十年前 1
「最初に謝罪しなければならない。俺は、君達にある事実を隠していた」
キヨはそう言って、俺とヒイロに向かって頭を下げた。
「ある事実……?」
俺とヒイロは次の言葉を待った。
「ミキの装置の元の所有者について……俺には、君から最初に話を聞いた時点で何者か見当がついていた」
――やっぱりそうだったのか。
「だったらなんで黙ってたんだよ!」
それが分かれば、俺もここまで苦労せずに済んだものを……。
俺は思わずキヨの胸ぐらを掴んでいた。
キヨは、その手をどけようともせずに話を続ける。
「言ったところで、君をぬか喜びさせるだけだ。彼女……『一宮未夢』は、もはやこの世に存在しないも同然の人間だからな」
「……!」
――この世に、いない……?
俺はキヨから手を離した。キヨは自分の椅子に座り直すと、改めて話し始めた。
「まずは、量子空間について一つ説明しておこう。この空間は、君たちが今暮らしている世界以外にも、幾つもの異次元世界とつながっている。彼女……『ミユ』は、その内の一つの住人だった。そこは君たちの世界よりも科学技術が発達していて、量子空間へ行き来するための技術も確立されていたんだ」
科学の発達した世界……。
この異様に技術力の高い装置も、元はその世界の産物なら納得がいく。
「……だがそれは同時に、思念体のような忌まわしい存在の跳梁をも許す結果につながった。そのため、空間内を常時監視する機関が設立されたんだ。彼女はその機関の捜索官として、主に思念体の駆除を担当していた」
「ちょっと待て。あの背丈、どう見ても子供だったぞ?まさか人違いじゃないだろうな?」
俺の疑問に、キヨは淡々と補足する。
「量子空間への出入りは身体への負担が大きい上、成人以降は急激に困難になる。そのため駆除を担当する捜索官の平均年齢は15歳前後……ミユは当時、最年少の11歳だったと聞いている」
「『当時』って……。いつの話だよ?」
「詳しくは分からないが、少なくとも十年近くは経つだろう」
「!!……じゃあずっと、その『ミユ』って人は……」
ヒイロの言葉に、キヨは頷いた。
「ミキと彼女は当時、量子空間内で何らかの『非常事態』に置かれた。已む無く彼女は君に自らの装置を譲り渡し、そのまま消息を絶ったんだ……そして今も、彼女は量子空間内を彷徨い続けている」
そこで、ある疑問がふと俺の頭に浮かんだ。
「……なあ、何でお前はそんなにミユのことを色々知ってるんだ?」
「ミユについては……空間内で活動するようになってから、たった一度だが危機を救われたことがある。それで彼女の存在を知り、色々と情報収集をするようになったんだ。最も、俺が初めて遭遇した時は既に空間を彷徨う存在となっていたから、それ以前の詳しい経緯は一切分からないがな」
キヨはそこで話を切った。結局肝心の部分は分からず終いだったが、一つ分かったこともあった。
「あのパーカー男、装置を狙うのは『一宮ミユ』のためなのか?」
「彼がミユの弟で間違いないなら、その可能性が高いだろうな。だがその場合、問題はどうやって彼が『量子空間への移動手段』を手に入れたかだ」
そうだ。この空間は、普通じゃ出入り出来ない場所だったことを思い出した。
「見たところ、装置らしいものは着けてなかったと思いますけど……」
「ああ。思念体を操る能力、更にミキからの話を聞く限りでも、彼は普通の人間ではないことは明らかだ。一体どこであんな能力を……?」
一つ何かが明らかになると、今度はそこから新しい謎が湧いてくる。このキリのない迷路に、俺は椅子に腰掛けしばし考え込んだ。
――それにしても……。
俺は手首の装置に目を落とした。そもそも、なんでそんな重大な事実が俺の記憶からは抜け落ちてしまっているんだろう。この16年「ほとんど」何事も無く過ごしてきた人生に、隠された秘密なんてあるワケが……。
「!!」
その時、ある「突拍子も無い考え」が俺の頭をよぎり俺は勢い良く立ち上がった。その反動で椅子が後ろへ倒れ、ヒイロとキヨがギョッとして俺の方へ目を向けた。
「何なんですかいきなり……」
二人の訝しげな視線に、俺は我に返った。
「い、いや、何でもない……」
