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学園祭 1

桃の記憶の中で最後の花火が上がった。


「桃?」


呼ばれて桃は追憶から現実に戻って来る。


「何?」




学園祭のストラテジー(戦略)ゲームに関して白熱した議論を繰り広げていたはずの明哉たちが桃を見ていた。


「桃の意見を聞きたいのですが、いいですか?」


明哉の問いにモチロンと答えながら、桃は疑問をその顔に浮かべた。

ここに集まっているのは、明哉(諸葛亮)を筆頭に、猛(糜竺)、剛(張昭)、拓斗(華キン)、天吾(ホウ統)、不破(馬良)、大江(徐庶)、清水(馬謖)、西村(法正)、牧田(劉表)、そして内山(荀イク)というそうそうたる名士ばかり(並び順は、1組から名簿の早い者順である。)で、三国志ファンが見たなら喜びのあまり気絶しそうな程のメンバーなのだ。

この顔ぶれが揃って桃の意見を必要とするような事があるというのだろうか?


桃のそんな表情に明哉は苦笑する。


男のくせに長くキレイな指が、検討のために持ち込まれたホワイトボードに貼ってある10体のマグネット人形を指差した。


「我らの意見が分かれているのです。軍隊を示す武将のマグネット人形10体に振り分けられる能力の基本値は、力と速さを合わせて総計200を越えない範囲で設定しなければなりません。全てを均等に振り分けるのが常套手段でしょうが、それでは負けはせずとも勝つことも難しいと思われます。速さに特化し、いち早く各都市に侵攻して、そこを支配下に治める部隊も必要でしょうし、圧倒的な力で制圧する部隊も必要です。どちらを重視するべきかで意見が真っ二つに割れているのです。」


それは、古今東西あらゆる戦いで検討されてきたことだろう。

普通の戦いであれば、環境や条件、自軍の現状等により自ずと答えの出る命題であるが、ホワイトボード上を戦場とする架空の戦いでは、その答えを出すことは困難なのだと思われた。


「兵聞拙速、未睹巧之久也・・・”兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久(こうきゅう)なるを()ざるなり”だ。多少力不足でも短期決戦で勝つ者が戦上手と言える。戦いを長期化させるような者は巧者とは呼べまい。」


大声の天吾の主張は言わずもがなの事だった。

”孫子の兵法”などここに居るメンバーは皆熟知しているに決まっている。(ここで郭嘉・・・3年城沢の言ったという、兵貴神速“兵は神速を尊ぶ”と言わなかったのが天吾らしいと言えるだろう。城沢の言った言葉など絶対引用したくないのだと思われた。)


桃は天吾の意気込みに目を丸くする。


「確かにスピードは重要だが、今回戦いの勝敗を決めるのは、単純にその人形の力の値だけだ。いくら素早く各都市を制しても、そこに自分より力の強い敵が来れば尻尾を巻いて逃げ出す以外に手はない。そんな情けない戦いをするつもりはない。」


そう言ったのは西村だった。

西村の天吾に対する言葉は遠慮がない。

どうやら、スピード重視派の先鋒が天吾で、パワー重視派の先鋒は西村のようだった。

天吾は西村を睨み返す。


「ホワイトボード上の各都市を制圧すれば時間の経過と共に加算ポイントがもらえる。それを足りない力に振り分ければ良い。」


「間に合うとでも思っているのか?敵が親切にもこちらが力を付けるのを待っていてくれるとでも?」


馬鹿にしたような言い方が非常に癪に障る西村である。


しかし、確かに西村の言うとおりだった。


人形は各陣地から同じ時間に一斉にスタートされる。いくらスピード重視と言っても各都市の攻略に必要な力を振り分けないわけにはいかず、残った数値を全て速さのポイントとして各人形に振り分けたとしても敵の部隊が追いついてくるまでにそれほどの差はつかないだろう。その間だけで加算されるポイントを足したとしても、とても敵に対抗するには足りないと思われた。


「だからと言って足の遅い部隊ばかりでは敵に後れをとってしまうぞ!」


天吾の言う事もまた正論だった。


同じホワイトボードでも架空の都市にはそれぞれランクと特殊な設定がされている。それに伴い、時間の経過と共に加算されるポイントに差が出てくるのだ。当然どの学年も高いポイントを稼げる重要都市をいち早く支配下におさめたいに決まっていた。


天吾も西村も、そして両者にそれぞれ加勢する者たちも一歩も譲る気配がない。


どちらの案にも長所と短所があるために迷うのも当然だった。


「以前はどうでした?・・・ふ、史弥(ふみや)さん。」


気恥ずかしそうに桃は内山に訊ねた。


“海に一緒に行けなかったから”という理由で内山を名前で呼ぶことを桃が了承させられたのは数日前のことだった。いったい何でそんな理屈が通るのか?とは思うのだが、あまりに内山が必死だったため、そのくらいであればと桃は頷いた。

