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悪夢 1

 まただ。また、あの夢を見ている。


 昼か夜かもよく分からない、奇妙な空間。

 夢の中の俺は、いつものように手足をダランと投げ出してその場に力なく寝っ転がっている。指一本動かすことも出来ず、俺はただ身体がバラバラになるような痛みと、死の恐怖に支配されていた。


 そしてこれも毎度のように、そんな俺の顔を「あいつ」が必死な様子で覗き込んでくる。

 奴の性別、年齢、その他身体的特徴……この夢を飽きるほど見ているが、未だに一切分からない。


 だけどそれも無理はない。

 頭のてっぺんから爪先まで、そいつは特撮のようなイエローのヒーロースーツで全身を固めているんだから。


 ヒーローに、倒れた一般人。

 まるで番組ロケのような状況だが、俺の痛みと恐怖はとてもそんな呑気なものじゃない。

 イエローはイエローで何かしきりに話しかけてくるが、内容まではよく聞こえない。皮肉なことに、フルフェイスのヘルメットのせいでその表情すらも読み取れなかった。


 何とか話を聞き取れないか、朦朧とする意識のなかで俺は懸命に耳を澄ましてみた。


「……山……緑山……」


 ……俺の名前を呼んでいる。が、この妙に聞き慣れただみ声は……?


緑山幹継みどりやまみきつぐ!!!!」

「っ!!?」


 その『だみ声』にいきなりフルネームで怒鳴りつけられ、俺は慌てて飛び起きた。

 周囲を見回すと、そこには普段と変わらない授業中の風景が広がっていた。周りのクラスメイト達の視線が、一斉に俺の方へ向けられる。


――まずい……。


 どうやら『また』居眠りをやらかしてしまったようだ。


 教室内の張り詰めた空気に嫌な予感を覚えながらも、俺は恐る恐る教壇の方へ目を向けた。


「お前は、毎度、毎度……私の世界史はそんなに良く眠れるのか?え……??」


 案の定、視線の先には俺を尋常じゃない形相で睨みつけている担任の山野がいた。顔だけでなく、半分薄くなった頭頂部までそれは見事な朱色に染まっている。


「す……すみませんっ!!」


 半ば反射的に俺は頭を下げた。

 そこかしこから、俺の失態に対する失笑が起る。その声を聞きながら、俺は自分の顔が火照ってくるのを感じていた。




「くそっ、山野の野郎……」


 俺はぶつぶつ言いながら、夕闇の迫る教室で一人帰り支度をしていた。定時の自動チャイムが、人気のなくなった校舎に空しく響き渡る。


……ズキン……


 左手首の痛みに、俺は顔をしかめる。あの夢を見た直後はなぜか決まって痛むが、最近ではそれが特に酷い……。


 放課後、俺は居眠りの件で山野に呼び出された。

 ネチネチと長い数時間に及ぶ説教の末、補習レポートの提出を条件に解放されたとき、時計の針は5時をとうにまわっていた。

 再三の注意にも関わらず居眠りを繰り返したこっちにも責任はあるが、俺は別に授業がつまらないとかの不真面目な理由で居眠りの常習犯となったわけではない。これにはちゃんとした事情がある。

 大体予想がつくとは思うが……それは、例の夢を繰り返し見るようになったことだ。


 あの奇妙な夢は、実は小さい頃から時々見てはいた。大体は今回のようにイエローが俺に何か呼びかけてくるパターンが多い。他にはヒーローが黒い塊の化け物と戦っているパターン、果てには俺自身が化け物に襲われ逃げ惑うなんてのもあった。


 そのあまりのリアルさに、夜中にベッドから転げ落ちたことも一度や二度じゃない。

 さらに悪いことに、高校入学からここ数ヶ月、夢を見る頻度が日に日に増えてきていた。通常で数日ごと、酷ければ連日にわたって悪夢にうなされ、俺の寝不足は悪化の一途を辿って行くばかりだった。

