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陸軍少年学校物語  作者: 崎ちよ
第10章  睦月「冬」
65/81

第65話「二十年」

「わからない」

 ――あなたたちの学校は気を付けた方がいいって。

 次郎は三和のその言葉にそう返答した。

 彼はズルズルと腰の位置ををずらし椅子に寄りかかる。そして、うなじ当たりを椅子の背板に預けるようにして天井を仰いだ。

「なんで、学校が狙われるんだよ……前に……サーシャだろ、襲われたのは……標的は」

 まるで天井に向かって話しているような態度。

 少しだけ知っている女の子が突然現れて、学校が危ないと言う。

 そんなことにわかに信じられるはずがない。

 今はサーシャの護衛とかやっていると聞いている。だが、この少女はついこの前自分達を襲った相手である。

「……あの時と今は違う」

 隣に座っている三和はそう言葉を返す。そして、右手をスッと顔の前に出した。

 彼女は突拍子もないことを聞いてあきれ顔で天井を見上げる次郎の顔と、自分の右手を見比べた。

 おもむろに伸びる手。

 見上げたまま無防備になった次郎の喉仏を軽く押した。

 次郎はビクンと体を跳ね上げ、反射的に咳き込む。

 まともに息ができず苦しんで椅子から転げ落ちた。

「人の話は聞く」

 ボソッと命令口調でそんなことを言う三和。

 彼女は無表情のままだが、その眼差しは少しだけ冷たさが増しているように見えた。

 ひきつった顔の大吉。

 絶対に関わってはいけないタイプの女子だということを思い出す。

「……げほ……なんだよ、いきなり……つうか」

 地面のタイルに膝と手をついたまま見上げる次郎。

 薄暗い店内、その陰影も手伝って見下ろす三和の顔が怖い。

「……真面目に聞く」

 そんな彼女の声は少しいじけた風に聞こえた。

「どいつもこいつも、俺のまわりはなんでこう暴力的な女子ばかり……」

 顔を上げようとしたが、次郎はやめた。

 ラッキーなアレが起こりそうだという状況が次郎のセンサーにひっかかった。

 警告音が彼の頭の中で鳴り響く。

 傍から見ればラッキーだが、その代償があまりにも大きすぎるため、総合するとアンラッキーでしかない。

 目の前にある三和の黒いタイツに包まれた足。

 見上げればスカートの中を見てしまう。

 それはもう一度痛い目に合うことを意味する。

 彼は挑戦者ではない。

 パンツを見たなら速やかに、そして容赦なく命を狙ってくるような相手であることを知っている。

 やばい。

 避けなくては。

 本能が言っている。

 今までの状況が余裕も与えず、巻き込まれるようなラッキースケベであったが、元々石橋に聴診器を当ててから渡るような男の子である。

 ――アンラッキースケベの神様に勝った。

 未来予測。

 三和の可能行動予想。

 鋭く、一瞬にして計算していた。

 足を見ないように、そしてそんな風に見られないように、最新の注意を払って立ち上がろうとする。

 この一年間で次郎は確かに成長していた。



「バカだな、次郎」

 大吉が笑っている。

 仕方がない。

 テーブルの裏側にしたたかに頭を打ち付けたからだ。

 一番恐れていたことは避けられたが、初歩的な失敗をしていた。

 テーブルの下あるある。

 もちろん、テーブルの上はガラガラガッチャンとなって、ちょっとした被害もでていた。

 そんな中で大吉や三和は自分の飲み物を死守。

