第1話 入学式には幻獣に注意せよ! その2
空木学園へと行く足取りが重い。
幻獣さんと会えるのは楽しみなんだが、一番会いたかったバハムートがこんなちっちゃなコとは思わなかった。
そりゃ、天から降りてくるバハムートと会いたいかと言われたらそれはそれで困る。そんなの見たのはSAN値直葬、あの世へデリバリーだ。そういう意味ではヒト型で会えたのは幸運ではある。
しかし、伝説の幻獣バハムートと出会ったのが道を聞かれた時というのはいささか納得できない。オレの中にあるバハムート像は理知的であり、雲を覆い尽くすほどの巨躯な竜である。
それとは対照的に、オレの後ろをちょこちょこと歩いているコイツはなんだか無知で身体も小さいことながら器も小さい人畜無害な幻獣さん。態度だけはバハムート級の大きさだ。
ホントにコイツ、幻獣か?
竜っぽい角あるし。喋り方もそれっぽい。
いや、違う。コイツはバハムートに憧れてコスプレをしている、なんちゃって幻獣さんだろう。
最近、幻獣さんに憧れる半獣半人のコスプレをするコスプレイヤーが増えていると言うからな。コイツもその一人なんだろう。幻獣さんを受け入れている空木学園でコスプレとは、ホントに幻獣さんとして見られたいのだろうか。オレにはわからん。
でも、ホントにコイツが幻獣さんなのかも。
マリカの姿を直視する。
ペタンペタンツルリンタンな身体に、幻獣要素は皆無なり。
もし、百歩譲って、コイツが神竜バハムートの娘であっても、"威厳”というものをこれっぽちも感じない。
――威厳、それは絶対なる服従の力。犬が仰向けになって服従のポーズを取るのも威厳があるからである。騎士が王に仕えるのは力関係ではなく、王が王としての威厳を持つから従うのである。
だが、コイツにはそんな尊敬の念のようなものも、逆らったら殺されるといった畏怖のような感情もコイツから感じられん。
思い込みの激しいコスプレイヤー、それが竜王マリカだ。
よって、オレは頑固としてコイツをバハムートとは認めん!
なんちゃって幻獣のバムコ。そうバムコで十分!
コスプレイヤーがバハムートと軽々しく名乗るなんて冒涜である!
もし、何らかの間違いでバハムートの娘であってもバハムートとは思わん!!
オレはそう心に誓うのであった。
コンビニの横を右に曲がり、大通りへと出る。
この大通りを行った所に空木学園があるが、そこまで行くにはもう少し歩かないといけない。
「まだか?」
「まだだ」
「妾は空木神社から直行しておる。早く着いてもいいはずじゃのに」
「神社から来たのなら少なくとも1時間はかかるぞ」
「なんじゃっと!! 他の幻獣は20分で着いたと言っとったのに」
「多分、それ、バスや車使ってるよ」
「まったく、あやつらは文明利器に毒されおったか」
うわぁ、ツッコミところまんさいだよ。
だが、オレはツッコまない、ツッコまない。ここはスルーだ。
「車とかそういうのを見ても驚かないんだな」
「当たり前じゃろう? 100年前にできたモノにいちいち驚くか。人間のてくろのじ~をわからないで、幻獣なんぞやっておれんわ」
テク“ロノ”ジーじゃなくてテク“ノロ”ジーな。
ブルブルブルブル――
ポケットにあるスマホが震える。
「母さんかな」
スマホを取り出し、耳を寄せる。
「なんじゃそれは!! なんじゃなんじゃ!!」
「人間のテクノロジーに驚いてるんじゃねえぇよ!!」
ああ、また、ツッコミを入れてしまった。
オレの学園デビューは校門を入る前に終わってしまった。
「何かあったの?」
「いや、なんでもないよ。母さん」
目を凛々(りんりん)と輝かしているマリカを無視し、母さんとの電話に集中する。
「ちゃんと学校行けてる?」
「うん、行けてるよ」
「そう、それは良かった。それで相治にいい忘れていたことあるんだけど」
「何?」
「ホームスティ制度って知ってる?」
「空木学園に通う学生さんを居候するあれだろう?」
「そのホームスティ制度にうちの家が選ばれたの」
「えー、なんかめんどくさいな」
「その学生さんが幻獣さんの可能性もあるかもしれないわよ」
「でも、100%じゃないだろう」
「とにかく、学生さんが来るから今日は早く帰ってらっしゃい」
「わかった」
電話を切ると、マリカが手元にあるスマホを興味深く見る。
「ほぅほぅ。それが巷で有名なスマートフォンというヤツか」
「そう、スマホだよ」
オレはマリカにドヤ顔でスマホを見せびらかす。
「ほぅ~、ほぅ~」
マリカは人差し指を口元に寄せて、興味を部下そうに眺める。
「触るか」
「触る触る!」
マリカにスマホを貸す。
「どうやって、操作するんじゃ」
「こうやってタッチして、戻したい場合はこっちのボタンを押す」
「なるほどなるほど」
なんだか、世の中のことを全く知らないこどもにモノを教えている気がする。小生意気なマリカが、素直に喜んでいるからなんだろう。
「ソージー」
聞き覚えのある少女の声を耳にする。
「ひなみか?」
声のする方へと視線を向ける。
「そうだよ、ソージ」
そこには空木学園の生徒服を着た飛烏ひなみの姿があった。
「春休みぶりだな、ひなみ」
「その言い方はなんかおかしくない? 中学生から高校生の間の期間が休みなんて」
「じゃあ、どう言うんだ?」
「中高ステップアップ期間とか?」
「安直すぎるな」
「じゃあ、ソージはなんかいい言葉あるの?」
「人生の短い箸休め」
「なんか渋いね……」
「人生、箸を長い間、休める時間はないってことさ」
齢15歳のオレが人生を語ってる立場ではないが、なんとなく言ってみたかった。
「あれ? ソージの後ろにいるコって?」
「ああ、コイツね」
マリカは先ほどからスマホでゲームをしている。
そんなにパズルを消すゲームが好きなのか?
