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セカンド・アース  作者: 九重


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学園祭 2

天吾や西村たちは、ポカンと桃の手にある2体の人形を見詰めた。


剛がガタンと音を立て、椅子から立ち上がる。


「用兵之法、十則囲之、五則攻之、倍則分之。敵則能戦之、少則能逃之、不若則能避之。」


朗々と孫子の兵法を(そら)んじた。


桃は苦笑する。


「用兵の法は、十なればこれを囲み、五なればこれを攻め、倍なればこれを分かつ。敵すればよくこれと戦い、少なければよくこれを逃れ、()かざればよくこれを避く・・・でしょう?」


桃とて孫子が必勝の策としてあげた、数で圧倒する作戦くらい知っていた。孫子は、数で少しでも劣るのであれば、もはや勝利は確実でないのだから退却しろと言っている。


「分かっているのならば、何故?敵に数で優ることは一番確実な勝利を得る策だ。自らその数を減らすなど、自殺行為としか思えない。」


いかにも呉の宿老、張昭が言いそうな意見だった。

拓斗も隣で同意するように頷いている。


(真面目なのよね。2人とも。)


「兵非益多也。兵は多きを益とするに非ざるなり。・・・戦いは戦力が多いからといって良いというものではない。これもまた孫子の言った自明の理でしょう?」


()の言葉に、剛は「しかし・・・」と言って言葉を呑む。


「数の力も適切に使わなければ役に立たぬ事は百も承知です。だからと言って最初から切り捨てる事には反対です。」


拓斗が剛の呑んだ言葉を代わりに言った。


「この人形が盤上に在れば、わずかであろうと“力”や“速さ”を割り振らぬわけにはいかぬ。使う予定のない人形に限られた数値を分け与える余裕はない。」


手の中の人形を示しながら、桃はきっぱりとそう言った。


・・・孫子の兵法を引用してのやり取りは、桃の心の中の何か(・・)を引き摺り出す。


全員の注目が桃に集まった。


「“史弥”。拠点都市の数と位置、そこに至るルートから算定して、どうしても必要な人形の数はいくつだ?」


何のためらいもなく“史弥”と呼んだ“桃”はそう聞いた。


「8つ。・・・攻めようによっては7つでも可能でしょうが、8つの方が作戦は単純です。」


「明哉?」


「不本意ですが・・・同じ見解です。」


桃はフムと考え込む。

白く小さな女性の手は、片手で顎を撫でながら、もう片方の手でホワイトボードに残っていた人形をもう1体剥がした。


「桃!」


「単純な作戦など必要ない。この戦いは盤上の頭脳ゲームだ。想定外の危険もなく不測の事態も起こり得ない。どれ程複雑な策を練っても思い通りに事は進む。存分に軍事理論を語り、机上の空論を現実とせよ。」


桃は、“ニヤリ”と笑った。



「・・・できぬか?」



そこに居て、居並ぶ名士の生まれ変わりの男たちを見回す少女は・・・どう見ても農民の妻には見えなかった。

もはや誰一人そんな事を信じはしないだろう。



「遵命。(仰せの通りに。)」



静かに明哉が拝礼する。


内山と牧田もそれに続いた。

驚き固まっていた天吾や西村たちも次々に頭を下げる。

彼らの胸は、自分たちに向けられる桃の視線を受け、ドクドクと高鳴っていた。




・・・やがて、小さなため息と共に剛も「わかった。」と答えて頭を下げる。そのまま視線を上げて桃を見た。


「数を減らすことに全面的に賛成はできないが、それが桃の決断ならば、わしはそれに従おう。・・・かの“赤壁の戦い”でもわしの主張は受け入れられず、しかし我らは勝った。あの時の自分の判断が間違っていたとは今でも思えないが、結果は結果だ。あの時に比べれば、今のこの“ゲーム”は数倍まし(・・)だ。」


