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十年前 3

「今だ!」


 キヨの声に、俺は無言で頷く。影の攻撃をスレスレの所でかわし、必殺技を発動させた。周りを囲んでいた雑魚もろとも影を思い切り薙ぎ払うと、思念体の群れは一斉に霞となって消えていった。


「へえ……あんなにオタオタしてたのが嘘みたいですね」


 ヒイロが一言、関心したように呟いた。


 地獄のような訓練の日々だったが、それは俺を確実に成長させていたようだ。俺は二人の方を振り返り、


「攻撃をかわして、相手に隙が出来たところを素早く仕留める。これが基本の流れだったよな?」

「ああ。複数体相手にも、基本を踏襲(とうしゅう)しながら臨機応変に対応出来ていたな。だが、攻撃回避後の動きに甘い部分があるな」

「まあ、全体の動きは訓練のときの七、八割がたってところでしょうか?」


 たった今の戦いについて色々反省点を挙げているときに、新たな異変は起こった。


「……ククク……」

「!?」


 どこからともなく聞こえてきた不気味な笑い声に、俺たちは声の出所を探った。


「クク……ここだよ、ここ」


 なおも辺りを見回していると、今度は地面から黒い何かが生えてきた。それはどんどん盛り上がり、最終的には雑魚の思念体が姿を現した。


「やあ、御機嫌よう。君達、なかなかやるじゃないか」


 その雑魚は実に流暢に言葉を操った。怪しげな存在感を放つ相手に、俺たち三人はすかさず武器を構える。

 

「おやおや、ちょっと待ってくれよ。基本的に、今日は君達との会話を楽しみたくてわざわざここまで来たのだから……。まあ、半分は『ユウ』が手こずっている相手がどんなものか偵察に来たというのもあるがね……」


「ユウ?」


 初めて出てくる名前に、俺は思わず聞き返していた。

「おや?この間会わなかったかい?確かこの間、装置を譲ってもらうために君らの元を訪れたはずなんだがね」


――あのパーカー男のことか……!


 俺の顔は嫌が応にも引きつった。


「ああ、彼からは自己紹介を受けなかったのだね?仕方が無い、彼にはあとでちゃんと注意しておくとしよう。そうそう、そう言えば私の事も……」


 奴がそこまで言いかけたとき、ヒイロの体が跳躍した。次の瞬間には、相手の身体は一刀のもとに切り捨てられ空間へと散っていった。


喋雑しゃべぞうが……付き合うだけ時間の無駄だ」


 ヒイロは忌々しげに吐き捨てた。


 『喋』る『雑』魚で、『喋雑』か。ヒイロらしい乱暴なネーミングだった。


「気の短いことだね。せめて最後まで話をさせてはくれないかい?」

「!!」


 「喋雑」は、別の方向から再び姿を現した。


「そんなっ……!?確かに手応えはあったのに……」


 いつもは感情を見せないヒイロが、このときばかりは動揺を隠せないようだった。それでも再び剣を構えようとするが、キヨに無言で制されてしまった。


「どうやら今度はちゃんと聞いてもらえるようだね?では続けるとしようか。まずは自己紹介だが……ご覧のとおり、私は名も無き思念体だ。好きに呼んでもらって構わないよ?因みにユウは『chatter(おしゃべり)』なんて呼んでくるがね、クク……」


 喋雑は話を続ける。


「そうそう、今日は君たちに是非聞かせたい話があってね。ユウと、彼のお姉さんについてだよ」


「お前、ミユを知っているのか?」


 キヨは、いつになく険しい声で喋雑を威圧した。

 

「まあちょっと落ち着き給えよ、説明はこれからなんだからね……。もうご存知かもしれないが、その緑の坊やの装置……元々はユウのお姉さんの持ち物だったんだよ。だがその昔……とある事情から、その装置は君の手へと渡ってしまったんだ」

「事情だと……?」

「ユウの世界で、とても大きな事故があってね。お姉さんはその事故の収集に駆り出され、結果行方不明となった。ユウはそれから、彼女を必死で探してまわった……だが、どうしても見つからなかった。そこで私は、そんな彼に手助けを申し出たんだよ……ククク……」


「手助けって……お前が!?」


 喋雑は平然とペラペラ喋り散らしていたが、それが本当ならとんでもない話だった。

 こいつのいう「手助け」というのは、ユウの人間離れした数々の能力のことだろう。明らかに単なる雑魚が持ち合わせているような能力じゃない。


 喋雑に対し、強い警戒心が芽生えてくるのを感じた。


「クク……まあこれでも一応『科学者の端くれ』だからねえ。お姉さんの行方は依然として分からなかったから、まずは代わりに装置の在り処を探してやったんだが……これは比較的簡単な仕事だったから、どこにあるのかすぐに分かったよ」


