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ヒーロー、デビュー 6

 タイミングが遅れれば即命取りになる。瞬く間に距離が縮まっていく中、俺は奴との間合いに全神経を集中させた。


「装置を……出せぇ!!」


 勢いそのままに、山影が腕を振り上げる。


(イマよ!)


 その声と同時に、俺は一気に相手の懐へ飛び込んだ。

 頭上を黒い拳がかすめていくなか、俺の渾身の一撃は相手の腹のど真ん中を深々と貫いていた。


「ミ……ド……リ…………」


 なおも俺へと追いすがりながら、山影は散っていった。


「手間……かけさせやがって……!」


 俺は膝をつき、激しい息切れを沈めようと深呼吸を繰り返した。今度なんとかピンチを切り抜けられた事に、安堵の思いが広がっていく。


 しかしこのとき、俺の頭からはもっと重大な人物のことが抜け落ちていた。


「一人でも、少しは戦えるみたいだな」


――この声……!!


 顔を上げるより先に、俺はわき腹を思い切り蹴り上げられていた。

 地面に転がった俺を見下ろしながら、パーカー男はしゃべり続けた。


「けど、お前の『切り札』はもう使えない。あの思念体が『捨て駒』の割りに結構いい働きをしてくれたからな」

「捨て、駒……?」


 あの山影は、こいつが故意に作り上げたものだということか。


「そう、あいつらは使い捨ての兵士だ。また作ればいい。種は、そこら中にあるんだからな」


 そう言ってパーカー男は薄笑いを浮かべた。

 下から見上げると、フードで隠れていた顔が見える。相変わらず酷いやつれ様だったが、その表情は俺が思っていたよりも若い。ちょうど、俺と同年代ぐらいにも見えた。


「あとの二人は待ってても来ないよ。今日は足止めにかなりの数を割いたからな」

「テメ……――!」


 起き上がろうとしたところを、男はすかさず俺の胸を踏みつけ押さえ付けてきた。あまりの息苦しさになんとか足をどかそうとするが、数センチも動かすことは出来なかった。


 俺は男を睨みつけ、口を開いた。


「なん……で……」


 男は訝しげな表情で俺を見る。


「そこ、まで……そうち……を……」


 一瞬、パーカー男の口元が引きつった。


「とぼけるなよ……それが、『姉さん』のものだってことは分かってるんだ……!」


 今までの静かで余裕ぶった態度とはうって変わり、男の声に怒気がこもる。


「ねえ、さん……??」

「そうだ……お前が……お前のせいで姉さんは……!!」


 胸の圧迫感が更に増し、あばらがミシミシと悲鳴を上げる。

 これは早く何とかしないとマズイ。最悪の事態が俺の脳裏をよぎった。


「……ウス……テ……」


 声にならない声で必死にコードを唱える。するとすぐに、右手の中に何かを握り締めている感触が戻ってきた。


「……っ!!」


 後は無我夢中で、下から槍を突き上げた。槍は、男の喉を貫通した。


 すると、俺の胸を踏みつけていた足の力が僅かに和らいだ。男の目は、僅かに見開かれたまま俺を見下ろし続けている。


 いくら人間離れしていても、これは流石に助からないだろう……。俺はそこから目を逸らすことが出来ず、心臓が激しく脈打つのを感じていた。


(……痛いな)


 けれど突然、頭の中に男の声が響く。

 そして半開きだった男の口元には、ゆっくりと不気味な笑みが広がっていった。


(何、するんだよ……!)


 男は喉に槍を突き刺したまま、俺の喉に両手かけてきた。そのまま全体重をかけ、俺の首を締め上げにかかる。


「――!!!!」


 目の前まで迫った男の顔を見た瞬間、俺は声にならない叫びをあげていた。

 男の顔は、思念体のように真っ黒に染まっていた。その表情は絶えず不安定に揺らめき、闇の中から浮かび上がっては沈んでいくを繰り返している。


(お前さえ……お前さえ消えれば……!!)


 必死に力を振り絞り男の手を引きはがそうとするが、その努力もむなしく緩む気配は全く無い。


――もう、ダメか……。


 そのうち手にも力が入らなくなり、俺は為すがままに両手を地面に投げ出した……。


(ダメ!!)


 その叫び声と同時に、男は弾かれたように手を離した。久々に大量の酸素が肺に送り込まれ、俺は激しくむせかえった。


「なんで?どうしてだよっ……!?」


 男は手を庇いながら、ヨロヨロと立ち上がる。その表情は、もう揺らめいてはいなかった。男は、再び俺に向かってこようとした。


「それさえ、その装置さえあればっ……!!」


 けれどもそれは、一発の銃撃によって阻止された。

 肩を撃ち抜かれ、男は後ろへ倒れこんだ。


「そこまでだ!」


 後ろを振り返ると、キヨとヒイロがこちらへ向かってくる。


「お前ら……」


 懐かしい二人の姿に、俺も半分四つんばいになりながら近づいていった。


「ミキさん!」


 無様ながらも二人の元へ辿り着き、慌てて後ろへ向き直る。だが、俺の視線の先にはもう男の姿は無かった。




「……遅くなってすみませんでした」


 後日、俺はようやく書き上げた補習レポートを山野に提出した。

 締め切りを大幅に過ぎどんな仕打ちを受けるかと内心ビクビクしていたが、山野の態度は俺にとって思いもかけないものだった。


「まあ、いいだろう……今後は真面目に授業に取り組むように」


 俺のレポートをパラパラと確認すると、山野はそれだけ言って俺を呆気無く解放してくれた。


「あの山野が……どうなってんだ?」


 次に秘密基地でヒイロとキヨにあったとき、俺はこの不思議な出来事を二人に話してみた。


「良かったじゃないですか。これで思念体の駆除に専念できますね」


 この間危うく死にかけたばかりだというのに、人使いの荒い奴だ。

 キヨの方は俺の言葉に少し考えこんでから、


「その教師が最近まで君への風当たりを強くしていたのは、無理やり作られた思念体の影響を受けていたからだろう。思念体が強力になったことで、それに釣り合う形で当人の意識に影響を及ぼす結果となったんだ。元々、思念体は人間の思いにシンクロする存在だ。今回は逆に、人間の方が思念体にシンクロしてしまったということだろうな」

「じゃあ、もう俺は山野に怯えなくてもいいんだな!?」


 俺が目を輝かせると、キヨは「ただし」とすかさず付け加えてきた。


「思念体が一旦は消えたとしても、人の思いは時間の経過とともに蓄積される。君が今までの態度を改めないなら、今後の保証は出来ないな」

「……」


――今度からは、ちゃんと授業を受けよう……。


 俺は、密かに心に誓った。




「……そうだ、あともう一つ」


 俺が言うと、キヨは怪訝そうにこちらを向いた。


「あのパーカー男、この装置は『姉さん』のものだって言ってたんだよな……結局誰かは分からず終いだったけどな」


 何気なく言ったつもりだったが、この言葉にキヨは明らかな動揺を見せた。


「姉さん?彼女には弟が……――?」


 キヨはそこまで言いかけ、口をつぐんだ。だがその反応に違和感を覚えた俺は、すかさずキヨに詰め寄った。


「なんだよ、やっぱりお前何か知ってるのか?」

「キヨさん?」


 キヨの態度に、ヒイロも怪訝そうな表情を見せる。

 やがて観念したように、キヨは口を開いた。

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