十年前 2
夢ヶ丘線脱線事故。
十年前、俺とヒナカを巻き込んだ事故だ。
夢ヶ丘線は当時「都市を結ぶ夢の架け橋」のキャッチフレーズで、かなり大きな話題になった路線だ。しかし開通後まもなく、夢ヶ丘駅付近の線路で大規模な脱線事故を起こした。死傷者数百名を出した過去最悪の事故として、当時は大きな話題になっていた。
更に夢ヶ丘線は事故後の調査で、鉄道と企業との癒着に電車の手抜き工事など、多くの不正があったことが明らかになった。当然この事実には遺族やマスコミからの強い反発が巻き起こり、最終的には夢ヶ丘線が廃線へと追い込まれる事態にまで発展したのだった。
けれどもこれらの不正は事故がきっかけで偶然分かったことで、電車が脱線した直接的原因は、とうとう特定されず終いだった。路線自体が無くなってしまったこともあり、その後の調査も芳しくはないようだ。
この曰く(いわく)つきの路線は、今でもたまに「あの世への架け橋」などという無神経な揶揄がネットに出回ったりしている。
この悲惨な事故の中、俺は幸運にもかすり傷程度で助かった。その上事故当時の記憶もほとんど残っていないので、あまり被害者だという実感は無い。だが鉄道に対する不信感みたいなものは未だにあり、余程のことで無ければ専ら(もっぱら)自転車を交通手段にしている。
一方のヒナカは、助かった乗客が数名程度だったという一番前の車両で事故に遭っていた。ヒナカ自身も致命傷に近い重傷を負いながら、懸命な救助により奇跡的に助かったという。ヒナカ自身は電車内でのことは殆ど覚えていないと話しているし、俺もそれを信じてはいるのだが……。
……俺たちが引き取られて数年程経ったある日、こんなことがあった。
ある夏休み、宿題のために俺は友人たちと電車で遠出することになった。そしてそれを家で漏らすと、ヒナカがそれについて行きたがった。心配症の親には内緒にしとけばいいやと思い、俺は特に深く考えもせず、友人たちの了承をもらってヒナカを連れて行った。
けれど、それは大きな過りだった。
当日電車に乗り込み、俺たちは発車の合図を待っていた。ヒナカも始めは興味津々で車内を見回していたが、
『発車します……駆け込み乗車はお止め下さい……』
発車のメロディとともに、駅のアナウンスが流れた時だった。
「ん……?ヒナカ、どうした?」
「……」
ヒナカの顔は青ざめ、全身が小刻みに震えていた。その尋常でない様子に、慌てて妹を車内から降ろそうとしたが、間に合わなかった。
次の瞬間、ヒナカは気が触れたような悲鳴をあげ、駅のホームへ飛び出していった。
俺は必死でその後を追いかけた。数分後、駅員に捕まって事務所で保護されるまで、ヒナカの金切り声が止むことはなかった。
俺はその後、当然ながら駆けつけた親にこっ酷く叱られた。
だがそれよりも、傍らでまともに口も聞けない程に怯えきった妹の姿の方が俺にとってはショックだった。
あの時のことは、今でも苦い記憶として俺の中に残っている。
ヒナカの心の傷は、俺たち家族が思っていたよりももっと深刻なものだった。
この出来事以来ヒナカは一切電車に乗ることが出来なくなり、TVで「夢ヶ丘」のワードが出てきただけでも具合が悪くなるようになった。今でも、時々クリニックでカウンセリングを受けている。
そして両親が大半不在の中、俺は開いた時間をなるべくヒナカと一緒に過ごすようになった。 妹の傷を抉りだした罪悪感もあったが、放っておくとどうなるかと思うと、心配で傍を離れることが出来なかったのだ。
まあ成長と共にヒナカも大分しっかり者になってきて、最近では俺が面倒を見られることの方がが多くはなったが……。
そして月日は過ぎ、事故についてはここ数年あまり話題に上ることも無かったのだが……今年は、どこの局でもやたらと取り上げたがる。
事故発生から数えて十年、節目の年というのもあるんだろうが、主な理由は別にあった。
俺は新聞の中ほどにある広告欄を開いた。