頷きはしても、まだ呼び慣れない桃が口ごもるのは仕方のないことだろう。(ちなみに、この機会にと桃は1年男子全員を下の名前で呼捨てにするようにと“お願い”されている。男たちの名前へのこだわりは、桃には理解し難いモノがあった。)


頬を赤らめ口ごもる桃に、内山は極上の笑みを返す。この場に吉田たちが居れば、その口はポカンと開かれたまま塞がれることはないだろうと思われるような笑みだった。




内山は語る。


一昨年、当時1年だった吉田、内山たちは“力”を重視した策を採ったそうだ。

今と違いホワイトボードの都市間に差は無く、どこも全て同じ条件だったため、スピードにさして重きを置く必要がなかったという話だった。

結果、時間はかかったが内山たちは他の学年を全て制圧し完全勝利を得ることができた。


一方昨年は、一昨年あまりに時間がかかった事が気に入らなかった吉田の主張で、今度はスピードを重視した部隊を展開したのだそうだ。

当時3年の袁紹(えんしょう)は、力の割り振りの見本のようなバランスの取れた部隊を作って対抗してきたのだが、あまりに教科書通りの袁紹の部隊の動きを読むことは容易すぎて、結果時間と貯まるポイントを計算し2年は3年を圧倒することができた。

ただ極度に力を重視し守りを強化した当時の1年、呉の部隊には手も足も出なかったそうだ。獲得した都市の数で2年の優勝は決まったが完全制圧は逃したという話だった。



「聞いたか。やはり部隊に必要なのは圧倒的な力だ。多少時間はかかっても勝利を確実にすることの方が重要だ。」


それ見た事かと西村が声を上げる。


「ルールそのものが今とは違っているだろう。各都市に差がある今回は、重要拠点をいち早くおさえる必要があるんだ。」


確かに天吾の言うとおり、主要都市を敵に取られることは避けたかった。


「それを奪い返されれば何にもなるまい。」


「奪い返される事、前提かよ!?」


「お前の策ではそうなると言っているんだ!」


天吾と西村は睨みあう。

それぞれに味方する他の者たちも一触即発の雰囲気を漂わせていた。



明哉は困ったように肩を竦める。



「桃。どう思われますか?」


「どうって・・・」


桃は小首を傾げた。


「桃の決められた方針に我らは従います。」


桃は目を瞬いた。


・・・そう言う明哉は自分の考えをまだ表明していない。

内山も昨年、一昨年の事を話しただけで、今年はどうするという意見は一言も言っていなかった。


2人共ジッと桃を見ている。



(・・・性質が悪い。)



桃は心の内でため息をついた。

おそらく2人共にどうすれば良いかの答えはもう出ているのだ。そしてそれを桃の口から言ってもらいたいと思っている。


(私の答えが違っていたら、どうするつもりなのよ?)


実際に口から出そうなため息を堪えている桃は、そんな桃に同情するような視線を向けてきた牧田と目があった。


牧田は劉表である。

荊州という地を預かりそこを治めた人物だった。


・・・そう、名士はその優れた知識と才能で文官となれば国家の運営を助け、戦いに出れば軍師として戦局を左右する存在だが、最終的にその名士たちの意見を元に決断を下し全責任を負うのは、劉表や劉備といった統治者であった。

牧田の視線には明らかに、そんな桃の立場を察し労わる思いが込められている。


(同情するなら代わって(・・・・)くれよね。)


かなり以前の流行語大賞のような言葉を桃は思い浮かべた。



無意識に顎に手を当て、そこを撫でる。



代わってもらえないのは、よくわかっていた。

ここに集まった者たちが望んでいるのは、牧田ではなく桃の言葉なのだ。

同じ内容だとしても牧田の言葉では、何にもならない。



ゆっくり立ち上がった桃は、そのままホワイトボードへと近づいた。



「力も速さも両方共に必要だ。・・・そうでしょう、明哉?」



それは、桃の言葉であるようでいてどこか違っていた。


「はい。」


明哉は静かに頭を下げてホワイトボードの前から退く。


フムと桃は目の前のマグネット人形に目をやった。



「総数は200。力、速さ共に値を上げたいのなら手段は1つだ。」



桃は無造作に手を伸ばすと、10体あった人形の2体をホワイトボードから剥がした。



「個々の数値を大きくするためには、分母の数を小さくする以外に手は無い。」



振り返った桃の目は、深い光をたたえていた。

うだうだとした”ストラテジー(戦略)ゲーム”の説明、わかってもらえるでしょうか?

とっても、不安です。

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