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陸軍少年学校物語  作者: 崎ちよ
第3章  水無月「学校祭の季節です」
18/81

第18話「ならば決闘だ!」

「学校祭について説明します」

 教壇に立っている中尉の階級章をつけた真田鈴(サナダスズ)は、笑顔のまま話を始めた。

 男子の間では人気が高い女性教官である。

 上田次郎はそんな鈴よりも、同じく中尉の日之出晶(ヒノデアキラ)の方が好みであった。

 鈴は童顔で年相応に見えないが、晶はいかにもお姉さんという感じなのだ。

 彼はシスコン。

 年上好きの男の子である。

 ――あの冷たい感じ、命令されたい、なんでもします、させて下さいって言いたい。

 表情を変えることなく、そう思っている。

 けっこう残念な少年であった。

「先輩達から聞いていると思うけど、ここの駐屯地記念日」

 鈴は黒板に『午前』『午後』『夜』と書いた。

「午前中は(オモ)に式典、このあいだ海軍でやったようにパレードね、それから一般の大人たちは出店、けっこう子供からお年寄りまでいっぱい来るから……そして、あなたたちは教室とかを使って出し物をするんだけど」

 女子の一人が手を挙げて「どんなことするんですかー」と聞いた。

「演劇とか、文化展とか、普通の学校で言うところの文化祭」

「そして、夜は大人たちはお酒が入ってただの宴会になるんだけど、みんなは体育館でダンスパーティー」

 がやがやと教室。

「青春でしょー」

 真田中尉が楽しそうに言った。

 ――ダンスパーティーって何それ。

 眠たそうな目が一瞬だけ訝しげな感じになるのは中村風子だ。

 古風すぎる、そんな出し物の何が楽しいのか、彼女はまったく理解できなかった。

 鈴は話を続ける。

「ちなみに各中隊が出店も出してて、食べ歩きとかもこの日はオッケーだから……うちの中隊の焼きそばは絶品って噂知ってる? あの人事の変なおじさんいるでしょ、綾部軍曹っていう、その人が元締めなんだけどね、もう気が早すぎて昼休みには調理場で『秘伝のソース』とかいって怪しいものを煮込むぐらい気合入ってるんだけど」