『バラバラになった街を新たにつなぐ絆の線路 ドリームライン新開通』
正体は、十年をかけて鉄道会社が新たに復活させた夢ヶ丘線だ。
実際の運行開始はまだ先の話だが、すでに世間では賛否両論飛び交い大きな波紋を呼んでいるようだった。
「ツグ兄。明日の準備、大丈夫?」
ヒナカの呼びかけに、俺は我に返った。
「え?……あ、ああ、心配ないよ。お前こそ、無理しなくてもいいんだぞ?」
だが、ヒナカは首を横に振った。
「ううん。この日だけは、ちゃんと向き合わなくちゃ」
俺は壁のカレンダーを見上げた。
明後日は14日……脱線事故から、ちょうど十年目に当たる日だった。
――早く過ぎてくれりゃいいのに……。
我が家にとっても、しばらくは憂鬱な日々が続きそうだった。
そして、問題の翌日が来た。
「……本当に行くんだな?」
俺はネクタイを締めながら、洗面所にいるヒナカに向かって今朝何度目かの質問をした。
「そんなに心配しなくても大丈夫だってば」
ヒナカはさっきから鏡の前で、前髪を入念にチェックしている。俺は洗面所の前を離れ、玄関で待機に入った。
「お待たせ」
十数分の後、現れたヒナカはいつものように中学のブレザーをきっちりと着こなし、実に清楚な佇まいを見せていた。ヒナカは俺の姿を確認するなり、
「ツグ兄こそ、ネクタイ曲がってるよ」
どっちが年下なんだか等とぼやきながら、俺のネクタイを直しにかかった。
「……よしっと。じゃあ行こうか」
再び俺の格好を見直すと、ヒナカは先にドアを開けて出て行った。
俺とヒナカは追悼へ参加するため、「夢ヶ丘線脱線事故」の現場に来ていた。線路前は大勢の遺族で溢れ、レール際には新たな献花が次々と積まれていく。
俺は、隣で黙祷するヒナカをちらりと盗み見た。心配したとおり、合わせた手はがたがたと震え、顔はすっかり血の気が引いて真っ青になっている。
俺はヒナカを、現場から少し離れた駅前のベンチに座らせた。
「大丈夫か?」
「うん……」
俺の問いかけに、ヒナカはコクンと頷く。
――やっぱり、今日は連れて来るんじゃなかった。
俺はヒナカを連れてきたこと後悔していた。なるべくならヒナカの意は汲んでやりたいとは思うが、これでは傷口が無駄に開くだけだ。
焦って無理をする必要はないと俺も親も何度となく言い聞かせているが、これに関してだけは、ヒナカは頑なだった。
「じゃあ、そこで休んでろよ?」
飲み物を買いに、俺はヒナカを残しその場を離れた。
「良し、と……ん?」
両手に缶を持って戻る途中、俺は大勢の遺族の中に見覚えのある後ろ姿を見かけた。
人混みから遠ざかっていく姿を小走りに追い、俺は思い切って声をかけた。
「あの……?」
「……ミキさん!?」
振り返ったヒイロは、若干だが驚いたように目を見開いていた。
「妹さんとお参りに……そうだったんですか」
「ああ……お前は、なんで?」
近くのベンチに二人で腰掛け、俺は手に持っていた缶を一本ヒイロに差し出した。ヒイロは一瞬躊躇った(ためらった)が、「こっちは俺のだから気にすんな」と言うと、軽く頭を下げそれを受け取った。
「……両親と弟がこの事故の被害者なので」
「……じゃあ、『生き別れた弟』って……」
ヒイロは缶を両手に握りしめ、少し頷いた。
「あの事故で、弟は最後まで見つかりませんでした。結局そのまま行方知れずです」
ヒイロは、「でも」と言葉を続けた。
「弟は今もどこかで生きてる……私にはそう思えてならないんです」
「……」
と、一瞬、俺たちの間に沈黙が流れたその時だった。
キイ……ィ……ン……
いつもの耳鳴りだ。俺とヒイロの顔に緊張が走った。
ヒイロがそれとなく、俺の様子を窺っているのが分かった。
「ミキさん」
「ああ……大丈夫だ、と思う」
あの山影事件以降、俺は一度も思念体に出くわしていない。この日が特訓を始めてから初の実戦だった。
「アウス・シラ」
俺たちは量子空間に出た。




