【3】師匠と終了
声の主は女性だった。
月明かりを束ねたような長い白髪を一本に結び肩から前に下ろし、深緑の瞳。
黒縁の眼鏡をかけ白いパーカーに黒いTシャツ、下はホットパンツ、腰元には刀。
これが30歳近い女性じゃなければ惹かれる男性も少なからずいるだろう。
彼女の名を『和水』(なごみ)と言い、犬成の師匠にあたる。
だが弟子の生死の境を見据えても微動だにせず、ただただ傍観していた。
優雅に、しかし堂々と鬼へと闊歩する。
鬼は新たな標的を見定め、遊んでいた犬成を投げ捨てる。
犬成は声も上げず受身も取れず、地面に落ちた。
和水はそれを眼で追いつつ、向き直った鬼に嘲笑を浮かべる。
「おいおい、人の弟子を遊んでおいて私とも遊ぼうってか?」
「………でも、そんな貧相な身体では私をエスコートできないな。来世で頑張ってくれ」
声を掻き消す様に鬼が駆ける。否、駆けるとは生温い。
姿が女の視界から消える。まさに風だ。突風疾風烈風強風に及ばない鎌鼬。
女は口元を緩ませ、平手を柄に置いた。
穿たれる鬼の爪手。その爪は新たな獲物の血を滴らせるはずだった。
だが鬼が貫いたのは虚空。そこに既に女の姿は無く。
「あ・ま・い」
言葉と共に和水は鬼の頭の上に跳躍し。
装甲の隙間から突き刺した刀は鬼の首を抉った。
「■■■■■■■■■■■■!!」
「お。いっちょ前に怒――って、もう聞こえてないか」
咆哮。だが、すぐにその音は消える。
停止する。
人間を玩ぼうとした鬼は、もう其処にはいない。
崖に鎮座しているは己の血に濡れた肉の塊。
『和水』の刀の銘は『剣山』、突き刺した対象物の内部から無数の剣を具現し外界に出そうとする。
装甲は意味を果たさず、内部から溢れ出す無数の鉄の刃。
内臓を貫き外に出ようとした刃、鬼が絶命するに殆ど時間はかからなかった。
戦いは一瞬に、呆気無く終わった。
謎の能力を持った鬼かも知れなかったが、現状命を絶つことを優先した。
肉塊を見下ろし、動かなくなったことを確認し。
「『横海鱗』、『鳩胸』。あの馬鹿二人を回収して治療してあげて」
二人の弟子の名を呼ぶ。
2つの影は和水の後ろを抜け、倒れている犬成、竹林の先にいる吾妻へと駆ける。
救援に特化した刀を持つ二人だから、和水自身はその場を動かない。
秋の風が頬を撫でる。
その冷たさは川が近かったゆえか、それとも何かを意味していたのか――。
「さてはてこれで吾妻ちゃんも『鬼殺し』仲間になるんかぁ……過去に例を見ない無銘の刀、か」
吾妻の銘が刻まれていない『鬼を斬れる刀』は配給される刀で過去一切の例を見ない。
『鬼殺し』を担う上で能力が備わった刀でなければ戦力に乏しい。それは皆が認知していることだ。
ただでさえ出生率が右肩下がりの外の国でこのような事をするには訳が無くてはならない。
少なくともその訳をこの淑女『和水』は理解している。
小さな小さなため息を吐き、
「存在を許す許さないは人が決めることじゃない。…勿論、鬼にも」
淑女の呟いた声は秋の風に乗って、消えた。