 風子は説明をする鈴の笑顔が少しだけ変わったのをなんとなく感じた。

「うちの中隊のは本当に美味しいから、食べにきたほうがいいよ」

 と、言うと鈴は真面目な顔に戻った。

「ということで、今から教室の出し物を決めます……小山先生いいですね」

 無駄に筋肉から熱を発している小山が頷いた。

 今日はスーツを着ているというのに、その筋肉の存在感は凄まじい。

 この教室にいる学生たちの間でずっと緊張感が流れていた原因はこれである。

 教壇のそばの椅子に腰掛け、無言のまま筋肉教師が腕を組んで目を閉じていた。

 そんな緊張感を残しながら、けん制し合うように学生たちはがやがやと話を進めていた。

 学生長――学級委員長のようなもの――の宮城京(ミヤギキョウ)が、クイッと縁なし眼鏡を押し上げ、そのクールな出で立ちのまま案をまとめている。

 そんなこんなでいつのまにか何やるかの二大派閥ができあがっていた。

 男子『お化け屋敷』と、女子『メイドカフェ』である。

 お化け屋敷の主張。

 男子曰く「子供向けのアトラクションで子供の笑顔が見たい」などと言っている。

 メイドカフェの主張。

 女子曰く「カッコいいことしたい」などと言っている。

 もちろんそんなことは表の話であり、お化け屋敷の狙いは『女子の悲鳴を聞きたい』とか『できれば触れ合いたい』など。

 男子代表である松岡大吉(マツオカダイキチ)が男たちに熱く語りながら音頭をとっていた。

 一方女子は女子で『かっこいい男子にかわいい格好で近づきたい』『できれば……』など。

 どっちもどっち、下心満載である。

 宮城が多数決を取って決めよう……そう口を開こうとした瞬間。

 教壇の隅から熱風が吹く。

 小山は聞こえるはずもない効果音を出しながら立ち上がっていた。

 現に学生たちにはドドドドドと地鳴りのような音が確かに耳にしてる。

 教壇の中央に立つ小山。

 ギロリと学生達を一望する。

「ならば、討論だ! どちらにするか、気が済むまで話し合え!」

 教壇の机をドーン。

 ドーン。

 備品を壊さないでくださいと訴えるような笑顔を向ける鈴。

 とりあえず言われるがまま討論をはじめる学生。

 それぞれの代表者が立ちあがり意見を言い合う。

 メイドカフェの首謀者はいつもは大人しい三島緑(ミシマミドリ)だ。

 今日はなんだか、小さい体がいつになく大きく見える。

 お化け屋敷の首謀者は大吉。

 わっしょいわっしょい言いながら、周りを囃し立て走り幅跳びを跳ぶ前の陸上選手の様に手を叩いてリズムを取っている。

 そんなふたりとは対照的に中村風子は死んだマグロの目をしてその光景を見ている。

 まったく興味がない、ただの傍観者である。

 それどころか、メイドカフェというのに女子が傾いたところで、マグロの目がポロリと零れ落ちて、真っ黒な空洞になっていた。

 皿洗いを所望する。

 彼女の顔にはそう書いてあった。

「ふあああ」

 あくびをするのはサーシャ。

 ロシア帝国の貴族にエチケットがあるのかどうか心配になってしまうような大あくびだ。

 そんな緊張感と倦怠感が包む教室で小山が大きく手を広げた。

「はじめい!」

 教室に揺るがすような大声。「めえい、めぇい、めぇぃ……」と、反響している。

「お化け屋敷なんてベタすぎる! 男子が女子に痴漢行為をして喜びたいだけ!」

 最初に口火を切ったのは緑だ。

 普段からは想像できない攻撃的な口調。

 ――そんなにメイド服が着たいのか。

 次郎はそう思うが野次はとばさない。

 こういうことに巻き込まれては面倒なことになることは承知している。

 女子がらみは危険信号が鳴りまくっていた。

「メイドカフェなんてベタすぎる! 女子が男子にかわいいをアピールしたいだけ!」

 応戦するのは同じく攻撃的な口調の大吉。

 その瞬間だった。

 大吉の体がビクンと飛び跳ねる。

 ドオオオオン、そんな音が教室に響き渡ったからだ。

 小山が机を叩いていた。

「まてえい!」

 そして、叫ぶ。

「てえい、てぇい、てぇぃ……」

 眠っていたサーシャも目を覚まし、何事かと小山を見る。

 一方風子は、未だマグロの目のままだ。

「これでは話は平行線のままだ! 決闘しかない!」

 と言いきる小山。

 まだ、一言づつしかしゃべってないというのに。

「先生……備品、壊れますから、もう叩かないでください」

 彼は話の途中で鈴に注意され、ペコリと頭を下げる。

 だが、すぐにぐっと顔を上げた。

「ならば、決闘だ!」

 なぜか二回も言った。

