第61話「ベタですが」
「相変わらず恐ろしいな、あの姉ちゃんは」
大吉が引きつった顔をしている。
その視線の先には、次郎を胸に挟むようにして抱きしめている女性がいた。
風子はその言葉に対して頷くことしかできない。
上田聖、次郎の姉だ。
そんな聖に向かって何かをしゃべっているのは、ロシア帝国海軍の制服を着た金髪の男性だ。
いつになく冷淡冷静な雰囲気を醸し出しているが、口の端だけがピクピクと痙攣している。
苛立っていた。
「でも、そちらのお国の女性にしては、なんだか小さくて、ほら、ここも」
ぐいぐいっと自分の胸で次郎を押しつぶそうとする聖。
標準語でしゃべると途端に迫力が増す姉。
「おっぱい好きのじーろちゃんには似合いませんわね、ほほほ」
大きい方だが、むしろこの姉が巨大なのだ。
そんな感じに自分と比べてサーシャを挑発しつつ、その隣にいる兄をけん制している。
いつものサーシャだったら、そのおかっぱ金髪を逆立てて反論するとことだが、今日は大人しい。
今日は、というかミハイルがいるから大人いと言った方が正解だ。
絶対的な兄と妹という関係。
歳の離れた兄と妹という以上に、彼女は彼に対し隷属的な関係でもあった。
だから大人しい、いやそれ以上に兄が目の前にいるだけで、ロシアにいる時のゲイデン家のお嬢様に戻ってしまうのだ。
そんなふたりの関係だった。
「……やれやれ、妹に変な虫でもついてくるかと思ったが、これなら心配はないな」
ミハイルは冷たい視線で聖の胸の間にいる次郎を見下ろしている。
「ね、姉ちゃん、はな、離し……」
ぐい。
聖は古流柔術の使い手である。
頸動脈は落とすか落とさないかの間で圧迫し、次郎の掴まれた手首は関節を軽く極められていた。
声にならないような、悲鳴を上げて次郎は身動きがとれない。
「嫌ですわ、人をブラコンみたいな目で見て、姉弟なんて枠にとらわれない愛の形なのに」
ため息をつく聖。
「じーろちゃんが、もし、万が一、わたくしという対象がいるからありえませんが、でも、若いから仕方がないけれど、そんなチンチクリンな女子に騙されることもあるかもしれないと思いましたが、安心しました……変態シスコン兄が、妹ちゃん大スキーがいるなら」
彼女は次郎に頬ずりしながら挑戦的な目をシスコン兄貴に向けた。
「あら、やだ、ロシア語ではなんていうんですっけ、シスコン」
シスコンを連呼するブラコン女。
自覚はない。
ないから性質が悪い! そう、次郎は心の中で叫んでいたが、どうしようもできない。
「よしよし、じーろちゃんは姉ちゃんだけいればよかとよ、怖くなかけんね」
――怖い!
そう叫びたいが、いつ動脈を圧迫されるかわからないので、声がでない次郎。
「いつまでわたくしの視界の中にいるんですか、シスコン」
冷たい視線を向ける聖。
「シスコンではない、わたしは出来損ないの妹が、ゲイデン家の名を汚すことがないかを監視……」
監視。
「だったら、うちのじーろちゃんに手を出さないうちに、さっさと消えなさい」
「その優柔不断の権化みたいな男子が妹に手を出すわけがない」
なんだかんだ言ってシスコン丸出しである。
挑発に乗って、隠していることを忘れたようだ。
そんな言い合いがガッツンガッツン繰り広げられているのを、風子と大吉は遠目で見ていた。
「……風子、いいのか、次郎とは」
「え?」
「せっかくのクリスマスだから」
大吉は少しかっこつけたような言い方をした。
自然ではない。
相当無理して出した言葉だった。
「関係、ないし……」
ふと視線を下ろす風子。
「サーシャが、いるし」
その言葉を聞いて大吉はもしかして想像していたことが本当だったことに気付いてしまった。
「あ、そうか」
動揺した心を何気ない言葉で隠そうとする。
――風子は次郎を。
ひとりで納得して、ひとりで頷いた。
――やっぱり、俺、二人を応援しよう。
恋より友情。
かっこつける少年なのだ。
そんな泣きたい自分を必死に堪えている大吉に、まったく鈍感な質問を風子がしてしまった。
「あのさ、付き合うって、どういうことなんだろう」
こんな質問を。