 三和はそれだけでなく器用に次郎が飲んでいたミルクたっぷりコーヒーを抑えていたぐらいだ。

 たいした運動能力である。

 だが、お冷の入ったグラスまでは、手が届かった。

 お約束のように次郎の背中を直撃。

 直接落ちなかったため、グラスは割れなかったが冷たい水を背中に被ることになった。

 そういう訳で、背中からパンツのゴムまで濡れてしまった次郎。

「もう慣れた」

 彼は口を尖らせて強がることしかできなかった。

 そんな言葉を無視して口を開く三和。

 次郎の不幸なんてどうでもいいという表情だ。

「今、手元にはない……だけど学校の図面、それと予定表を持っていた」

 大吉が不審な目を向ける。

「誰が?」

 さっきの騒ぎから落ち着く暇もない、話をどんどん進めていく三和。

 ついていけない大吉がつい口を挟んでいた。

「敵」

 そっけなく答える三和。

「敵って」

 次郎がおしぼりで背中を拭きながらそう言った。

「……知らない方がいい」

「なんだよそれ」

 大吉の反応に興味はない。そんな対応で彼女は話を進める。

「建物内部の寸法まで書いたような図面」

「他には?」

 大吉が肘をついて両手に顔を乗せている。

 遠慮のかけらもなく、三和に呆れた表情を見せている。

「ない」

 大きなため息をつくのは次郎。

「そりゃ、誰も信じないな」

「……だからこうして言いに来た」

「子供だったら騙せるって?」

 そう口走った瞬間だった。

 大吉が驚きの声を出す暇もなく、三和の顔がテーブル越しに数センチ前まで近づいていた。

 テーブルから乗り出しているにも関わらず、モーションがない。

「騙そうなんて」

 三和がテーブルの上から身を引き、椅子に背中をつけた。

 すると次郎が口を開く。

「またサーシャを襲おうためのウソか? ほら、何度かあったし」

「今さらサーシャ・ゲイデンを襲う価値なんかない」

 ――敵にとって。

 三和はそう言うと紅茶を音もたてずに口に含んだ。

「学校の図面……あの学校に軍事的価値はない」

「いや、図面マニアとか」

「彼らは余計な情報収集をしない」

「つうか、どうやってそんなもん手に入れたんだよ」

「言えない」

「……」

 はあ。

 次郎と大吉は同時にため息をついた。

「敵の目的は、厭戦気分の醸成」

「えんせんきうん? じょうせい?」

 大吉がげっそりした顔で質問する。

「国語辞典を引けば」

「へいへい」

「モスクワ……帝国の参戦を妨害」

「学校でテロをして?」

 次郎が眠たそうな顔のまま聞く。

「そう」

「ない、それはない、子供の俺でもわかる」

「……」

「テロなんてしたら逆効果だろう? ほら、子供が殺されたら、普通は燃え上って、復讐! ってならない?」

「その可能性もある」

「なんだよそれ」

「まだ……これは情報なんて言えるような代物じゃない、要素が足りない、私のカンでしかないし大人は誰も信じない」

「……」

 互いに呆れた顔。

「でも」

 三和は表情を変えない。

「学校の図面とスケジュールを敵の工作員がただ単に持っていた……ただ単に持っていた……ただ単に……それを肯定する情報はどこにもない」

 彼女は目を細める。

「可能性は否定できない」

 学生達の虐殺。

 その可能性。

 それで厭戦気運を高める方法がこの学校にはあった。

 この学校の悲劇。

 その記憶。

 三和はまた紅茶を音を立てずに飲み込んでいた。



 しばらく沈黙が続く三人。

 無表情のまま次郎を見る三和。

 呆れた顔を見合わせる大吉と次郎。

