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セカンド・アース  作者: 九重


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学園祭 4

内山は久方ぶりに吉田に会い、軽く眉を(ひそ)めた。


今は夏休み期間中だ。

内山同様吉田も学園祭の準備に早めに寮に戻って来たのだろうが、ストラテジーゲームでは内山は1年として参加するために会う必要などまるで無かったのであった。


吉田も内山同様嫌そうに顔を(しか)める。


「ハーバード大へ行ったのではなかったのか?」


吉田の質問に、内山は軽く目を見開いた。


()めました。」


この男がよく自分などの事を気にかけていたなと思いながら内山は答える。


「止めた?向こうではお前の日程に合わせてイェンチン研究所で特別講義を開くと聞いていたぞ。」


ハーバード大学のイェンチン研究所は、大学敷地内に所在する東アジアと東南アジアに関する人文科学・社会科学の高等教育のための独立研究機関である。

南斗高校卒業後の進学先に、内山がハーバード大学を考えていると知った大学側が、夏休み期間中に内山を招き、ついでに内山、つまりは前世の荀イクを講師に講義を行って欲しいと依頼してきたことを何故か吉田は知っていたのであった。


(この男もやはり油断ならないな。)


当たり前のことながら内山は改めてその事を自覚する。

そんな内心の思いをおくびにも出さず、おそらくあちこちに情報網を巡らせているであろう男に、流石にそれでも知らないだろうと思われる情報を話す。


「ハーバードに進学することそのものを止めましたから。」


「はっ?」


吉田の驚く顔を見て、内山は少しだけ溜飲を下げた。

知らないはずだろう。内山自身まだ誰にも言ったことのない話なのだから。


「何でだ?」


「気が変わりました。・・・それより貴方こそ北京大学に招かれていたのではなかったのですか?北京大学では貴方が入学してくれるのなら特別仕様の城・・・ではなく寮を建てると言ってきたと聞きましたが?」


何でそれを知っているんだ?と吉田は細い目を見開く。

その黒い瞳にいつもながらの仏頂面の内山の顔が映っていた。


2人はやはり、嫌そうに睨みあう。


もはや、おわかりだろう。

本日センター試験を終えた受験生の皆さまにはたいへん腹立たしい事だろうが・・・吉田や内山は、世界中の有名大学からぜひうちの大学に入学してくださいと依頼の来る立場にいるのだった。

特に中国北京大学に至っては、南斗高校特別クラスの生徒ならば無試験で入学を許可すると表明する程の入れ込みようである。


大学版南斗高校と言えるだろう。


曹操の生まれ変わりの吉田などは、信じられないような超VIP待遇を提示されている。確かに中国の歴史を学ぶ者にとって、吉田や内山などは喉から手が出る程に欲しい存在なのだと思われた。


