プロローグ 廃部危機には幻獣に注意せよ!
凹んでいる。
凹んでいる。
本気で凹んでいる。
別段、ドジを踏んだわけでもないのに、なぜか精神的に追い詰められている。
「あなた達がやっている幻獣部はクラブとしては認められません」
幻獣部が使っている茶室に踏み込んできた金村はバンッ! と指をさして、開口一番、こんなことを言った。生徒会役員のメンバーがいつか来るとは思っていたが、まさか金村とは予想外だった。
幻獣部の部長であるオレは風紀委員と対応するべき立場にある。けれども、いきなりドアを開けるなり、幻獣部はクラブではないと言われても困るものがある。
しかし、相手は空木学園、生徒会所属、風紀委員の金村一美である。カノジョは自分が認めたことでなければ納得しない人間だ。なんとか、一美にも納得してもらうためにも、うまく説明しないと。
「えっと、空木学園へと留学された幻獣さん達はまだ人間の社会についてよくわかっていないと思われます。オレ達幻獣部は幻獣さん達がうまく人間と交流できるように、この幻獣部を立ち上げたのであります」
我ながら良く言えた。
幻獣部の本来の活動はそうじゃないが表向き用の活動を言えてよかった。授業中、寝る間も惜しんで考えておいてよかった。
「ええ、そのとおり、だから、我々生徒会は幻獣専門の委員を作ることにしました」
「え?」
「したがって、そんな部を立ちあげなくても、我々生徒会が幻獣さんとうまく交流できるように手配します」
やっぱり、世の中、うまくいかないか。
幻獣部って何かと言われたら答えられない。
確かに、創立部届にもきちんとオレの名前、枕野相治と書いたが、幻獣部についてよくわからない。
そもそも、幻獣部の本当の部長はちゃぶ台でマテ茶を飲んでる竜王マリカである。湯飲みにそっと口付けるマリカは我関せず、オレと金村との言い争いを見ている。
「オレらは学園の風紀を乱す気はありません。ただ、この学園にいる幻獣を――」
「それではそこでスクール水着を着て、スライム風呂に入っている女のコはなんですか!!」
……ああ、それを言われるととても困る。
我が幻獣部は3人の幻獣が好き勝手やっているのだ。
「どうした?」
海原舞がこっちを見て、首を傾げる。
ばはると呼んでいる水の魔法生物の中で、足をバタバタさせている。
「カノジョは大海竜のリヴァイアサンで水の中にいないとダメな幻獣でして」
「ヒトになったら、人間社会に適応できるはずでしょう?」
「ええ、そうなんですが」
「なら、そのスライムの中から出て行くことはできるでしょう?」
「うん、できる」
マイアはこくりと頷く。
「じゃあ、早く出なさいな」
「ヤダ。外は寒い」
どっちかというと、見ているこっちが寒く感じます。
「金村さん、ここはカノジョの個性を尊重しませんか? 個性を伸ばせば、立派な幻獣に育つはずですよ」
「スクール水着を着て、学園内を泳ぐ生徒がいるってことは大問題です!」
ああ、そうですね。そうですね。そりゃ、大問題だ。
「みんながマネしたらどうするんですか?」
「それはそれで見たいけど」
「何か言いましたか?」
金村のメガネがキラリと光る。
メガネの裏側にある眼光がまったく笑っていなかった。
「……広いところで泳ぎたい。ウユニ湖とか」
リヴァイアサンの舞は天真爛漫に、ばはるの中でぷかぷかと泳いでいた。
「あの、金村さん」
遠巻きでずっと見ていた赤いツーサイドアップの髪型をした少女がやってくる。
「緋鳥さん?」
「はい、緋鳥なるです」
なるは礼儀正しくペコリと挨拶する。
「幻獣さんは幻獣さんの生まれ持った体質を持っています。リヴァイアサンの舞ちゃんは海の幻獣です。カノジョが海から出るということは、カノジョの個性とリヴァイアサンの文化性を著しく損なうことだと思います」
そうだ、そうだ。著しく損なう。
「ここは人間界でしょう? 幻獣さんは人間界と交流したいのであれば、我々人間と同じような生活をするのが正しいことだと思いますが」
「ええ、まあ、そうですね」
「なるさん、言いくるめられているよ」
オレは囁き声でフォローする。
「あ、違います違います。幻獣さんは人間界にいることで不満が高まっていると思います。だから、幻獣さんの不満を解消するためにも、幻獣さんの文化を受け入れるべきではないのでしょうか?」
「うん……」
おっと、金村が考えている。
「それは一理あるわね。人間も幻獣さんの文化性を受け入れないといけないわね」
「そうですよそうですよ!」
「でも、学生服をはだけて、下着姿を見せているあなただけには言われたくないわ!」
そうでしたそうでした。
なるは学生服をはだけて豊満なボディを見せつけています。
「えっと、私は不死鳥フェニックスの幻獣でして、身体から出てくる熱を冷ますために――」
「緋鳥さん! これは学校内の風紀を著しく乱すことがなります!!」