「なあ」

 大吉が口を開いた。

「前々から思ってたけど、お前ってさ、いったい何?」

 視線を手元の紅茶に向けていた三和は一瞬だけそこから外す。

 大吉に感情のこもってない視線を向け、そしてすぐにそらした。

「……忍者」

「「ニンジャ!」」

 男子ふたりは同時に驚きの声を上げた。

「何か?」

 ピシャッとふたりを制する三和。

「……」

 どう反応すればいいかわからないので、ふたりとも顔面の筋肉を強張らせ、酸っぱい表情をしながら顔を見合わせていた。

 三和があまりに真剣な表情だったため、笑いたいけど笑えない。

 むず痒い気持ちがふたりを包むが、きっと笑えばやられるに決まっていると思うと我慢できた。

 さすがに忍者はないだろう。

 忍者は。

「母親が加賀忍者の……流れを……」

 何気に言った本人も恥ずかしそうにしている。

 太ももを微妙にスリスリと動かしていた。

 一応、恥ずかしいらしい。

 彼らの動揺が伝わってしまったのかもしれない。

「ニンニンってや……」

 言い終わらないうちに、おしぼりを口に突っ込まれる大吉。

「他の誰かにしゃべったら、殺す」

「……そういえば、あのお母さんも、確かに、なんか神出鬼没というか、そんな感じ……あったような」

 次郎は学校祭の時のごっつんこならぬ、ぼよーん体験を思い出した。

 色っぽいぽいお姉さんという感じの母親。

「くノ一ってやつ? あれ、色仕掛けとかす……」

 大吉がおしぼりを口から出した瞬間、また余計なことを言う。そして今度はまるめた次郎のおしぼりを口に詰められた。

「窒息して」

 冷たく言い放つ三和。

「風呂シーンとか?」

 次郎の目に指が突き出される。

 寸でのところで次郎がガードする。

 視界が三和の指先で覆い隠されるぐらいの距離だった。

 天下の副将軍が暴れる時代劇にくノ一のお風呂シーンがあることは共通認識。

「眼はやばい、眼球ってもろいから、いやまじやばいから」

「指を突っ込んで……脳ミソ引っ張り出そうとしたけど……失敗」

 とっても恐ろしいことを軽く言う女子である。

 ふう。

 三人で息を吐いた。

 それぞれの飲み物に口をつけ、とりあえず落ち着こうという空気だ。

 ズズズズ。

 氷だけになったメロンソーダを吸い上げる大吉。

 ジッと睨む三和。

 行儀が悪いと目で注意している。

 次郎はまた頭を抱えた。

「ますますわかんない」

 どうして三和がそんなことを俺たちに話をするのか。

 どうして『敵』とかいうやつが俺たちを狙うのか。

 どうして大人は知らんふりするのか。

 どうして三和は動かず、俺たちに言ってくるのか。

「ありえないって最初に言った」

「……ありえない、そうか……ならさ、忍者なんだろ? じゃあ俺たちを守ってくれよ、そういうことしようという奴らがいるんだったらやっつけてくれよ」

 大吉が上目づかいで三和を真正面から見た。

「なんで?」

 ガクン。

 大吉が頭をテーブルに力なく打ち付けた。そして頬をテーブルにつけたまま話を続ける。

「なんでって、ここまで言ったんだし、力もあるんだろ……だったら助けてくれよ」

「そんな義務はない」

「はっ? 忍者って、キュッとかバサッとかできるんだろう」

「そんな命令は受けてない」

 大吉は口をパクパクさせたまま言葉に詰まった。

「じゃあ、どうしたら俺たちを助けてくれるんですか」

 棒読みの次郎。

 支離滅裂な相手にほどほど呆れていた。

「雇ってくれれば」

「お金?」

「そう」

