうそれしかできなかった。
命を無駄にしないために。
大人しく従うしかない。
侵入者のひとりがサーシャの顔をおもむろに覗き込む。
〇の中に陸と書いたワッペンを肩につけた海軍陸戦服を着た男。
男の視線の先にある虚ろな青い瞳の少女は地面を向いたままで、反応がない。
鼻血を止めるために鼻の穴に突っ込んだティッシュは赤く染まっている。
――子供なんて少し脅せばいいから楽だ。
男はそう思った。
しかも、見せしめをすれば従順に従う。
うまくいった。
そう思っていた。
ガチャリ。
ハッチを開ける重い音が響く。
異様な静けさに包まれている艦内。
聞こえるのは彼らの足音のみ。
先頭を行く侵入者はサーシャにスタンガンを押し付けた男。
留学生達を先導するようにして船内の廊下を進んでいた。
彼を含め、拳銃を装備した男が三人、そしてカメラを担いだ男がひとり。
たった四人で、十倍近くの学生を相手にしていた。
相手は子供である。
それに彼らは彼らの国で特殊な訓練を受けたエージェントだ。
十分すぎる人数であった。
ハッチを潜り抜け、そしてしばらく進むと左手を肩の高さまで挙げ、手のひらを向けた。
ちょうどT字路になっている場所だ。
――止まれ。
そういう合図であった。
男は合図送りつつ、右手の拳銃を両手で保持し、視線の高さまで上げた。
後ろにいたもう一人の男は合図をするまでもなく、男と反対側を向きカバーする。
男は右の曲がり角を向いた。
じわじわと丸いケーキを細切りにするようにして歩みを進める。
チラッと左手首の内側に向けた腕時計を見た。
――一〇三〇か……あと一時間もすれば、ホンモノが来る。
彼らが行動を起こしたのが九時。
すでに一時間半が経過している。
彼はT字路の真ん中まで進むと構えている拳銃をやや下に向けた。
安全が確認できたという意味もある。そして、自分が着ている海軍特別陸戦隊の迷彩服を見て少し口の端を上げた。
男は前進を続ける。
陸軍少年学校の学生を前にして、ここにいる留学生のうちひとりを射殺する。
激高した学生達が銃を手に行動するまで、挑発を続ける。
難しいのは相手の戦意を挫いてはいけないということ。
怒りを買うようにする。
処置しすぎると、戦意を喪失するだろう。
だが、後ろについてくる留学生達は引き続き戦意を喪失させなければならない。
――あの時、ひとりぐらい処理しておけばよかったかもしれない。
今更男はそう思う。
子供に手をかけることに躊躇したわけではない。
男は余計なことを思った。
ゆっくりと進む廊下。
後ろのカメラマンを確認した。
いつでも事が起こってもいいように、彼は放送ができる状態にしている。
男はまだ先へと進む。
目的地の格納庫はあとひと区画先だ。
学生達は実弾入りの小銃を手にしていることだろう。
この艦艇に装備されている小銃は学生達が射撃したことのあるものと同型だった。
拳銃や短機関銃もあるが、彼らのカリキュラムを調べたところ、こんなものを射撃するような課目はなかった。
拳銃や連射式銃を射撃したことのない相手は怖くない。
訓練していなければ、そう当たるものじゃない。
まして、至近距離戦闘の経験などあるはずがない。もちろん耳栓などもしているわけがなく、まずその状況と音でまともに照準なんかもできないだろう。
闇雲に撃ってきたところで何も怖いことはない。
大切なことは、しっかり狙って撃つ。
それだけだ。
戦闘が始まればその一番単純かつ大切なことさえも、できなくなるものである。
よって学生達はこの狭い空間で銃を乱射し跳弾と音に恐怖するだろう。
このため、一瞬にして戦意喪失すると男は予想していた。
また、念のため罠も用意している。
壁際を歩け。
留学生達にはそう伝えてある。
こんな狭い場所で射撃をすれば跳弾が起こる。
そして、跳弾した弾は壁に当たった場合、弾道を変え壁をそのまま伝うようにして飛んでいくのだ。
彼らにとって相打ちという構図も絵になる姿であった。
悲惨な死に方をする少年兵達。
陸軍少年学校の生徒だからこそ、戦意旺盛だったからこそ、死んでしまう子供達。
そういう演出が大切だった。
ギギッ。
ハッチのレバーを回す音が不愉快な音を立てて動く。
格納庫まで一歩手前の扉。
男は躊躇することなくそれを開いて格納庫に足を踏み入れる。
すぐに後ろに続く一人が拳銃を構えてカバーした。
大型ヘリを数台格納できる格納庫だ。
強化ガラスの窓はなく、密閉された場所、かつ作業中ではないのためライトは必要最小限に抑えられているため薄暗い。