「全員十分以内! ジャージに着替えて武道館に集合せよ!」

 そう宣言した後、教壇の状況を見て「真田中尉、壊れていない、少し曲がっただけで、大丈夫だ」なんて言い訳をしていた。



 決闘である。

「それじゃあ、ルールを説明」

 じゃんけん相撲で陣取りゲーム。

 ルールを簡単に説明する。

 一、二手に分かれる。

 二、じゃんけんを代表者がする。

 三、勝ったら一歩進む。

 四、押し合って、相手を全員倒す又は敵の足を浮かしたら勝ち。

 ちなみに、禁止事項は顔面を掴む、蹴る、殴る、噛みつく、禁止事項をしたら、小山が個人面談をすると脅している。

 お化け屋敷は男子。

 メイド喫茶は女子。

 強制的に男と女の戦いになっていた。

 どうでもいいと思っている日和見の次郎、風子、サーシャなどは一応同性の陣営に入っていた。

 しかしこの決闘、明らかに分は男子にあるように思えた。

 楽勝ムードの男子。

 男子女子共に作戦会議を始めた。

 『とりあえず早く女子陣営に飛びついて、とりえず倒していく』という作戦にもならない作戦。

 作戦よりも話題になるのは「お前、あいつのところに飛んでいくなよ」とか「どさくさにまぎれて手ー握ったりするんだろ」なんてことで盛り上がる始末。

 そんな当たって砕けろ作戦を指揮するのは大吉。

 彼が男子の前に出て、その小さな体を目一杯背伸びするようにして大声を出した。そして激を飛ばす。

「男子の興亡この一戦にあり、各々覚悟されたい!」

 大吉、のりのりである。

 失恋――自爆――から次の目標に向かう姿に、男子たちは眩しさを感じるぐらいだ。

 円陣を組み、真ん中に大吉が立つ。

「おばけやしきーーファイっ!」

「「「オー!」」」

 大吉は右手を高くあげ、女子の方を流し目で見て、そしてキメ顔で言った。

「でも、優しさは忘れるなよ……」

 女子は誰も聞いていない。



「じゃーんけーん」

「ポンっ」

 緑の勝ち、大吉の負け。

 勝負がはじまったというのに、男子は十連敗中である。

 大吉という名前の割りに、じゃんけんが弱すぎるのだ。

 女子は勝つたびに、どんどん駒を進めていく。

 男子は正面攻撃を企図しているのと、だれも何も作戦を考えていなかったため、当初の隊形は適当、だいたい均等で横広になっていた。

 それに対して女子は、しっかりと作戦を立てていた。

 二手に別れ、一部を正面から、そして主力を大きく回らせて背後を突こうとしていた。

 この武道館の天井にカメラがあるとすれば、ばらばらに散らばる男子と、小さいのと大きい塊のある女子を見て、勝敗が決したことを悟るであろう。

 その位、女子の動きは整斉として、かつ男子の背後を突いていた。

 また、男子が連続してじゃんけんに負けてしまったため、女子はあっという間に男子の背後に回りこみ、包囲の態勢をとっていた。

 男子はこうして女子に背中を晒すことになってしまった。

 そして、この十回目のじゃんけんである。

 射程距離内に入った男子は背後からの女子の攻撃で次々に押され倒れていった。

 この時点で、男子は何もできずに半分近くが倒されている。

 その中には大吉もいた。

 倒れながら大吉は「宮城ー!」と学生長の名前を呼びながら倒れる。

「大吉!」

「あ、後はまかせた……」

 そう言うと大吉は目をつぶり首が力なく垂れた。そして、その眼からは一筋の涙がこぼれる。

「大吉ー!」

 宮城の声を空しく、何も語らない大吉。

「わかった、お前の意思は引き継ぐ」

 そう言って、クールな宮城が燃え上がった。

 クイッと縁なし眼鏡を押し上げ、右手をかざし、男子たちに激を入れる。

「お前ら、まだ諦めてないだろうな、休むにはまだ早い」

「「おう!」」

「いいか、エロにはな、エロにはな」

 バッと右手を振り上げる。

「休む暇なんてないんだっ!」

「「うおおおおお!」」

 男たちの雄叫び。

 士気は最高潮まで達した。

 そしてじゃんけん。

「じゃーんけーん」

「「ぽんっ」」

 十一回目も男子が負け。

 次々と倒される男たち。

 宮城も大吉と同様、あっさり倒され、残った男子にその夢を託すことになってしまった。 

「じゃーんけーん」

「「ぽんっ」」

 十二回目は男子の勝ち。

 ちなみに引き継いだのは次郎だ。

「ちっ」

 メンド臭そうな顔をして風子が舌打ちをする。

 さすがの次郎でも女子がそんなことするのはショックだった。

 怖かった。

 そんな妨害はあったが、男子の反撃が始まった。くるっと回れ右をした男子の生き残り達が、次々と女子を押し倒していく。

 形勢逆転。