「いくら?」

「……高い」

「どのくらい?」

 三和はバカにしたような顔つきでフッと笑う。

「子供には払えないぐらい」

 大吉がガバッと顔を上げる。

「何が言いたいんだ! 意味わかんねえ、もしかしてあれか? ビジネスか? 脅しビジネスか?」

「私では決められない、組合長を通じてやらないと」

 加賀忍者隠密組合。

 一応、月々の給料は定額、任務に応じて手当が増加される。

 勝手にアルバイトなんてしてはならないのだ。

「脅しとかじゃない、忠告」

「意味わかんねえ」

「意味わかんない」

 大吉、次郎はため息まじりの言葉を同時に吐いた。

「……この話は、ここだけの秘密」

 もちろん、唇の前にひとさし指を立ててシーっなんていうことはない。

 表情を変えず、抑揚の少ない声で言っただけだ。

「なんで俺たちなんだ」

「……」

 三和が黙った。

 彼女達は雇われれば働く。

 それ以外に動けば、彼女たちの組合を裏切ることに等しい。

「なんでだろう」

 首を傾ける三和。

 夏に彼女が勝手に動いた時は、母親がうまく火消しをしてくれていた。

 あの行動はかなりのリスクがあったのだ。そして、この行為も同じくらいのリスクがある。

 彼女自身、どうしてこんなことをしているのかよくわかっていなかった。

 ――お父さんの大切な学校を……。

 ――守らないと。

 そう言った記憶さえもない。

 彼女にしては力が入った声だったが、もう忘れてしまっている。 

 今日、サーシャの護衛をしている間に、(コミンテルン)の間諜を捕捉したばかりなのだ。

 慌てて処分しようとしていた書類。

 手に取った時に学校の図面、それから学生のスケジュールだと知った。

 間諜は学校とは無縁の人物。

 サーシャに危険が及ぶ可能性が万が一もあるかもしれないと思って母親と仕掛けた。

 結果手に入れたのが図面。

 直感で学校に危険があることを母親に言ったが、気のせいだと一蹴された。

 それから必死に彼らを探した。

 母親の制止も聞かずに走って。

 やっと見つけた次郎。そして出た言葉だった。  

 無意識に出てしまった言葉。

 ――なんでだろう?

 三和はもう一度考える。

 彼女は目を閉じた。

 父親の野中。

 同居人の伊原。

 そして、次郎、大吉……サーシャが目に浮かぶ。

 ゆっくりと三和は目を開いた。

「知ってるひとがいるから」

 視線を下げ、紅茶の赤い液体を見た。

 それだけだった。

 それだけで十分だった。

 だからそう彼女は言った。

 どことなく力がこもっているつぶやき方で。

「何もできないけど、ほっとけない」

 と。



「……信じるか?」

 あれから二日がたっていた。

 次郎と大吉はテレビが置いてある大広間のソファーに座っている。

 真っ白な世界を映し出しているニュース番組。

 最近毎日見る様になった、モスクワの情景。

 ソ連のなんとか書記長とかいうおっさんの勇ましい演説。

 寒そうに戦車に乗っている兵士たちの姿。

 そんな映像をボーっと見ていた。

 彼らもあの休日の喫茶店であったことを受けて、半信半疑のまま一応教官に聞いてみたりしていた。

 もちろん『忍者の女の子から不審者が学校の図面とスケジュールを持っていたから危険だと聞きました、そんなことって起こるんでしょうか?』なんて言えない。

 それとなく、中隊副官である日之出中尉や教官の真田中尉、林少尉に聞いてみた。

 ――最近テロとか噂がありますが、ここってやられる可能性はあるんですか?