「おーい、大丈夫かー」
少し間抜けな声で男が叫ぶ。
武器庫の方向は人の気配がしない。
「留学生を連れてきたぞー! 無事なら顔を出してくれー!」
そう叫んでみるが、やはり物音ひとつしない。
沈黙が数十秒続いた。
男が格納庫の中を先へ向かって進む。
その後ろ、扉の向うの狭い廊下に留学生。
男に続いて歩いているのは、さきほどからカバー役をしている者。
握った拳銃はいつでも撃てるように、照準線に上げている。
二人は学生達が隠れている武器庫へ真っすぐ向かっていた。
カッ。
微かな物音。
男がその物音の方向――強化プラスチック製ダストボックスの横――を向く、それと同時に拳銃の銃口の下についてある強力なスポットライトで照した。
「……あ、はは」
コンテナの壁に張り付いているのは大吉だった。
引きつった笑顔。
他の学生もあの裏にいるのか。
逃げている途中だったのか。
待伏せか。
いや、待伏せなら間抜けすぎる見つかり方だ。
「大丈夫、俺たちは味方だ、そこから動くな」
銃口を向けたまま白々しいことを堂々と言う男。
「銃口をおろせ」
緊張した声で大吉が注文をつける。
数メートル先で銃口を向けられるのは、気持ちいいものではない。
男は大吉の両手が何もないことと、ごみ箱の裏側に誰もいないことを確かめたあと、銃口を下げた。
「すまんな、ところで他の学生達はどこにいる?」
「みんな武器庫の中にいる」
大吉のその言葉を聞いて男は頷いた。
時間がない。
予定とは違うが、この学生を処理すればちょうどいいのではないかと男は考える。
この男子は様子を伺うために出てきているのだろうか、とも思う。
だとすれば、この光景を彼らは見ているということだ。
「少年、名前は」
「松岡、大吉」
男は拳銃から左手を離し、そして人差し指と中指でVサインを作る。
もう一人の迷彩服はパンパンと短く拳銃の握把を叩き、それから扉の向うの仲間にVサインを送った。
向こうからパンという音が聞こえた後、もう一人の男は同様に一度だけ叩く。
それが合図だった。
あの手段を使う。
扉の向うから押し出されるように、サーシャと幸子が出てくる。
足元をふらつかせたサーシャが幸子の腕を引っ張るようにして崩れ落ちた。
ボブも突き飛ばされるようにして扉の内側に来る。
「自己犠牲か」
冷たい声とともに銃口を上げた。
その先には大吉の頭部。
その時だった。
「きえええええええええええええええええ!」
大吉の小さな体からは信じられないような大声、いや奇声を上げたのは。
一瞬の躊躇。
まったく男が予想していない大吉の行動。
銃口を向けられて、大声で叫ぶ。
憶している子供ができることではない。
予め準備された行動かと警戒する。
だが、やることは変わらない。
男は叫ぶ大吉を照準する。そして、引き金を引いた。
――。
はずだった。
引きつった笑顔の大吉。
――なめんじゃねえよ。
足は小刻みに震えているが、そんな目つきだ。
踏ん張り、力のある目。
クラッとなる瞬間。
男は倒れながら子供と侮っていたことを反省した。
片膝を付くが焦点が定まらない。
天井からぶら下がる鎖。
次に見えたのは滑り止めのギザギザがあるクリーム色の鉄板に覆われた地面だった。
「大吉いいいいいいいいい!」
天井からぶら下がった鎖。
鎖を掴んだ次郎は自分の体を振り子の様にして飛びこんできた。
学生達の狙い通り。
大吉に食いついた男が罠の位置へ立った。それを次郎たちはジッと待っていた。
次郎の奇声を聞いた男。
ただの脅しかもしれないと思ったが、ひとつひとつリスクを排除する習性がついたカバー役の男は全周を警戒するため、一瞬止まった。
集中力をが散漫すること意味する。
だから次郎の試みは成功していた。
彼は鎖の円運動に身を任せ、右手に持ったジャッキ用の鉄パイプで男の後頭部をぶん殴った。
同時に一発の銃声鳴り響く。
それに臆することなく、次郎は勢いよく取って返し、もう一撃を入れた。
鈍い音。
男の膝が折れ、そのまま倒れ込んだ。
次郎は鎖から手を離し、その上に飛び降りた。そして、容赦なく拳銃を握っている右手にパイプの先を突き立てる。
転がる拳銃。
大吉がそれを拾った。
次郎は道場で教わったことをただやっているだけだ。
相手が戦意喪失するまで緩めるな。
最も危険なものから排除せよ。
こんな危険を起こしてまで二人が動いたのは、男達の狙いをなんとなく気付いていたからだ。