何気なく、会話をしようと思ったのかもしれない。
大吉は一瞬、風子が何を言っているのかがわからず、沈黙する。
告白して一度フラれた女子がこんなことを聞く訳がない。
そんな訳で、大吉は動揺に動揺を重ねてしまった。
風子も彼の反応を見て、顔を真っ赤にしてしまった。
今更気付いたのかもしれない。
とんでもなく変なことを言ってしまったんじゃないかと。
そして、恥ずかしくなったようだ。
しかも、本日二回目である。
「ご、ごめんなさい、そ、そのなんていうか、ただなんとなく思ったことが、口に出たというか」
耳まで赤くなっている。
大吉は、そんな風子を見ていると冷静さを取り戻していた。
――ああ、やっぱりかわいい。
激しい風子を知っている、寂しげな表情をするのも……そして、こんなにも子供っぽい恥ずかしがり方をするこのひとも。
「好きな人といっしょに時間を過ごそうとすることじゃないかな」
大吉もそう言ったあと、少し顔が熱くなってしまった。
あの夏の日、長崎で同じような質問の答えとして、一回目は『手をつないで歩いたり、べったりしたり、すること』なんて子供ぽいことを言っていたから、ちょっとカッコよく言ってみたつもりだった。
でもやっぱり、恥ずかしい。
「……続かないよね、それは、きっと」
「え?」
思わぬ、風子の返し。
「付き合っているのに、いつかは離れる……恐くない?」
「……」
ふたりの共通点は両親が離婚していること。
「高校生で付き合ってたカップルが、結婚するとかほとんど聞いたことがないし」
風子はジッと楽しそうに談笑する別の男女を見る。
「大恋愛して、結婚して……それでも、別れる人もいっぱいいるのに」
「よく、わからないけど……俺は、その中村と、話をしたり、時間を、いっしょにいる時間をもっと大切に、そして濃いものにしたかったから、あのとき告白した」
「……ごめんなさい」
反射的に謝って、風子はその意味をふと考え、申し訳なくなって、そして顔を伏せた。
「怖かったんだ」
大吉の声。
「告白が?」
風子が顔を上げた。
「うん、もしそのせいで仲が悪くなって、離れちゃったら怖いと思っていた……なんつうか、そういう怖さだけで、うまくいった時、その後のことは考えてなかった」
「……やっぱり、怖いな、もし大吉くんをわたしが本当に好きになって、お互いに好きになって、いっしょの時間を過ごしても、きっとそれは高校生の間に終わってしまうのかも、なんて考えたら、すごく寂しいし、すごく怖い」
大吉も風子の言っている意味はわかるし、その言葉に悪気がないこともわかる。
でも、残酷だなっと彼は思う。
そして、ズーンと重たいものが心にのしかかってしまった。
風子の心が自分の方を向くことはないと、わかってしまったからだ。
彼は鈍感じゃない。
「臆病……なのかもしれない、わたし」
風子は寂しげに、そう言った。
大吉は、こくりと頷くとペットボトルのジュースをぐいっと飲み込む。
「だから、俺は、もしそうなったら、そういう時間をめっちゃ大切にしようと思っている」
最後のあがき。
反応が、もしあれば。
そう大吉は思って、そういうことを言った。
一方風子は、そんな大吉の気持ちを知るはずもない。
「……きっと、大吉くんの気持ちに応えれる人は、幸せなんだろうなあ」
大吉の人となりを自然に褒めた言葉。
もちろん、大吉はダメ元と思って出した言葉も見事に叩き切られ、戦意喪失と言った感じで頭を下げる。
ケチョンという効果音が出そうな勢いであった。
二回目の告白。
無意識のうちにノックアウト級の打撃、そして見事、大吉は撃沈された。
軍人の撤収は早い。
お祭りの後、飲み会の後、撤収とかかれば浮かれた気分を一層し、組織的に動き出す。
即ち、普段から鍛えられた組織力で自動的にお片づけを始めるのだ。
仕切る者がテキパキと指示をして、兵隊達は阿吽の呼吸で片づけや掃除を効率的にやってしまう。
そして、それは学生達も同様だった。
もうすぐ入隊して一年になろうとしている学生達も組織的に動くことが身についていた。