 押し倒すといっても、女子には細心の気を使っている。

 間違っても胸タッチなどしないように、手を掴んでひっぱって、または逆に手を押し返して、足を浮かせるようにして倒した。

 女子の悲鳴。

 そんなことをしているうちに男女共に八人だけが生き残っていた。

 女子は風子、サーシャ、幸子そして緑が残っている。

 サーシャは要注意人物である。

「じゃーんけーん」

「ぽん」

 緑と次郎はチョキ。

「あーいこーで」

「しょ」

 緑のチョキに対し、次郎はグーで勝つ。

「なんだ、上田君はバカだからパーで来ると思ったのに」

 緑はさらりとひどいことを言った。

 明らかにキャラが違う。

 あの三島さんからこんな酷い事を言われるはずがないと思っていた次郎は、ショックのあまり、きっとあの中村風子の差し金に違いないと思うことにした。

 あの女子ならありえる。

 そう思うとすっきりした。

「お願いサーシャちゃん」

 男子がじりじりと寄ってくるプレッシャーを受けながら、緑は悲痛な叫びを上げた。

「おう、まかせなっ」

 なぜかサーシャ、兄貴的な受け応えである。

 あの通信訓練のモフモフねずみ事件以来、緑に頭が上がらなくなっていた。

「あ」

 次郎が声を出して「あ」と言った。

 サーシャが滑り込むようにしてぺしゃんこになり、床にすれすれに動いたのだ。そして、床を滑りなが、一人の足首を掴みひっくり返し、もう一人の足を払う。

 倒れそうになった男子が別の男子を掴むようにして、一気に男三人を倒した。

 もう一回転して、次郎の足を絡めようとしたがギリギリ届かず次郎はゾッとするような風を足に受けていた。

 ギロリと次郎を睨む目。

 まさに狩人の目だ。

 貴族のお嬢様っぽい目をしてくれと、次郎は心から願ったがまったく通じなかったようだ。

「反則……」

 そう呟いた次郎の声がトリガーとなり、すでに戦死扱いになっている男子達の間で『反則』の連呼が始まる。

 そうなのだ、蹴りは反則なのだ。

 いや、そもそもじゃんけんで勝っていないのに動いたことが反則である。

 つまり、このロシア娘はめちゃくちゃなことをしたのだ。

「戦死者は黙れぃ!」

 その一喝にびくんと跳ねる男子。

「れぃ、れぃ、れぃ……」

 例外なく反響する声。

 あまりにひどい反則だっため、一応次郎も抗議してみた。

「あ、あの、あれは反則では」

「じゃかあしいわ!」

 サーシャの勢いとその意気込みやよし……そんな理由で反則は許された。

 やっぱりそういう反応ですかと、次郎はゲンナリした顔をする。そして、気を取り直してじゃんけん再開。

 この時点で、男子五に女子七である。

「じゃーんけーん」

「ぽん」

 次郎がまた勝った。

 男五人は囲まれているリスクを少しでも減らすため、おしくらまんじゅうのように、お尻を向きあい、陣地を固めるフォーメーションをとった。

 次のじゃんけんは女子の勝ち。

 女子も固まって動く作戦。

 女子三人で、少し離れたところの男子一人をひっぱり倒し各個撃破を始める。

 男子四に女子七。

 次のジャンケンは男子が勝った。

 反撃。

 引っ張りあい、もつれながら幸子も含め五人が倒れ、男子三に女子二になってしまった。

 男子の腕力がやはり勝っているからか、勝負は見えたかのようだった。

 さて、じゃんけんをしようかと構えたその刹那だった。

「サーシャちゃんにメイド服を着せたいの……」

 ぶつぶつと緑がその言葉を連呼する。

「サーシャちゃんにもふもふのかわいい服を着せたい……」

 その声を聞いて一番怯えた顔をしたのはサーシャだったが、構ってられない。

 緑が跳んだのだ。

「特攻野郎ー!」

 意味不明な掛け声。

 男子一人に抱きついた。そして、不意のことに対応できず、その男子が倒れそうになったのを何とか支えようとしたもう一人も道ずれに倒れてしまった。

 死を覚悟したダイブ。

 かわいそうな男子の上にまたがるようにして緑はヒヨコ座りをしたまま、瞳から涙をこぼした。

「ごめん、ふーこちゃん……私、先にいってるから……」

 そう言って目を閉じた。

 ある意味、下敷きになった男子はラッキースケベではるが、そこはどうでもいいことなので触れないで置く。

 とにもかくにも、そこに残ったのは次郎と風子だった。

 風子がゆらり立っている。

 あんなに、腐ったマグロの目をしていたのに、その瞳には光が戻っていた。いや、光どころか炎が立ち上っていた。

 風子は燃えていた。

 姐さんである。

「あんたたち、よくも緑ちゃんを……」