 そう言って、喋雑は俺の装置を指さした。

「目出度く装置はあったものの、問題は肝心のお姉さんの行方だ。そこでこれはは私の推論だが……彼女は事故後、量子空間の一部として取り込まれてしまったのでは無いかと考えたんだよ」

「量子空間の一部……!?」

「取り込まれた……?」


 俺とヒイロはほぼ同時に口を開いていた。これが、ヒイロがいつか言っていた「個体を保てなくなる」ということなのか。俺たち二人は喋雑の話に驚くばかりだったが、


「やはり、そういう事か……」


 キヨは一言、苦々しげに呟いただけだった。


 喋雑は俺たちの反応をひと通り確かめると、再び喋りだした。


「ふむ……物分かりはそこの青い坊やが一番良い、と……。兎も角、これでお姉さんの居場所も検討がついた。残る課題は、どうやってお姉さんを元に戻すか……?緑の坊やの装置が必要なのは当然として、あと『もう一つ』……」

「もう一つ……?」


 キヨが問い返すと喋雑は大仰に首を振って見せ、


「おっと……少々お喋りが過ぎたかな。そろそろ退散するとしよう。いい加減、ユウの方も用件が済んだ頃だろうしねえ……」

「!!……お前等、今度は何する気だ!」

「おお怖い怖い……。時間が来ればいずれ分かることだ、それまで楽しみにしているといい……クククク……」


 そう言いながら地面へと沈んでいく喋雑を、俺たちは為す術もなく眺めるしかなかった。だが沈みきる直前、喋雑は「ああそうそう」と再び頭だけを出した。


「そこの緑の坊や……ユウから聞いたところでは、どうにも装置の心当たりが無いそうだねえ?それなら一つヒントをあげよう」


 散々しゃべり散らした後で、まだ何か出てくるのか……。喋雑は淀みなく続ける。


「一宮ミユが遭遇した事故のことだが……。とても大規模なものでね、被害は一つの世界に収まらず、もう一つ、全く関係ない世界をも巻き込んでしまったんだよ。我々は専門用語で『領介干渉』と呼んでいるがね……。その『もう一つの世界』でも相当な被害を出した筈だが、本当に思い当たる節はないのかい?大体……10年前、位だったかね?クク……」


 「10年前」……?


――まさか――……!!


 その瞬間、俺は震えだす身体を止めることも出来ず、その場に立ち尽くした。


 いつかの「突拍子もない考え」、子供の頃からの「悪夢」、そして「10年前の記憶」……今までバラバラだった点が、頭の中で一つに連なっていく。


 そんな俺の様子をじっくりと眺めた後、喋雑は再び笑い声を立てた。

 

「どうやら気がついたようだね。……それでは、御機嫌よう」


 「会話」と言いながら、喋雑はほとんど一人で喋り通し、消えていった。

 俺の尋常でない様子に二人も驚いていた。だがやがてヒイロが、


「ミキさん、10年前って、もしかして――……」

「……悪ぃ、今、妹待たしてんだ。もう戻るわ」


 まだ何か言いたげな二人を残し、俺はさっさと元の世界へと戻っていった。




 「ごめんな、遅く……あれ?」

 ヒナカが居たはずのベンチには、誰も座っていなかった。俺は周りの人混みを見回したが、そこにも妹の姿は無い。


「ったく……」


 俺はポケットから携帯を取り出し、ヒナカの番号を呼び出す。すると数回のコールの後、携帯はあっさりとつながった。


「ヒナカか?今どこに――……」


 途端、受話口から激しいノイズが聞こえてくる。俺は思わず顔をしかめ、携帯を耳から離した。


 この騒音、どこから掛けているのか検討もつかない。俺は再び携帯に向かって、


「おい、ヒナカ?」

「ヒナカ?ああ、この女の子の名前か……」


 その声を聞いた瞬間、俺は全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。

 ノイズ混じりでかなり不鮮明ではあったが、それは確かに「パーカー男」の声だった。


「お前っ……なんで!ヒナカに何した!!」

「何って、別に何も?『今のところ』、はな」

「ヒナカどこだ!ヒナカは…妹は関係ないだろっ!?」


 声の震えが自分でも分かる。俺の只事じゃない様子に、周囲の人間が驚いた顔で俺を振り返った。


「お前が返せば、返してやる。『こっちの夢ヶ丘駅』で待ってる」


 男が言い終わると、通話は一方的に切れた。


「……くそっ!!」


 俺は携帯をベンチに叩きつけ、唇を噛み締めた。

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