仙人の赤い花
シャナは花が大好きな女の子です。
今日も山へ行って花をさがします。桃の実と同じ色の花が咲く木を見つけました。
サヤサヤふく風の中、枝から落ちないようにユラユラと咲いていました。
「わぁ、かわいい」
シャナは花をつむと、 パクッとクチの中へいれました。
「パクパク、ムシャムシャ」
シャナは花を取って食べることが大好きでした。お月さまの色の花が咲いていました。
シャナはまよわずクチに入れました。自分の顔よりも大きくて、
りんと咲き誇る花を見つけました。シャナはこの花を「ムシャムシャ」と食べました。
自分の指よりも小さく風にゆれる花を見つけました。この花もパクパク食べます。
そうして一日中、山の花を食べて歩きます。
ある日、いつものように「パクパク、ムシャムシャ」花を食べて歩いていると森のはずれにきました。自分の腕ほどの太さの木があります。
木の先に赤い色の花が咲いています。
「わぁ、ステキ、なんてキレイな色の花なの」
花は木の上の、上の上の上の上にひとつだけポツリと咲いています。
まわりを緑の葉に囲まれています。
「わあ、お姫様の髪飾りみたい」
シャナはどうしてもあの赤い花が食べたいと思いました。
でも、あんな木の上の上では鳥やチョウのように羽がなければ無理です。
「なんとかしてアソコまでいけないかしら」
その赤い花の咲く木のとなりに太い枝の大きな木があります。
「あの木に上っていけば届くわ」
シャナはソロリ、ソロリと上っていきました。
枝はユラユラとしなっていまにも折れそうです。
「こっ、こわい」
シャナはもう一度上を見ました。赤い、赤い花、あの花が呼んでいる。
ゴク、ゴクとクチの中につばがたまります。「よし」とくちびるをかんで足を動かします。あの赤い花まであと少しです。
ソロリソロリと花を目指して上りました。やっと手が届くところまで来ました。
シャナの細い手が赤い花まで伸びていきます。
「この花を食べたらすこしの間だけお姫様になれるかもしれない」
ゴクリとつばを飲み込んで花をクチに入れようしました。
その時です。
スルッと枝から手が離れてしまいました。
あっという間にシャナの体は木の下へ落ちてしまいました。
目が覚めるとシャナは雲の中にいました。
雲がシャナの回りをおおっています。
まるでシャナの体が雲になったようです。
白い雲の向こうに白く長いひげをはやした大きなおじいさんが立っています。
「目がさめたのか」
「ここはどこ?おじいさんは誰なの?」
「ここは山を漂う雲の中。わしは山の番をしている仙人じゃ」
「せんにん?雲の中」
「おまえはこれから花盗人の罰を受けてもらうのじゃ」
「ばつ?ぬすっと?」
「そうじゃ。おまえは山の花を食べてしまった。
こんな罪深いことはない。これからその罰を受けてもらうのじゃ」
「ごめんなさい。でも花を食べることはそんなに悪いことなの?」
「花を食べられた木は実を作ることができないのじゃ。
木の花と実は山に住む多くの生きもの達の糧となるものなのじゃ。
このまま、おまえが花を食べてしまうと、山は木と生きるものをなくしてしまうのじゃ。
そして、ただの土の塊になってしまうのじゃ。なんと罪深いことじゃ。
そして最も罪深いのは、あの赤い花を摘んでしまったことじゃ」
「あのキレイな赤い花?あれは何の花なの?」
「あれはワシが鬼子母神様の為に育てたザクロの花じゃ」
「キジ?ボ?ジン?さま?の為の花?」
