第47話「二回戦!! 哀☆男クラ」
――でーでーでーん! でけでっでけでっでけでー!
まだ試合開始前だが、応援席の方からテノールとバスの合唱が聞こえてくる。
――でーでーでーん! でけでっでけでっでけでー! でーでぇーででえーん! でけでーででっでん! でんでででんっ!
伴奏も声。
シャルル・ルルー作曲。
陸軍分列行進曲。
――我は官軍我|敵は、天地容れざる朝敵ぞー
歌詞は抜刀隊。
――敵の大将たる者は、古今無双の英雄で
応援席の一年生を除く三中男子。
――之に従ふ兵は、共に慓悍決死の士
純白のふんどしいっちょ。
応援席にいる三中全員。
――鬼神に恥ぬー勇あるも、天の許さぬ叛逆を
テノールとバスの合唱。
――起しし者は昔より、栄えし例あらざるぞ!
全員が仁王立ちで吠えるよう歌
――敵の亡ぶる夫迄は、進めや進め諸共に!
――玉ちる剣抜き連れてー、死ぬる覚悟で進むべーし!
「うらああああああああ!!」
雄たけびを上げるふんどし男子達。
三中隊。
一、二中隊と違って女子がいない中隊である。
教官も男のみ、いわゆる男クラである。
男子校とは違い、学校内に女子は存在しているが休み時間以外に目に触れることはない。
男子校ならば諦めはつくものだが、そうではない。
通常の学校ならば、他のクラスの女子が遊びにくることもあるだろう。
だが、この学校の伝統は違った。
男の純心を大切にする者どもの伝統である。
教場の真ん中には『硬派タレ』という額に入った文字が掲げられているぐらいだのだ。
もし、三中の学生が公然と男女がいちゃつく姿を晒そうものなら、私的制裁の対象となる。
その内容は秘密であるが、一度それを受けた学生は、漢の中の漢、キングオブ漢、漢仙人になるという噂がある。
そんな雰囲気の三中である。
女子といっしょに訓練や学業ができる一中隊や二中隊は、それだけで敵であった。
合唱が終わったころに一回戦と同じく太鼓が鳴り響いた後に『始め!』という号令がかかる。
「はんっ! 男を張るってのはフンドシになることなんかじゃねえ」
そう言って、またひとりグランドの真ん中に現れたのは大吉だ。
「我こそは! 一中の北極星! ビッグラッキー! 漢の中の漢! 松岡大吉!」
ついこの間、学校祭の冥土カフェで、猫耳浴衣尻尾で男の娘を演じたのはだれだというツッコミが三中から入った。
何気に、三中の男子の中にもファンがいるということはまた別のお話しである。
まあしかし、一回戦でがっつりやられたにもかかわらず、また同じことを繰り返す大吉の頭は残念なのかもしれない。
一応、口上は少し変えているのだが。
――またかよ。
――もういいよ。
そんなブーイングとともに「いいぞやれー」と言った声援も飛んでいる。
何にしても、エンターテイナーの素質はあるようだ。
「かかってこいやああ!!」
そう大吉が叫ぶと颯爽っと三中陣営から大きな影が現れた。
艶のある黒色の肌に切れ長の目。
純白の鉢巻の端末と褌。
「三中隊参謀! ボブ・アームストロング! 見参ッ!」
独特の訛りがあるが聞き取れる日本語、やや高めの声はグランドによく響く。
黒豹の様な研ぎ澄まされた筋肉、そしてその余裕を含めた知的さを感じさせる表情をしている。
大吉が見上げ、その迫力に押されてしまった。
なんにしてもでかい。
三メートルはありそうな高さ。
「戦場ニ花ヲ咲セン! 尋常ニ勝負セヨ!」
「いや、まって」
左手をぐいっと差し出し拒否をする大吉。
「それ、一騎打ちじゃないし」
「怖気ツイタカ、コノビビリ」
「お前、卑怯すぎるだろ!」
「何ガ? ドウシテ?」
