第1話 入学式には幻獣に注意せよ! その5
プールを見終わった後、オレは舞と一緒に1年2組のある校舎へと戻る。
くつ箱のある正面口で生徒靴からスリッパへと履き替える。
「余計な手間を掛けてすまない」
「別にいいって」
オレ自身、ホントの幻獣を知ることができて良かった。
「ところで枕野相治」
「なに?」
「カノジョいる?」
スリッパが正面口の小さな段差に引っかかり、片足飛びで廊下を飛び回る。
「おっと、とっ!!」
勢いは止まらず、廊下の壁へと飛び込む。
「え、あっ、あっぁあ!」
思いっきり両目を閉じて、片手を前に出す。
ドン!
ふぅ~、危機一髪。
壁にぶつかる寸前、右手で壁を支えた。
「まったく、何を聞くんだよ。カノジョだなんてオレ――」
「……カノジョ?」
聞いたことのないポワポワとした女の声を耳にする。
「ぅえ?」
今まで出たことのない声を出して、前を見る。
赤いツーサイドアップの女のコ、生徒服からでもわかる豊満なバストが釘付けになる。
うわぁ~、怯えている姿がラブリー……
――って、このコ、オレのことを見て、怖がっているよね!!
「これってこれって……これって」
女のコはそわそわして目を泳がせる。
なんだかオレ、とてつもなく悪いしてる。
ちょっと整理してみよう。
オレは廊下を飛び回って、壁にぶつかる寸前で片手を差し出してドンという音を鳴らした。
そして偶然にもそこに女子がいて、女子は壁に片手を置いてるオレを見ている。
うん。オーケイわかった。
今、オレ、高校生になって、最大のピンチを迎えている。
なんと、このオレ、女子マンガ山場シーンの“壁ドン”をしたのだ!
壁ドンはイケメンだけに許されたポーズ! そんなポーズをオレがやったら反省ザルのポーズにしか見られない。
うわぁ、ハジい! ハジい!!
急いでこの場から立ち去らないと。
「あの、困ります。私、こんなの始めてです」
思いっきり勘違いしてるよ! このコ!
「それに、私はあなたのカノジョじゃありません」
なんか知らないけど勝手にふられているし!
「でも、カノジョになるのなら、まんざらでもありません」
なんだか知らないけどオーケー出ているよ!!
これ以上話がややこしくなる前に注意しないと。
「いや、違う。違うんだ。これは間違い、間違いなんだ」
「え? 壁ドンって人間の求愛行動なんでしょう?」
「そんなのが求愛行動なら新婚さんの家は穴だらけだよ! 端から見たらドメスティックヴァイオレンスだよ!」
「じゃあ、なんであなたは愛のサインを知らせるようとして壁ドンなんてしたのでしょうか」
「そもそも壁ドンは愛のサインじゃありません」
「でも、私が読んでいる本には、壁ドンは愛のサインって――」
「ブレーキランプならまだしも壁ドンはそうじゃありません」
「ホントですか?」
「ホントです。……見ず知らずのヒトに、いきなり壁ドンしたりしませんでしょう?」
「あっ」
ツーサイドアップの女のコはポンと手をたたく。
「そうですね」
わかってくれたか。
「壁ドンは5回叩かないと愛してるのサインには――」
「なりません!!」
なんか天然だぞ、このコ。
こっちがちゃんと説明しても言い返せない雰囲気がある。コイツには変な威厳を持っている。
「どうした。枕野相治」
スリッパを履いた舞がこっちにやってくる。
「実はな、このコが――」
先ほどまで話していた女のコのいる方へと視線を送ろうとすると、そのコは消えていた。
「何処に行ったんだ?」
「1年2組の教室へと行ったぞ」
「え? なんで」
「耳を傾けろ」
オレは舞に言われるとおり、耳を意識する。
キーンコーンカーンコーン。
始業式を知らせるチャイムが鳴っていた。
まずい! 初日から遅刻はまずい!
「急ぐぞ! 舞」
「うん。急ぐ」
オレと舞は1年2組の教室へと急ぐのであった。