「そうじゃ。おまえが花を食べてしまった為、鬼子母神様に差し上げるザクロが生らなくなったのじゃ。だから、おまえを鬼子母神様に差し上げるのじゃ」
「私を?私はどうなるの?」
「おまえを使ってザクロの実を作り、それを鬼子母神様に召し上がっていただくのじゃ」
「えっ?私はザクロになって食べられてしまうの?」
「そうじゃ、鬼子母神様はザクロがお好きなのじゃ。
それをおまえが花を食べてしまった為今年は実をつけることはなくなってしまったのじゃ。
だからおまえでザクロを作ることにしたのじゃ。その雲の中で、おまえはやがてザクロの実になるのじゃ。それを今年のザクロとして
鬼子母神様に差し上げることができるのじゃ」
シャナが山から姿を消したころ、
「シャナ!シャナ!」
と、 一人の女の人がシャナの名前を叫びながら山をさ迷っていました。
シャナのお母さんです。シャナの帰りが遅いので探しに来たのです。
もうどの位歩いているのでしょう。足の指からは血が流れています。
それでもお母さんは娘のシャナを探すことをやめませんでした。
「 道に迷っているのかしら、それともケガをして動けないのかしら?」
お母さんは山の外れの森まで来ました。
「あっ?あれは」
お母さんは一本の木の下でシャナのはいていた草履を見つけました。
「シャナ! シャナ! どこ? どこにいるの?」
けものにおそわれたのかも、それともだれか悪い人に、お母さんの頭の中でシャナの色々な顔があらわれます。助けを呼ぶ声が聞こます。泣き声が聞こえます。
「シャナ! シャナ! お願い返事をして」
「シャナ。それがあの娘の名か」
木の上から男の声が響いてきてスッーと熊のように大きく白い長いひげをつけた老人が現れました。
「おまえがあの罰当たりの娘の親か?」
「あなたはどなたですか?シャナを知っているのですか?」
「ワシはこの山の仙人じゃ。あの娘はこれからザクロの実になる。そして鬼子母神様に差し上げるのじゃ」
「鬼子母神様に?何故シャナがそのようなことに?」
「あの娘は山の恵みの花をつぎつぎと食べたのじゃ。その上、罰当たりなことに鬼子母神様の為のザクロの花を摘んでしまったのじゃ。だから、代わりにザクロの実となり鬼子母神様に捧げることにしたのじゃ」
「あの娘がそのようなことをしたなら謝ります。シャナの代わりに私が罰を受けます。だからどうかあの子を、あの子をお救い下さい」
「ならん、ならん」
「ならば、せめてザクロになる前に会わせて下さい」
お母さんは土に額をつけて頼みました。 山の仙人は
「うーむ」と、あごのひげに手をあてると持っていた杖をふんとふりました。すると、仙人とお母さんは雲の中のシャナの前にいました。
「シャナ!シャナ!」
雲の中のシャナがその声に気づいて目をあけました。
「おかあさん」
「シャナ!お願いします。どうか、どうかシャナをお許し下さい。
この子が花を食べるようになったのは、お腹が空いて、お腹が空いて、花が実になるのを待てなかったからなのです。全ては母であるこの私が悪いのです。だから、罰はこの私が受けます。どうか、どうか、シャナを、この子をお救い下さい」
「もう遅い、今からではもう人に戻すことはできんのじゃ」
「そんな、そんなことが…」
おかあさんはその場で泣き崩れてしまいました。いつまでもいつまでも泣き続けて、泣くことをやめませんでした。
「いつまで泣いているのじゃ。こんなところを鬼子母神様がごらんになったらなんとする。
ええい!
