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陸軍少年学校物語  作者: 崎ちよ
第9章  師走「少年少女も年末は多忙につき」
60/81

第60話「ハッピークリスマス」

「ロシアのクリスマスは一月七日」

 サーシャはそう言いながら、バリバリムシャムシャとポテチを頬張っていた。

 今日は十二月二十四日。

 クリスマスイブ。

「こんなことはしない」

 批判的な声を出していはいるが、二中隊の出し物は興味深そうに見ている。

 日本の文化をしっかり勉強していくのも留学生としての務めと、案外真面目なサーシャである。

 彼女の視線の先にはオムツを履いた二中の男子がステージ上に整列していた。

「我々、オムツ隊はー! これをもってブリーフ隊にぃ!」

 二中男子の出し物『オムツ隊卒業式』が行われていた。

 ステージ上で繰り広げられる様々な困難を克服し、オムツ隊を卒業しブリーフ隊に入るという、二中男子伝統のどうでもいい出し物だ。

 一応いつものことらしく二中隊の女子は冷めた目で見ているが、他校の女子達は「キモッ」とかつぶやきつつ、チラチラ見てる人もいる。

 一方、ドン引きして本気で帰ろうか迷っている子も少なからずいた。 

「いや、日本でもこういうのはないな」

 バッサリと切る風子。

「……西側の文化だと思うところだった、危ない」

 ボソリと言ったのは幸子。

 バリバリムシャムシャ。

 そんなことを言いながらポテチを頬張っる、風子、緑、幸子、サーシャの女子四人。

 しょうがない。

 男子高校生。

 しかも軍隊の。

 面白い出し物をやれと言われれば、こういう脱ぎ芸しかできないのだ。

 哀しけれど。そして、クリスマスパーティーと期待していただけに、演芸会モドキのこのシチュエーションにはがっくり来ている面々であった。

 だから、ポテチがすすむ。

「次は……」

 プログラムのような紙を取り出し風子が演目を見た。

「うわっ」

 サーシャが仰け反る。

「嫌な予感しかしない」

 風子が頭を抱えた。

 次は三中隊。

 つまり、あの『男☆クラ』である。

 きっと、フンドシでまた卑猥な芸をするんだろう。

 彼女たちはそう思った。

「うちの男子達の芸も、あれ、なかった」

 ため息をつくのは緑。

「うん、下品じゃなかったけど、なんか、ね」

 大吉が音頭を取ってやったのは、ストッキングを頭から被って引っ張り合うやつである。

「男クラ、男同士、裸ああ」

 小声でそう呟く緑。

 風子はその声に気付き、さっと緑から目を逸らした。

 いつものモードに入った時の目をしていたからだ。

 もう反射行動といってもいい、なんども巻き込まれた経験があったから機敏に反応する。

 ステージでは二中隊のフィナーレが行われていた。

 今年一番売れたという歌手の曲が流れ、晴れてオムツを卒業し、ブリーフに履き替えた男たちが満足そうに去っていった。

 タオル越しの男子達の生着替えという、どうでもいいオチがメインの芸だったようだ。

 だが、その歌手爽やかな楽曲に対して、やっている内容のギャップがひどく、音楽だけ浮いた感じになってしまっていたので、違和感ありまくりである。

 てんでバラバラ。

 幼稚な演出と女子四人の意見は一致していた。

『続いてはー! 三中隊によるー! マッスル組曲!』

 また脱ぎ芸か……とがっくりする女子達。

 二中であの下品さである、やはり三中はもっとひどい状態だろう。

 おおー。

 学生達のどよめきが走る。

 スピーカーから微かに聞こえるのは、ラヴェル作曲の『ボレロ』

 いつもの『(おとこ)! 男! 男! (ダーン)クラ!』から始まると思っていた観客は、男クラにもっとも似合わないであろう、透き通るようなクラシック音楽が流れだして拍子抜けしていた。

