ヒーロー、デビュー 3
「……」
それにしても話題がない。
女の子との登校経験もなく、ましてやコイツと何を語り合えば良いかなんて分かるはずもない。俺があれこれと頭を巡らしていると、
「ミキさんの家から出てきた女の子、妹さんですか?」
「えっ!?あ、ああ、ヒナカのことか……」
まさかヒイロの方から、しかも俺の妹について話題を仕掛けてくるとは予想外だった。
「可愛い子ですね。ミキさんとはあまりに似ても似つかないというか……」
「悪かったな。……まあ、あいつとは血が繋がってないから当たり前なんだけどな。十年位前に、色々あって二人共今の親に引き取られたんだ」
「そうだったんですか……」
俺の言葉に、ヒイロは少し済まなそうに俯いた。
「気にすんなよ。よく言われるからな」
言いながら携帯で時間を確認すると、8時05分を回ったところだった。
「やべっ!ちょっと急がねぇと……」
「そんなに時間がかかるんですか?」
俺の早歩きに合わせつつ、ヒイロが聞いてきた。
「いつもは自転車で15分くらいだ」
「微妙に遠いですね……。確か地下鉄もありますよね?」
「ああ、でも電車は使わない主義なんだ」
「ふぅん……まあ、私も電車は好きじゃないですけど」
それから少しの間、沈黙が続く。そこで俺は妹の話題に関連して、
「……ところで、ヒイロは兄弟とかいるのか?」
「弟が一人。十年前に生き別れたっきりですけど」
「!!……わ、悪ぃ……」
いい流れだと思ったのに、いきなり地雷を踏んでしまった。
「大丈夫です。もう、一人には慣れましたから」
ヒイロは淡々とした口調でそう言い、歩調を早めた。
けれど前を真っ直ぐに見るその目は、俺にはどこか寂しげに見えた。
「……つまり四大文明の発展には、川の近くという地の利が……」
学校に到着するとヒイロは、「何かあったら呼びます」と言い残しどこかへ行ってしまった。
今日は一時間目から早速山野の授業だったが、俺はほとんど上の空でそれを聞いていた。
性懲りもないと言われればそれまでだが、考えることが多すぎて俺の脳みそには世界史の知識に割く余裕など残されていなかったのだ。
(ミキさん)
「…っ!!?」
突然頭に響いたヒイロの声に、俺は思わず席を立ってしまった。
(キヨさんから呼び出しが入りました。今出てこれますか?)
これが昨日言ってた「テレパシー」か。だが、よりによって山野の授業中とはタイミングが悪すぎる。
「緑山……?」
早くも、山野がこめかみをひくつかせ始める。
「すみませんっ!ちょっと腹痛が……」
怒りが本格化する前に、俺はとっととその場から逃走を図る。
山野の突き刺さるような視線にも構わずに、前かがみで腹を抱えそそくさと扉のほうへと走った。
何とか教室から脱出し、そこから一番近い男子トイレへ向かう。念のため周りに人目が無いのを確認し、俺は壁際の個室へと入った。
そこからどうしていいのか分からず、とりあえず頭の中でヒイロに呼びかけてみる。
(あー……聞こえてるか?)
(聞こえてるからさっさと来てくださいよ。せーので『アウス・シラ』と言って下さい)
(ちょっ……まだ心の準備が……!)
(せーの)
ヒイロの言葉で、俺は反射的に口を開いた。
「あ、アウス・シラ!」
目の前の歪みが収まると、俺は昨日の「反転色の空間」にいた。
一面黒色の男子トイレから恐る恐る出ると、入り口には既にスーツを身につけたヒイロとキヨがいた。
「来たな。つい先程、思念体の反応を確認した。いきなりで済まないが同行してもらおう」
「因みにスーツの装着コードは『インステリオン』ですよ」
「……今、授業中なんだ。今回だけは見逃してくれないか?」
俺は最後の抵抗をしてみたが、
「量子空間に時間の概念は存在しない。ここでの出来事は物理領域の一瞬にも満たないから、日常生活に大きく支障が出ることもないだろう」
――やれやれ……。
俺にはもはや、平和に授業を受ける暇も与えられないということか。
「……インステリオン」
すると、一瞬の光の後に俺は昨日の緑スーツを身に着けていた。
…キィン…
それと同時に、頭の中に鋭い耳鳴りのような音が響く。俺が思わず耳を塞ごうとすると、
「この音は、思念体の波長を感知し、装置が音波に変換したものだ。この音を手がかりに思念体を探し出すんだ」
そう言って、キヨとヒイロはとっとと走りだす。俺は遅れを取るまいと、慌てて二人の後を追った。
校舎の外へ出ると、耳鳴りはますます強くなった。
それだけあの化け物に近づいているのかと思うと、自然と足が重くなる。だがその途中で、俺たちの目の前に黒い塊の雑魚思念体が数体立ち塞がった。
「で、出やがったな……!」
昨日のトラウマが残っていた俺は、即座に槍を構えて塊共を威嚇する。相手は一瞬怯んだように見えたが、武器を持った俺に向かって一斉に襲いかかってきた。
「ミキ、待て――……」
「アウス・レイング!!」
キヨが止めに入るのと、俺が必殺技で奴等を始末したのがほぼ同時だった。
「み、見たか!俺が本気になればこれくらい……」
そう意気揚々と振り返った俺を、ヒイロとキヨはただ黙って見つめていた。
「……ん?どうしたんだよ?」
未だ得意げな俺にヒイロはため息を付き、
「ミキさん……。まさか雑魚に殲滅コードを使うなんて……」
「な、なんだよ、使っちゃ悪いか?」
どういうことだ。せっかく敵を倒したのに、一体俺が何をやらかしたというのか。
「いや……事前に説明しかなった俺にも責任がある。ミキ、よく聞くんだ」
「あ、ああ」
「今君が使った『殲滅コード』は使用者への負担が大きいために、再発動には一定時間のインターバルを必要とするんだ。どれ程のインターバルを必要とするかは個人の能力に依るが、君の場合は最低でも30分ほどはかかるだろう」
すると……どういうことになるんだろう。俺が首を傾げると、
「思念体の本体は殲滅コードじゃなきゃ倒せないって、昨日言いましたよね?」
「!!」
そうだった。つまり今、俺の目の前にあの影みたいなのが現れても……
「ミキさんは、あと30分は奴とまともに戦えないってことです」