うるさい」
仙人はそう言って杖でシャナの入っている雲を叩きました。するとおかあさんもその中へ入ってしまいました。
「ふぅ、これで静かになった。おまえもそのままザクロの実になるがいい」
おかあさんは雲の中でそっとシャナを抱きしめました。
「ごめんなさい、シャナ。私は仕事に忙しくて山のことを教えなかった。
それがこんなことに、ごめんね、ごめんね。シャナ」
「おかあさん、おかあさんがお仕事していたのはシャナのお父さんが死んでしまったからでしょう?ごめんなさい、そんなおかあさんがザクロになってしまう。ごめんなさい、ごめんなさい」
「シャナ、なんてやさしい子。そんなシャナのいないことを思うより、こうして側にいられるほうがどんなにうれしいことか、シャナ、大好きよ」
お母さんは目で笑うと暖かい手でシャナのほほのなみだをそっとふきました。
「おかあさん、シャナもおかあさんが大好き」
「ありがとう、シャナ。シャナといっしょにいられる。こんなうれしいことはないわ」
「おかあさん…おかあさんの手、あったかい、だーいすき」
雲の中の二人の声は少しずつ、少しずつ、小さくなっていきました。
もくもくと二人を包んでいた雲はだんだんと深い緑色に染まり、
丸くかたいザクロの実になりました。
「なんと大きなザクロの実じゃ」
仙人は自分の頭よりもおおきな実ができたのでおおよろこびです。
山の仙人はシャナとお母さんから作ったザクロの実を抱え、鬼子母神様をまつってある祭壇へ向かいました。
ピカッ、ドドドーン。
突然、仙人の持つザクロの上に雷が落ちました。
驚いた仙人はしりもちをついてしまいました。
そして持っていたザクロがポーンと投げ出されました。
宙にまったザクロが割れ中からたくさんの実が飛び出してきました。
それが光りかがやくと光りの中からシャナとお母さんがあらわれました。
「これはいったいどうしたことじゃあ!」
あんぐりとクチを開けた仙人の前に鬼子母神様が姿を見せました。
「これはなんですか?」
鬼子母神様が和やかに仙人に問いました。
「えっ、ええと、これは…」
鬼子母神様にうそはつうじません。そのことを知っている仙人はただオロオロとするだけでした。鬼子母神様は深くため息をつき、
「ザクロが作れずこのようなおろかな術で私をだますつもりだったのですね?」
とおっしゃいました。そしてさっと手をかざすと仙人はオナガという鳥の姿になりました。
「そなたはまだ修行が必要のようです。しばらくその姿でいなさい」
オナガになった仙人は「ギャー、ジャー」と鳴きながら飛んでいきました。
何が起こったのかわからずボッーとしたままのシャナとお母さんに向かって鬼子母神様が声をおかけになりました。
「ザクロとなる雲の中の二人をずっと見ていました。いなくなった我が子を探す母の思いを私はよく知っています。ツラい思いをさせましたね」
鬼子母神様のそのやさしい話し方に
お母さんの目からは涙があふれました。
「お願いします。おかあさんを、もう、もう怒らないで下さい。お母さんは悪くありません。悪いのは花を取った私です」
何もわからないシャナが鬼子母神様の前に立ちすくみました。慌ててお母さんはシャナの頭をおさえました。
鬼子母神様はやさしいお顔のままでほほえむと、
「このような目にあいながら母の身を案ずるとは、なんと母思いの子なのでしょう。
女手一人でよくこのような子を育てました。そなたのようなものならあの仙人のいなくなった畑をわたしても大丈夫でしょう」
とおっしゃいました。そして手をサッとかざすとシャナとお母さんは野菜畑の中にいました。 小さな家もあります。
「あなた方、母と子の家になさい」
ほほえみながら鬼子母神様の姿が消えていきました。
お母さんとシャナはその姿がきえても、何度も、何度も、お礼を言いました。
こうしてシャナとお母さんは鬼子母神様からいただいた畑で働きました。そして、その畑でお母さんとシャナはザクロを育てました。鬼子母神様は時おりシャナとお母さんの様子を見にあらわれました。そのやさしい姿を里の者が見ていました。それがうわさになりたくさんの人が遠くから買いにきました。こうしてシャナとお母さんは二人で一生懸命、ザクロを育て幸せに暮らしました。
そして、オナガになった仙人は早く元の姿に戻りたいと「ギャー、ジャー」と鳴き続けました。 お わ り