そして、相手の弱点も。
小銃を持った時、次郎は敵からなめられていることに気付いた。
こんな場所で射撃はできない。
頭が冷えていくほど、そういうことに気付いていく。
いくら武器になれていない彼らでもわかるような常識だ。
艦内で五.五六ミリクラスの突撃銃でもぶっ放せばどうなるかぐらいはわかっていた。
それにあの放送、触れるなと言っていた。
その意味が『触れるな』ではなく『持っていけ』でも変わらない。
どちらにしても、敵は自分達をなめている。
武器の知識がない子供たちだと。
だから、敵は自分達を子供だと侮っていることに気付いた。
――今から人質だった留学生達と合流させる。
怪しすぎる言葉。
教官たちのことは触れずに留学生のことだけなんてありえない、そう彼らでもわかる。
わざわざこの格納庫に来てやるべきことなんて。
だから、待ち伏せをした。
一番危ない役に手を挙げた大吉。
風子がやると聞かなかったが、大吉と緑が説得した。
大吉に銃を向けた時。
繋がれたサーシャを見た時。
次郎と大吉は予想通りだったことを確信する。
とにかくこいつらは敵だと。
そして、狙いは自分達。
ただ、なんのためかというのはわからない。
そんなことを考えていた学生達。
もうひとりの男も、次郎が入れたあの一撃のために状況が変わってしまったことに気付いていた。
次郎が一撃目を入れた時、男は躊躇なく引き金を引いた。
鳴り響いた銃声はそれだったのだ。
振り子運動で規則的に動く相手とはいえ、普段だったら十分命中する速度と距離だ。
射撃をした瞬間、いろんなものが彼に向かって飛んできたのだ。
スパナ、金づち。
武器庫の方にいる学生たちだった。
風子が投げたモンキーレンチが拳銃に当たっていた。
男が怯む。
その時、大吉が飛び掛かり、男に掴みかかっていた。そして、拳銃をもったその手首に嚙みつく。
男は悲鳴をあげることなく、左手で腰に掛けてあるナイフを取り出すとともに大吉の首元に突き立てようとした。
そんな大吉の奮闘に加入する次郎。
彼はその両手で握ったジャッキ棒を巧みに操り、小さな円運動をするようにして、突きを入れていた。
ナイフを絡めとるようにジャッキ棒を粘着させ、軌道を逸らす。
そしてその勢いのまま棒の先を男の顔面に突き込んだ。
男はたまらず、腕に噛みついている大吉を力任せに放り投げ、そしてその攻撃を避けようとする。
だが、大吉はかみついたまま離れない。
男は邪魔な足枷をどうにかしうようと冷徹な動きをした。
大吉の脇腹に左ひざを入れつつ、次郎の突きに対応したのだ。
それでも離さない大吉。
痛みで歯の力が抜けないように顔を真っ赤にしながら噛みついていた。
そんな援護を受けながら、次郎はもう一度ジャッキ棒で突きを入れようとする。
男は右脇でその棒を掴んだ。
「よくやる、が、これで終わ……」
男の言葉が途中で止まった。
次郎の目つきが変わっていないことに気付いたからだ。
脇に挟んで突きを避ける。
いや挟ませようと仕組まれていたことに気付いたのは、顎に次郎の頭突きをくらった後だった。
顎を下部から突き上げるような動き。
棒を掴ませ、油断した隙を逃さなかった。
いつの間にかジャッキ棒をしごいて、短く持ち、間合いを詰めていたのだ。
男の右手から拳銃が手から離れた。
次郎は男の顔面を右手で鷲掴みにして、そのまま床に打ち落とそうとする。
が、彼はその手を止めた。
「止まれ」
銃声とともに、留学生達の方にいる別の男がそう言ったからだ。
威嚇の一撃。
地面に向かって撃っている。
次郎は素早くそこから離れ、拳銃を手にした。
振り向いた方向にはカメラを持った男と、拳銃を発砲した男。
興奮状態をなんとか鎮めようと言う気持ちが高ぶっているのだろう、次郎は腹式呼吸をしているが、同時に肩も強く動いている。
彼の視線の先にいる男――さきほど発砲した男――はサーシャの腕を掴もうとしていた。
うなだれたままのサーシャは避けようとはしない。
そのため、幸子が男の左側面から体当たりをして抵抗した。
よろけることもなく、男は彼女の体当たりを受け止める。だが、掴もうとした手はひっこめてしまった。
男は邪魔をした幸子に対し激高するでもなく、ただ冷静な目つきのまま拳銃を握った手に力を込める。
それを彼女の頭部に打ちつけようとして。
機械的に。
ただ排除するために。
そして、男は考えていた。
好戦的な学生は目の前のふたりだけ。
後は武器庫の奥から物を投げるだけの臆病者。