 ――デン、デケデ、デンデンデンデン。

 ステージ上は照明を落としているせいで、真っ暗である。

 次の瞬間だった。

 フレーズに合わせ、パッと光るスポットライト。

 その先には引き締まった筋肉が遠目でもわかるような男がひとり。

 スピーカーから流れるフルートの静かな演奏が響く。

 黒のスパッツ一枚のボブ・アームストロングがうずくまるような恰好で片膝をついていた。

 動かない。

 曲が次のフレーズに入ろうとしたときだった。

 滑らかに動き出す、その黒豹を思わせるような身体。

 音楽に合わせ、優雅につま先立ちでターンをした。

 ライトに照らされた、彼の黒い肌が艶々と光っている。

「かっこいい……」

 兼六女子学園(ロクジョ)の制服を着ている女子が呟いた声がシーンとした会場に響いた。

 ――デン、デケデ、デンデンデンデン。

 淡々と流れるボレロのメロディ。

 ボブの汗が、スポットライトに反射してキラリと光る。

 次のフレーズで、またスパッツ男子が数人現れ、音楽に合わせて逆立ちや側転をはじめた。

 ――テー、テテテテ、テテテー。

 斉一にそろった行動。

 会場がどよめく。

 下ネタ以外も男クラができるんだという、部内者たちの驚き。そして、部外の女子高生たちの感動。

 これだけ多くの、引き締まった体をした男達が目の前でパフォーマンスをしているのを見たことがないのだ。

 そんな姿を見て、驚くのは女子だけではなかった。

 ステージの裏側の暗幕から顔をだすおっさん二人。

「……見事に仕込んだもんだな」

 佐古少佐が白い付け髭を撫でながら呟くようにいった。

「若者の可能性は無限大である」

 大胸筋をビクンビクンさせながら、答えるのは小山。

 小山先生プロデュース『マッチョボレロ』である。

「しかし佐古、お前がこのクリスマスパーティにここまで協力するとは思ってもいなかった」

 赤い服を着こんだおっさんたち。

「たまには、そういう気分にもなる」

 佐古はそういうと、頭に乗せている赤い帽子を整えた。

「……クリスマスってのは楽しまないとな」

 そう言ってニヤッと笑った。

「ところで、お前のとこの女子ふたりは?」

 真田鈴と日之出晶のことだ。

「女子のたしなみだとか言って、今日は来てない」

 彼女達にも意地はある。

 こんな日に大人の女性が子供の相手をしているのもアレだ。

「女ふたりで温泉めぐりとか言っていた」

 鈴の予定が急遽消えて、女友達二人で冬の温泉を堪能するらしい。

「うむ、それもまたよし」

 小山は意味不明に納得して頷いた。

 会場は男クラが次々と行うパフォーマンスに沸いている。

 とにかく多彩なパフォーマンスなのだ。

 頭を軸にしてクルクル回る者もいれば、縄跳びをひたするする者もいるような。そして、マッチョボレロの最後のフレーズ。

 様々な楽器が重なってフィナーレに近づく楽曲。

 体操選手のような激しい動きをするボブ。

 ――ジャカジャジャ、ジャジャジャカ。

 スウッとボブを中心に集まるスパッツの男達。

 ――ジャジャジャジャン!

 目の前の光景が、動画から静止画に変わったように錯覚するような動き。

 ピタッと全員が止まった。

 一糸乱れぬ動き。

 会場がどよめきとともに、拍手が起こった。

芸術(アート)なり」

 小山が満足したように頷く。

 ササ―っとステージのカーテンがひかれた。そして、佐古とともにサンタ姿の二人が台上に躍り出す。

 手にしたマイク。

 彼はスイッチを切って下に向けた。

「レディースッ! アンドッ! ジェントルマンッ!」

 地声が体育館に響く。

「ようこそ! 陸軍少年学校へっ! 盛り上がったところで! フォークダンスの時間であ-る!」

 フォークダンス。

 学生達は筋肉サンタの登場と、その突拍子もない発言に思考がついていってない。

「フォークダンスの時間だ!」

 無駄に繰り返す。

「フォークダンス! レッツダンス!」

 ドーン!