「やかましいわ! このメリケン!」
アメリカ人をメリケンなんて言ってバカにすることを知っている大吉も不思議な子ではある。
そんな言葉を使うには世代が違う。
「一騎じゃねえし、四人いるし」
三メートルの高さ。
ボブは騎乗にいた。
体育祭恒例の騎馬戦。
三人一組で腕を組んでつくるあれだ。
ふんどし三人組の上にふんどしボブが座っていた。
「馬」
「いや、馬とか意味わからんし」
「イザ尋常二勝負! 勝負!」
「ごまかしてんじゃねえ!」
そう叫ぶ大吉を無視したボブは、頭上で三メートルはあるスポンジ棒をグルグル回転させる。
「我ガ十文字槍ノ錆ニナレ!」
ボブが言うように穂先のスポンジは十文字になっていた。
なかなかマニアックなアメリカからの留学生。
「しゃーねえ! やるかっ!」
そういうところは気風のいい大吉だ。
彼は果敢に挑み、跳んで馬上のボブを狙おうとした。
だが、はるか頭上から襲いかかってきそうなボブの槍を前に、彼は一歩も進めない。
背が低い大吉は、高い方向からの攻撃は慣れていると思っていた。
だがレベルが違う。
騎兵と歩兵の違いだ。
圧力が違う。
そして間合いが遠すぎる。
――懐に入り込めば……。
大吉考えるが、なかなか敵も隙がない。
彼も頭ではわかっている。どこかに隙があることは。
ボブは頭上から振り下ろす分、大吉に比べ火力はあるが、どうしても三人一組でタイミングを合わせなければならなかった。そのため、この騎馬の動きが鈍くなり機動力は低い。
ボブが重騎兵なら、ちょこまかと動ける大吉は軽騎兵だ。
――そうか。
ボブが突きを連発してくるのをうまく避けながら大吉は懐に入ろうとした。
だが、後ろにステップをしてボブの攻撃を避けようとしたとき、不意につまづいてしまったかのような態勢になった。そして、横に滑るようにして倒れそうになる。
応援席からのどよめきが響いた。
「トドメッ!」
ボブが叫んだ。
その時だ、大吉がニヤリと笑ったのは。
振り上げた槍。
振り下ろすまでのタイムラグ。
大吉は滑るついでにぐるりと前回り受け身を取り、騎馬の目の前に迫っていた。
わざとこけたのだ。
相手の予測する範囲外の行動をすれば奇襲になる。
そういうことはわかっている子なのだ。
そのまま大吉は剣を突き上げる様にしてボブの胸の風船を狙う。
「もらった!」
そう思った。
だが次の瞬間、彼は自分の目を疑ってしまった。
ボブは笑っていた。
その刹那だ。
大吉の左上から短い棒が振り下ろされてきたのは。
「おいいいっ」
ツッコミを入れる暇もない大吉。
彼は体を仰け反るようにして避けた。そして、後ろに倒れるように回転し、その場を離れようとする。
「フハハハ、我ニ死角ナシ!」
辛うじてボブとの間合いを大吉は切り安全圏に出たが、立ち上がろうとする前に騎馬は間合いをつめてくる。
「騎馬じゃねえし! 攻撃してきてるし!」
「騎馬ダッテ体当タリハスル」
ひひーん、と馬の三人が声を上げている。
「体当たりじゃねえし」
ちゃんと得物を振り上げていた。
「体当タリハルール違反、ソノ代替エ手段、ソンナコトモ知ラナイノカ」
「そういう意味じゃ……」
ふと審判の方を大吉は見る。
だが、審判は赤旗と白旗を下に下げた状態で交差しながら旗を振った。
――無効。
という意味だ。
そんなやりとりをしているうちに大吉は間合いを詰められ、ボブの槍が届きそうになった。
横薙ぎに振るわれた彼の槍が確実に大吉を捕らえそうになったときだ。
「撃て!」
アルトの声。
三本の水しぶきが騎馬を襲う。
当たる距離ではない。
