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セカンド・アース  作者: 九重


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夏休み 3

ビーチバレーに勝つための方策は、いくつかある。


まず砂の上で動く体力とコツをつかむことから始まって、ビーチの風の影響を考えてボールを必要以上に高く上げないこととか、ビーチバレーではサーブレシーブを行ったプレーヤーが攻撃をするため攻撃力の低いプレーヤーをサーブで狙うことなど、勝つための重要ポイントはいくつもあるだろう。


しかし、南斗高校1年特別クラスに限っての絶対確実な必勝法は、たった1つである。


「えいっ!」


足をとられる砂の上でそれでも何とかジャンプしてポテッと打った桃のスパイクは、ひょろひょろと飛んで、一歩も動けない相手チームの串田の足元に落ちた。


「きゃあぁ!桃ちゃんステキ!!」


桃とペアを組んだ理子が歓声を上げて桃に抱きつく。

得点21対10・・・第2セットも圧倒的な大差で勝って、桃・理子ペアの勝利が決まった瞬間だった。


串田の体たらくに、いつもであれば嫌味の百や二百は叩き付けるはずのペアを組んだ牧田も、流石に今日は何も言わない。

仕方ないかと肩を竦めるだけだ。


串田は呆然と桃のビキニ姿を凝視して固まっていた。



・・・そう、本当に仕方ないだろう。

ビキニの桃を敵に回した男たちが勝てるはずなどないのだから。




せっかく利長が着せた”彼シャツ”ならぬ”彼Tシャツ”は、あの後遅れてやって来た理子の手によりあっという間に脱がされてしまっていた。


「もう!何をやっているのよ!海でパーカーやシャツを羽織るなんて、せっかくの桃ちゃんの可愛いおヘソや肩から腕への絶妙なラインが見えなくなっちゃうじゃない!」


Tシャツを突き返しながらの理子の抗議を、お前はどこのおやじ(・・・)だ!と思いながら利長は受け取る。思ったってそんな事絶対言えるはずのない利長である。理子はもちろん、理子の後ろで女の子たちが全員うんうんと頷いている様子が怖すぎる。


「だいたい隠したりしたら、もっと妄想が広がってなおさらドキドキするでしょう!?逆効果なのよ!逆効果!!・・・日焼けなんか日焼け止めクリームを塗ればいいの!」


いや、多分理子の説も一理あるのであろうが・・・桃のビキニ姿を他の誰にも見せたくないと思ってしまう男心をわかって欲しいと思う利長たちだった。




その後、男たちが羨ましそうに見る中で、女の子たちはこぞって桃に日焼け止めクリームを塗りまくり、あれよあれよと言う間に話が決まってビーチバレーボール大会に突入したのだった。


もちろん、男たちの誰1人、桃に勝てる者などいるはずもない。


串田・牧田ペアの1つ前に戦った、不破・清水の“前世の兄弟”ペアなど、ボールを追った桃が砂に足を取られペシャン!と転んでキレイな背中とお尻のラインが自分たちの目の前に見えた途端、飛び上がって自ら試合放棄をしたくらいであった。

不思議そうなのは桃だけで、他は全員さもありなんと頷いている。


真夏の太陽と広がる青い海を背景にビーチで繰り広げられるはずだった熱い戦いは、はじまる前からわかり切っていた結果に終わったのだった。



そんなこんなで、ばたばたと日も暮れて・・・




海辺の夜は涼しかった。

つい先刻、息を飲むほどに美しい夕日の沈んだ海に、今度は夜の花が咲いている。


大歓迎してくれた清水の実家のホテルの好意で用意してくれた浴衣を着て、桃たちは海に打ち上げられる花火を見ていた。


桃の左隣には、そもそも桃を花火に誘った牧田が当然の権利だと主張して座っており、右隣には今回の旅行で一番の功労者となった清水が座っている。畏れ多いと一度は断った清水だが、その場合その席をめぐって血みどろの戦いが勃発しそうだったため、全員に説得されて大人しく座っていたのだった。

時折隣の桃に目をやって頬を赤らめ俯く姿が、たいへん初々しい正しい高校1年生男子の姿がそこにある。


「キレイですね。」


そんな様子には全く気付かず、桃はうっとりとため息をもらした。

確かに大型の花火はないものの、海の上の花火は一種独特の情緒があり、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。


「そもそもは清水くんの曾お祖父さんが個人で打ち上げ始めたものなのだそうですよ。」


相変わらず情報通の牧田がそんな話を教えてくれた。


「ホントですか?凄いですね。」


「あ・・・いえ、それほどでも。」


清水は恥ずかしそうに桃を横目で見る。


「そんな、大層なものじゃなくて”大じいちゃん”・・・曽祖父の自己満足っていうか、感傷っていうかそんなもので・・・」



「自己満足?」



驚いたように清水を見る桃の黒い瞳の輝きに見とれながら、清水は曾祖父・・・”大じいちゃん”が、この花火を打ち上げる事になった由来を話しはじめた。





・・・清水の曽祖父の前世は、ヨーロッパの貧しい漁村の住民だった。



「前世の曽祖父が子供だった頃の話だそうですが・・・」


清水の声は、花火の合間に静かに響いていく。



前世の曽祖父がまだ少年だった頃、不漁の年が数年続いたことがあった。

丁度その時、村に怪しい祈祷師が住み着いてその祈祷師がインチキくさい祈りを海に捧げた時に一時的に豊漁になったという事があったそうだ。もちろん今考えればそれはホントの偶然でその祈祷に力などなかったのだろうが、村の大人たちはこぞってその祈祷師を信じ崇め奉ったという事だった。


