第63話「冬の日常」
キラキラとした光りを反射するガラス。
金沢では珍しい光景だった。
いつも空を覆っている分厚い雲が朝日を遮っていない。このためこの日の朝は、洗面所の窓に白く輝く世界を映し出していた。
「おはよー風子ちゃん」
「緑ちゃんおはよう」
朝の点呼が終わったばかりで寝起きのせいか、おかっぱ頭が爆発している緑。彼女は眠そうな声で挨拶をしていた。
ちょっとこういうことを気にかけている女子は、点呼前に起きて身だしなみを整えるのだが、緑はそういった文化がない。
女子同士、がんばっても、と思っているのかもしれない。
「雪、積もったんだ」
緑がうきうきした声を出す。
彼女が生まれた町――沼津――は雪が積もることはほとんどない。
温暖な世界に生まれた彼女にしてみれば、とても珍しい光景であった。
「雪かき、するほどでもないかな」
そういう心配を風子がしてしまうのは、北陸と同様の気候である舞鶴で育ったからだ。
「雪かきしたいな」
「雪かきだるいな」
緑と風子が同時に言って顔を見合わせる。
「なんか変だね」
「なんか不思議」
緑は不思議と言った。
中学生までは、同じ街で育ち同じ価値観をもった人間に囲まれていた。
でも、ここは違う。
雪を見て、だるいという人もいれば、自分みたいに喜ぶ人間もいる。
彼女はそう思ったから、自然と不思議という言葉がでたのかもしれない。
「うひゃっ」
風子が声を上げて、歯ブラシを洗面器に落とした。
唐突に襲い掛かる胸を中心とした気持ち悪さ。
くすぐったいとは違う、ぞわぞわとしたもの。
鳥肌が広がっていく。
風子の直感がこんなことをするのは、三年生の先輩しかいないと認識する。
「や、やめてください先輩」
グイッと斜め上に向ける様にして首を回した。
背が頭一つ高い純子、こうしないと彼女の胸に話しかけることになるのだ。
が、いたずら小僧の顔をしたいつもの純子はそこにいない。
空間。
その代わり、サラサラした金髪が見えた。
「べったりした雪、あ、グッモーニング」
無駄に流暢に、そして英語のありふれたフレーズを言うサーシャ。
モミモミと風子の胸を触っている。
いや、モミモミと口で言っていた。
「こっちは張りがあっていい」
モミモミ。
「ちょっ、英語使うな! ロシア人! アイデンティティはどうしたっ」
ぜんぜん違う方向でツッコミを入れてしまう。
「難しい英語、わかんない」
アイデン何?
と、サーシャは首を傾げる。
「ロシアの雪はもっとサラサラして、触るとふわって」
「そんなこと聞いてないし」
風子が自分の胸にあるサーシャの手を引きはがす。
「あっちの雪を思い出してたら、風子のおっぱいが似てるなって」
「意味がわかんない」
「うん、ちょっと違った」
「いや、だから何、それ」
「スカスカしてるかなって」
「……サーシャ、あなた疲れてるわ」
怒りを通り越し、相手を心配してしまう風子姐さんである。
そんな二人はボソッとした声を聞こえた。
「北海道であんなことしてたら、死ぬわ」
すでに髪を整え、長い黒髪をうなじのところでお団子にまとめている幸子だった。
もうお肌の手入れも終わっているのだろう。
点呼前に済ませる早起きタイプの幸子。
「あんなこと?」
風子が首をかしげる。
「あれ」
窓の外に向け指をさす。
「……」
窓の外。
いつもの風景。
風子たちの目はあえて、汚いものは写らないように矯正していたのだが、幸子の一言でキラキラした幻想は吹き飛び、現実が入ってくる。
いつもの日常。
――うらああ。
むさ苦しい上半身裸の男たちが叫び声をあげている。
――六十二!六十三!六十四!