「おいマリカ。オマエ、文明の利器に毒されてるぞ」
「ちょっと話があるんじゃが」
「なんだ?」
「この魔幻石とやらを購入したいんじゃが――」
「勝手に課金すんな!!」
知らない人間のスマホで課金石買うか! オマエは
オレはすかさず、マリカの手元にあったスマホを取り上げる。
「げぇ、やべぇ、5000円分も使うトコ、だった!! キャンセルキャンセル」
「何を焦っておるのじゃ?」
「焦りたくもなるわ!! 5000円が吹き飛ぶところだったんだぞ!」
「そうか。5000円か。5000円は高価じゃからな。家が1件ぐらい買えるからのぅ」
ひょっとして、コイツの歴史観って、大正で止まっているんじゃないのか。
「これは悪いことをしたのぅ」
「わかればいい、わかれば」
「じゃから、魔幻石を購入してくれないか」
「断る!!」
ホント、コイツは何者なんだよ!
「ソージ、学園に入ってからツッコミ力がアップしたね」
「ツッコミ?」
マリカは首を傾げる。
「ヒトのボケにツッコミをいれて、みんなを笑顔にさせること」
「みんなを笑顔にさせることか。それはいいことじゃな」
その説明はいささか大切な所が抜けてる気がするぞ。
「ボケ役は、オレが変なことするから注意して欲しいとツッコミ役に合図してから、ツッコミ役はその変なことに注意してみんなに笑いを取るの」
「なるほど、人間の世界にはそんな面白いものがあるのか。妾もそのツッコミを学ばなくては」
なんか、こいつのせいでオレのツッコミ体質が慢性化しそうだ。
「それでソージ。このコは誰なの?」
「知らないで尋ねたのかよ!」
「ねっ、わたしがボケたからソージが答えてくれたでしょう?」
「これがツッコミか。勉強になるな」
ふむふむと納得するなよ。
「まったく。えっとな、こいつは神竜」
「そうじゃ! 妾は神竜バハムートの――」
「バムコ」
「そうバムコ……、って、バムコちゃうわい!!」
数十秒のうちにノリツッコミを閃くとはやるな。
「妾はバハムートの娘なのじゃ!!」
「いや、オマエはバムコだ。なんちゃってバハムートコスプレイヤーの略でバムコ!」
「マリカじゃ! マリカ・ドーニア・バハムートじゃ!!」
「バムコ!」
「マリカ!」
オレとマリカは睨み合う。
「あの、バムコさ……」
「マリカ!」
「すいません。マリカさんの人名を教えてくれませんか?」
「人名?」
「幻獣さんは人間界で生活するために、幻獣名ではなく、人名を授かる決まりになっているの」
「へぇ~」
「異界の扉があいた土地の国の名前で付けられるはずだから、マリカさんも日本語の人名があるでしょう」
「あるぞ」
マリカはない胸を張って、自慢気に語る。
「妾のヒトとしての名は竜王マリカ!!」
スゴくハードルタケぇ名前。見事にキラキラしてやがる。
「竜の王と書いて、竜王と呼ぶのじゃ!」
ガハハと腰に両手を当てて笑うマリカ、なんだかこっちが恥ずかしい。
「竜王マリカと言うんですね」
それをさらっと流すひなみもスゴい。
「それじゃあ、マリカさん、友だちになりましょう」
「友だちじゃっと?」
「そう、友だち。幻獣界にもいるんでしょう」
「勿論おるぞ! ヨルムンとオロチがな」
あ、友だちいるんだ。
「人間界の始めての友だちはわたしでいいかな」
「いいぞ!」
「じゃあ、決まりだね!」
「おお!」
二人はなぜか意気投合して友だちになる。
「無論、お主も友だちだぞ。ただし、二番目じゃぞ」
マリカはオレの傍に来て、そう語りかける。
「いいよ、そういうの。恥ずかしい」
「恥ずかしがるな。二番目が」
二番目ポジって、まったくおいしくないポジションだよな。
赤い帽子を被った緑の弟、戦隊物の青、いつまでも主人公に追いつけず、しまいにはオマエがナンバーワンだと言ってしまうライバルキャラ、エトセトラエトセトラ。一番好きなヒトは無理だから二番目に好きなヒトで妥協される感覚はとても嫌いだ。
でも、オレにとってマリカは学園に入って始めてできた友だちで、幻獣の女のコというのは少し嬉しい。
まあ、コイツはそんなこと知らないと思う。でも、それでいい。友だちの多いや少ないで競い合うよりも、ちゃんと本人の口から友だちと言ってくれた方が嬉しいからな。