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陸軍少年学校物語  作者: 崎ちよ
第1章  卯月「ようこそ陸軍少年学校へ」
4/81

第4話「女子棟、日朝点呼ー!」

 風子が目を覚ますと、見慣れない天井がそこにあった。

 あまりにも天井が近いのでドキリとする。

 自分が何でこんなところにいるのだろう……一瞬、今置かれている環境に混乱した。そんな事を考えてしまうのは、彼女が寝ぼけているせいだけではないのかもしれない。

「ふう」

 ゆっくりと息を吐き出す。

 ――二段ベットの二階か……。

 彼女の実家は畳に布団、天井というものは遠くにあるものだったから、違和感があった。

 昨日、ここについてから教官たちからいろいろ指示があって……それから坊主頭の中隊長とかいうおじさんから「部内恋愛(ナイレン)禁止」とかそういう話があって。

 と、彼女は昼間のことを思い出した。

 部内恋愛、つまり学生間の恋愛のことである。

 軍隊だからだろうか。

 閉鎖空間の中で堂々と男女がいちゃいちゃしていたら、目障りにもほどがあると言ってもいい。

 男女共学の全寮制。

 新入生の多くが恋愛に憧れている年頃だ。

 その話を聞いて一気に意気消沈する者、「おっさんの言葉がなんぼのもんじゃ」と発奮する者と反応は様々だった。

 そういうことにまったく興味がなかった彼女は「ふーん」で終わったが。

 仰向けだった体を右横に向けた。

 ちょっとの振動でギシギシと鳴る鉄製のベットが耳障りだと思う。

 なぜ、私はこの天井を見ているのか……彼女はまた今の状況を頭の中で整理した。

 部屋には三年生と二年生の先輩が二人。

 ここは三人部屋。

 三年生がシングルに寝て、二年生は二段ベットの下、一年生が上。

 ここが私たちの部屋。

 学校は全寮制。

 男女ともに三人一部屋になっている。

 先輩たちと一緒の部屋になるというから、彼女はそれなりに覚悟をしていた。

 でも、拍子抜けするぐらい、後輩に対するなんらかのアクションはなかった。

 とてもフレンドリーな感じで部屋に迎えられたのだ。

 昨日初めて会ったところだが、先輩から彼女はさっそく「ふーこちゃん」と呼ばれている。

 彼女の同部屋の三年生は田中純子(タナカジュンコ)

 髪型はベリーショート、通称『女王』というあだ名が男子から付けられている勝気な性格。

 もう一人は二年生の長崎(ナガサキ)ユキ。長い黒髪に黒縁眼鏡、抜群のプロポーションが特徴だが、学生会副会長を任命されるぐらい真面目な性格で、少し地味な感じがした。

 今その二人は静かな寝息を立てている。

 寝返りをもう一度うってみる。

 パチパチとジャージと毛布の間で静電気が起きった。

 部屋がとても乾燥しているのだ。

 彼女は先輩たちから「濡れタオルを枕元に干して寝たほうがいいよ」という忠告を受け干していたが、今手を伸ばして触ってみると完全に乾いているぐらいに。

 それに静電気。

 真っ暗な部屋で、自分の着ている支給されたジャージ――通称ダサジャー――に触れると、指をなぞっただけで発光している。

 これだけ真っ暗だと、静電気がこんな風に見えるので少し楽しくなった。

 何度か発光現象を繰り返したあと、彼女はまた昼間のことを思い出した。

 昨日、集まった新入生は先輩に連れられ、それぞれの部屋にバラバラと連れていかれた。

 そうして(ミドリ)とは隣の部屋になった。

 一番喜んだのは風子だ。

 これなら気楽に話せる人間が隣にいる。

 こんなにうれしいことはない。

 運がいい。

 彼女はそう思った。

 昨日から前向きに物事を考えている恩恵かな、担任(センセイ)のお陰かな。

 と思う。

 結局どう思うかはその環境に置かれて、自分が不満に思うか思わないかの差なのかもしれない。

 ――中学の私では、この環境自体が気に食わなくて、顔に出て、先輩たちに嫌な思いをさせて、そして……。

 彼女がこんなに前向きに物事を考えるようになったのは、中学三年生の時の担任のお陰なのだ。

 ――中村さん。ちょっとしたコツなんです。素直になるだけなんですよ。物事は何かしら『面白い』『楽しい』ことが含まれている。そのことを『面白い』『楽しい』と思うことです。騙されたと思ってやってみなさい。思ったよりも物事がまっすぐ見えますよ。

