【4】観察と青石
2人の影は各負傷者が乗った担架をまるでお盆を持つかのように片手で持ち、和水の元に戻ってきた。
膝を地面につけ、各負傷者の容態を告げる。
「吾妻っち。全身骨折、内臓破裂2箇所、意識は吹っ飛んでます」
「吾妻ちゃんは横海鱗治療お願い、ついでに腹の脂肪とか切り取っちゃって」
「あいさー」
1人の影はその報告を終えると、その場から特急で病院へと疾駆する。
「いぬいぬ。左腕複雑骨折、内臓破裂2箇所、出血多量、意識はあります」
「お犬は鳩胸の治療で十分ね、元々の治癒力で大分マシになるでしょうし」
「承知」
もう1人の影も報告を終え、その場から去ろうとする背に、
「私は殺した鬼の調査をしてから帰るわ」
「あと、コレ。吾妻ちゃんは奮戦したけど相打ちに終わりました、って国長に説明しといて」
狩った鬼の頭部を投げる。剣の海に裂かれたが頭部だけは奇跡的に綺麗に残っていた。
影はそれを空いている片手で受け取り、
「承知しました、師匠。では失礼します」
消え失せる。残るは静寂と僅かな月明かり。
和水は頭が無く身体も荒挽肉な鬼へ歩み寄り、身体を屈める。
両手の指をパキパキと鳴らし、その指を鬼の装甲に掛け、
「よっこら、っせっと!」
掛け声一声、鬼の装甲を引きちぎる。
鬼の装甲は理屈は分かっていないが、肌と固着している。
また肌との固着が尋常では無いため、一介の人間では到底引きちぎることは不可能に近い。
流石に鬼が生まれた時から装甲を身に着けるとは考え辛いが真偽は不明のままだ。
実際、今に至るまで鬼が何なのかすら人間は分かっていない。
ただ敵として認知しているだけだ。
そこに石を投じたのがこの『和水』だった。
彼女は鬼の死体を解剖することで、鬼の生態を把握しようと提案した。
小さいながら研究所を設立し、鬼の研究に当たり今までで以下のような事が推測の範囲で分かった。
鬼は肉食であり、草食では無い。また身体に腎臓及び排泄機能を有しない。
極論ながら食べたものは全て栄養とされ、肉体に還元される。
即ち肉体が大きな鬼ほど人間を食し続けている強い鬼と推測できる。
また心臓が人間と異なり下腹部にある。
その為か鬼が人間に対し執拗に攻撃する箇所は下腹部が多い。
これは昔から今に至るまで変わっていないため、鬼の中では人間の心臓の位置が理解していないと取れる。
当初、鬼は深夜でも物や人間の位置を把握しているため、鳥類であるフクロウの目と同質のものを持っているのではないかと疑われた。
フクロウの目は夜目が大変利くが、昼間は眩しくてまともに目を開けないものである。
だが昼にも鬼は襲撃を行うことから、自在に視認する明るさを調節できるのでは無いか、と推論を挙げる。
得体の知れない能力については、特に分からない。
多種多様で、『炎を出す』『凍らせる』『身体を強固』するなど数は計り知れない。
『鬼を斬れる刀』と同質ながら、それを内包している点では便利とは思う。
身体能力は外の国の人間と同等程度ながら、元来の身体の大きさの差によって差は出る。
身長が3倍異なれば、こちらの三歩とあちらの一歩が同等と取って差し支えない。
的が大きいといえば聞こえがいいが、能力があり迂闊に近寄れない以上一概にそうとは言えない。
装甲は刀程度は受け止めるため、隙間を縫う介者剣術は戦術として正しい。
装甲を剥いだとしても肌は全体的に筋肉質であり、刀単品での両断は厳しい。
やはり刺突による攻撃が妥当だ。
最後に。
今までなぜ敵対する対象を研究するという思想が無かったのだろうか。
少なくとも鬼という存在を認識した時点で52598日、今に至るまでに膨大過ぎる時間だ。
その時夫婦がいれば今に至るにひ孫がいてもおかしくは無い。
鬼を倒そうとする思想はあるものの、鬼を研究する思想が存在しない事に引っ掛かりを覚える。
または鬼に対する研究があっても『何者か』によって隠匿された、或いは消失した、なども考えられる。
だが、そうなれば私が立てた研究所など容認しないだろう。故に隠匿の可能性は薄い。
考えたくは無いが今までの鬼との戦が全て『何者か』によって仕組まれているのではないか。
何百日、何千日と手塩をかけた喜劇を人間と鬼が演じているのではないか、と。
では何の為に?
私たちはいつまで鬼と殺し合いを続ければいいのか。
まるで『何か』を待つかのように戦いあうのか、その『何か』が来る日まで。
人間はどうなるのであろうか。鬼はどうなるのであろうか。
思想は尽きない。
だからこそ私は研究を続ける。
鬼を研究する事により『鬼殺し』の任が少しでも軽くなれば、それに越したことは無い。
上記のような思想は二の次だ。
「――――特別、肌に異常無し。装甲部分も他の鬼の記録と同等」
自前のメモ帳に鬼の状態を記録していく。
荒挽肉に近い形まで散々になった鬼の状態でも装甲のお陰で輪郭はある程度守られる。
戦う上では不便極まりないが、こういう点では評価したい。
大きさから見るにこの鬼も何人もの人間を食ったのであろう。
推定で4人ほどか、と鬼から若干離れペンを立て鬼の全体図の目算をしている最中。
「んー……?」
薄い月明かりが鬼の腹部を照らした。
そこに見えたのは青い光。ペンを下ろし、徐に近づく。
胸部を渋い顔で見据える。四散した心臓の隣に青い石があった。
「心臓部に宝石……?」
メモ帳を懐に戻し、手を伸ばす。血と体液に塗れた青い石を取る。
心臓の横に配置される形であったそれは掌に収まる程度の深い青を象った瑠璃石。
掲げ石を月に照らす、別段何も感じないただの石だ。
「変な感じはしないなー…でも胃に無いって事は食べた訳じゃないし」
今まで鬼を何頭も解剖したが、このような石があったのは一頭も存在しなかった。
しかも心臓の横に。
ふむ、と首を傾げる。訝しげに青い石と鬼の死骸を交互に見る。
暫くし額に手を置く。迷ったが夜も深い。血の臭いもきつい。
ペンも懐にしまい、
「嫌だけどお犬に情報貰うかー、明日の朝にゃ吾妻ちゃんもスリムボディでお早うになるし丁度いいと言えばいいんだけどねー」
青い石を片手に帰路についた。