 ――勝手に跳び込んだのはあいつだろうが。

 というツッコミを次郎は入れようとしたが、これ以上、口鉄砲で火に油を注ぐと面倒なことになることがわかりきっていたので、口パクするにとどまった。

 復讐の炎が、彼女の腕に宿る。

「じゃーんけーん」

「「ぽん」」

 気合一閃。

 風子チョキで次郎がパーだ。

「やっぱりパーだ」

 ほほほほほっと高笑いする風子。

「いくぜ」

 風子はキメ顔でそう言うと、一歩、ピョンと飛んで次郎の側面に回り込んだ。

 両手をすうっと伸ばし、次郎の肩を押す。

 負けじと不利な姿勢のまま、次郎はその両手を払おうとした。

 激しいつかみ合いが始まる。

 一分以上、そういう駆け引きがある中、とうとう風子は次郎の腕を掴みとることができた。

「とったどおお」

 雄叫びを上げる風子。その瞬間、次郎は大人気なく柔術の技――掴まれた手の角度を変えて、掴んだ相手の手首関節を極める技――を使い、彼女を前のめりに崩した。

 次郎も一応、負けず嫌いなのだ。

 彼女は「ふんっ」と男らしい気合を入れて、低い姿勢で踏ん張るが、がまんできず次郎の方向に倒れ掛かる。

 思わぬ方向から来たため、次郎は情けない声で「あわうわうわ」と悲鳴を上げながらも低い姿勢をとり、彼女を押し返そうと両手を突き出した。

 あとはお約束だ。

「あ」

「あ」

 次郎と風子はそのままの姿勢で固まった。

 エイヤーと応援していた男子も女子も静まり返る。

 押し返そうと伸ばした手。

 次郎は風子の胸を押していた。

 彼が次のショックを受ける直前に見た光景は、真っ赤に顔をした風子が何か叫び声を上げたところだった。

 体育館に気持ちいいぐらい響く破裂音。

 風子が平手で次郎の頬を打っていた。

「やめい! そこまでえいっ!」

 小山先生の叫び声。

「でえい、でえい、でえい……」

 反響の余韻を打ち消すように、ずかずかずかと歩いてきて、次郎と風子の目の前に立つ。

 小山はさっきのスーツ姿から着替えたのであろう。

 上半身の半そでラガーシャツからはみ出ている筋肉がぴくぴくと動いている。

「これが答えだ」

 右手をバッと開き、腕を地面に水平に伸ばし、学生にかざしながらぐるっと回転する。

 固まったまま動けない次郎。

 未だ、その手は風子の胸にある。

 げしっ。

 変な音がした。

 サーシャが次郎に跳び蹴りをいれたのだ。

「いつまで、くっついている気」

 そう彼女が言った。

 ドスンドスン。

 そんなサーシャの行動も気にせず、地面を揺らしながら歩いていく小山。

 武道場の黒板。

 ガッ。ポキ。ガッ。ポキ。ガッ。ガッ。ポキ。ガッ。

 チョークは無残に折れながら、その任務を全うし、黒板に文字を残していく。

 でかいくて荒い字だ。

『冥』

 冥王星? 幸子はそう思った。

『土』

 土星? 大吉はそう思った。

『カ』

 (チカラ)? 風子の頭の上には「?」が点滅する。

『フ』

 ふー? 緑の目が輝いた。

『エ』

 冥土カフェだとっ。

 宮城は興奮して立ち上がった。

 ばーん。

 黒板に手のひらを打ちつける小山。

 そして無駄にゆれる武道館。

「冥土カフェ」

 黒板消しが無残に床に落ちる。

「即ち、男女の合体! お化けのドキドキで恋愛の雰囲気アップ! 男女冥途コスプレで高感度アップ!」

 幸子は開いた口が塞がらない。

 小山は学生達を見渡して、口を開いた。

「別の学校からも学生は来る! せっかくのチャンスだ! ものにせよ!」

 ドーン。

 黒板がもう一度叩かれる。

「小山先生、物品愛護の精神を忘れないでください」

 静かに笑顔のまま鈴が言うが、小山は聞いていない。

 ゲシゲシ。

 そんな混乱のなか、サーシャは相変わらず次郎を蹴っていたが、止まる。

 サーシャにも黒板の文字が目に入ったからだ。

 次郎がガードを緩め見上げると、彼女の目はさっきまで風子がしていた死んだ魚の目と同じになっていた。

 次郎も黒板を見る。

 口を開けて、脱力した。

 一方、緑は目を輝かせてぶつぶつ言っていた。

 何かよからぬ想像をしているのかもしれない。

 ドスン。

 小山が一歩地面を踏み込む。その音で学生たちが振り向く。

「いいか! 命は短い! 少年少女よ恋をせよ!」

 胸の筋肉が無駄に踊る。

 そんな訳で、少年少女たちは妖怪だ、幽霊だ、ゴスロリがいる喫茶店をすることに決まった。

 すなわち冥土カフェである。


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