 卒業の日に担任の先生は彼女にそう言った。

 彼女にしては珍しく言葉を受け入れた。

 言った相手が彼女の初恋の人だったからかもしれない。

 友達がいない、腫れ物のような、孤立した少女。

 中学一年生、二年生で散々教師というものに不信感を持ってしまった彼女の心をうまく開いたのは彼だった。

 それでも親身に会話ができるようになったのは、三年生の夏以降。

 それからも何かと反発するような態度を取っていた。

 彼女はそれが恋だったと自覚していなかったから。

 結局何も言えず、こんなところに来てしまった。

 それにしても、と彼女は思う。

 先輩の二人は、後輩に対し威圧的な態度を一切取らないような人。 

「かわいいぃぃ、ふーこちゃんっ!」

 昨日の夜、そう言って純子が風子の後ろから抱き着いてきた。

 その時はどうすればいいのか分からず、彼女は戸惑い、そして固まった。

 彼女にしてみると、初めての経験だったのだ。

 あの中学の三年間ではありえない世界。

 だから「うひゃあいぃぃ」と奇声を上げてしまって、ますます純子を喜ばさせてしまった。

 純子は胸をモミモミしながら楽しそうにしていた。

「ああ、あのおっぱいお化けのを触っていると、女として負けた気分になるから、どうしても楽しめないんだ」

 と、言って行為を続ける。

「純子さん、誰がおっぱいお化けですか……ふーこちゃんが嫌がっています、離して下さい」

 とユキが冷たい声で言うと。

「やーだーよー」

 と、大人びた顔に似合わない子供じみた反応をした。

「私はこの変態部屋の一員なんて思われたくありません」

「くっそー、自分のおっぱいが大きいからって、先輩にそんなこと言う、ムキー」

「こんなの、邪魔なだけです、それに関係ありません、私は至極全うなことを言っているんです」

「なに、嫌味?」

 そう言って純子が手を緩めて風子が解放される。すかさずユキが手を伸ばし彼女をむぎゅっと抱きしめた。

「もう、大丈夫だからね、乙女の貞操は守らなくちゃね」

 と言いながら風子の頭を撫で撫でする。

 その姿を見て、純子はフフンと鼻で笑った。

「ああ、いいさ、ふーこは俺のもんだ、なあふーこ、覚えておけよ、そいつはそんなおしとやかな性格ぶってるが腹黒女だからな、ハハン」

 捨て台詞に対しユキは短く「はいはい」と反応した。

 そういうバタバタした夜だった。

 風子はまだ一日目だったので、二人の性格を全部把握したわけではないが机の上に飾っているものを見ると大体二人の趣味は把握した。

 純子は、大人びて男勝りな感じもあるが、意外と可愛らしいキャラクターグッツが置いてあり、内面は乙女的なのかもしれないと思った。

 一方ユキは、机の上に飾っている写真立ての中身が一昔前の映画俳優――しかも三枚目俳優――だったので、渋めのおっさんフェチだというのは把握できた。

「これ、俳優の○○さんですよね」

 そう言った瞬間、風子は地雷を踏んだ事を後悔した。

「え、ふーこちゃん解る? ああ、いいよね。あの駄目っぽさ、そして時より見せる渋さがたまらないと思わない? そう、あと……」

 ユキは頬を高潮させて、さっきまでの態度とはうって変わり饒舌になった。そして、三〇分ぐらいは一方的に話を聞かされた。

「はいはい、ユキ、その位にしてね、ふーこゃん困ってるから、おっさん好きなのはわかったから……うん、わかった」

 呆れた顔で純子が割って入ってきた。

「おっさん好きではありません、ダメオヤジ好きです」

 ピシャリ言うユキ。

「あ、そう」

 何が違うんだか……。

 そう呟いて呆れる純子。

「ユキは第二中隊(ニチュウ)の窓際ダメ大尉にホの字だからねえ」

「純子さん、ホの字とか……おっさん的な発言はやめた方がいいですよ、女子力なくなってますよ」

 とユキが言う。

「フフ……フフフフ」

 風子はもう耐えきれなかった。肩の力が抜け、失礼かもしれないと思いながら笑い出した。

「す、すみません。もう、ホの字、ホの字って」

 そう言っていると、ユキも「ホの字はない、うん」と言ってウフフと上品に笑い出した。

 ――やっぱり運がよかったのかもしれない。

 彼女は確信した。

 昨日のことを思い出しながら風子は目を閉じた。

 慣れない枕が硬く感じた。

 腫れ物みたいに強がらなくてもいい。

 よかった。

 少し素直になっただけなのに。

 本当に。

 先生、ありがとう。

 と。


 