雪の積もった地面に手をついて腕立て伏せをしている男たち。
「おかあさあああああああん」
大吉が叫んでいる。
「おらあ! 一年生、しっかり姿勢を取れ! いつまでも終わんねーぞー」
「おとおさあああああん」
「叫んでも腕立ての回数は減らねえぞ!」
「風子さあああああああん」
いつものことなのだ。
大吉が、馬鹿なことを叫び、笑いをとる。
腕立て伏せ中に笑うと、腹筋もけっこう負荷をかけているので、姿勢を取るのがしんどくなる。
だから、あえてそんなことを言っているのだ。
「バカ! 大吉! てめえ、まじ今日はネタやってる暇ないから、手冷たいから、痛いから」
長崎生まれの次郎は寒さ耐性が低い。
笑いをこらえている宮城京。
だが目は怒っている。
「あとで覚えとけよ、大吉」
彼は口の端をめい一杯引きつらせながら言った。
そんな風景を毎朝見下ろす女子たち。
「大吉くんって、風子ちゃんのこと好きだって、あんなに大声で」
最近の大吉は公言して迫るという作戦に出ていた。
というか、恥ずかしいからネタにしてしまっている。
「ネタでしょ、ネタ」
一度ふった相手だ。
でも、最近は一番近い男友達という関係だと風子は思っている。
そして彼女はいつものように仏頂面の幸子に歯ブラシを加えたまま顔を向け、ニタッと笑う。
「気になるんだ」
風子の反撃。
「きたっ! 禁断の愛」
緑がいちオクターブ高い歓喜の声を上げた。
ちなみに禁断の愛とは、彼女のただの妄想である。
大吉が二人よりも背が低く、中学生みたいな顔をしているため、緑が勝手に少年愛と混同して興奮しているのだ。
面倒くさい女子であった。
「ふーん、ああいう子が好みなのね」
こんな場所ではまず聞くことがない女性の声。
大人びた発音、そして口調。
でも、なぜか幸子にとってはドキリとする声だった。
朝の六時半だというのに、ばっちり整えた姿の女性。
ポータブルにしては少し大きめのカメラを抱えた女性。彼女はその深めの赤をのせた薄い唇を動かし、にっこりと笑った。
「留学生の山中幸子ちゃんでしょう」
気安く声をかけられ、警戒心をむき出しにする幸子。
眉をひそめたその表情もだが、シンクから一歩さがるぐらいに体も動かしているため、不審者に対する警戒行動と同じ動きをしている。
「……え、撮ってたんですかっ」
緑がぼさぼさ頭を慌てて指でほぐそうとする。
「うわああ」
風子も声を上げてほっぺたについた歯磨き粉の泡を取り除く。
カメラを持った女性は『金澤放送』『Press』と書いた腕章と、取材許可証と書かれたプレートを首から下げていた。
前田通と書かれたその取材許可証を彼女達に見せる。
「昨日、教官を通じて朝から取材するって言ってなかった?」
ふふふと笑う彼女。
パクパクする風子。
カメラは間違いなく回っている。
その時だ。
颯爽とした風が吹いた。
「おや、どうしたんだい、後輩達よ」
いつもと違う、少し高そうな香りもいっしょに流れてきた。
気の強そうないつもの口調ではなく、不自然に丁寧な言葉を使う純子。
「……」
風子はその純子の姿を見て、頭を下げる。
本能的に見ないようにしたんだろう。
「あ、カメラ」
わざとらしい反応をする純子。
「……恥ずかしいからやめてください、純子さん」
クイッと黒ぶち眼鏡を上にあげる、彼女の後輩であり、風子の同部屋の先輩でもある長崎ユキがいつものように冷静……いや冷徹な声を出していた。
「黙れ! お化け」
純子はユキに対しおっぱいお化けというあだ名をつけている。
ちなみに、その『おっぱい』を略して『お化け』である。
とりあえず、相手をするもの面倒くさいという信号だった。
「……化けているのは純子さんじゃないですか、ゴソゴソ夜中に動くのは迷惑です」
「は? ナチュラル純子さんに、なんてことを」
いつもボサボサに近いショートカットの髪の毛は、無駄に固められ、ツンツンしている。そして、眉毛はいつも以上にクルりんしているとともに、眉毛はスウッと念入りに描かれている。
夜中の三時から気合を入れて作ったのだ、ばっちり決まっていることを純子は確信していた。
ちなみに、唇は天ぷらを食べたようにキラキラしている。
「……無理」
ユキは頭を抱えた。
「あんただって、ゴソゴソ五時ぐらいからやってだでしょう」
「わたしは化け粧なんてしません」
「今、全国の女を敵にまわしたな、このクソ真面目ぶった巨大おっぱいを振りかざしておっさんを誘惑する女狐め」