「でもでも、暑くて暑くて、汗ばんでしまって……」
「我慢です! 我慢しなさい!」
金村の勢いに、なるは押される。
「はい!! わかりました……」
シュンと泣きそうなカオで学生服を着直す。
なんとなく、残念なのはオレだけなんだろう。
「幻獣部の目的は崇高なものだと思います。しかし、物事を注意すべき立場の人間がスクール水着を着用したり、学生服をはだけているなんて言語道断! まともではありませんよ!」
言いたいように言ってくれる。
しかし、言い返す言葉が見つからない。
「我々、生徒会は幻獣部をクラブとして認めません。廃部を検討してください!」
「検討って言われても」
オレは時間を稼いで、金村の怒りを冷ます。
なんとか落ち着いてくれれば、きちんとした会話ができるからだ。
しかし、そんな淡い期待を脆くも踏みにじられる。
「おい、小娘」
ああ、そうだ。マリカがいたんだ。
……これでもう、幻獣部はおしまいだ。
「こむす――!?」
金村はマリカを見ると口が開けっ放しになった。
そりゃそうだろうな。唖然としたくなるわ。
「せっかく妾達が創立した部を潰すとは関心せん」
マリカは腕組みをしながら首を振る。
「まったく、意地の悪い小娘じゃのぅ」
鶴の一言を言うタイミングを見計らう社長のような登場の仕方だが、如何せん、そのちんちくりんな身体では威圧感はない。
いや、それよりも、もっと言いたいことがあるが、多分、金村がツッコんでくれるだろう。
「竜王マリカさんでしたっけ?」
「そうじゃ! 妾は誰もが知る神竜バハムートの娘――」
「でしたら服を着てください!! 服を! 服を!!」
そうなのだ。
このマリカという幻獣はハダカなのだ。
金村はマリカの傍に来て、必死にマリカのハダカを隠そうとする。
「何を言っておるのじゃ? これが妾の誇り高き姿じゃぞ。何の文句がある?」
脳みそがクラっと来る発言だ。
オレもそれを聞いて、気が遠くなった。
「ここは学園です!! 規定の学生服を着て過ごすのが常識でしょう?」
「生徒手帳には学生服を着てはいけないと書いなかったが」
「あなたはなるさんみたいに熱いから脱いでいるの? それとも舞さんみたいに水の中にいるから脱いでいるの?」
「そんなわけないじゃろう? 幻獣はハダカが基本なんじゃから」
「あなた、バカでしょう!! 大馬鹿者ものでしょう!!」
「妾はバカではない! 貴様こそ大うつけじゃ!」
「おおうつけ!?」
「貴様、スーツを着た竜を見たことあるのか? 学生服を着た竜や体操服を着た竜を!!」
マリカの言い分はおかしいようで正しい。
オレの知っている知識の竜は服なんてモノを着ていない。ましてや、赤白帽を被って半ズボンを履いた竜なんて見たことがない。
そもそも竜はゴツゴツしたウロコと頑丈な皮膚で覆われているため、ハダカが当たり前だ。だが、今のマリカは竜ではなく、ヒトの姿となっており、角の二つある以外、普通の女のコと同じである。
つまるところ、ヒトの姿となったマリカは生まれたままの姿で幻獣部にいるのだ。
「妾は竜、いや、幻獣たちの誇りを守るためにハダカになっておるだけじゃ。人間から押し付けられた服なぞ着たくもない」
「ここは人間の世界です! あなたは公序良俗に著しく違反していてます!!」
「ふ~む。妾の肢体はそんなのせくしぃ~なのかね」
何ミクロンもセクシィーの欠片なんてありませんよ、マリカさん。
「あなたが警察に捕まったら父さんや母さんが悲しむと思います」
「ムム。そう言われると困る」
「でしたら、ちゃんと服を――」
「じゃが、妾が服を着ることは幻獣の誇りを人間に傷つけられるのと同意義! じゃからならん! 服を着ることなどならんのじゃ!」
プンプンと首を左右に振るマリカ、端から見たらただのダダッコにしか見えない。
「わかりました。このことは生徒会に報告し、あなた達の処分を下すことにします」
「それって、もしかして、オレも含まれるのか?」
「そうです! 部長である枕野さんの監督不足でもあります! あなたの処分は注意じゃすまないでしょう!」
うわぁぁぁああぁああぁああぁあああ~~~
停学? 退学? になるの?
どうして、オレがこんなピンチに!!
「いいですね! 枕野さん!」
良くねぇよ!!
「それじゃあ! 皆さん、さようなら!」
勢い良くバンとドアを閉める。
「マリカさん、学園内にいる時は学生服着用してくださいね!」
一美はそういうとドカドカと音を立てるように出て行く。
嵐は去った。残ったのは放課後の憂うつだった。
……なんでこんなことになったんだろう。
オレはどうして三大幻獣がいる幻獣部なんかに入っているんだろうか。
しかも、いきなり退学危機になるし……。
これもそれもすべて神竜バハムートの娘、竜王マリカが原因なのだろう。
そう、竜王マリカと出会った入学式の日からオレの人生は厳重注意な毎日になったのだ。