 朝六時に起床ラッパが鳴り響く。

 昨晩の風子は消灯ラッパが鳴り響いて電気を消えていく様を見て、軍隊生活を実感する余裕があったが、これは違った。

 寝ぼけているから、何が起こったかよくわからないのだ。

「ふーこちゃん、ほら起きて!」

 風子の目の前にユキの顔があった。二段ベットだからそういう位置関係になる。

「あ、え?」

 風子はわけのわからないまま二段ベットの梯子を降りる。鉄の冷たさが裸足に伝わり、声を上げそうになった。

「ほら、点呼行くよ」

 そう言って、純子はダサジャーのチャックを首までキュッと上げる。

 とりあえず、ユキに手を引っ張られるようにして、風子は靴下も履かず素足で白いシューズを履きふらふらしながら廊下に出た。

 すでに並んでいる部屋の住人もいる。

「動作急ぎなさい」

 赤い腕章――学生当直の印――を付けたジャージの女子が叫ぶ。

「ふーこちゃん、私の後ろ、ユキの前に並んで」

 風子を縦に純子とユキが挟むようにして並んだ。

「あ、緑ちゃん」

「おはよ」

 隣を見ると眠そうな顔の緑がいた。

 右から部屋番号が若い順番で並んでいるので、部屋が隣の緑は点呼の列も隣になるのだ。

「気をつけ!」

 赤腕章の女子が号令をかけると、風子も緑も見おう見真似で気を付けの姿勢になる。

「女子棟、日朝(ニッチョウ)点呼ー!」

 これは男性の声だった。

 女子だらけの中に、唯一の男。

 彼は少尉の階級章のついた制服を着ており、その右腕には当直の腕章をしている。

 それぞれの部屋の一番前に並んでいる三年生の女子が「三〇九号室異状なし!」などと言っている。純子も「三一二号室異状なし!」と報告。

 風子は昨日のはしゃいでいた純子とは違うハキハキした報告を見て、かっこいいなと思うと同時に、自分もこういうことをできるようになるのか、と少し不安になった。

 一通り報告が終わると、当直の将校に対し、赤腕章を付けた女子がおじぎの敬礼をして「女子棟、日朝点呼異状なし!」と甲高い声で報告する。

 こんなに気合を入れる必要はあるのかと、風子が思うぐらいの声だ。

 点呼。

 もっと簡単に「異状なーし」で終わる気もするんだが。なんだか無駄な時間のような気もする風子だったが、軍隊だからこんなんだろうと自分に言い聞かせる。

 まあ、強制的に目覚めることはできる。

 物事のネガティブな面しか見れず、批判的なことしか思えなかった彼女。中学の頃の自分に戻りそうになったが、なんとか食い止めた。

 ――郷に入らずんば……よね、先生。

 そう言い聞かせる。

「おはよう!」

 当直の少尉が挨拶というよりも叫びに近い大きな声が廊下に響き渡る。

「「「おはようございます!」」」

 タイミングをそろえるように、女子達も挨拶を返す。もちろん挨拶と言うよりも叫び声に近い。

 風子なんかはその発声のタイミングがいまいちつかめず「おはわぅぅ……」などと意味不明の声を発していた。

「しっかり飯食って、歯磨いて、ボサボサ頭をなんとかして出て来いよ、以上、点呼終わり解散!」

 なんともデリカシーというのがないのだろうか。