 ステージが壊れるかと思うぐらいに踏み込んで、歌舞伎役者のように右手を突き出してそう叫んだ。

「た、体育祭じゃ、ないんだから」

 困った顔をする風子。

「さあ! 輪を作れ! 男子は内側に並べ! 女子は気になるポジションにしれっと動け!」

 ざわざわする学生達。

 ドーン。

 ステージの床を突き破る勢いで下突きを思いっきり入れる小山。

 あまりの迫力に会場の全員が目を小山に向けた。

「四の五の言わず! 並べっ!」

 強制力を発揮する小山。

 佐古はその黙ったまま、やれやれという顔をする。そして、少しだけ口の端を上げた。

「さあ、(つど)え若人! 手と手を触れ合い感じろ! 君たちが求めるものか吟味せよっ!」

 サンタ小山。

 大興奮である。

 マイムマイムが流れ出した。

 さっきまで演技をして、まだ汗をぬぐったばかりの男クラ軍団が円の中心に飛び込んでいく。

 相手なしでも楽しそうに踊る男子達。

 そこに、さっきのマッチョボレロに感動したのかもしれない、女子高生がひとり寄っていき、ボブの前に立った。

 ――マーイム、マーイムマイム。

 ボブが彼女の手を取り、恭しく片膝をついて手のひらの甲にキスをする。

 会場が沸いた。

 きっかけができれば後は簡単だ。

 楽しそうな場所に人は集まる。

 女子高生が動き出すと、男子達も輪の中に入っていった。

「思い出づくり」

 サーシャはそう言って立ち上がると、風子と緑の手を取る。

 少し恥ずかしそうで、でも何か思いつめたような表情だった。

「幸子もいこう」

 サーシャがそう言って幸子の手もひく。

 一中隊の男達がいる場所に近づいていくと、風子の足が止まった。

「……風子?」

「あ、その」

 だれを選ぶわけではなく、列に入る女子達。

 その流れのままに、幸子も緑も列に入り男子の手を取る。

「あ」

「お、おう」

 幸子の手を取る大吉。

 少し見上げる様にして大吉は「なんか、俺でごめん」と言った。

「た、ただ踊るだけだし」

 幸子はいつもとは違う、少しだけ裏返った声を出している。

 一方次郎の方を見たサーシャと風子は固まる。

「……五月蠅いのがきた」

 ツインテールが揺れる。

 顔だけ振り向くが、次郎の手を彼女は握っていた。

 金澤中央女子高校(カナジョ)の制服。

「が、学園祭のときの!」

 サーシャが敵意むき出しで近づいていく。

「踊ってるだけ」

「は?」

「やり合おうとは思っていない」

 三和はジッと次郎を見る。

「もう、キスしたいとは思わないし」

 ――楽しんでいるように見せれば、(マコト)さんも安心するだろうし。

 チラッと、壁にうっかかるようにして自分を見ている伊原真――同居人――の姿を見た。

 そして曲の切れ目。

「なんか……違うかも」

 スッと三和は手を離すと、隣の京に手を差し出す。

 唖然とするサーシャが固まっている間に、風子が間に入っていた。

「もしかして、今のフラれた?」

 風子が冗談っぽい顔をして次郎に言う。

「一方的に寄ってきて、やっぱり嫌い……そんな感じだから」

「モテる人は大変ね」

「本当にモテる人はここでこうやって踊ってないよ」

 他意のない次郎の言葉。

 でも風子は握った手を少し緩めてしまった。

 ――バカみたい。

 そう思う。

 なんで、今の次郎の言葉で一瞬でもショックを受けているんだろうか。

 風子に対して、踊る対象ではないと言ったわけではないのに……それはわかっているのに、そう思ってしまった自分が嫌になった。

 ――自意識過剰。

「最近、なんか……ごめん」

 次郎がそう言った。

「え……」

「ぎこちないというか、俺、変だよな……ごめん、自分でも何言っているか」

「あ、うん……こっちもなんか、変に意識して」

 意識して。

 何を意識してるんだろう。

 自分で言って一気に顔が上気する。

「……」

 風子の足が乱れる。

 ぎこちないダンスになるふたり。

「……見てらんない」

 そう言って割り込んできたのはサーシャだ。

「あのね、こーゆーの、日本の文化的に、基本は三角関係なんだけど」

 どちらかというと、あちらの文化に影響されているサーシャである。

「風子見てると、あああああって感じなんだけど」

 そう言葉を続けるサーシャが間に入ろうとした。

