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漆黒 3

 その翌日。


「じゃあ、行ってきまーす」

「ああ、気をつけろよ」


 両親の忙しさはピークを極め、最近は泊りが多い。昨日も一言「帰れなくなった」とメールきていた。


 俺がいつものようにヒナカを見送った数秒後、


「キャアアァッ――……」

「ッ!!」


 反射的に立ち上がった拍子に、椅子が勢い良く倒れる。そのただならぬ悲鳴に、俺はリビングを飛び出した。


「どうしたっ!!」


 俺が駆けつけると、ヒナカはガレージ正面の位置でへたり込んでいた。


「……」


 ヒナカは無言のまま、震える手でガレージの中を指さす。

俺はそれに従い、ガレージの方へ目を向けた。


「!!!」


――これは……!


 まず目についたのは、奥の壁に書かれた『死ね』という文字だった。おそらくペンキだろうが、壁いっぱいの赤色が毒々しい。


 そして更に異常なのは、地面に転がる「俺の自転車だったもの」だった。


「ひでぇ……」


 パーツというパーツはこれでもかというくらいバラされ、地面にぶちまけられている。特に酷いのはタイヤで、ゴムがズタズタに引き裂かれ骨がグニャグニャと捻じ曲げられていた。残ったボディも、完膚なきまでにベコベコにされている。


 それは、もはや完全にスクラップと化していた。

 両親の不在で、車が無かったのが不幸中の幸いだったかもしれない。


 俺はヒナカの両肩を抱きながら、目の前の惨状にただ呆然となる。

 そしてここから伝わる凄まじいまでの悪意に、俺自身も湧き上がる恐怖を抑えることが出来なかった。


(そんなことがあったんですか……)


 その翌日……。

 自宅のベッドに寝転びテレパシーで事の顛末(てんまつ)を聞かせると、ヒイロはそう言って黙り込んだ。


「ああ。今まで警察の現場検証やら事情聴取やらで、中々お前に連絡出来なかったんだ」

(災難でしたね。妹さんは大丈夫なんですか?)

「今日もショックで休んでるよ……俺も、元気になるまではアイツの傍にいてやろうと思ってるけど……」


 俺は残骸となった自転車を思い出す。あの徹底的な壊し方……只の人間にあんな真似が出来るんだろうか。


(……どうかしたんですか?)

「……今まで言うのを忘れてた。そういやあの日、影を一匹取り逃しちまったんだ」


 俺は、事件前夜の出来事をヒイロに聞かせた。


(そういうことはもっと早く言って下さい)

「悪かったって。だから事件のことですっかり……」


 そのとき、窓の外で凄まじい爆発音が轟いた。


「!!!」


 俺が慌ててベランダに出ると、少し離れた大通りの方からもうもうと煙が立ちこめていた。


「今、外で爆発があった!大通りだ!」

(え!?)