 軍隊と言うところは、と風子は思った。

 この位は批判的になってもいいと思う。

 そうしている内に、廊下はざわざわと挨拶や雑談が始まった。当直の少尉がいなくなると同時に、緊張が緩んだ空気に包まれたからだ。

 欠伸をする者、背伸びをする者に溢れる。そのうち、当直の少尉――頭山(トウヤマ)少尉に対する話も始まった。

「頭山少尉って彼女いなさそーよねー」

「やだ、日之出中尉とできてるとか」

「噂じゃ同じ中隊の伊原(イハラ)ちゃんらしいよ、少尉同士、お似合いって思わない?」

「そう? 同じ中隊って言ったら、あそこの副長の野中(ノナカ)大尉って聞いたけど」

「野中大尉って、おっさんじゃない」

「おっさんとイケメン……」

「何、涎垂らしてんの」

 なんて、無責任な会話が広がっていく。

 野中大尉という声が聞こえた時に、ユキがビクッとするが、純子も風子も気づかない。

 風子はそういう会話を聞き流しながら部屋に戻ったが、さっそく後ろ向きなことを考えてしまった。

 軍隊ってところは、朝早く寝起きのすっぴん女子高生集めて、そんで男がずかずかその空間に入ってきて「飯食え」って叫ぶ……何、この変な世界。

 嫌だ。

 最低。

 と。

 一度、インプットされたら、頭の中を埋め尽くす。

 ……前向き前向き、と呪文のように頭の中で唱えていた。

 そういうことを頭の中でやっているものだから、端から見るとボケッとしているように見える。

「ほら、ふーこちゃん。目を覚まして。時間ないからね、眉毛ぐらい描いて、ほら最低限の手入れをして、朝ごはんに行かなきゃ」

 と、純子さんに引っ張られるようにして洗面所に連れられた。

 彼女は先輩たちと共同洗面所でごしごし顔を洗いながら、最低最低と文句言っているだけじゃだめだと頭の中で繰り返す。

 ふと、顔を上げると隣に緑がいた。

「おはよー緑ちゃん」

「おはよう……」

「緑ちゃん、元々化粧っ気ないし、寝起きも、普段もあんまり変わらないからいいよねー」

「そう、かな?」

「もう、そのすべすべのお肌、はぁ……たまらんのぉ」

 素直になるのもいいが、影響されるのも早くなる。きっとこのおっさん的発言は純子の影響を受けているのだろう。

「風子ちゃん、昨日寝れた?」

「うん、ぐっすり」

 そりゃ緑も心配になるだろう。さっきからなんともエロい目で風子が自分に視線を送っているのだ。

「わたし、ちょっとだめだなあ、枕とか環境変わると、ちょっと」

「そうなんだ、私、そういうとこ無神経だから、全然平気、緑ちゃんやっぱりかわいいなあ」

 風子はそう言って緑を見ながらニヤニヤする。

 ただ、彼女は小さな嘘を付いていた。「そういうとこ無神経」なはずはないのだ。だから、夜中に目を覚ますし、いろいろ考えてしまう。

「風子ちゃん、あんまり そういうこといっていると誤解されちゃうよ、ここ女の子ばっかりだし」

「ふふふ」

 風子はそう笑うと、タオルで顔を拭いた。

 ――うらああ。

 洗面所の窓の向こうからむさ苦しい男たちの叫び声が聞こえる。

 ――四十二! 四十三! 四十四!