 そんな中、幸子と踊る大吉はチャンスとばかりに風子に目が行く。

 幸子は大吉の素振りから、それを感じていたため、目を伏せた。

 その時だ、会場が真っ暗になり、音楽が止まったのは。

 スポットライトに照らされる佐古少佐。

 サンタの格好をした彼がマイクの電源を入れ、ポンポンと叩く。

 マイクのテストはいいようだ。

「イッツ! サプライズ!」

 両手を天井に向け突き上げると、パンパンと彼の後方からクラッカーが鳴り響いた。

 そして、クリスマス定番の曲。

 ――ジングルベール、ジングルベール、すっずがー。

 パッと着く照明。

 パシン。

 風子の手が弾かれた。

「じーーろちゃん! きちゃった」

 背中に感じる柔らかい感触。

 聞き覚えのある恐怖の対象。

「ね、ねねねね」

 声にならぬ声。

「もう、変な女とまだちちくりあっとるとー」

 冷たい声に変わった瞬間、ギロリとサーシャを睨む姉。

 次郎の姉、(ヒジリ)降臨。

 そんなサーシャの傍らにはロシア帝国海軍将校の制服を着た金髪の男がいつの間にか立っていた。

「そろそろ、帝国貴族として自覚ある振る舞いをしてほしいものだな」

 流暢な日本語でそう言った男は冷たい目つきで次郎を見下ろした。

「子ザルなんぞ相手して、やはりできそこないの妹はできそこないだな」

 一瞬にして硬直してしまうサーシャ。

 彼女の兄、ミハイルである。

「やれやれ、妹が低俗な場所に染まって低俗な行いをしていないか……ゲイデン家の名前を汚してはいないかと思って来てみたら……やはり」

「あら? 子ザルってなんのことかしら、なんだかウォッカ臭いわ」

 姉、笑顔のまま標準語である。

 次郎が後ずさった。

「失礼な、飲酒はしていない」

「やですわ、あなたではなく、そちらの金髪のお嬢さんのことですが」

「なっ!」

「今はかわいらしいお嬢様ですが、もうあと数年すれば巨体化するんでしょう?」

「妹に限って、そんなことがあるはずないっ!」

 挑発されたミハイルがつい本音を口走ってしまう。

 彼はサーシャをバカにしたことしかないが、実のところイモウトスキーである。

「さあ、どうでしょうか、そちらの民族は、大変でしょうねえ」

 戦争だった。

 だが、姉対兄の対決は、姉に上がりそうな状態である。

「お母さん」

「父ちゃんっ」

 あちらこちらで久々の親子の体面をする学生達。

父さん(ダッド)!」

 ボブは清潔なスーツを着た白髪交じりの黒人男性に抱き着いている。

 全寮制の学校に通う高校一年生。

 夏の休暇以来四ヶ月近くも顔を合わせていないのだから親も恋しくなるのかもしれない。

「うわ……なんでお父さんがっ」

 女子高生達の間でも声が上がっている。

 そちら側の娘が心配な父親たちも呼ばれていたようだ。

 彼女たちのほとんどが同居している相手である、ただただウザイだけである。

「むう……」

 唸る小山のところにも、奥さんが傍らにいる。そして三人の息子彼にぶら下がっていた。

「さあ、ディナーの時間です」

 わざとらしい佐古のアナウンス。

 運び込まれるフライドチキンといった、それっぽい料理。

「みんなで、素敵な夜を、楽しみましょう」

 佐古がそう言った後、勝ち誇って今にも笑いそうになる気持ちを抑えきれずに、ニタニタと笑い出してしまった。



「あ、その……隣、いい?」

 風子がチキンナゲットなどが入った箱を傍らに体育館の隅で食事をしていると、同じような食べ物とペットボトルのジュースを抱えた大吉が立っていた。

「あ、うん」

「中村も、そのお父さんとかは」

 風子は首を横に振る。

「お父さんは、いないし……お母さんは忙しいから、これないんじゃないかな」

「あ、ごめん」

「別に、謝らなくても」

「俺も、オヤジってのがいないから」

「……そうなの?」

「離婚してた」

「そう……うちも」

「あ、なんか、ごめん……食べようか」

「うん」

 骨付きのチキンが入った箱を大吉が開ける。

「けっこう、みんな来てるんだね」

 風子が親子の再開を喜ぶ学生達の姿を眩しそうな表情で見ている。

「うん」

 大吉は頷く。

 ――俺は、風子のこういうところに惚れてる……。

 そう彼は再認識した。

 表では竹を割ったような性格なのに、時より見せる憂いのある表情。

