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セカンド・アース  作者: 九重


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学園祭 7

広い廊下を急ぎ走っていた明哉は、自分を呼びとめる声に足を止める。


「多川くん。ね、多川くんよね?」


振り返ったその先に、明るく笑う闊達(かったつ)な雰囲気の女性と、物静かで落ち着いた雰囲気の物凄いイケメンの背の高い男性を見つけ、明哉は慌てて姿勢を正す。


「おはようございます。」


丁寧に礼をした。


「おはよう。そんなにかしこまらなくてもいいのよ。」


そこには、楽しそうな桃の母親と、少し眉間に皺を寄せた桃の父親がいた。

彼らの後ろには、いつか昼食を一緒にしたやたら美形揃いの桃の母親の友人たちも勢揃いしている。


迫力の御一行様だった。


まあ、今どきの学園祭に親が来るのは当たり前だと言える。(親の友人はともかく。)

かくいう明哉の両親も、体育祭に来られなかった分、学園祭には必ず行くと張り切っていた。高校1年生の男子生徒である明哉にしてみれば無理して来てもらう必要などどこにもないのだが、まさか来るなというわけにもいかず、好きにしてくれと伝えてある。もちろん自分の親に会うつもりなんて少しもない息子だった。


しかし、桃の両親であれば話は別だ。


「挨拶は基本ですから。お会いできて嬉しいです。学園祭の見学ですか?」


見惚れるような笑みを浮かべて、明哉は桃の両親に対峙する。

桃の母親はニッコリ笑い返した。


「そうなの。朝一番の電車で来たのよ。その甲斐があったわ。オープニングセレモニーの“出し物”とても良かったわよ。」


「ありがとうございます。」


明哉は深々と頭を下げる。


「ああ。本当に感服した。」


桃の父親も少し表情を緩めてそう言う。


「お気に入りいただけて嬉しいです。」


美形の笑みは眼福ものだ。自分の夫や友人たちで見慣れているはずの桃の母親も目を細めて明哉を見つめる。



「ところで、そんなに急いでどこに行こうとしていたの?」



桃の母親の質問に、明哉の笑みが消えた。

迷うように瞳が揺れる。



「桃を・・・桃さんを捜していたんです。どちらかで見かけませんでしたか?」



結局、明哉はそう聞いた。


桃の母親の目が、驚いたように見開かれる。


「まあ。桃はお友達と一緒じゃなかったの?私たちは、まだ今日は会っていないのよ。」


そうですかと、明哉は沈痛な顔で俯いた。



・・・実は、先刻より桃は行方不明なのだ。



とはいえ、誘拐とか失踪とかの事件というわけでは決してない。

1年1組の連絡版には桃の字でしっかりと『少し休憩してきます。時間までには戻ります。』というメッセージが書かれている。


ただ問題なのは、“出し物”終了後、1年全員に感謝とねぎらいの言葉をかけてからの桃の姿を、誰1人見ていないということだった。

連絡版にメッセージを書くところも、休憩に行くところも誰も見た者はいないのだ。


それは、まるで桃がわざと(・・・)人目を避けているかのようだった。


「やはり、勝手な真似をしたことを怒っているんじゃないのか?」

「そんなバカな。桃は俺たちの心を受け取ってくれたんだ。」

「そうだ!良かったと褒めてくれたじゃないか?!」

「しかし!なら何故誰にも姿を見せずに消えるようなマネをする?」


不安にかられた仲間たちの言い合いに、答えられる者はいなかった。

結局明哉たちは、手分けして桃を捜すことにした。

時間までには戻ると書いてあるのだから、待っていればいいのだが、明哉も他のみんなも動かずにはいられなかった。


「いえ、大丈夫です。少しはぐれただけですので。きっと今頃利長たちと合流しているのかもしれません。」


桃の両親に余計な心配をかけまいと明哉は笑ってそう言う。


桃の母親は、困ったように笑った。


「ごめんなさいね。勝手な子で。みんなに迷惑をかけているんじゃないの?」


「いえ、そんな!そんなことはありません。私たちは、みんな桃が大好きなんです。」


迷惑なんてそんなはずがない!と明哉は目一杯桃の母親の言葉を否定する。


明哉が“大好き”と言った瞬間、桃の父親の眉間に深いしわが寄った。

そんな夫を軽く視線で(たしな)めながら、桃の母親は、それならいいのだけれどと苦笑する。




「あの()は、あなたたちに真っ直ぐ向き合っていないでしょう?あなたたちの望みを・・・心の底からの渇望(・・)を知りながら、そこから逃げている。情けないほどにね。そんなあの娘でもあなたたちは、それでいいの?」




笑いながらのその言葉に明哉は弾かれたように顔を上げる。


桃の母親の視線は、射抜くように明哉に向けられていた。

柔らかな笑みを浮かべながら、逃げる事も偽る事も許さぬ強い視線が明哉を貫く。

その目は体の芯が震えるような畏怖を明哉に抱かせた。


(・・・大したものだ。)


明哉は心の内で感嘆する。

桃の母親もまた、前世は余程の人物だったのだろうと明哉は思った。


しかし、明哉は諸葛亮であった。

群雄割拠し、激しい戦乱と計略の渦巻いた三国時代で燦然と輝く名軍師なのだ。どれほどの畏怖を抱こうと、そんなもので明哉がビクともするはずがなかった。


15歳の少年は、見惚れるような見事な表情を浮かべる。




「我らが、桃を情けないと思うようなことは有り得ません。」




明哉はきっぱりと言い切った。


桃の母親の目が、少し見開かれる。


「桃は、いつでも精一杯我らと向き合ってくれています。自分の前世を認める事を頑なに拒んでも、我らの気持ちを拒まれることはありません。どんな時でも全力で我らに応えてくれています。」