大吉も、次郎も武器を持っている。
カメラは回っているようだ。
そろそろ処理してもいい頃合いだ。
次はサーシャを撃つことをmm23決意した。
男は頭の中で条件を再確認する。
任務達成の条件。
――極東共和国の留学生は殺すな。
彼女が生き残れば、東の関与が疑われる。
疑われる。
疑わせればいい。
百人のうち九十九人がそう思ってもいい。
ひとり。
たったひとりでも関与していると思えばいいのだ。
そうすれば、この国は手をひく。
傷つけてはいけない幸子を黙らせるには、サーシャの死体をくくりつけるぐらいでいいだろう。
相手は子供。
とにかく動けなくしておけばよかった。
だが、その拳銃の握把は打ち下ろされることはなかった。
できなかった。
下を向いたままだった金髪のおかっぱ頭がふわりと逆立つ。
それと同時に彼女の瞳に鋭い閃光のようなものが走ったように見える。
フンと気合一閃。
鼻に詰めたティッシュを吹き飛ばすと同時に、サーシャは大きく跳び上がり、男の頭の上に手を置いて大きく前転した。
ロープで繋がれている右手を支点として。
幸子も逃れようとして、肩より外側に離れた。
だが、サーシャの勢いで男の方に引っ張られてしまう。それでも男の脇よりも外に出ていることは彼女の狙い通りだった。
サーシャは男の背面に着地する。
その時二人の手首を縛ったロープが男の首にかかっていた。
「幸子しゃがんで!」
言われるままに幸子が膝を曲げた。
女子二人分の体重が一気にかかる。
サーシャは間髪を入れず膝裏に素早く蹴りをくれた。
男を後ろのめりに転倒。
「なめるなっ!」
彼女はそう啖呵を切る。
力を緩めることなく後頭部を強打させた。
そんな女子達が活躍する中、ボブは、別の戦いをしている。
サーシャと同様隠していた闘志を一瞬にして吐き出した彼はカメラを持った男に体当たりをした。
派手な音を立ててビデオカメラが宙を舞い、通信機材のようなものと接続したケーブルがひっぱられる。
彼は踏みつけるようにしてそのカメラをたたきつけ、コードがちぎれ飛んで行った。
両手を縛られた状態のボブだが、持ち前のバネを利用して、ダンスでも踊っているような感じで、連続した蹴りを入れていた。
留学生達に向けていた銃口はもうない。
ボブは睨みをきかせてカメラを落としたカメラマンの男と対峙している。
一方次郎は拳銃を倒れている男に向けていた。
一番最初に倒した男だ。
動く気配はないが、明らかにやばい人間だと言うのは雰囲気でわっていたから、油断はしない。
それでもチラッとサーシャを見る。
彼女は鼻を大きく開けてドヤ顔をしている。
次郎が引きつった笑顔で答えると、彼女もそんな表情でお返しをする。
倒したはずなのに、緊張感は抜けない。
まだ全体が見えないのだ。
敵が何人いるかもわからない。
彼らが倒した相手よりも、来るかもしれない別の脅威に気を取られるのは無理もない。
ガサ。
大吉が見張っている男が腕を動かす。
「動くな!」
大吉が大声で叫んだ。
銃口がぶれているのは遠目で見てもわかる。
もちろん、目の前の男もそれに気づいている。
「俺たちをなめるなよ……動いたら……動いたら! 撃つからな!」
男は不敵に笑う。
確かに今現在の不利な態勢は彼らを、子供たちをなめていたことによるものだろう。
「大吉!」
次郎が叫ぶ。
しかし、目の前の男に警戒しているため、大吉のカバーにはいけない。
武器庫から拳銃を持った学生が、外の様子を探りつつ出てこようとしている。
彼らもなかなか出てこれない。
外の状況も、次郎の合図もないからだ。
合図を出すまで来ないようにと次郎が言っていたことが裏目に出ていた。
彼にそれを考える余裕はない。
男がゆっくりと立ち上がった。
そして大吉の向けている拳銃に手を伸ばす。
パン。
拳銃特有の軽い破裂音。
大吉は引き金を引いていた。
だが、今まで撃ったことのある小銃とは違うことが不幸であった。
撃鉄を起こしていない場合、拳銃の引き金が小銃のそれに比べ異様に重い。
「ダブルアクションの撃ち方を知らないようだな」
男はグイッと大吉が握った拳銃の銃身を掴む。
そして、ひねるような力を入れ込むと、大吉がギュッと握った手が拳銃から離れた。
手首関節。
そこを狙った技だった。
相手が抗えば抗うほど強く極まる関節技。
男は冷静な眼差しのまま、大吉の鳩尾を左の拳で突き上げる。
「だからなめられる」
そう言って彼は大吉の額に銃口を押し当てた。




