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継ぐ想い 3

 気が付くと、俺は真っ暗な空間に一人立っていた。


「ここは……」


 広大な暗闇を見渡すと、前方に二つの人影が見える。一方は倒れ、もう一方は手に『ハンマー』を持って立っていた。

 俺はとてつもなく嫌な予感を抱きながら、二つの人影に近づいていく。やがてそれが何か分かったとき、俺の足はもう駆け出していた。


「ヒナカ……」


 俺はヒナカの横に跪いた。

 ヒナカの目は見開かれ、虚ろな瞳は目の前の暗闇さえも見ていないようだった。


「少し遅かったね?そいつはもう目を覚まさないよ」


 俯いて動かない俺に、ヒメカは笑い声混じりにそう告げた。


「……テメェッ!!」


 俺は振り向き、立ち上がりざまに槍でヒメカを薙ぎ払った。


「フン、ムキになっちゃって……」


 ヒメカは俺の攻撃をフワリと躱し、距離を空けてハンマーを構え直した。俺たちは互いを牽制し、しばらく睨み合いが続いた。


「勘違いしないでよね。私は、ソイツに『押し付けられてたもの』を返してあげただけだよ?」


――ワケの分からない出任せを!


「返せ……ヒナカを返せっ!!」


 怒りに任せてやりを振るう俺に、ヒメカは小さく舌打ちをした。


「ったく……どいつもこいつも!!」


 槍を弾き返し、ヒメカはハンマーを打ち下ろす。俺はそれを避けそこね、右肩に攻撃を食らってしまった。


「うぁっ……!」


 腕はダラリと垂れ下がり、動かそうとすると激痛が走った。

 肩を押さえてうずくまる俺に、ヒメカは静かな口調で尋ねてきた。


「アンタさあ、『脱線した電車の中』って知ってる?」

「……!」


 俺が無言で睨み返すと、ヒメカは口元を歪めて笑った。


「そっか……アンタも知らないんだ」


 そう言うヒメカの声の端々には、震えがきていた。


「分かるわけない……何にも覚えてないアンタ達なんかにっ!!」


 ヒメカの震えは、徐々に全身に伝わっていく。

 俺は、地面に転がった槍を左手で拾い、立ち上がった。


「いいよねえ!?私に全部押し付けてヘラヘラしてたヤツは!」


 ヒメカは、ヒナカを指差して叫んだ。


「皆、大嫌い……!死ねばいい……ソイツもアンタも!!」


 ヒメカが再び襲いかかってくる。


「…………」


 何故、ヒナカが事故のことを覚えていなかったのか。電車恐怖症以外は、目立って大きなトラウマにも苦しめられること無く生活してこれたのか。

 ヒメカが今まで背負わされてきたものが、(おぼろ)げながら分かるような気がした。


――だけど……。


 俺は武器を握りしめる。

 そのとき脳裏にあったのは、暗い穴の底に消えていったヒイロと倒れて動かなくなったヒナカの姿だった。


「ウアアアァァッ!!」


 俺は、有らん限りの力でヒメカに向かっていった。


「悪あがきもいい加減に……!」


 ヒメカの振り下ろすハンマーの一撃を受け止め、何とかその場に踏みとどまった。


 ヒメカが強引に押し切ろうとしてくるのを、俺も必死で押し返す。

 やがて、ヒメカのハンマーが徐々に後退し始めた。


「……!?」


 俺の抵抗に、ヒメカの顔には焦りの色が浮かぶ。そのせいか、一瞬ヒメカの力が緩んだ。


「くっ……!!」


 その隙を逃さず、俺は残った力全てを左腕に込めて押し切った。


「きゃ……!」


 ヒメカが後退ったところに、渾身の突きの一撃を出す。槍はヒメカの肩を切り裂き、抉った。


――このまま一気に!