だが、威嚇には十分だった。
「山中幸子」
「松岡くん、早く立って!」
ミニ方陣を指揮する幸子。
次の三人の女子が鉄砲を放つ。
「オノレ! 神聖ナ一騎打チヲ汚ストハ!」
「イチ対イチじゃない一騎打ちなんか」
幸子も言い返す。
「はやく大吉君さがって!」
そう叫んだのは鉄砲を構えた風子。
その言葉を聞いたボブが血相を変える。
「ファーストネーム!」
彼が天に向かってそう叫ぶ。
「不純! フンドシノ風上ニモオケヌ!」
――どんな日本語だ、それ。
そんな観客のツッコミを無視して、槍を振り回すボブ。
風子が大吉の名前を言ったことにイラついているようだ。
だが、形勢は逆転。
ボブは槍を高々と掲げながら、踵を返す。
騎馬の三人は「いち、に、いち、に」とちゃんと歩調を数えながら息をぴったり合わせ動いている。
「ソモソモ、戦場デ、男女ガイチャツクナンテ汚ラワシイ! 純白ノフンドシガ汚レルワッ」
ふんどしがキーワードらしい。
「不純男女交友断固破壊! 男女交際絶対禁止!」
ふおー。
とボブが叫ぶと、三中の応援席からもふおーという叫び声が返される。
「漢ォ!」
よくわからないが、三中男コールである。
――オトコ! オトコ! オトコ! 男クラ!
――オトコ! オトコ! オトコ! 男クラ!
ボブはそのコールに応える様にして堂々と下がっていった。
そんな学生たちを見守る大人たちの中で咽る男がいた。
「大丈夫ですか? 中隊長」
もちろん背中をトントンなんてせずに声だけかける副官で注意の日之出晶。
次郎達の中隊長である佐古少佐は頭を軽く振った。
「なんか、中隊長と同じようなことを言ってるんですが、三中の子たち」
「うらやましい」
「ふんどしがですか?」
「ああやって意識の高い学生がな、男女交際禁止、的確!」
普段から男女交際禁止と声高に叫んでいる中隊長である。
「……」
ジト目の晶。
「三中隊長になりたかったなあ」
「どうぞ」
冷たく言い放つ彼女は態度も冷たい。
「……冗談でも傷ついた」
「……冗談ではありません」
「今日、カウンセリング、開いてたっけ」
「そんな冗談いっていると、奥さんに言いますから」
彼の妻は学校の雇いカウンセラーであり、晶やその同僚で親友の真田鈴などもお世話になっていた。
カウンセリングの意味を冗談で使うような、そんなデリカシーのないことを平気で言うおっさんに対して、容赦する必要はない。
晶はそう考えているので、おっさんの弱点である奥さんの話を持っていく。
どんなに佐古が謝っても、ちゃんと、この後に晶がチクることになることは決定していた。
「がんばれー三中ー」
拗ねたように口を尖らせ、小声でそんな応援をする三〇半ばの佐古。
「桃子さんにも言いますね」
いきつけの喫茶店の女主人、佐古の学生時代の彼女である。
ちなみに、手を握ったことがあるかないかぐらいのお付き合い。
「……」
「いいますね」
「……副官、ごめんなさい」
そんな風に折れた中隊長。
「よし、素直でよろしい」
晶はそう言うと、ふんどし軍団に訝し気な目で視線を送った。
言わない、とは口にしていない。
戦場の空気が変わっていた。
踵を返して陣に戻ったボブ。
「お疲れさん、参謀」
「朝飯前ダ、大将」
騎馬上でハイタッチする三中首脳部。
「作戦はそのままで行こうと思うが」
「オオセノ通リニ」
重騎兵作戦。
堂々と前進し、敵を蹴散らす。
それだけの作戦。
彼らに言わせると『漢の中の漢』的な作戦だ。
「漢号作戦発動!」
大将の学生が腕を振り上げる。
騎馬一〇騎。
共に馬上槍を振り上げ天高く雄たけびを上げた。