「……だから三年生も終わろうとしても、彼氏いないんですよ、先輩」
「うるせえ! おっぱい女も髪の毛一時間いじって意識してるくせに」
「髪の毛が長いと時間がかかるんです」
艶々した黒髪をユキが撫でる。
「黒髪ロングにロクなやつはいねえ! みんな腹黒女だ」
「偏見はやめてください」
「大部分はユキのせいだがな!」
同部屋の先輩の仁義なき戦いを見て頭を抱える風子。
他人のふりをしたいが、彼女達と同部屋であることは既に周知されている。
「見ちゃだめ……」
サーシャ、緑、そして幸子の頭をひとりひとり両手で握り、洗面所の方を向かせる。
「まったく、取材がくるとかそんなことで意識して……」
ファサッ。
サーシャがおかっぱ金髪をかきあげた。
「ちょっ……」
風子が口を開けて驚く、そして頭を抱えた。
「サーシャ、お前もか」
「は?」
大げさに驚くサーシャ。
いつのまにかアイメイクを済ませ、目がいつも以上にぱっちりしているし、ピンク色のリップを塗ったぷっくりした唇美しいラインを作っている。
「……いや、もういい」
ノーメイク風子さんである。
眉毛ぐらいは整えているが、もう、そういうのは面倒くさいと思っている。
夜のお仕事でいつも厚化粧をしている母親の影響があるのかもしれない。
「ごめんなさい、先輩ちゃん、取材は一年生限定なのよね」
にっこり笑顔のままでカメラを下ろす前田通。
「ですから、取材とか気にしてませんから」
余計なことを言う純子。
「先輩、骨折り損」
ぷぷぷと笑うユキ。
もちろん自分のことは棚に上げている。
「はいはい、あんまり意識せずに、普段どうりにすればいい」
パンパンと手を叩く音と、アニメ声の似合わぬ長身。
二中の教官である伊原少尉がそう言って学生達を急かす。
「あんまり、グダグダしてると朝の課目に間に合わないぞ」
「……少尉」
白けたユキの声。
みんながその声に反応して伊原を見る。
「なにか?」
首を傾ける伊原。
キラリと光る耳の飾り。
「少尉……あなたもですか」
そう言って風子が水をためた洗面器に顔を突っ込んだ。
冬の水道水はとっても冷たいが、今の気分にはちょうどいい冷たさだ。
どうも、こんなことではしゃぐ姿をみると、風子はげっそりしてしまうようだった。
「走れー、この腐れ〇ンゲ共!」
雪が積もってはしゃぐのは子供だけじゃないらしい。
「クロっ! てめえ、ぶん殴ることしかできねえとか、ほんと使えねえ!」
ストック。
人をつつくと、痛いらしい。
グランドに降り積もった雪でさっそくスキーをしている、現役の兵士達。
怒声を浴びせ、前に走れない兵士を後ろからストックで容赦なくチクチクしているのは綾部軍曹だ。
とても楽しそうだ。
この季節、雪が降ればスキーを出して、朝から走る。
軍隊のスキーは滑ることもあるが、走る方が多い。
カパカパと踵が浮くタイプのスキー。
板の裏はうろこ状の窪みがあって、雪の上を歩いたり、走ったりできるようになっているのだ。
雪原での戦闘は、このスキーを履いて起動し、滑りながら射撃をして相手の陣地に突っ込む。
遠くロシアやスウェーデンで確立された冬季の戦い方である。
そういう文化もあって、こうやって雪が降ればスキーを出してはしゃぐ……もとい、訓練しているのだ。
汗だくの兵士達。
朝っぱらから酸欠状態、または熱中症でぶっ倒れそうになりながら走っている。
スキーは全身運動である。
慣れない者は下手に走るより体力を消耗するのだ。
「クロばか、こんなところでゲロ吐くんじゃねえ」
綾部が笑いながらストックでつついているクロ――春先に次郎と格闘してるところに乱入した綾部に失神させられたかわいそうな男――は膝をついてオエオエ言っていた。
「雪をなめんな! 雪を!」
いつになく、はしゃいでいる綾部。
雪を見ると、少しだけ無理をしてしまう性質だった。
そんな姿を見ている学生達。
ドン引きである。
もちろん、サーシャや幸子といった雪国に慣れた子もいれば、緑のようにスキーを履くのが初めてという子もいる。
ちなみに風子は何回かスキーに行ったことがあるぐらいであった。
そして、九州は長崎出身の次郎なんかは、スキーなんて冬季オリンピックでしか見たことがないぐらいである。
軍隊のスキー。
防寒用の分厚いブーツに、金具で取り付けるだけなので、足首などはまったく固定されていない。
だから走りやすいのだが、滑降するには下半身の筋肉を酷使することになる。
