【2】鬼と戦闘
『鬼』という生物は例外なく『雄』しかいない。それが人間側の仮定した定説だった。
理由として、討伐した鬼の全ての股に人間と形状が同型の男性器が備わっている。
また今まで討伐した鬼の数は有に千を越すが、その鬼らには例外無く男性器があったため上記のような仮定を為した。
また食糧では無く、人間の女性を殺さず攫っていくことからその女性を懐妊させ、新たな鬼を産んでいるのでは無いか、と推測する。
攫われた女性は例外無く、戻ってきていない。
攫った鬼を追撃し寝床を襲った、という事例もあったが既に女性の姿は無かった。
血臭も衣服の残りも無かったため、恐らく喰われたという可能性は薄い。
人間側に奪還されないために女性を優先し保護し隠匿する。鬼という組織の中で人間の女性の価値は上位に位置するものと見ていいだろう。
追記になるが、鬼には先天的な能力が備わっており、それは『鬼を斬れる刀』に宿る能力に匹敵する。
鬼の強さによってその能力は異なっているが、必ず一つだけ能力が備わっているというのは鬼と戦い始めた日から変わっていない。
という情報を図書館から借りてきた『鬼の情報百選』から眼だけで追いつつ、犬成の後を歩く。
薄暗い道だが暫く歩いている内に眼が慣れ、歩いている道がどこに繋がっているか把握し始める。
本を閉じ脇に抱え込み、犬成に顔を向ける。
「お犬、鬼を狩るったって最近襲撃を追い払っただろう。当分襲ってくること無いんじゃないん?」
「いえ実を言うと先日襲ってきた三頭の内、一頭は完全に討てていません。片腕を切り落としましたが鬼の生命力です、きっと生きています」
「あら、あらあら。珍しいじゃん、お犬が鬼を逃がすなんて」
「怠慢していました。その鬼の能力は恐らく『肉体強化』系でして凍らせたまでは良かったんですが、自分で凍った右腕を引きちぎって川の方へ逃げました。一足飛びで見失ったんで、通常の鬼の比じゃない運動能力を持ってます」
「肉体強化ねぇ、ただでさえ異常な身体能力持ってるのに欲しがりやさんやなその鬼。まぁお犬に足を凍らせて貰ってその間に攻撃って形がベストかな?」
「そうですね。僕の刀『氷臥』で動きを止めます、その隙に首元を狙ってください。ただ一撃で仕留めないと、次が厳しいです。吾妻さん、貴方が生きるためにも全力で剣を振るってください」
「………りょーかい。もう直ぐ川だけど、そこにいりゃ楽なんやがな」
水気が近いせいか、冷たい風が頭皮を撫でる。
川が見える少し切り立った崖に立ち、下を見下ろす。
明らかな巨躯、装甲、右腕が無い。問題の鬼と判断するに時間は掛からなかった。
無い右腕を左腕で押さえ、砂利の中に座り込んでいた。
犬成のわき腹を肘でつく。反応した相手の耳元に口を近づけ、
「どする? 今チャンスと取っていいんかなコレ?」
「傷と能力を使いすぎて今療養中なのかも知れません。元より鬼がこの場で休む理由がありません」
犬成は刀の柄に手を掛ける。
「……ほぼ同時に行きましょう。僕が足元を凍らせます、吾妻さん貴方は2秒待って飛び降りて刀を振るってください。相手は腕で防御しか出来ません。貴方の刀で止めをさせればそれで良し、貴方の刀が腕で防御されても僕が飛び降りて首を突きます。それで貴方の手柄の一頭になります」
「おうけい、お犬頼んだぞい」
「任せてください、では『いっせー、の』で行きます。吾妻さんは『の』前に一呼吸して下さい――では」
犬成が抜刀する。能力を発動しようとした瞬間―――
―――鬼が降り立った。
崖に一瞬で跳躍した鬼は、握り締めた拳を吾妻に向かい放つ。
こちらの反応が追いつかない。
鬼の拳が身体に触れる。
その瞬間、伝わるは殺気と己の身の崩壊。
殺意を宿した暴圧、叩きつけられた身体の節々が一瞬にして悲鳴を上げ身体中の骨が変形を訴える。
竹林を突き破り地面に落ちる身体、声が出ないほどの激痛、代わりに口から出たのは薄暗い血液――
「吾妻さん!」
迸る氷戟。幾多の氷刃は空中を裂き、鬼に迫る。
不意打ちならばと油断していた。まさかこちらに気づいているは思いもしなかった。
だが、やる事は不変だ。今為すべき事は彼の救助では無く、この鬼を殺すこと――!
犬成の刀『氷臥』は氷を操る刀であり、それは放出した氷片を付着させる事で対象を凍らせることもできる。
鬼は危険を察して腕を伸ばし、手を開いた。その程度では氷の進行は止まらない、氷片が手に付着した瞬間、腕の動きを止めるべく肩まで覆う氷が具現する――はずだった。
「な――――?」
氷は具現した瞬間、それは最初から無かったかのように砕け散った。
明らかに異例な事態だった。身体能力を強化すると理解していた鬼、だが実際は否。
突き出した腕が伸びる。異常な速度を伴って。
「能力が二つ!? こんな鬼聞いたこと――…!」
氷刃を放つ。それでも、同じ。その腕は止まらなかった。
刃を受け止め氷に封じられるはずの腕はそのまま伸びきり、犬成の腹部へ突き刺さった。
貫かれた身体。逆流する血潮。口の端から零れる液体。
鬼の爪が鮮血を腹部を何度も往復させる。
「がああああああああっ!! ッ、あ、ぁあああああああああああ!!」
絶叫。鬼はこの悲鳴を楽しむように手の往復を止めない。下腹部にあった内臓は破れ、漏れ出す血潮は止まらない。
脂汗が全身から噴き出す。血糊が唇を彩る。
絶望。その思考すらまともに保てない。痛覚だけが鮮明に脳に命令を告げ続ける。
そんな中、
凛とした声が聞こえた。
「―――全く軟弱な弟子なこと。私がいなければ鬼も狩れないのか?」