一瞬驚いた吉田であるが、すぐにその顔は思案に沈む。



「・・・桃か?」



聞いてきたのは、内山の進路変更の理由だろうと思われた。

内山は肯定も否定もしない。

そんな内山の態度に軽く舌打ちしながら、吉田は質問を変えてきた。


「桃は、ここを卒業したらどこに進むと言っている?」


内山は、大きくため息をついた。


吉田などにそんなことを教えてやりたくはないが、どうせ内山が言わなくともどこからか調べ上げるのだろうと思えば、ここで教えて恩を売るのもいいかと思い内山は口を開く。



「・・・桃は、進学はしないそうです。」



「就職か?」



「そう言ってもいいのでしょうか?・・・桃は、高校を卒業したら中国へ行って農業をするそうですよ。」



「はぁっ!?」



今度は吉田は、あごが外れるのではないかと思う程の大口を開けた。


・・・気持ちはわかる。

偶然それを知った時の自分の内心がまさに今目の前の吉田の顔のようだったなと内山は思う。

もちろん鉄壁の仏頂面を誇る内山がそんな顔を表にさらすはずはなかったが・・・あの時ほど、自分の仏頂面に感謝したことはなかったなと思い返す。




あの時・・・そう、それは期末テスト前、桃に勉強を教えている時だった。


「桃、ここは大学入試に絶対出ますから、しっかり覚えてくださいね。」


そう内山は桃に言ったのだ。


その内山に、桃は自分は大学には行かないからそんな必要はないのだと答えた。


「大学に行かない?何か資格を取るために専門学校にでも行くのですか?」



「違います。私、卒業したら中国へ行って農業をしようと思っています。」



「えっ?」


聞き間違いだと内山は思った。

なのに、桃は親切にももう一度同じことを説明してくれる。


「私の前世は漢安の農民の妻でしたでしょう。同じ場所に住めるかどうかはわかりませんが、似たようなところで静かに暮らしていけたらいいなと思って・・・」



・・・それは、体育祭後、未来を夢見る事ができないと気づいた桃が、一生懸命考えた末に思いついた自分の未来へのおぼろげな形であった。

桃自身、まだどこで?とかどんな風に?とかは、はっきりとしていないあやふやなものではあったが、桃はそれをなんとなく気に入っていた。


(私に、丁度良い。)


そう桃は思う。



・・・内山は驚き過ぎて何も言う事ができなかった。


その後桃は直ぐにテスト勉強に集中したからその話はそれきりになったのだが。






「・・・農民の妻。」


まだそんな事を言っているのかと吉田は驚く。


「とはいえ桃はまだ1年生です。進路などこれからいくらでも変わることでしょう。周囲とて桃のその志望をそのままにしておくとは思えません。」


確かに、その桃の”未来図”を、明哉をはじめとした他の1年がそのまま認めるとはとても思えなかった。


「不確定だからこそ私は国内に進学する事に決めました。国内の大学で桃の卒業までの2年間で大学院修了までの単位をとってしまおうと思っています。」


それは内山にとって大きな進路変更であるはずだった。

そんなものをいとも簡単に決めてしまった男を、自分から鎌をかけておきながら吉田は呆然と見詰める。


「そうすれば桃がどんな進路を決めたとしても、私は自由に動けますから。」


内山は平然とそう言いきった。


「・・・お前は?桃が中国で農民になりたいと言ったらそのままついていくつもりなのか?」


吉田の言葉に、内山は「まさか。」と肩を竦めた。


「私に農民は似合いません。」


確かに内山が額に汗して農作業をしている姿など想像もできなかった。

自分はそこまで滅私の精神を持ち合わせていないと内山は言う。


()は、ですが。」


「今は!?」


内山は、この男には珍しくクスリと笑った。


「一緒に農作業などしなくとも、気に入った人間の側で自分のしたい事をして暮らすことは可能でしょう。そうですね、例えば自分で企業を起こしてその本拠地を中国の桃のいる場所に置くことだって可能です。」


ここはセカンド・アースですからと事もなげに内山は言う。

確かに国と国との垣根が、本来の地球に比べればかなり低いこの世界なら、内山ほどの才能があればそれは容易なことだろうと思われた。


「私は桃が気に入っています。少なくとも卒業しても目を離したくない程度には。ハーバードはどうしても行きたいという大学ではありませんでした。そんなところに行くよりは国内の大学を選んでもかまわないと思っただけです。」


あっさりと言われた言葉に吉田は唸る。


それは、口でいう程簡単な選択ではないはずだった。

高校生にとって進学する大学の選択は重要事項のはずだ。自分の将来の夢と希望をかけて選ぶはずなのだ。

それをただ1人の女子生徒のために覆すと内山は言うのだ。



(こいつが・・・)



吉田には言葉もなかった。


「私の事などどうでも良いはずです。貴方は貴方の道をこれまでどおり進んで行かれるのでしょう?」


それこそが吉田のはずだった。

迷いもなく王道を進む男。


だが今の内山には、その姿は以前ほど輝いては見えなかった。


内山が思うのは、まだ高校1年生の小さな少女だ。

おそらく自分の道もあまりよくわからずに迷いながら進んでいる。時に内山をハッとするほどの輝きで惹きつけながら、不安定なその少女。


(それがイイのだから、私も困ったものだ。)


桃を思い出した内山は、吉田が驚くほどの優しい笑みを顔に浮かべた。


「ゲームの準備は順調ですか?」


まだ呆然としている吉田に、内山はその見た事もないような優しい笑顔のままで訊ねてくる。


「・・・当たり前だ。」


なんとか吉田は言葉を絞り出した。


「それは良かった。無様な負け方をしないでくださいよ。明哉たちをあまり調子に乗らせたくありませんからね。」


そう言うと内山は、そのままその場を立ち去った。





吉田は、暫くその場から動かなかった。


・・・いや、動けなかった。


内山の去った方向をずっと見詰めていた吉田であった。

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