でも今日はグランドの平地を走るだけなので、あまり問題はないのだが。
「あっちのバカ達はほっといて……間違えた、現役の兵隊達は気にしないで、とりあえずスキーを履きなさい」
いつもよりも化粧に気合が入っている真田鈴が学生達に指示をする。
ジャージ姿に浮くんじゃないかと、風子は思う。
この訓練、汗を激しくかくのでジャージでやっているのだ。
ジャージに防寒ブーツ。
なんともヘンテコな格好だが、綿でできている普段の作業着を着ると、汗も発散できず、体を冷やしてしまう。
この寒い時期に体を冷やすと一大事であった。
そんなことをしているうちに、学生達も準備ができてきた。
学生の姿を追うカメラ。
前田通は真剣な表情で彼女達をレンズ越しに見ていた。
「やばいやばいやばい」
悲鳴を上げて尻餅をつくのは次郎だ。
お約束のように初めて履いたスキーの不自由さに驚き、腰が引く、そして初心者アルアルで尻餅をついていた。
「……ぶざま」
プッと笑うサーシャ。
とってもうれしいらしい。
「大吉……だづけて……」
泣きそうな声で手を伸ばす次郎。
「しょーがねえなあ」
と言って手を伸ばして掴んだ瞬間、大吉も倒れる。
もちろん大吉も初スキーである。
「……はあ」
風子はため息をついて手を伸ばす。
「大吉くん、手」
男二人、絡まり合って動けない状態である。
そんな二人を放っておくこともできない風子姐さんがストックを二人の近くに刺して土台にし、手を伸ばした。
「大吉、待て」
そう言ったのは次郎だ。
「このパターンはやばい」
雪が顔にかかって眉毛が白くなっている彼は、真顔でそんなことを言った。
「あれだ、きっとビンタされる」
手を差し伸べる、風子がひっぱられる、次郎に覆い被さる、胸――っぽいの――が次郎に乗る、ビンタされる。
を、略して『きっとビンタされる』である。
高校生になって年も越した。
さすがに学習能力はある。
「……京、手を」
近くにいた男子に声をかけた。
「……たく、ほんと運動神経いいか悪いかわか……うわっ」
宮城京。
彼もスキー初体験である。
ぐしゃ。
男三人、雪にまみれどうやったらここまで絡まるのかというくらいに絡まっていた。
スキー板。
一般のスキーと違い、重い荷物を背負って歩くことも想定されているので、背の高さぐらいはある長さなのだ。
そのため、絡まると抜くのが大変であった。
男三人。
お互いの息がかかるぐらいの距離に顔がある。
下手すればキスをしてもおかしくない距離である。
「ふおおおおお」
興奮する緑。
彼女は南国育ちだが、富士山のふもとにあるスキー場にいったことがあるので、経験者である。
一応余裕があった。
興味がなさそうにしている幸子だが、チラッチラッと見ていることは緑にはわかる。
同じ匂いがすることは、夏の時点でわかりあっていたから。
「で、どうするの」
風子が蔑んだ顔をしている。
「た、助けて」
次郎も背に腹は帰れない。
ラッキースケベかBLか。
さすがに公衆の面前で、大吉や京とキスはしたくない。
やれやれと風子が手を伸ばそうとした瞬間、パシンと手が弾かれた。
「そんなわかりきってることをさせるかあああ」
そう言って手を払ったのはサーシャであった。
「どうせ、そのままお約束で、きゃあのばたばたーのむぎゅうで、ジロウのエッチ―なんでしょ」
ああいう本の読み過ぎである。
この金髪娘。
「とりあえず、スキーを外せば」
その通りである。
前と後ろ。
このタイプのスキーは二か所で止めてあった。
したがって、簡単にその金具を外すことができる。
外せばスキー板も別になるので、自力で立ち上がることができるのだ。
「ラッキースケベはさせないっ」
そう啖呵をきってサーシャは屈んだ。
次郎達の金具を外すために。
バコン。
彼女の脳天で割れる雪の塊。
「……ってえ、こんのおお」
怒りに燃える瞳で振り返るサーシャ。
その視線の先には綾部に向かって雪玉を投げまくる兵士達の姿。
はしゃぐ綾部があまりにもうざいので、兵士たちが反乱を起こしたのだ。
「やってられっかー、ちくせう!」
「ひとのケツ、さんざん突きやがって」
「このクソ軍曹! 調子にのりやがって」
「事務室帰って、下手な文書書いて副長にしばかれろっ」
「俺の鈴ちゃんを返せえ!」
そんな叫び声をあげながら、兵士たちが一方的に綾部に雪玉を投げつけているのだ。
その恨みがこもった流れ雪玉がサーシャにあたったのだ。