 と。

 もちろん、答えはノー。

 理由は簡単だ。

 帝国の国力を落とし、恐怖を与えるならもっと狙うべき場所がある。

 皇居。

 国会議事堂。

 原発。

 危険物を取扱ている工場。

 都市部での無差別殺害。

 そんなのと並べたら、ここが狙われる可能性はゼロに近い。

 そう言っていた。

 敵も暇ではない。

 一度テロをしてしまえば、次のハードルは高くなる。

 乾坤一擲の一撃。

 そんなことで、こんな軍事的価値がないに等しい学校を狙う訳がない。

 次郎達学生でもわかる理屈だ。

 ――コミンテルが日本にしたいことってなんですかね。

 そうも聞いた。

 脅し。

 そういう答えだった。

 参戦したら、百倍返し。

 そういう脅しをちらつかせる。

 でも、そんなことをしたら逆効果だと思うけど。

 そうも言っていた。

「わかんない」

 ため息をつく次郎。

「信じる信じないというよりも、なんだろう、わかんない」

「……だよなあ」

 その時だ、聞いたことのある名称がテレビのスピーカーから流れてきたのは。

『二十年前、少年兵たちの悲劇が語り繋がれている金澤陸軍少年学校』

 葬式の司会者が話しているような、そんな語り口調のナレーションが流れた。

 次郎と大吉が目を向ける。

「あ、俺写った」

 大吉がそんなことを言う。

 この前、地方のニュース番で組五分だけ流れたということは聞いていた。

 全国版のニュース番組、特集を扱う時間帯だ。

「お、全国デビューとか、やっべ」

 素直に喜ぶ大吉。

 次郎も自分が映ってないかじっと見るが、出てこなかったため頭を下げる。

「うち、いつもこの番組見てるから、写ってたら母さん見てると思うんだけどなあ」

「お前のとこの姉貴さんとか発狂するんじゃね?」

「やめろ、そのことは触れないで」

 周りにいつ別の学生たちも、わいわいやり取りをしている。

『当時中隊長だった日之出大尉は』

 聞いたことがある珍しい名前。

 二人はテレビ画面を見た。

 あの黒髪がきれいなお姉さんは写っていない。

 代わりに見も知らぬ軍服を着たおっさんの写真。

「中尉、だもんな」

 次郎がそう呟く。

 知っている女性の階級とは違う。

 二十年前の話だ、彼らが生まれる前。

 知っている学生がいるはずもない。

『長野方面から西進してきた共和国軍を奥飛騨山中で迎え討とうとして少年兵を率い』

 当時の学生達だろうか、笑顔の少年少女が映った写真が、数枚映し出されている。

『戦闘に参加した少年兵のほとんどを戦死させ、自らは別の場所で自決』

 日之出大尉という人に対し、悪意の含みをもたせたナレーションだった。

 画面が切り替わる。

 雪に包まれた飛騨の山々。

『見捨てられ、後退した少年兵たちはこの山の中でゲリラ活動をして生き延びます……ですが、多くの尊い命がこの山中で失われました』

 ドーン。

 重苦しい効果音。

『すでに取り壊されましたが、ここも激しい戦闘が繰り広げられた場所です』

 テレビ画面に現れた病院の廃墟。

『身を寄せ合っていた少年兵たちは、ここで身を寄せ合って生きていましたが、頑として、彼らを率いていた宮島中尉は降伏することなく戦い続けたということです』

 それから、当時学生だったという男性のインタビュー。

 顔は隠され、変換された音声のみ。

 ――逃げれば敵前逃亡で銃殺だと脅されていた。

 ――命からがら逃げだし、共和国に投降、戦後の捕虜交換で国に戻ってきた。

 そんな証言をしていた。

『学生達は、みな飢え苦しみ、宮島中尉から逃げようとしていましたが、見せしめにひとり殺されてからというものの……』

 音声は変えないが、顔はモザイクがかかっている。

『病院から脱出した我々はあの山に、食料も何もなく、たくさんの仲間が、餓死しました』

 男性は涙交じりの声で訴える様にしゃべっている。

 音声が変換されていたため、なんだか芝居がかって、見ているものを気持ち悪い気分にさせた。

 見るからに胡散臭いが、もの悲しいピアノ演奏が流れる。

 この番組の意図は視聴者の大部分には伝わったかもしれない。

 心に訴えかけるには十分な演出であった。

『金澤陸軍少年学校の悲劇、繰り返してはいけません、この学生達の笑顔を忘れないためにも』

 笑顔の学生。

 日之出大尉、宮島中尉の写真。

 真っ白な飛騨。

 破壊された装輪戦車や装甲車。

『戦争というものは、このようなことが日常になることです……帝国はまた、こんな世界を日常と思う日々がくるかもしれません』

 ニュースキャスターがそうコメントをして宣伝に変わった。

 番組とはうって変わって明るい音楽が流れる。

 チョコレートのコマーシャルであった。

「なあ」

「次郎、なんだ」

「野中大尉、行ってるんだよな」

「ああ、中隊長で、それで少佐になったって聞いた」

 三和が、野中の娘であることを二人は知らない。

「あんな遠くで起こるかもしれない戦争、なんか現実味がないよな」

「ああ」

 現実味がない。

 彼らはそう言っているが、知っている人間が行っているのだ。

 現実味がないわけではない。

 ただ、あまりにも遠く。

 あまりにも日常から離れた世界なのだ。

 次郎も大吉もあれだけ絡んだ人なのに、そういう気分になれない自分達になんとも言えない気分になっていた。

 薄情。

 それでもない。

 想像力が低い。

 それでもない。

 ただ、なんともいえない気分だった。

 それは、テレビが言っている二十年前の先輩たちの悲劇も同じだった。

 彼らはそのことを少ししか知らない。

 大化の改新がありました。

 関ヶ原の合戦がありました。

 そういうことがあったというぐらい。

 他の歴史と同程度。

 テレビで流れていることが、不完全な真実であっても。

 気付くはずもなかった。 




お読みいただきありがとうございます。


この二〇年前のエピソードは拙作『戦火ノウタ』の『5.05』『突入』で触れています。

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