学生長の京が何時までに撤収完了という目標と、掃除係、飾り物撤収係、椅子片づけ係のリーダーを指名して、誰と誰を使っていつまでに片づけをしろと指示をする。
指示を受ける方も、自然に京のいる場所に集まり、指示を受けたらテキパキと現場の作業をする。そして、作業の進捗状況を適時京に報告していた。
報告を受けた京は作業の遅れが出そうなところに、人の組み換えをして、人手が余らないようにしている。
当たり前のことのようで、組織的に動く訓練を受けた人間にしかできない、効率的な動き。
指揮をする人間は明確な企図と、具体的な目標を与え、指揮されるものは、すすんで指揮下に入るというのは軍隊という学校の中にいるからこそできることだった。
そんな息子、娘の姿を見て成長したなと喜ぶ親もいれば、あまりに変化した子供の姿に戸惑う親もいる。
もちろん、お客として呼ばれた外の女子高生達も、テキパキ仕切る京や、ボブの姿を見てカッコいいと思う者もいれば、不自然に感じてしまう女子もいた。
そんな撤収の最中、風子も黙々と作業をしている。
「これ、どこに?」
キラキラしたモールが付いた、パーティー会場はこちらです、という看板。
風子がひとりで持とうとするが、大きいためキョロキョロと手伝ってくれそうな人を探す。
「外の、第二倉庫に」
京はそう指示をするが、もちろん手は出せない。
指揮をしている者は作業をしない。
鉄則である。
――第二倉庫か、遠いな。
この大講堂から三百メートルぐらいは歩かないといけないと彼女は考えた。
――ま、でも外の空気を吸いたいし、ちょうどいいか。
なんだか、そんな気分だった。
いろいろありすぎて、いろいろ考えすぎて、冷たい空気に触れたかった。
手にした看板をひとりで運べないか、試すようにして力を込めた時だ。
グイッと看板の重みが消えたため、反射的に後ろを振り向く。
「あ、解放されたんだ」
ボソッと風子が相手を確認して、そう一言だけ声に出していた。
次郎はがっくりと首を落とした。
「そういうこと言うなよ」
いじけた声で抗議をする。
風子はクスクス笑って反応した。
そんなふたりは特に何も言う事もなく、よいしょと声だけをかけて、看板を運ぶために外に出た。
そとは真っ暗で月明りも見えない。
防音がしっかりしている講堂の中の喧噪から、急にシーンとした空気に触れたため、ブルッと風子は震えた。
北陸特有の景色。
分厚い雲が覆いかぶさる夜空。
チカチカする街灯だけを頼り、古いレンガ造りの倉庫に向かう。
「寒っむー」
「雪、降るかな」
「わたしの住んでいた、舞鶴もこんな天気だったから、もうすぐ降るかもしれない」
強い風が吹いている。
九州出身の次郎はあまりわからない感覚だが、風子は違った。
――やばいなあ。
微かな光を頼りに雲を見ると、海がある北の方角は霧に包まれている。
いつもだったら、市街地の明かりが見えるはずだが、もしかしたら、もう雪が降っているのかもしれない。
倉庫にたどり着いた二人は、扉を開けようとして開かないことに気付く。
「そりゃ、そうだ鍵、持ってないもんなあ」
はははと笑う次郎。
「とりあえず、屋根の下だったら濡れないと思うから、ここに置いておこうか」
風子の提案に次郎がうなずいた時だった。
ヒョオオオオ、という風の音。
ただでさえ暗かった空が真っ黒になったと思った瞬間、倉庫の入り口のライトに照らされた風景が、一瞬にして真っ白になった。
ライトに反射したのも手伝って、一メートル先の視界もない。
「ホワイトクリスマス……」
ぼそっと風子が言うが、次郎はそれどころではない。
「なに、この吹雪……」
初体験吹雪だから、少し慌てている。
「早く戻ろう」
次郎が一歩出ようとするのを止める。
「止むまで待った方がいいかも」
風子がそう言った。
例え駐屯地内であっても、こんな視界が悪い吹雪の中を歩くのは危ない。
京都とはいえ、北陸に近い天候の舞鶴で育った経験が彼女にそう判断させた。
横殴りの雪。
風子は作業をするために、軍手をしていたが、指先は冷たい。
そう言えば、彼は手袋もせずに作業をしていたな、と思い出し次郎の方を見た。
「ホワイトクリスマスって、ぜんぜん浪漫じゃないな」
