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悪夢 2

 ……再び目を開けたとき、俺は元の場所へと戻ってきていた。

 あの小柄なヒト形は、もうどこにも見えない。代わりに目の前には、俺を凝視するレッドの姿があった。


「その格好……!?」


 レッドのただならぬ態度に、俺は自分の身体を見下ろしてみた。


「な……!?何だよこれっ!!」


 手足にはグローブとブーツ、腰には立派なベルト……。

 上から下まで、俺の全身は緑のヒーロースーツで覆われていた。


「あなたもその装置の『適合者』……?」

「装置……?」


 レッドに言われて確認すると、左手首に腕時計状の見慣れない機械がはめられていた。

 そういえば、さっきのヒト型に掴まれたのもここだったような……。


「答えろ!あなたは何者……!?」


 まごつく俺に業を煮やしたレッドが、喉元に刃を突きつけてきた。


「ひ……!!!」


 鋭く光る切っ先に、全身から血の気が引いていく。

 本当なら質問したいのはこっちの方なんだが、下手に刺激すれば俺まで真っ二つにされかねない雰囲気だった。


「ちょっ、ちょっと待った……!!」


 例の奇妙な夢のことからたった今降りかかってきた災難に至るまで、俺は洗いざらいレッドに説明した。


「……で、気がついたらこれを着てて……とにかく俺にもさっぱり分からないんだよ……!」

「光るヒトに手首を掴まれて、気がついたら装置を着けていた……」


 俺の弁明にも、レッドは胡散臭げに首を傾げた。


「随分と都合が良いですね。そんなたわ言、簡単に信じられると思ってるんですか?」


 そう言い放ち、レッドは切っ先を喉仏に押し付けてくる。

 マズイ、このままでは化け物の二の舞いに……。


「ほっ……本当なんだからしょうが無いだろ!た、頼むから信じてくれって!!」


 半泣きになりながら必死に喚き散らす俺を、レッドはしばらくの間黙って眺めていた。

 だが、やがて小さくため息をつくと、


「……分かりましたよ。演技でビビってるようにも見えないし、その様子じゃどのみちこっちの害にはならなそうですね」


 そう言い、レッドはようやく剣を収めた。


「……た、助かった……」

 極度の緊張から解放され、全身から力が抜けていく。とりあえずは命が助かったことにほっと胸を撫で下ろした…………


「……って、ちょっと待て!なんで被害者の俺が尋問されてんだ!?お前こそ何者だ!!こんな怪しい場所にいきなり現れて、そのうえ武装してるなんてどう考えてもおかしいだろ!!!」


 俺がそう(まく)し立てるとレッドは腕を組み、


「人を指ささないでもらえませんか」


 いきなり人に凶器を向けてくる人間に言われたくはない。


「私は単なるパトロールですよ。この『リョウシクウカン』を見回って、『シネンタイ』……さっきの化け物を始末する仕事をしています。ボランティアみたいなものだからお金は出ませんけど」

「り、りょうし……?」


 いきなり飛び出した新ワードに、俺は早速つまづいた。


「『量子空間』。早い話が私達の世界とは別の異次元空間です。『思念体』は人の心から生まれる怪物で……」


 レッドがそこまで言い終えたとき、突然周囲の景色が大きく歪みはじめた。


「え、え……!?」


 突然の事態に、俺はオロオロと辺りを見回す。


「!?……私から離れないでください!」


 そうこうしている間にも、周りの風景は原型を無くしていく。俺とレッドは、歪みの渦に為すすべもなく飲み込まれていった。




 辺りの歪みが収まったとき、俺たちは景色も何もない、単なる空間に放り出されていた。


「もっと深い階層に引きずり込まれたみたいですね」


 淡々と状況を語るレッドの横で、俺は言葉を失っていた。


 目の前に広がるよく分からない空間……。

 それは、俺が夢の中で見た風景そのままだった。まさか今までの夢は、単なる俺の想像じゃなかったということだろうか……。


「何なんだよ次から次に……何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ!!」


 たまらず声を張り上げた俺に、


「少しは落ち着いて下さい。例えば、ですけど……誰かに恨まれるような覚えってありませんか?」

「は!?」


 その突拍子も無い質問に、開いた口が塞がらない。


「さっきも言ったけど、思念体は人の感情が形になったものです。奴らに襲われるのは、十中八九誰かに憎まれているということですから」

「そっ……そんなのあるワケ……」


 そのとき、頭の中に突然強い耳鳴りが鳴り響いた。あまりに不愉快なノイズに、俺は思わず顔をしかめる。

 この音にレッドは素早く辺りを伺い、


「奴のサインです!気をつけて下さい、かなり近くに……」


 言い終わる前に、レッドの身体が横へ吹っ飛んだ。


「!!!」


 代わりに、真っ黒なシルエットの化物が俺の目の前に現れた。


「……!?」


 さっきまでの、黒い塊に手足が生えたような奴らとは明らかに質が違う。人間の影がそのまま起き上がってきたかのように、そいつは体の輪郭まではっきりと見て取ることができた。


