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学園祭 3

隼の言葉に慌てて桃はドアへと向かう。


「桃。」


その桃を明哉が呼び止めた。


「策の検討がまだ終わっていません。この場を離れられるのなら指示をお願いします。」


桃は不思議そうに首を傾げた。

方針は決まった。後は策を練るだけでその場に桃が居る必要はないはずだった。


(だいたい、今だって私は大した(・・・)ことはしていないし・・・)


桃は本気でそう思っていた。

桃にしてみれば、人形の数を減らすことなど明哉も内山も考え付いていたことで、桃はただそれを口にしただけだ。それは、学年代表と言う立場上、他の人たちに納得してもらうための方便で必要だっただけのはずだった。


(他のみんなだって、熱くなって口論していたから思いつかなかっただけよね。普通に考えればすぐにわかった事だろうし。)


自分は何も”特別な事”などしていないと桃は思う。

自分の言動を思い返し、そう結論付けた桃は少し考えてから明哉に向き合った。


「策の検討のとりまとめを明哉に一任します。ただし、此度の戦は架空のゲームとはいえ都市攻略の戦いです。このため利益の保全を第一の方針とします。できるだけ無傷で都市を手に入れるように。攻めるべきは敵本隊。よく計略を立て、できるだけダメージを避けて手堅く成果を手に入れてください。とはいえゲームの時間には限りもあります。最終的には力で勝を取りに行く戦いも可とします。」


桃はとりあえずの戦の方針を決めて皆に示した。

これで戦略は随分立てやすくなるはずだ。

しかし、戦いは生き物でもある。実戦に挑み、現場の状況次第では、方針は2転3転を余儀なくされるだろう。その場合でも桃の意向を皆がよく知っていれば修正は的確かつスムーズに行われるはずだった。

明確な意志を示しコミュニケーションを良くしておく事は必要な事だ。


桃がこの場を離れるにあたりしなければならない事と言えばこんな事くらいだろうと桃は思う。


「よいか?」


「はっ。」


深々と頭を下げる明哉に対し、この程度(・・・・)のことに大げさよねと思いながら桃は待たせていた隼に向き直る。


隼はなんだかキラキラした目で桃を見ていた。

それを訝しく思いながらも桃は先を急ぐ。


「案内を。」


「はっ。」


無意識の内に、先ほどまでの自分ではない自分を引き摺りながら、桃は隼と共に駆けだして行った。




後ろに目のない桃には、背後で明哉以外も全員が揃って頭を下げている姿など目に入らない。


「あれが、我が君です。」


感極まったように明哉がポツリと呟いた。


「私の選択は間違っていなかった。」


内山も満足そうに息を吐く。


「討議を続けます。私たちは我が君の眼鏡にかなう策を練り上げねばなりません。」


それには、どんな妥協も怠慢も許されなかった。

何より自分自身がそんな自分を許さないだろう。

心にそう決意しながら、明哉の言葉に誰もが大きく頷いていた。






結論を言えば、翼は女装を免れた。


駆けつけた桃が、女装もいいけれど、それよりカフェエプロンとベレー帽、お揃いのコックタイを付けたギャルソン姿の翼たちを見たいと言ったためだった。


「桃ちゃんがそう言うのなら。」


渋々自分たちの意見を引っ込めた理子だが、ギャルソンという言葉に想像力を掻き立てられたのだろう。翼や聖を見る目は爛々(ランラン)と輝いていた。


何故か寒気のする翼たちである。


「エプロンはショートにする?それともロング?」

「無地もいいけど、ストライプも捨てがたいわよね。」

「和風の作務衣も和みます。」


早速女の子たちは喧々諤々とした討論に入る。

こんな時の女子高生の勢いには目を瞠るものがあった。意島あたりがこの場に居れば、この半分の熱意でいいから勉強に向けろと言わずもがなの事を言うのだろうなと桃は苦笑する。




「すまない、桃。助かった。」


疲れ切った表情の利長が桃に礼を言ってきたのは、そのすぐ後だった。

聖や陸、悠人も心からホッとした表情を浮かべている。


そんなみんなの中で、何故か翼だけは何だか元気がなかった。


「翼?」


「俺は、この容姿が心底恨めしい。」


いつもの明るさをすっかりなくして翼は、深いため息をついた。

元々自分の可愛い容姿を気に入っていなかった翼は、今回の事でコンプレックスをますます助長させたようだった。


「せめて、兄哥(あにき)くらいの”がたい”があれば女の格好をしろなどと言われずに済んだのに。」


いや、利長の”がたい”はかなりレベルが高いのではないかと思われるが・・・


「できれば、戸塚、串田クラスの体が欲しい。」


それはいきなり理想が高すぎでしょうと桃は思った。


「やっぱり、プロテイン飲んで筋トレか?でも俺はそれじゃ腹筋は割れても筋肉モリモリにはならないんだよな。」


ブツブツと翼は呟きながら考え込む。


確かに翼の腹筋がキレイに6つに割れていたのは海で確認済みの桃だった。

本当は思う存分触ってみたかったのだが、ヤバいから止めてくれと翼に泣いて頼まれてしまったため、しぶしぶ諦めたという、桃的に残念な夏の思い出を持っている。


ビキニ姿の桃に衆人環視の中、腹筋触られるなんてどんな拷問だと、そのあと翼は利長にくどいた。

翼的にも非常に残念な夏の思い出である。





(翼が、筋肉モリモリになったら・・・)


一方桃は翼のこの天使のような可愛い顔の下にムキムキマッチョな体がついた姿を想像して、眉を顰めた。


(・・・絶対似合わない。)


可哀相だがそう思う。

それならまだ女装の方がずっと似合うと思った。


「翼。・・・私は、今のままの翼が好きよ。」


桃は、真剣にそう言った。


「桃!」


たちまち翼は顔を赤らめる。


反対に利長たちの顔は青くなった。

ショックを受け顔を強張らせる。


「翼はそのままで十分ステキだと思うわ。」


だからムリをしないでと桃は言う。

なんとしてもムキムキマッチョな翼を止めたい一心だった。


「桃がそう言ってくれるのなら・・・」


可愛い顔で頬を染めながら、翼はそれなら無理なトレーニングはしないと約束する。



それにホッとする桃を複雑な表情で利長は見詰めた。


翼が努力して筋肉をつけることは可能でも、利長が翼のような可愛い容姿になることは絶対不可能だ。


(桃は、可愛い男が好みなのか?)


悶々と利長は悩む。

その悩みは、数日後、理子たちが喫茶店の衣装の試作品を作って、それを利長が試着するまで続いた。


「スゴイ!格好いい!ね、桃ちゃん。」


「うん。本当ステキだわ。」


桃のその一言に、利長は弾かれたように顔を上げた。


「本当に?」


「もちろん。利長はカッコいいから何を着ても似合うわよね。」


利長の心臓はバクバクと音を立てる。


「可愛くなくてもいいのか?」


「可愛いのもカッコいいのも両方好きよ。」


女の子なら当然の返事を桃はした。



ここ数日間の悩みが利長の心からキレイに消え去っていく。

天にも昇る気持ちで、利長は何日ぶりかの心からの笑みを見せたのだった。



・・・男子高校生というものは、存外単純な生き物なのだと、はからずも証明してしまった利長だった。

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