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継ぐ想い 1

「……キ!……止めろ、ミキッ!!」


 気が付くと、俺はキヨに羽交い締めにされていた。


「キ、キヨ?」


 同時に、両手に痛みを感じて思わず顔をしかめる。見てみると、グローブが擦り切れて手の平が血まみれになっていた。


「っ!?」


 どうしてこんなことに。更に目の前の地面を見ると、コンクリートが無残に(えぐ)られてしまっている。戸惑う俺の様子に、キヨが尋ねてきた。


「……何も覚えていないのか?」

「え……」

「俺が来た時、君はそこを必死で『掘り起こそうと』していたんだ。一体何があった」


 キヨの言葉で、俺は自分がこんなところにいた理由を思い出した。俺はここで奴らの罠にハマり、そして――……。


「そうだ……アイツが……ヒイロがっ……!!」

「落ち着け!彼女がどうしたんだ?」


 言葉にならない俺の代わりに、ミユが屋上での一部始終をキヨに説明した。


「そうだったか…………」


 キヨは沈痛な面持ちで俯いた。


「喋雑は『落ちても死なない』って言ってたんだ。だから、早く助けに行かないと!」

「…………」


 俺の必死の訴えにも、キヨの表情は渋いままだった。


「どうしたんだよ?早くヒイロを――……!」


 キヨに詰め寄る俺に、ミユが口を挟んだ。


(ミキ、イマのワタシタチじゃ、タスけにはイけないよ……)

「……!」


――「タスケニイケナイ」?


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「恐らくだが……ヒイロが落ちた層はかなり深い。今の我々に、そこまで侵入する手段は『無い』」


 その言葉に、今度は俺が顔を俯けた。


「無念だが、今は一旦……」

「……だったら罠を仕掛けた本人に聞きゃいいんだな?」


 そのままその場を去ろうとする俺を、キヨが引き止めた。


「待て、君の気持ちは分かるが――……」

「離せ!絶対アイツに口を割らせてやる……!」

「いい加減にしろ!!」


 キヨの剣幕に、俺は思わず動きを止めた。


「君に何かあればヒイロの努力はどうなる……彼女の思いを無駄にするつもりか!」

「じゃあどうするんだよ!このままアイツを見捨てんのかっ!?」


 俺が簡単に引き下がらないと分かると、キヨは一つため息をついた。


「……仕方がない。ミユ」


 途端、俺はスーツから元の姿に戻ってしまった。


「!?」

(ごめんね、ミキ……)


 そして視界が歪み、キヨの姿が見えなくなっていく。辺りの歪みが収まった時、俺は既に元の世界に戻ってきてしまっていた。


「くそっなんで……」


 急いでコードを唱えるが、装置は反応しなかった。


(……しばらくの間、頭を冷やせ)

「……どういうことだよ!おいっ!キヨ、ミユッ!」


 俺は二人に呼びかけ続けたが、返事が来ることはなかった。




 それから数日。

 二人からはなんの音沙汰もなく、俺に平穏な生活が戻ってきた。これが少し前なら狂喜乱舞

するところだったろうが、俺の心は重く沈んだままだった。


「ツグ兄……大丈夫?」


 それは妹にも伝わってしまっていたらしい。ある日の夕食で、ヒナカは俺に気遣うようにそう聞いてきた。

 俺は顔をあげ、青白くなったヒナカの顔を見た。


「……別に。俺は平気だよ」


 病気療養中の妹に心配されるなんて、本当に駄目兄貴だ。

 今の俺に出来るのは、笑顔でそう言うことだけだった。


 更に数日後……。


「はあ……」


 学校からの帰り道、俺はまだ大分明るい道をトボトボと歩いていた。こういう時に限って山野の言いつけも無く、最近ではこのぽっかり開いた時間を持て余していた。


「やあ、こんなところで遭うとは奇遇だねえ」

「!!」


 路地裏に差し掛かったところで突然響いてきた声に、俺は辺りを見回した。すると目の前に黒い水たまりが湧き、そこから喋雑が姿を現した。


「テメェッ!」

「おっと……今日は『こちらの世界』の見学に来ただけなんだがねえ。もう少し穏便にならないかい?」


 相変わらず人を食ったような態度だ。しかし、ヤツの方からやって来たことは俺にとっても好都合だった。


「答えろ。ヒイロは今どこにいるんだ」

「ヒイロ……ああ、あの赤いお嬢さんのことか。そんなことを聞いてどうするんだい?今の君に出来る事はないと思うがね……」


 喋雑はククッと笑った。


「お前には関係ない!いいから早く言えっ!!」

「少しは落ち着き給えよ……今君の方から探さなくとも、近々彼女には簡単に再開できると思うがね」

「――!」


 予想外の返答に、俺は一瞬言葉が出なかった。


「……それはどういう意味だ」

「そのままの意味さ。興味があるなら、明日『例の駅』に来るといい。では、御機嫌よう」


 そう言い残し、喋雑は姿を消した。


 その日の夕飯、俺は喋雑の言ったことをずっと考え続けていた。一体、今度は何をやらかす気なんだろう。


「ツグ兄は、『明日』どうするの?」


 ヒナカの言葉に、俺は危うく喉をつまらせそうになる。手元のコップの中身を飲み干し、大きく息を吐いた。


「あ、明日……?」

「うん。ずっとそのことを考えてたんじゃないの?」


 そう言ってヒナカは壁のカレンダーを指さした。


「?」


 明日の日付を確認すると、


――!!


 そこでようやく、俺は重大なことを忘れていたのに気が付いた。


 明日の日付に、目立つように付けられた丸印。そしてその下には赤ペンでしっかり『ドリームライン開通』と書き込まれていた。




 翌日……。

 大勢の客とマスコミがごった返すホーム、俺は人混みの中で辺りの様子を窺っていた。


 いつかミユが言っていた、『大規模な領介干渉』……。

 刻一刻と発車時刻が迫るなか、俺は嫌な胸騒ぎを抑えることが出来なかった。


『ドリームライン、間もなく発車します……』


 やがて車内は人で埋め尽くされる。その様子を、俺は固唾をのんで見守っていた。


『間もなく発射します……ホームのお客様は白線の後ろまでお下がり下さい……』


 そのアナウンスの直後だった。


「!!!」


 電車の発車メロディがホームに響き渡る。それはいつか、量子空間で聞いた謎のメロディだった。

 どんな手を使ったかは知らないが、喋雑がドリームラインのメロディを利用していたのは間違いないようだった。


――けど……。


 どうして姫はこのメロディをあんなに嫌がっていたんだろう。

 そんな疑問が頭に浮かんだとき、駅全体が激しい揺れに襲われた。


「……っ!?」


 更に次の瞬間、ホームのあちこちから無数の思念体が湧きだした。思念体は周囲の人間を手当たり次第に襲い始め、辺り一帯に悲鳴を怒号が響き渡る。

 そこへ一斉に電車から降りようとする人間が加わり、ホームは押し合い圧し合いの大混乱となった。


「くそ……どうすりゃいいんだよ!」


 装置が使えなければ、俺もただの一般人だ。為す術もなく、人混みにもまれているしかなかった。


「お兄ちゃん!」


 その時、喧騒の中から聞こえて声に俺は首を巡らす。すると数メートル先、こちらへ向かってこようとする妹の姿を発見した。


「ヒナカ!?」


 俺は人混みをかき分け、妹と合流した。


「お前、どうしてこんなところに?」


 ヒナカは俯き、


「ごめんなさい、私……」

「とにかくここは危ないから、行くぞ」


 俺はヒナカの手を握り、出口を目指し進んでいった。

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