「アウス……」


 だがそのとき、ヒナカの笑顔が頭をよぎる。

 そして何故か、その姿が目の前のヒメカと重なって見えた。


「!」


 俺は必殺技の発動を寸前で躊躇してしまった。

 その瞬間、ヒメカがしめたとばかりにニヤリと笑った。


 …………。

 ……目を開けると、目の前にヒナカの顔があった。

 俺は何故だか倒れているようだった。立ち上がろうとするが、意識が朦朧として力が入らない。

 何か違和感を感じると思ったら、ヘルメットまで半壊してしまっていた。


――そうだ……。


 そこで、俺はヒメカのハンマーに頭を思い切り打ち抜かれたことを思い出した。ヒナカの所まで飛ばされるとは、道理で身体も動かないはずだった。


『もしあいつと同じ立場に置かれたら、俺は――……』


 俺がこうして倒れていることが、いつか浮かんだ問いの答えのようだった。


――情けない兄貴でゴメンな、ヒナカ……。


 すると、開きっぱなしのヒナカの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「アンタ……!」


 目の前の光景に、ヒメカは驚きの声を上げる。

 それまでピクリとも動かなかったヒナカが起き上がり、俺の槍を拾ってヒメカの前に立ちはだかっていた。


「ヒナ……」


 俺も起き上がろうとするが、上体を少し起こすので精一杯だった。


「ビビっちゃって。そんなんで私とやり合おうっての?」


 ヒメカは嘲るように笑う。

 だがその言葉通りヒナカの手足は震え、切っ先は全く定まっていなかった。


「あんたの……」


 ヒナカは消え入りそうな声で何かを言いかける。


「はあ!?聞こえないっての!」


 ヒメカの態度に一瞬黙りこんでしまったが、


「……これ以上、あんたの好きにはさせないっ!!」


 そう叫んだ声も震えている。

 ヒナカは槍を構え、ヒメカへ突っ込んでいった。


「……止……めろ……!」


 為す術もなく、俺はそれを後ろから眺めることしか出来ない。


「バカな奴……望み通り始末してあげる!」


 ヒメカは勝利を確信したように笑みを浮かべ、ハンマーを振り下ろした。


 だがその瞬間、それは粉々に砕け散った。


「え……?」


 ヒナカの槍がヒメカを貫いた。ヒメカは、目を見開いてでヒナカを見つめていた。


「まだ……こんなチカラが……」


 傷口を押さえながら、ヒメカは一歩、二歩と後退る。


「なのに……」


 ヒナカは槍を構えたまま、真っ直ぐにヒメカを睨み据えていた。


「……どうして、私を作ったりしたの……!」


 そう言い残し、ヒメカは闇の中に消えていった。


「ツグ兄!」


 ヒナカが俺に駆け寄ってくる。そして目の前にへたり込むと、


「……ごめんなさい……」


 大粒の涙をこぼし、泣き出した。ようやく起き上がってその場に座り込んだ俺は、ヒナカの頭を黙ってポンと撫でた。


 やがてヒナカが落ち着きを取り戻した頃、


「そうだ。これ、お前に返すよ」


 俺は、例の鍵をヒナカに手渡した。


「ヒナカ、俺をここから元の場所に戻せるか?」

「うん……多分」


 ヒナカは俺の手を握った。

「ツグ兄、ちゃんと戻ってきてね?約束だよ?」


 黙って頷くと、俺の視界は早くも揺らぎ始めていた。




 俺は辺りを見回した。


 ガランとした駅の構内……どうやら元の階層まで戻ってこれたようだが、そこには誰の姿もなかった。


――キヨとミユは……。


 と、突然、空間全体が大きく揺れ動き、俺は思わず地面に手をついた。


「ククク…もうすぐだ、もうすぐ、十年前の続きを実現できる……!」


 喋雑の高笑いが空間にこだまする。


「やっぱりあの事故はお前が……!」

「ああ、君等の世界の事故のことかい?こちらとしても巻き込んでしまったのは不本意ではあったけれど、大掛かりな計画に犠牲はつきものだからねえ。ククク……私が関わっていることは、ユウは知らないと思うがね?」


 その言葉に、全身の肌が粟立った。


「ふざけるなっ!!隠れてないで出てこい!」


 俺はどこかにいるはずの喋雑に向かって叫んだ。


「何を言っているんだい?我々はずっと君の傍にいるじゃないか」


 すると目の前の空間全体が大きく歪み、そこから巨大な思念体が姿を現した。そのケタ違いのスケールに、俺は一瞬呆然となった。


「どうだい、見事なものだろう?あとはコイツで空間を揺さぶり続けてやるだけでいい……クククク……」

「この野郎……!」


 巨大な相手に向かって、俺は槍を構えた。


「そうだ、君は赤のお嬢さんに会いたがっていたんだったね?」

「だったらなんだ……!」

「その願い、今叶えてあげよう」


 その途端、足元の地面が消え失せる。


「っ!!」

「彼女と二人、大人しくしているんだね」


 俺は暗い底なしの穴を、どこまでも落ちていった。

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