 甘えたいと思う反面助けたいとも思える。

 ガサッ。

 風子は紙袋の音に気付いて振り向く。

 幸子がハッと気づいて振り向いて歩き去っていった。

「幸子ちゃんもなのかな……」

 風子は自分のナゲットを大吉の近くに置いた。

「松岡くん……食べる?」

「あ、うん、いいの?」

「いいよ」

「ありがとう」

 他愛もない会話。

 大吉はあの告白以来、まともに会話していなかったことも手伝って、感動していた。

 もちろん表には出さないようにしているが、言葉が多くなってしまう。

「なんか、面白い」

 大吉がそう言って鼻をこすった。

「たった九ヶ月しかたってないんだなって、あの駅で中村と喧嘩したのも」

 風子がプッと笑う。

「だって、うるさかったから、つい」

「思い出すたびに恥ずかしい」

「恥ずかしがるなら、あんなことしなかったらいいのに」

「だって、だってよ、軍隊の高校だろ、なめられたらやべえって思ったから金髪で、最初が肝心だと思ったから」

「あれじゃ、田舎の痛い痛いかん違いヤンキーだよ」

「……まったくそのまんまだったけど」

「あの時の、中村……すげえムカついたけど、やっぱり、なんというか格好よかったかなって」

「何それ、女子にカッコいいとか」

 風子は笑う。

「いや、まじで……だから夏に告白したんだけど」

 風子の笑顔が崩れ、少し泣きそうな顔になった。

「ごめん」

 風子がかすれた声でそう言った。

 複雑な表情の大吉。

「こっちこそ、ごめん、なんていったらいいかわかんないけど、あの時の話をぶり返してごめん」

「……」

「……」

「わからないんだ」

 風子がため息交じりにそう言った。

「付き合って、それでどうなるかとか、自分が誰を好きだとか……恋とか、よくわからない」

「俺も、よくわからないけど……その手をつないで歩いたり、べったりしたり、することじゃないのかな」

「それって怖くない?」

「怖い」

「……だって、他人が、好意があるけど、自分の中に……入ってくるんだよ」

「え、ええ……ええ」

 赤面する大吉。

 べったりから発展するそういう想像。

 そんな大吉の反応を見て風子も慌てる。

「中に入ってくるって、そういう意味じゃなくて、なんというか自分のテリトリーというかプライバシーに近づくという意味で」

「お、おう……お、俺もそうとしか考えてないから」

「そ、そうよね」

 大吉バレバレである。

 そうして、墓穴を掘ったため、ますます二人は話しにくくなり黙ってしまった。



 ――やっぱり、大吉くんは風子ちゃんと。

 スタスタと逃げる様に歩いていく幸子。

 彼女も風子や大吉と同様、今日はひとりになっていた。

 彼女の親が正式な国交のない国へ来れるはずがない。

 でも、彼女は探していた。

 来るはずもない親を無意識のうちに探していた。

 もう九ヶ月も北海道の両親とは顔を合わせていない。

 ――会いたい。

 今までホームシック的な感情に襲われることがなかった分、一気にその感情がでてきたような状態だった。

 そんな訳で会場の中を袋を抱え、なんとなくボーっとした状態で歩いていた。

 そうしているうちに風子を見つけたので声をかけようとした。そして、そこに彼女と談笑する大吉を見つけ、反射的に逃げ出してしまった。

 今思うとあの一言にやられたと思っている。

 ――どいつもこいつも、そんなクソくだらねえことで、人を決め付けやがって。

 二年生のバカどもに絡まれた時、大吉が放った言葉。

「好きなんだ」

 ボソッと幸子は声に出して言った。

 好きになってはいけないからこそ、あえて。

「でも、いい」

 そう言って諦める。

 彼女はここを卒業した後は本国の女子高に復学、その後はまた留学して、ソヴィエト連邦にある諜報専門の大学に行くことが決まっている。

 そして専門はこの国と米国。

 こんなところで恋なんてしている場合じゃない。

 まだ十六歳の少女である幸子でもそれは重々承知していた。

 ここは敵国なのだ。

 敵国の男子を好きになったら不幸になることぐらい誰でもわかる。

 そう、好きになったら。

 だからもう。

 もう、すでに不幸なのかもしれない。



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