しかし、偶然がそれほど続くわけもなく、その後はまた不漁が続いた。


何とかしてくれと迫られ果ては脅された祈祷師は、海に生贄を捧げると言い出した。

その生贄に選ばれたのは曾祖父と同じくらいの年齢の少女だった。




「酷い話ね!」


理子が憤慨する。


「まあ、かなり昔の話ですから。」


清水は何だかすまなそうにそう言った。




少女が選ばれた理由は2つあった。

1つはその少女が両親を早くに亡くした孤児だった事。

そしてもう1つは、年齢の割に大人びていたその少女が、不漁の原因は数十年周期で起こる海水温の変動のためであり、祈祷などしなくともそのうち変動が収まればまた海に魚は戻って来るのだと、祈祷師の力を真っ向から否定するような意見を言っていた所為だった。




「・・・それはまた、そんな昔の時代の、しかも少女が言う意見とは思えませんね。」


牧田が驚いたように目を瞠る。


「大じいちゃん・・・曽祖父が言うには、何でもその子は“転生者”で、前世で似たような海辺の近くに住んでいて同じような現象を経験してきたことがあると言っていたらしいです。」


皆、一様に黙り込んだ。


「・・・そこは、セカンド・アース(この世界)だったのですか?」


「いいえ、尊兄(そんけい)。普通の地球だったと曽祖父は信じておりました。少なくとも前世の曽祖父にはそのまた前世の記憶はなかったそうです。」


桃のすぐ後ろに居た明哉の質問に、清水は真面目に答える。



「そんな事があるの?!」



理子の問いは誰もが抱いた疑問だっただろう。


「わかりません。曾祖父もその子の言っていた事が本当だったかどうかはわからないと言っていました。・・・当然その言葉は他の誰にも信じられず、祈祷師の主張通りその子は生贄として海に捧げられてしまったそうです。」




シンと静まり返った夜のしじまに、花火がヒュ〜ッと音を立てて上がり、ドン!と弾ける。

海風が潮と火薬の匂いを運んできた




「・・・その村はどうなったの?」


桃の声が静かに響いた。


「当たり前のことですが、そんなことで魚が戻るはずもなく、その翌年祈祷師は怒った村人に殺されてしまったそうです。その後数年不漁は続き、村人が諦めかけた頃、突如依然と同じように漁ができるようになったそうです。」


「海水温の変動が元に戻ったんだな?」


「おそらく。」




・・・それは、今のように文明が進んでいない時代にはよくある悲劇だったのだろう。

哀しいことに同じような話は世界中あちこちにあった。




「・・・曽祖父は放浪癖のある人で、あちこち旅している内に、この花火に出会ったそうです。夜空に咲いた青い花火が、その生贄になった子が好きだった青い花に似ていると言って、花火師ごとこの街に招いて花火を上げるようになりました。・・・弔いの花だそうです。」



「・・・青い花?」



桃は訝しそうに眉根を寄せた。


「凄い!ステキ!時を越えて愛した少女に捧げる花火なんて!!ロマンだわぁ。」


うっとりと理子が呟く。

他の女の子たちも、感激にうるうると瞳を潤ませていた。



「・・・愛した少女?」



桃の眉間の(しわ)は、ますます深くなる。





花火がまたドン!と上がった。




赤から青に変わる花火を桃は眉間に皺を寄せたまま見詰める。



・・・もの凄くよく似た話を桃は知っていた。



ただし、その話の中の“女の子”は、生贄なんかになる前にその村を逃げ出した。

祈祷師も殺される前に夜逃げして姿をくらませたと噂話に聞いていた。


(第一青い花が咲いていたのは、村長の屋敷よね。)


桃は、その前世の桃より1つ年下の村長の末っ子を思い出す。



青い花が好きだったのは・・・末っ子だった。



日がな一日空想ばかりして、貧しくて働かなければいけない桃の邪魔ばかりしていたような子だったような覚えがある。


確か、その空想がこれでもかという程に悲惨な空想で、村が不漁になった時も聞くだけで気の滅入るような未来図を延々と語ってくれたものだった。

だから、嫌気のさした桃はついつい自分の前世の記憶を引っ張り出して、この不漁はいまに収まるのだと話して聞かせたような記憶があった。


(海水温云々なんて言った覚えはないけれど・・・)


清水の語った話は、何だかいろいろと脚色されていて、それも件の末っ子の話を連想させられてしまう。

桃は眉間の皺をますます深くした。



ドン!と、大きく鳴った花火の音が、桃を追憶から現世へと引き戻す。



「・・・清水さん。その大おじいさんは?」


「元気ですよ。相変わらずの放浪癖で今も家にはいませんが。」


「・・・おいくつなの?」


「今年で90歳です。」




・・・不在で良かったと桃は思った。


清水の曽祖父のこの逸話で、この花火大会は年々盛り上がりを見せ、清水の実家のホテルの客足も上々だという事だった。

今回この日程に合わせて桃たちを格安で泊まらせてくれた清水の実家は椀飯振舞(おうばんぶるまい)をしてくれたという事になる。


それだけ清水が家族に愛されているということなのだろうが・・・




夜空に青一色のスターマインが打ち上げられる。




花火大会がもうすぐ終わるのであった。


花火が終われば、今は喧噪に消されている波の音も耳に届くようになるだろう。






波は変わらず打ち寄せる。

昼も夜も。

今も昔も。



地球にもセカンド・アースにも・・・



変わらないのだと桃は思った。

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