ぼそっと次郎が言う。
「え?」
見ると次郎の体半分が雪で真っ白になっていた。
「なんか、テレビとか見てると、コンコンと雪が降ってる中でメリークリスマスって感じなのに」
次郎が冗談っぽく話を始める。
風子を雪から庇っていることに気付かれないようにしたかったようだ。
「なんか、シチューのCMにありそうだよね」
次郎は笑った。
「俺はどっちかというと、マッチ買いませんかーって? そっち」
「売れなくて、最後は生き倒れ」
「縁起でもないことを」
「上田君でしょ、先に言ったのは」
「はは」
ゴオオオオオ。
風がなる。
「……いいよ、庇わなくても」
風子がぼそり、そう言った。
「これくらいの雪、実家でも慣れているから」
ばれていた。
次郎はいたたまれなくなってコホンと咳をする。
「だって、ほら、セーラー服寒そうだし、スカート」
「タイツはいてるし、それに、ほら女子って鍛えてるから」
ヒョオオオ。
下から吹き上げるような風。
雪が容赦なく二人の足下を覆う。
スカートがめくれそうになったので、風子は手で押さえた。
「……寒いね」
「ああ」
何気ない言葉に次郎は頷く。
風子がスッと伸ばしかけた手。
彼女の思いとは別に、何かをためらっていた。
「手、大丈夫?」
「あ、ポケットがあるから」
「そうか」
「女子はポケットないから、大変だよな」
「うん、だから手袋とか、ちゃんと持って歩いてんだよね……このスカート、いっこだけついているけど、男子みたいにはできないから」
「つうか、この学校『ハンドポケット』なんて言って、してるところ見られたらシバかれる」
「でも、今ぐらいは怒られないよ」
「そうだよな」
バンッ。
突風が倉庫の壁に当たる音。
看板が倒れ派手な音を立てる。そして、遠くではドラム缶かバケツが転がるような音。
「ひっでえ」
ピカッ。
雷だ。
空と地面を揺らすような音が響く。
間があったから、まだ遠い。
「なんだよ、金沢って、冬はとんでもない」
「日本海側の気候って、どこもこんなんだよ」
「雷って夏になるもんじゃないの」
「冬に鳴るものだよ」
長崎も日本海側だが、温暖な分、こんな天気にはならない。だが、風子は同じような風土に育っているためそんな会話になってしまう。そして、また空が光ったと思うと、数秒後に山の方で凄まじい轟音が鳴った。
「やばっ! 近い」
悲鳴を上げる次郎。
「大丈夫、まだ遠い」
頭を下げた次郎の頭に覆いかぶさるようにして庇う。
「大丈夫」
「……なんか、逆じゃ」
次郎がぼそり、そう言った。
「え?」
「普通は、女子がキャーって言って、俺が庇う」
「だって、慣れてるから」
「いや、で……」
空が輝き、雪で乱反射する。
地面に二人の影が鮮明に映るほどの輝き。
そして、次郎を見た風子が悲鳴を上げた。
「きゃ、きゃああ」
普段ださないような声。
次郎が慌てて風子を庇おうとする。
が、その腕が動かなかった。
背中に感じる柔らかい感触。そして、長年近くで感じていた香り。
次の瞬間、風子の後ろから迫ってくるプレッシャーの塊に次郎が仰け反るようにして一歩下がった。
「サーーーーーシャアアアアア! 」
妙に流暢な発音でサーシャを呼ぶ声。
「貴様ー! わたしのサーシャに手を出すな! やっと見つけたあああ!」
もう一度稲光が走る。
金髪が反射して目の前に迫ってきた。
彫の深い顔も手伝って陰影がはっきりして、鬼の形相に見える。
グイッと抱き寄せられる風子。
「サーシャ! 清らかなサーシャ! わたしの大切なっ!」
何が何だかわからない風子は、声も出せないままぐっと胸に当てられた腕に抵抗もできず次郎から離される。
いっぽう次郎は耳元に生暖かい息を吹きかけられ、恐怖に凍っていた。
「じーろちゃん、なんばしよっとー」
この人が、棒読みの方言を出すときは危ない。
いや、普段から危ないけど、数倍危ないと言う意味で。
「うわあああああ」
次郎が叫ぶ。
その頃風子は冷静になりつつあった。そして、抱きかかえられ、男性の腕を回され胸を押しつぶされていることに気付く。
「ど、どこを触って」
風子が胸にある腕にかみついた。