オリエンテーション合宿の旗の刺繍も、パウンドケーキも、体育祭のリレーも、そう先ほどの“出し物”の時にも、桃はいつでも明哉たちに一生懸命応えてくれていた。


小さな15歳の少女の体で、できる限りのことを桃はしてくれている。


それを嬉しく思いこそすれ不満に思うはずなどなかった。




「我らは、ただ桃が、桃のまま、ありのままでいてくれればそれで良いのです。我らの・・・()の望みは、今の桃が笑っていてくれることだけです。桃が自分の前世を何だと言おうとそんなものは関係ありません。」




桃の両親の前で、明哉は背筋をピンと伸ばして立っていた。

スラリとした立ち姿は、桃の父親や友人たちの誰にも一歩も引けを取ってはいない。


桃の母親は、ますます楽しそうに笑った。



「あの娘が・・・桃が本当に“農民の妻”であっても?」



「かまいません。」



その答えに一瞬の淀みもなかった。


桃の母親は満足そうに頷く。


「そう。・・・私の娘は幸せものね。こんなに想ってくれるボーイフレンドがいて。」


“ボーイフレンド”という微妙な言葉に、明哉は複雑そうな表情を見せる。

ここは喜ぶべきか?それとも悲しむべきなのか?と真剣に悩んでしまった。


「大丈夫よ。あの娘のことだもの。時間までにはきっと戻るわ。信じて待っていてあげてね。」


「もちろんです。」


明哉ははっきりとそう言うと、一礼して桃の両親の前を去って行った。

ふと頭の隅で、自分は桃が連絡版に書いた内容を桃の両親に話しただろうか?と疑問に思う。だが、今は桃を捜すことの方が優先だと先を急いだ明哉だった。






「もう、桃ったらモテモテね。流石ママの娘。」


去って行く明哉を見送りながら、キャッと嬉しそうに桃の母親は、はしゃぐ。


「モテモテって・・・」


いつの時代の言葉よ?と“桃”は、呆れた。

イケメン揃いの桃の母の友人たちの間から・・・桃が姿を現す。



実は桃はずっとこの中に隠れて居たのであった。



というより、隠されていたと言う方が正しい表現かもしれない。

明哉の姿を見つけた途端、桃の母親の無言の指示で、母の友人たちはサッと桃を取り囲み、明哉の目から桃を見えないようにしていたのだった。

驚きながらも、なんとなく今は明哉と顔を合わせたくなかった桃も、されるがままになっていたのだから隠れていたという表現でも正しいのかもしれないが・・・


「絶対、利長くんって思っていたけど、明哉くんも急上昇ね。もう、“ありのままでいてくれればそれで良いのです。”なんて、なかなか言えることじゃないわよね。」


桃の母親は上機嫌で鼻歌でも歌いそうな勢いだった。


反対に父親は不機嫌に眉を顰めている。


「格好つけすぎだ。イケメンが格好つけても嫌味なだけだ。」


お前が言うな!と誰もが思う。

桃の父親の意見に同意する者は、誰もいなかった。



「愛されているわね。桃?」





・・・わかっているわと桃は答えた。


明哉が・・・みんなが自分に好意を寄せてくれていることなど十分にわかっている桃だった。


桃の脳裏に先ほどの“出し物”が鮮やかに思い出される。

それだけで、胸はドキドキと高鳴った。


純粋に心からの好意を寄せられた“出し物”に感動し・・・

そして、桃は怖くなったのだった。



要は、逃げ出したのだ。



あまりに大きな皆の想い。


それに、応えてしまう自分の想い。


震えずにはいられない程の、強い強い想い。


それらの全てに飲みこまれ、自分が自分でなくなるような感覚に襲われて、桃は逃亡を計った。




(最悪だわ。みんなに心配をかけて。)




桃はどっぷり反省する。

項垂れる桃を母は優しい表情で見詰めた。



「皆の“想い”が重い?」



桃はハッと顔を上げた。



「・・・重い。重くないはずがない。あれほどの心を軽く受け止める事などできない。」



桃の返事は、心の奥底から引き摺り出されたかのようだった。



「逃げたい?」



キュッと桃は唇を噛む。



「イヤだ。」



口にして、それが自分の正直な心だとわかる。


自分の心の高まりに恐れを抱き、咄嗟に逃げ出してきてしまった桃だが、心底では微塵も逃げたいとは思っていないのだとわかってしまう。


明哉や他の皆と共に居られぬ自分など想像したくもなかった。




桃の顔をジッと見詰めていた母親は、フッと表情を緩める。


「なら行きなさい。」


優しく慈愛を()めてそう言った。


「ここは・・・南斗高校は、奇跡のような場所よ。前世で離れてしまった、かけがえのない者たちと再び出会い共に過ごせる。この貴重な宝物みたいな時間を大切になさい。」


母の言葉は乾いた大地に染み込む慈雨のように、桃の心に届いた。



「・・・はい。」



頷いて桃は、明哉の去った方向へ駆け出して行く。


一刻も早く仲間たちの元に戻りたかった。





振り返らずに去って行く娘を、苦笑しながら母は見送る。


「若いって良いわよね。」


何だか年寄くさいことを言う妻に、苦笑しながら夫は寄り添う。

その周囲を友人たちが取り囲んだ。


自分たちの学生時代を思い出し、大人たちは優しく若者を見守るのであった。

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