「カ・エ・セ……」


 その『影』は、レッドが倒した黒い塊と同じ台詞を口にした。だが、その桁違いの威圧感に俺はじりじりと後退ることしか出来ない。


「ソウチ……カエセ……!」


 一気に距離を詰められ、抵抗する暇もなく俺は喉を締め上げられた。

 体格は俺とさほど変わらないというのに、その怪力には全くと言って良いほど歯が立たない。そのうちにつま先がふわりと浮き上がり、俺の視界は徐々に薄暗くなっていった……。


 が、危うく気を失う寸前、その圧迫感が突然消えた。


「……っ!」


 解放された俺は地面に崩れ落ち、激しく咳きこむ。

 そして同時に、黒い腕が二本、ドサリと音を立てて落ちてきた。


「!!」


 ぎょっとする俺の目の前で、腕は崩れ空間へと散っていく。

 視線を上げると、吹き飛ばされたはずのレッドが俺を庇うように立ちはだかっていた。両手持ちに剣を構え、身じろぐことなく化け物を窺っている。


「……」


 二の腕から先を失った影は、俺たちから距離をとった。そしてその周囲を、新たに数体の塊が取り囲んだ。

 それを見たレッドが、前を向いたままおもむろに口を開いた。


「『アウス・メテル』と言って下さい」

「ア……なんだって?」


 聞きなれない単語に、俺は反射的に聞き返す。

 出てきたばかりの思念体は、早速俺たち二人へ襲い掛かってきた。


「『アウス・メテル』!早く!!」

「あ、あうす、めてる!」


 すると、俺の手の中に槍状の武器が現れた。


「こ、これって……?」

「あとは頼みます」


 しげしげと槍を見つめる俺をよそに、レッドはさっさと思念体へと向かっていった。


「え!?ちょ、ちょっと……!!」


――まさか、素人の俺に一人で戦わせるつもりか!?


「カ・エ・セ……」


 まごつく俺にもお構い無しに、思念体の塊共は容赦なく迫ってくる。


「ヒイィッ!」


 こうなれば自棄だ。情けない声を上げながら、俺は槍をむちゃくちゃに振り回す。

 しかし運の良いことに、そのうちの一撃が目の前の塊を一体薙ぎ払った。


 俺の攻撃を受けた塊は、レッドが止めを刺したときと全く同じように消えていった。


「や……やった……!」


 初の手柄に思わず笑みがこぼれる。


「雑魚一匹で浮かれないでくださいよ」

「う、浮かれてなんか……」


 むっとして振り返ると、レッドは数匹の思念体を華麗にさばいていた。

 少しだけだが、何故か悔しさが込みあげてくる……。


「カエセ……カエセ……!」


 味方に嫉妬している暇はない。

 腕無しの影が、なおもしつこく俺の方へと迫る。俺は覚悟を決め、槍を持つ手にグッと力を込めた。


 ――「ヒナカ」、俺を見守っててくれ……!


「ウ、ウワアァァ!!」


 俺は、武器を握り締め影へと突進していった。そしてその一撃は、見事に影の胴体を貫いた。影は、身じろぎ一つしなかった。


――やったか!?


 俺はその感触に、手応えを覚え始めていた……が、すぐに自分の見通しの甘さを後悔させられる羽目となった。

 影は、残った二の腕で俺を力任せに殴りつけてきた。その思わぬ反撃に俺の身体は弾き飛ばされ、次の瞬間には地面へ強かに打ち付けられていた。


「な……んで……」


 手負いにもかかわらず、その怪力は健在だった。殴られた鳩尾の痛みをこらえつつ、俺はよろよろと立ち上がる。


「その本体は殲滅せんめつコードじゃなきゃ止めを刺せません!『アウス・レイング』です!!」


 塊を仕留めながら、レッドが俺に叫んだ。要は、必殺技みたいなものか……。俺は声を絞り出すようにして叫んだ。


「……アウス……レイング!」


 それに呼応するように、槍が光りだす。同時に、影が再び襲い掛かってきた。


「これで……」


 それを迎え撃つように俺は光る槍を構え、


「終わりだ!!」


 思い切り振りかぶった。瞬間、眩い光が影を飲み込んでいった。


「カ……エ………」


 影は、跡形もなく消え失せた。すると数体残っていた塊も一緒に掻き消え、後には俺とレッドだけが残された。


「や……やった……」


 俺はその場にヘナヘナと座り込んだ。レッドは周囲の気配を窺い、


「もう、大丈夫みたいですね」

「そりゃ良かった……」


 レッドが差し出した手を借りて、俺は立ち上がった。


「『アウス・エル』で元の世界に返れます。準備はいいですか?」


 俺は頷き、レッドに倣って装置をかざした。


「アウス・エル」




 ……校舎に響き渡るチャイムで、俺は我に帰った。

 慌てて自分の姿を確認すると、ちゃんと元の制服に戻っている。


「帰ってこれたのか……?」

「はい」


 ぎょっとして声のほうを振り向くと、隣に同い年くらいの女の子が立っていた。


 ――もしかして、この子がレッド!?


 こまっしゃくれた嫌味なガキんちょを想像していた俺は、少々面食らった。


「それで……」


 短めのポニーテールを揺らし、レッドが俺の方へ顔を向けた。少々眠たげで黒目がちの瞳に見据えられ、少々ドギマギする。


「それ、どうにかしないといけませんね」


 レッドは目線を下に落とした。俺もつられて視線を落とすと、左の手首にはあの装置がしっかりとはめられていた。

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