 俺はすぐさま階段を駆け下り、大通りを目指した。


 現場に辿り着くと、既に人だかりが出来ていて煙もその中心から立ち上っていた。


「ミキさん!」


 駆けつけたヒイロと共に、人混みをかき分けると……


「……!!」


 まるで映画のセットのような光景に、俺たち二人は声が出なかった。


 自動車のエンジン部分から炎が上がり、黒煙が舞い上がっている。爆発の衝撃でドアはひしゃげ、窓ガラスもそこらに飛び散っていた。


……ア……ハハ……


 遠くから聞こえてきた(かす)かな笑い声に、俺はぎょっと辺りを見回した。


――今の声……。


 横を向くと、ちょうどヒイロと目が合った。

 やはり今の声が聞こえていたのか、その顔は不安げで少々青ざめて見えた。多分だが、俺の顔も似たようなものだったろう。


「…………」


 だが目の前の事態にあいつが関わっているんだとしたら、野放しにはしておけない。俺とヒイロは互いの覚悟を促すように頷くと、人混みを離れた。




「な……なんだよ、アイツは……」


 俺たちが空間内に来てまず目についたのは、前方に佇む影の存在だった。今までの奴らよりも数段強いプレッシャーに、思わず後じさりしてしまった。


「どお、スゴイと思わない?」


 俺たちの予想通り、影の後ろから満面の笑みを浮かべた姫が姿を現した。


「『この子』、あたしたちが最初に遭ったときよりもかなり成長したでしょう?」

「最初……って、まさかあの影が……!?」


 影って、成長するものだったのか……。目の前のそいつは、あの時の貧弱さからは想像もつかないくらいの変貌を遂げていた。


「これでも、ちょっと前まではどっかの家の自転車をぶっ壊すくらいがやっとだったんだけどね……フフ……」


 姫の言葉にヒイロがこちらを振り返ったが、当の俺は前方に目を据えたまま全身が固まっていた。

 姫は気がついていないようだが、その「どっか」は間違いなく俺の家だ。


「影は、俺たちの世界には手出しできないはずじゃ……!」

「そのはず、です……でもさっきの車と言い、奴らの影響力が強くなってるとしか……」

「何コソコソ話してんのよ。無視しないでくれる?」


 俺たち二人に、姫は語気を強める。そして影の方をチラリと見やると、


「あいつら、やっちゃって」


 次の瞬間、俺は後ろに吹っ飛び塀に激突した。


「……っ!?」


 何が起きたのか分からないまま、今度はヒイロが俺に向かって飛んできた。


「ヒイロ――……!」


 俺は咄嗟にヒイロを受け止めたが、衝撃を吸収しきれず下敷きにされてしまう。そこでようやく、俺たち二人が影の攻撃を受けたことに気がついた。


 速さに力、どちらも以前とは比べ物にならないくらい強い。

 更にその上から、俺たち二人へコンクリートの塊が崩れ落ちてくる。瓦礫に埋もれる俺たちに、今度は全身黒スーツの姫が迫ってきた。


「ク……!」


 ヒイロは立ち上がろうとしたが手足に力が入らないらしく、俺の上からゴロリと転がり落ちただけだった。俺も同じ事を試すが全身に激痛が走り、やはり叶わなかった。


「今度こそオワリにしてやるっ!」


 そう言い放ち、姫はハンマーを頭上に高々と振り上げる。


「…………」


 俺はなすすべもなく、それが振り下ろされるのを見届け目を閉じた…………


「アキらめちゃダメ!」


 ハッと目を開けると、お馴染みの「ブルースーツ」が姫を押し留めていた。


「何とか間に合ったようだな……!」

「キヨッ!!?」

「無事……だったんですか……」


 スーツのフォルムが微妙に変わっていたが、その小生意気な口調は間違いなくキヨだった。


「アンタは……!」


 その力に押され、姫が僅かだが後ろへ下がる。


「危ういところを、『ミユ』に助けられた……!」

「ミユ……!?」


 キヨは言葉短かに答え、片手で素早く銃を構えた。


「!」


 それを見て、姫はとっさに後ろへ飛び退く。突然の異変を察知したように、影が二人の間に割って入った。


「この影は任せろ」


 キヨは影に向かって、銃弾を二、三発浴びせかける。


「強……!」

 ヒイロが呟いた通り、キヨの銃撃は影の身体を大きくえぐり取る。影は素早い攻撃を仕掛けるが、キヨはそれも難なくいなしていた。


「インステリオン!」


 そのままキヨは必殺技を発動させ、影を始末した。


「アイツをあんな簡単に……」

「あのスーツ、強ぇ……」


「よくも……許さないっ……!」


 姫が怒りに声を震わせる。あの強い影がいなくなったとはいえ、俺たちのピンチが去ったわけではなかった。


「イマ……あなたタチのソウチも『カイホウ』する……!」


 すると手首の装置が光を帯び、その光が全身を包み込む。

 それが収まった時、俺たち二人のスーツも新しいフォルムに変わっていた。


「軽い……!」


 確かに、見た目の変化以上に身軽になったような気がする。けれどその一方で、随分とシンプルになってしまったスーツに、一抹の不安を感じなくもない。


「形が変わったって無駄だっ!!」

「ッ!?」


 姫の攻撃を、とっさに槍で受け止める。


「――!」


――これならいける!


 相変わらず重い一撃だが、この間のように押し負けることは無かった。


「こっちも忘れてもらっちゃ困りますよ……!」


 ヒイロが姫に向かって剣を振るう。姫は無理にその一撃を避けようとして身体を反らし、体勢を崩した。


――今だ!


「アウス・レイング!」


 俺たちに姫、三人がほぼ同時に必殺技を発動させた。光が激しくぶつかり合い、その衝撃で俺たちは後ろへ弾き飛ばされた。


 辺りが再び暗くなる。


「アイツは……」


 俺は前方へ目を向けた。


「絶対に、許さない……!」


 姫もまともには必殺技を受けずに済んだようだった。けれど二人分を全て捌ききるのはやはり無理があったらしく、そのダメージはかなり深いようだった。


「次は、必ず殺してやる……!」


 憎悪のこもった声でそう言うと、姫は消えた。


 辺りに静けさが戻り、俺たちはキヨの方を振り向いた。


「……どういうことなんだ?」


 自分の姿を確かめながら、俺はキヨに問いかけた。

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