「サーシャ、兄にかみつくとははしたない……いや、あれ? いつからそんなゴツゴツした体に……」
ゴン。
風子がミハイルの靴を思いっきり踵で踏み込んだ。
「ウージャス!」
悲鳴のような声を上げて膝を折る。
風が止んだ。
だからはっきりそのミハイルの悲鳴は聞こえた。
さっきまでの吹雪はすっかり上がって、曇り空は相変わらずだが、雷は消えている。
悶絶するミハイルを見下ろす風子。
「……最低」
彼女にしてみれば、いきなり後ろから襲われたという感覚しかない。
「文化が違うかもしれないけど、変態!」
だから罵る。
「サーシャの兄貴かなにか知らないけど、変態! 変態!」
ゴツゴツしていると言われたから怒っているわけではない、そう彼女は思っている。
ざわざわ。
騒ぎを聞いて同じように倉庫に片づける物を運ぼうとする途中で避難していた学生達がわらわら出てくる。
変な叫び声と風子の怒声。
気にならないはずがない。
ガシャン。
そんな集まり出した学生の方から、悲鳴のような音を立ててたたまれたパイプ椅子が転がる。
「……に、兄様」
かすれた声。
「サ、サーシャ」
膝を折ったまま振り返るミハイル。
彼が見たサーシャは信じられないという顔をして、そのまま運んでいたものを地面に放置したまま走り去っていった。
靡く髪の毛と、きらめく水泡。
――ミハイル兄様が痴漢……。
あの兄が同級生に手を出すなんて、ショックは当然だ。
――ロリコンだったなんて……。
いくら苦手であっても、心の底では畏敬の念をもっていたのだから。
「違う! 違うんだ! ダーティシトー!」
クールな海軍将校の姿はそこにはなく、雪が積もった地面に四つん這いになって悲鳴をあげている。
こんな姿を、こんな誤解を、愛してやまない妹に見られてしまったのだ。
サーシャを撤収のごたごたで必死に探していたときに、次郎と外に出て行く制服姿の女子を見つけたので、追っていた。
雪と暗闇で視界が悪かったのと、彼の思い込み、そしてかわいい妹が暗い夜道を男とふたりで歩いている姿に居てもたってもいられなかったのだ。
もちろん、そんなミハイルに作業をしているふたりも、黒髪の女子であることも目に入らなかった。
それぐらい、動揺していたのだ。
なぜなら、自分を振り切って――少なくともミハイルにはそう感じている――男女ふたりで抜け出していたのだから。
――わたしは……わたしはどこで、道を、あやまったのだろうか。
そんな自問自答を繰り返し、うなだれたままのミハイルを足蹴にする風子。
「乙女の純情を……」
げし。
「うん、胸のことを言うのは、ひどい、敵、この敵が」
げし。
もう一本足が増えていた。
金澤中央女子高校の制服。
「真さんに言いつけよう、うん」
そんなことを呟く三和も胸のことについては風子を同志だと思っている。
そして、彼女も興味本位で次郎をつけていた。
一応、お試しだけど気になった男子だ。
はじめてキスをした相手。
キスなんか大したことがなかったとわかったから、忘れていたが、改めて会ってみると、少し気になってしまった。
そして、ロシア人が風子に変態行為である。
姉にスリスリされている次郎はもちろん無視、眼中にもなく、同じ女子として天罰を下していた。
「ロリコン」
風子がげし。
「変態おっさん」
三和がげし。
「だれが、まな板とか」
そんなことは言っていないが、ゴツゴツという表現は脳内でそう再生されていた。
「変態おやじ」
あの父親とは年も離れているが、三和からすると二〇代後半の男性はおっさんに違いない。
なんだか無性に腹がたった彼女は、それも手伝って蹴りを続ける。
世の中はクリスマス。
親子ですごすものもいる。
なかなか帰ってこない恋人を寒空のした待つ者も。
遠い場所で、娘のことを思う親も。
世の中のはしゃぎっぷりに反抗して飲み過ぎる者もいれば、何もせずにボーっとテレビを見ている者も。
それもクリスマスなのだ。
妹の信頼をなくし絶望に襲われても。
二回目の失恋をして、スッキリしても。
よくわからないまま、時間がすぎても。
なんだかんだで、この十二月二十四日。
平和である。