いくら何でも話が飛躍しすぎている。俺はその場を誤魔化し、その考えを頭の隅に追いやった。
その数日後。
俺はある決心の元、二人を秘密基地へ呼び出した。
今までは数々の幸運が重なってピンチを切り抜けてきたが、今後あのパーカー男がどんな手に出るか分からない。ようやく危機管理に目覚めた俺は、非常時に備え戦闘訓練を取り行うことにした。
早速その意志をヒイロとキヨに告げると、
「へえ、面白そうですね」
「俺達でよければ、喜んで相手になろう」
二人共、俺の提案をすんなり受け入れてくれた。
「でも、絶対に後悔しないで下さいね」
死ねば後悔もクソもない。そう思い訓練が始まる前こそ、
「本気でやってくれ」
などと格好をつけて意気込んでいたのだが……。
特訓開始からまもなく、俺はヒイロの言葉の意味を理解した。
「油断するな!思念体が完全に消える一瞬まで絶対に目を離すな!」
キヨの銃撃を、俺は走りながら必死で避ける。それが止んだところで反撃に出ようとすると、
「後ろも油断しないで下さいよ」
背後のヒイロの声に、振り向きざまに剣の一撃を受け止める。何とかそれを押し返し体制を整えようとしたが、それより先に後頭部に銃を突き付けられてしまった。
「敵は一体とは限らない。特に背後には注意を払え。何度も同じことを言わせるな!」
教官モードのキヨは全く容赦が無い。
少しでも気を抜けばそこから崩され、徹底的に叩きのめされる。今のようなミスが出れば、今度は容赦無い檄が飛んだ。
「じゃあ、今度は私から仕掛けますね」
そう言うと、間髪入れずにヒイロは俺の目の前まで迫ってくる。その流るような剣さばきに、俺は既の所で受け止めるのが精一杯だった。
「少しは受けが上手くはなったけど……」
俺は一旦飛び退いて距離を取り、槍を構え思い切って突進した。
「攻撃はまだ雑ですね」
だがヒイロの呟きと同時に、俺の槍は宙に高く弾かれていた。丸腰になった俺の首筋に、ヒイロの剣がピタリと止まる。
「クソッ……!」
俺は悔し紛れに呟いた。
ヒイロはヒイロで、俺相手にも全く手を抜いてこない。女子相手に不甲斐ないが、ヒイロとの一騎打ちは今まで全部秒殺だった。
「ヒイロ、これは訓練だ。流石にもう少し控えめに出るべきだろう」
「キヨさんこそ、2体1で背後から襲わせるなんて厳しすぎじゃないですか?」
俺からすればどちらも鬼だ。
この一見大人しそうな二人が、一体どんな修羅場をくぐり抜ければこんな風になるのか……。ヒイロとキヨは味方でいれば頼もしい反面、二人の過去を知らない俺にとっては得体の知れない一面もあった。
「なあ、ちょっといいか?」
俺の問いかけに、キヨが怪訝な表情を見せる。
「ああ、どうした?」
「前から気になってたんだけど、なんで俺たちそれぞれで武器が違うんだ?」
「装備は、装着者に合わせて装置が自動で選別する。各々の特性により、最も相応しい物が選ばれるんだろう」
なるほど。けれど、出来るなら俺も飛び道具の方が良かった。
「結構性格も出ると思うんですよね。ミキさんの場合は、『単純な直情型』ってところでしょうか?」
余計なお世話だ。だが言われてみると、確かに『性格』が良く出ている気がする。
しかしそこを突っ込むとどんな仕打ちがあるか分からないので、俺は敢えて深追いはしなかった。
ようやく地獄の特訓から解放されると、俺は例によってヒナカと二人だけの食卓についていた。
「ツグ兄……ホントに大丈夫だよね?」
「大丈夫だよ、心配ないって」
最近帰りが遅くなったのに加え、毎度のようにグッタリと疲れている俺を見て、ヒナカも只事じゃないと感じているらしい。けれど正直に言えるわけもなく、俺はヒナカの問に「大丈夫」の一点張りで答えるしかなかった。
いつもならTVのバラエティでも視ながら箸を進めたりして茶を濁すところだが、その日、TVのディスプレイは真っ黒のままだった。俺は傍らの新聞を手に取ると、TV欄を確認した。
『夢ヶ丘線の教訓』
『あの事故を忘れない~夢ヶ丘線の悲劇から十年~』
『検証、夢ヶ丘線!あの日何があったのか』
……
……
「……」
ありがちなフレーズにうんざりしながら、俺は小さくため息をついた。