三国志史上もっとも有名な“赤壁の戦い”の時、張昭は主君である孫権に対し曹操に投降するようにと強く主張した。客観的に見れば、孫権が曹操に勝てる可能性は限りなくゼロに近かったのである。諸葛亮による劉備軍との同盟や周瑜の活躍により孫権は勝利を得たが、剛は今でもあれは万に一つの僥倖(ぎょうこう)だったと思っている。


確かにあの戦いに比べれば、今回のゲームは十分に勝算がありそうだった。


同じように拓斗も剛と並んで頭を下げる。謹厳実直で真面目な拓斗から見れば、桃の策は奇策にしか見えないが、しかし一度方針が決まればそれに従うに否やはなかった。






全員が心を一つにして、桃の方針の元、再び検討をはじめたところに、隼(馬超)が飛び込んできたのは、それから然程時間の経たぬうちだった。


「桃、助けてくれ!」


一瞬の内に緊張が場に走る。


「どうした?2年か3年の急襲か?」


天吾の言葉を、有り得ないと直ぐに内山が否定する。


「夏休み中はいかなる攻撃も禁止されています。これを破ることなど絶対にありません。」


内山の言うとおりだった。

本当に国と国との命運をかけての戦いならばいざ知らず、たかが学校の授業の一環でそんな掟破りの攻撃などするはずがない。


「どうしたのです?」


浮足立つ仲間を制し明哉が立ち上がる。

隼はかなり急いで走ってきたらしく、背の高い鍛えられた体を2つに折って、ハアハアと荒く息を乱していた。


桃もその様子に困惑を露わにする。


・・・明哉たち文臣と違いストラテジーゲームに参加しない隼たち武将陣は、理子をはじめとした女の子たちと一緒に別の企画を計画しているはずだった。

こんな風に慌てふためいて、桃に救けを求めるような事態などあるはずがないのである。



「翼が・・・」



荒い息の下から、ようやく隼が声を絞り出す。


「翼が?」


桃がきき返す。





「理子に・・・“女装”させられそうだ!!」





ポカ〜ン・・・という効果音がこれほどピッタリくる場面もなかっただろう。


(あ、それは似合いそう。)


咄嗟にそう思った桃は、懸命にもそれを口に出さなかった。



「・・・一体どうしてそんな事になっているのですか?」



明哉の言葉に隼は理由を説明し出した。


なんでも、学園祭でストラテジーゲームに参加しない特別クラス1年生は、“喫茶店”をすることに決まったのだそうだった。


集ってその内容の打ち合わせをしていたのだが、話の中で女の子の人数が足りないと言い出した理子が、翼に女装(・・)しろと言ったのだそうだった。



「・・・その人選は、良いのか悪いのか?」



西村が額に手を当てる。

確かに翼の容姿は文句なしに可愛いが、翼のあの性格でそれにうんと言うはずがないだろう?と誰もが思う。


隼の話では、女装の候補には翼だけではなく、他にも立木や悠人、陸も挙がっているという事だった。


全員黙り込む。


立木は明哉と並び立てるような美形である。

陸も前世が厳顔だとは信じられないような優しい顔立ちをしている。

悠人は・・・


「何で悠人が?」


天吾の疑問はもっともだった。

悠人の外見は、真面目そうな眼鏡男子だ。女装が似合いそうにはとても見えない。



「眼鏡っ()は、外せないと橋爪さんが言って・・・」



明哉が何とも言えないおかしな表情を顔に浮かべた。


・・・男たちは深〜いため息をつく。



女子高校生の思考回路は、流石の名士たちにも理解不能だった。




「逆上して暴れ出しそうな翼を、今必死で利長が抑えていて、聖や老将コンビも女子たちには勝てなくて・・・桃、お願いです。理子たちを止めてください!!」



隼の叫びは、どれ程の強敵にも怯まなかった武勇響き渡る(きん)馬超とは思えぬような悲哀に満ちていた。

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