「こんのおおおお」
目の前の絡まった男達の救出はあっという間に忘れたサーシャは仕返しをしようと立ち上がる。
体を振り向かせて、雪を投げつけようとした。
狭い場所である。
スキーを履いているときに、急な動きをしてはいけない。
方向変換するにしても、長いスキーはいろんなところにひっかかるのだ。
そして、バランスを失った瞬間倒れる。
「あれ?」
情けない声を出すサーシャ。
見事にバランスを崩した彼女はもがく男三人の上に覆いかぶさるようにして倒れた。
お約束。
万歳。
『以上、陸軍少年学校の活気あふれた風景でしたー』
週末の夕方。
放送があると聞いて、ローカルニュース番組を見ていた学生達は一斉にブーイングを飛ばしている。
たった三分間のレポート。
一週間も密着取材したのにたったこれだけだ。
サーシャがインタビューされる映像が出たが『日本の食べ物美味しいです』のひとことで終わっていた。
「なんか三〇分ぐらい話をしたけど」
もちろん、そんなものは編集されている。
遠くの間合いから写した画像だろう、雪の上で腕立てをする男子の背中、遠くから写されたスキー訓練の映像、そしていつになく真面目に話を聞いている授業の風景であった。
最後にサーシャやボブといった留学生の一言が入って映像は終わりである。
幸子も留学生だが、なぜかカットされていた。
そんな映像がフェードアウトし、スタジオのニュースキャスターが『メリハリがあって活気あふれる高校生活ですね、では次』という一言で特集は終わっていた。
「……なんか、テレビって大変だよね」
風子の正直な感想だった。
「あれだけ取材して、三分間で終わるし……あの前田通さんなんか、いっさい出てないし」
まあ、風子や緑にしてみればあのボサボサ頭の朝が放映されなかっただけで、安心しているのだが。
他の、いろいろ準備していた女子たちは物足りなさでいっぱいかもしれない。
そして、そんな女子たちよりも、もっと不服なのは、一〇数年前は女子たちだった人々である。
「……ないわ、まったく写ってないし」
ため息をつく鈴。
「ついでに、あなたの彼氏も写ってなくてよかったねー」
厭味ったらしい声を出しているのは同期であり、中隊副官でもある日之出晶だ。
鈴の彼氏……綾部のあの姿が放映されていたら、少年学校の品位を低下させるということも含まれている。
「なに、晶……自分は出張に行ってたから全然気合も入ってなかったからって」
「……珍しく、鈴がこの学校で気合いれてたって聞いたから」
「そ、そんなことないし」
「はいはい」
晶は余裕ある表情のまま、奥でこそこそしている伊原少尉に目を向ける。
「伊原少尉も写ってなかったらしい」
ニコッと笑う。
「わ、わたしは別に」
「伊原ちゃんも、すっごい綺麗にお化粧していたのにー」
鈴が頬をすりすりして伊原にすり寄っていった。
「はいはい、悪い影響与えない」
晶が二人に割って入って引きはがそうとした。
「伊原ちゃん、かわいかったんだよ、なんかいつになく気合入っていて、とっても」
もう遠くへ行ってしまった好きな男の人と最後に会った時と同じくらいに気合を入れてメイクしていた、と伊原は思う。
そんなんじゃないんだけど、なぜかそうしていた。
「どうしたの急に」
急に先輩風を吹かせる晶である。
「い、いえ別に」
「男」
「違います」
「だよねえ」
うなずく晶。
失礼な女である。
「なんか、すぐに肯定されても傷つきます」
寂しそうな声をだす伊原。
あ、と言って手を合わせる晶。
ガールズトークが苦手である。
「え、もしかして」
もう一人の先輩である鈴もぐっと入ってくる。
「あ、いや、もし写ってったら、元気にしてますって映像を送ろうかなって」
はははと笑って頭を掻く。
「親?」
「あ、まあ、そんなところですか」
伊原はそう言って笑った。
まさか、この二人を前に、あの人に送ろうと思うなんて言えない。
あんな遠くの。
モスクワに。
だいたい、自分が映っている映像を見せても、喜んでもらえないんじゃないだろうか。
そう伊原は思うのだ。
あの人が本当に大切に思っているのは別のことだというのは、よく彼女も理解していたから。
モスクワはもっと寒いと思う。
あの人は元気にしているんだろうか。
どうせ、まともに訓練もせず、ストーブの前にじっと立っているに違いない。
あの人は本当にダメな人だから。
伊原真はそう、願っていた。