「偵察お疲れ」
ポンッと肩に腕を置く次郎。
大吉は笑った。
「鈍足だが、正面は無敵状態」
「あんなのが列を組んでいたら入り込む隙がないな」
頭をポリポリ次郎は掻いた。
二中隊は固定的だったが全面に攻撃ができた。だが、動きがとれないため、味方はそのまわりを自由に動くことができた。
三中隊も固定的だが、一騎一騎が分散していて相手の幅が広すぎ、味方は自由に動くことができない。
鈍足なりに動くことができる敵は戦力を集中できる。そして、あの馬上槍は手ごわすぎるから普通に戦えば歯がたたない。
そんな状況は予想できなかったから、どんなことでも対応できるように、はじめは正面は幸子の鉄砲隊で引き寄せ。そして、陣形が崩れたところを主力で包囲するつもりだった。
だが、正面で陣形を崩そうにも重騎兵が相手だとすると、幸子たちだけでは荷が重すぎる。
「京の部隊を回すか」
そうすると、とどめを刺すための主力の戦力が分散することになる。
「射撃支援のない重騎兵なんか、軽騎兵でひっかきまわせばいい」
そう口を出してきたのはサーシャだ。
「作戦は大きく変わらない、幸子の射撃で出鼻をくじく、主力で隙のできたところを突破して後ろにまわりこむ」
グランドの砂にサーシャが矢印を描き込む。
「出鼻をくじくために、私と次郎が暴れればいい」
「……あ、俺」
自分に指をさす次郎。
「一回戦は負けたんだから切腹、でもしていないんだから大将はダメ、一兵卒で戦え」
厳しいサーシャさんである。
「……あ、うん」
その一言で作戦に微修正が加わった。
「京あとは頼んだ」
次郎はそう言って、もともと学生長でもある京に大将役を渡す。
「次郎もひっかきまわしてこい」
「おう」
「あと、さっきの大吉の偵察で敵の弱点がわかったから、その作戦も考えた」
「弱点?」
「精神的な弱点さ」
いつにもなく笑顔の京に対し、次郎は仲間であったが少し怖いと思ってしまった。
――でーでーでーん! でけでっでけでっでけでー!
――でーでーでーん! でけでっでけでっでけでー! でーでぇーででえーん! でけでーででっでん! でんでででんっ!
合唱に歩調を合わせて、ゆっくりとグランドに姿を現す一〇騎。
――我はー三中我敵はー男女いっしょの二中ぞ
恨みがこもっている。
――敵のー大将たる者はー古今無双の英雄で
残念ながら大将はイケメンクールの宮城京に変わったが、むっつりスケベは間違ってはいない。
――之に従ふ男子はー女子といちゃつく青春を
西南の役に参加した警視庁抜刀隊もこんな替え歌にされたら、さぞお怒りのことだろう。
――学業励む学校でー天の許さぬ男女交際をー
ちなみにこの歌詞は『哀! 男☆クラ』という題名がついている。
――起しし者はー昔よりー栄えし例あらざるぞー!
騎馬の速度が速足に変わる。
――敵の亡ぶる夫迄はー! 進めや進め諸共ー!
――玉ちる剣ー抜き連れてー! 死ーぬる覚悟で! 進むべーし!
玉と抜きを強調するのはお約束。
「突撃ィ!」
槍を水平にした一〇騎が砂埃を上げながら駆ける。
それを待ち受ける様に立っている仁王立ちの二人。
動きやすいようにジャージをはぎ取り、Tシャツ、ハーフパンツ姿の次郎が右、そしてサーシャが左。
そのすぐ後ろに三人三構えの幸子や風子の方陣。
後方に京の率いる主力だ。
ただ敵を見つけ、ただひたすら潰していく作戦の三中。
ちょこまか動ける次郎とサーシャ。
この二人と幸子の方陣がそんな敵の鼻面を引きずりまわす役目だった。
陸軍分列行進の曲や歌詞を聴きたい方は、「抜刀隊」で検索すればすぐでてきます。