「何あれ?」

 そう風子が声のする方向を覗き込みながら独り言ちに呟いた。

 緑は異様な光景に首をかしげる。

 そして、二人はまじまじとその光景を見つめて目をぱちぱちさせた。

 その光景は確かに異様だった。

 上半身裸の男たちが、綺麗に列を作って、大声で叫びながら腕立て伏せをしているのだ。

 風子が唖然として見ていると、彼女の頭に柔らかい感触が触れる。純子が彼女に乗りかかるようにして外を見たのだ。

「純子さん、なんですかあれ?」

「あれ? ああ、男子(バカ)ね」

「ば、馬鹿ですか?」

「あんなこと、毎朝やるんだから、馬鹿以外の何者でもないでしょう」

「は、はあ。馬鹿なんですね」

「そう、馬鹿」

「私、女の子に生まれてよかったと今思いました」

「あらそう? 私は男に生まれて、あんな馬鹿な男達を下僕にしたかったけど」

 と、満面の笑みで答える純子。

「馬鹿だから簡単でしょうね、下僕にするには」

 と言っているのを聞いて風子はポロリと出そうになった言葉を飲みこむ。

 ――今の純子さんでも十分できそうな気がしますけど。

 と。

「やだ、私そんな変な目で見ないで、女王様とかそういう目で見ないでよ」

 やばい表情に出てしまったか……と風子は慌てるが、意外と純子がうれしそうなので、あまり気にしないことにした。

 純子は「図星かあ、ふーこちゃんは驚いた顔がそのまま出るからかわいいなあ」とニヤニヤする。

 風子は、気持ちが顔に出てしまう性格を褒められたことがなかったので、ドキリとした。

 何気ない一言でも、すごくうれしく感じた。

「ま、いいや、二人とも、あんまり見ていると、馬鹿が感染するから」

 純子はそう言うと、風子も緑も驚く速さで洗面や軽い化粧を終わらせたのだろう、踵を返すというのか、きれいに回れ右をして歩き出した。

 振り向いた顔は大人びた顔で「キラッ」とまぶしく感じるくらいだ。

「そろそろ食堂にいきましょう」

 風子は眉毛を描くことは諦め、くるっと振り向いて「はい」と答え、彼女の後を追った。

 まあ、元々普段は化粧なんてしていないしと言い訳をした。




 学校内の服装は決まっている。

 このダサジャーか制服のどちらかなのである。

 だから、制服よりも気楽な服装であるダサジャーで朝の食堂はごった返している。ダサジャーは紺色にストライプが入っていて、それぞれ一年が黄色、二年が青、三年が赤で統一されていた。

 食堂の入り口では欠伸をする男子、噂話に花を咲かせる女子が列をなしている。

 そんな中、新入生の女子が新鮮なのだろう、男子達が無遠慮な視線を風子達一年生に向けられていた。特に数人の男子は人を値踏みするような目で見ているのもいる。風子や緑はその視線にぞくっとしてしまった。

 たじろく一年女子、その列から一歩前にでる三年生がいた。

「じろじろ人を見てるんじゃないわよ! 私の可愛い一年生達が汚されるから、ちょっとは遠慮しろっ、このドウテイどもがっ!」

 ドンッ。

 踏み込んだ足の音を響かせながら、男子の列に叫ぶ姿はまさに勇姿だ。純子の容姿はベリーショートのお姉さん風である。そして声は落ち着いた女性な感じであるが、その啖呵はギャップがありすぎた。

 だからこそ、その言葉は迫力があり。ちらちら見ていた男子をしょんぼりさせた。

 そんな中、一人ニヤニヤ笑っている者がいた。

 髪が茶色かかった二年生、名札は『渡辺』と書いてある。その隣には上田次郎がいた。

「そうか、なら俺は遠慮しなくていいのかなー」

 と次郎にニヤニヤしながら話しかけているのは、さっきの茶髪の二年生、渡辺潤(ワタナベジュン)だ。

「声が大きいですよ、ジュンさん」

 次郎は焦った口調で潤に言った。

 きっと隣にいる風子を見たからだろう。

 彼の中では『心の中の近寄っていはいけない人物リスト』に彼女は入っていた。

「やば、睨まれた、怖いよ、ジロウ君」

 そうやって男子がはしゃいでいるのを尻目に純子はしらけた顔を風子に見せた。

「そうそう、あの二年生には気をつけたほうがいい」

 そう純子さんが言った。

「やるだけやると捨てるような奴」

 そう付け加えてユキさんは囁いた。昨日三人でじゃれあった時とは違った意味で目が怖い。

 チャラチャラした感じの男。

 気をつけよう。

 風子はそう思った。

 昨日の綾部軍曹といい、この茶髪の二年生といい、危ない感じがする人なのだ。

 きっと、地味でもてそうにない私みたいなのが標的になるんだろう……そんな風にも思ってしまう。

 中学でもチャラチャラした男は、同じく不良な女子に手を出すか、もてなさそうな地味な女子に手を出すか……何にしても下心だけで動く。

 彼女の中ではそう定義つけられていた。

 ナイレン禁止。

 中隊長が言った言葉を風子は思い出した。

 まったくの取り越し苦労。どう考えても、ああいう人たちと恋愛関係なんかになることはない。

 風子はそう思う。

 ――学校生活の楽しみは恋愛だけじゃない。

 しょうがない、軍隊だから。恋なんてしている暇はない。

 彼氏なんて作る暇はない。

 ――別に彼氏なんて欲しくないし。

 彼女はそう思う。そして、チラッと男子の方を見た時、次郎と目が合ってしまった。

 一瞬だけ、なぜか見つめ合った後、お互いに顔を別の方向に背けた。

 かかわるな。

 それが共通した二人の思いだった。

 もちろん、これからの学校生活。

 同じ学年、同じ中隊。

 関わらない方が難しいことを思い知ることになるのだが。

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