 このままでは授業中のみならず日常生活にも支障をきたしかねないため、最近では医者か睡眠薬の世話になることも真剣に考え始めているところだった。


――どうしちまったんだろ、ホント……。


 俺は盛大なため息を一つつき、教室のドアを開けた。


『……エセ……』


 一瞬、妙な雑音を聞いた気がして辺りを振り返る。


「……?」


 ……気のせいか。ホッと息をついて廊下へ出る。

 が、次の瞬間、周囲の異様な光景に俺は思わず立ち止まった。


 目の前に広がる校舎、窓の外の風景……すべての色が「反転」している。


 クリーム色の壁は大理石のように黒く、夕暮れの空は黄色やら緑やらが混在する微妙な色合いに変貌していた。


「何だ……これ……」


 辺りをしげしげと見回しながら廊下を数歩歩いたところで、俺はさらなる異変に気がついて動きを止めた。


――何かがいる。


 廊下の先にある階段の傍、全身黒尽くめの何かが俺の方をじっと見つめている。俺の存在に気づいているのかいないのか、その「何か」がその場から動き出す気配はなかった。


「…………」


 俺は「何か」を刺激しないよう、反対側の階段を目指しそろそろと歩き出した。


「……ミ・ツ・ケ・タ……!!」


 だが、そんな俺の努力も全くの無駄だった。廊下に響いた明らかに人間のものではない声に、俺は後ろを振り返らずに全速力で逃げ出した。




 俺が逃走を図ったと見るや、背後の黒尽くめも動き出した。さっきまでとは打って変わり、凄まじいスピードでぐんぐんと距離を詰めてくる。

 俺は校舎の階段を一気に駆け下り、やっとの思いで玄関までたどり着いた。上履きもそのままに閉まりきった扉の一つへ手をかけるが、何故かびくとも動かない。


「何でだよっ……!」


 祈るような思いでほかの扉も試したが、結果は同じだった。


「カ・エ・セ……」


 その不気味な声に振り返ると、黒尽くめの化け物が下駄箱の上から俺をじっと見下ろしていた。


――……!!!


 そのあまりのプレッシャーに動けなくなった俺をめがけ、化け物は頭上へ覆いかぶさるように襲い掛かってきた。


「……っ!」


 その急襲を、俺は辛うじて横へかわす。だがそれと同時に足がもつれ、無様に尻餅をついてしまった。

 何とか立ち上がろうとするが、腰が抜けてしまって力が入らない。そんな俺に向かって、化け物は再び襲い掛かるモーションを見せる。

 俺は、思わずぎゅっと目を閉じた……。


「待て!!」

「!!」


 突然響き渡った声に、俺はハッと目を開いた。

 すると俺がいる場所とは反対方向の下駄箱の陰から、更に別の人影が姿を現した。校内が暗いせいで、人相までは分からない。

 

「ジャマ……モノ……」


 化け物がゆっくりと人影の方を振り返る。と同時に、人影が言い放った。


「インステリオン」


 化け物は人影へ一直線に飛びかかっていった。


「あ……――!」


 俺は思わず『危ない』と口に出しかけた。

 だがそれと同時に、謎の人物から放たれた光に目が眩んだ。


「消えろ!」


 次の瞬間、化け物の胴体は左右にパックリと引き裂かれ、霞となって消え失せていった。その急な展開について行けず、俺は開いた口が塞がらない。


 しかし、徐々に薄れゆく霞の向こう側から現れたものは、俺を更に混乱させた。


 ――あれって……!?


 姿を現した人物は、真っ赤なヒーロースーツに身を包んでいた。その右手には、たった今化け物を切り捨てたであろう鋭利な剣が握られている。

 更にここまで来て、ようやく俺はあることに思い当たった。


「これってまさか……」


 化け物、ヒーロー、逃げる俺……。


 この流れ、俺が毎日のようにうなされている夢の内容そのまんまじゃないか。

 一体何がどうなっているのか……。あまり一度に多くの物事を突きつけられたせいで、俺の脳みそはオーバーヒート寸前にまで陥っていた。


「逃げて!」


 ヒーローレッドの突然の叫び声により、俺はハッと我に返った。


「へ……?」


 だが、その言葉が意味するところをつかめず、俺はぽかんとレッドを見返す。

 途端、俺の身体がズブリと地面へ沈んだ。


「!?」


 慌てて真下を見ると、そこには黒い水たまりのようなものが広がっている。まるで底なし沼のように、俺の身体は少しずつ、だが確実に沈んでいく。

 レッドがすかさず俺の方へ駆け寄り、手を伸ばす。俺もレッドの方へ必死に手を伸ばすが、その努力も空しく俺は水溜りの底へと引きずり込まれて行った……。




 ……気がつくと、俺は暗闇の中に一人立ち尽くしていた。

 辺りを見回すが何も見えず、物音一つも聞こえてこない。


「俺、死んじまったのか……?」


 半ばあきらめ気味に俺は呟いた。


「ダイジョウブだよ……」


 まさか単なる独り言に返事が来るとは予想もせず、俺はギョッとして声の方を振り返った。


「……!?」


 そこには、ぼんやりと光るヒト形の物体が佇んでいた。かなり小柄で、高校生男子の平均身長をやや下回る俺と比べても、背丈は胸の辺りまでしかない。

 どうしたものかと内心迷っていると、ヒト形の方から俺へ歩み寄って来た。


「あなたは、まだ、イきてる……」


 ヒト型はそう言うと、おもむろに両手で俺の左手首をつかんできた。


「!?」

「イマ、『ロック』をカイホウする……」


 驚いてその手を振り払うより先に、俺の身体は手首から溢れる光に包まれていた。


「ダイジョウブ……コワがらないで……」


 あまりの眩しさに目がくらみ、俺は目をつぶった。

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