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球技大会 4

2年1組対3年1組の試合は、劇的な幕切れとなった。


0対0で迎えた7回裏

2年1組の攻撃で2アウトランナーなしの場面に立った荒岡の打った打球はセンターオーバーの見事なヒットとなった。

茶色のグラウンドに白いボールが転々と転がって行く。


「バックホーム!!」


キャッチャーマスクを脱ぎ捨てた内山がいつもの憂い顔のまま表情を変えずに叫んだ!

・・・はっきり言って、緊迫感台無しである。


ここで、なんで内山?と思った方、思い出して欲しい。これが球技大会、すなわちクラスマッチなのだという事を。

この球技大会は生徒会行事であって学校の教育課程には少しも関係ない。

つまり、軍学の授業ではないのである。

当然内山は本来の自分のクラスである3年1組の生徒として参加しているのであった。

しかも、吉田とバッテリーを組んでいるあたり、吉田と内山のくされ縁は切っても切れないモノがあるのかもしれなかった。


「バックホーム!?」


内山の言葉を聞いて、驚いてキャッチャーのバックアップに回るため駆け寄って来た吉田は、不審そうな声を上げる。


「あの当たりで本塁を狙うような暴走(・・)を荒岡がするか?」


吉田の疑問は当然だった。

確かにボールは転々(てんてん)と外野を転がっていたが、センターのカバーに入ったレフトの堤坂(前世 夏候惇)がすぐに追いつきそうだし、勢いから見てどうみても3塁打が精一杯、とても本塁を狙える・・・つまりはランニングホームランになるような当たりには見えなかった。

ここで荒岡が3塁を回ってきたら、それは暴走以外の何ものでもないだろう。


内山が憂い顔をなお深める。

チラリとネクストバッターズサークルにいる仲西に目をやった。


「・・・仲西は、前の回のピッチャーライナーを捕る際に、左手首を痛めて(・・・)います。荒岡は何が何でも自分でケリをつけようとするでしょうね。」


その言葉に、吉田は目を見開く。


そして、その内山の声が耳に入った仲西もそれと同じくらい驚いた。


「何故、それを・・・」


「そんなもの。少し観察眼のある人間なら一目瞭然です。」


それは違うだろう!と仲西は思いたい。

確かに仲西は手首を痛めはしたが、その事を敵はもちろんの事、味方に対しても、おくびにも出さなかった自信があった。表情も変えなかったし、手首を痛がったり、庇う素振りさえも見せなかった。

現に、原因のピッチャーライナーを打った吉田本人だって驚いている。

そんなことに気がつく、内山と荒岡の方が規格外なはずだった。


・・・その規格外の男の1人荒岡は、同じく規格外の内山の言うとおり、2塁を蹴って3塁に近づいても走るスピードを落とさず、それどころか、ますます上げていく。

その様子に焦った3塁コーチャーズボックスに入った味方が止まれ!と、両手を広げ大声で叫んでいた。


「あの、バカ。」


仲西は小さな声で呟いた。


「止まれ!無理をするな!!」


声を張り上げ、怒鳴る!


走りながらチラリとこちらを見た荒岡が、微かに笑ったように見えた。


センターの後方で、ようやく打球に追いついた堤坂が、内山の指示どおり迷いなくボールを本塁へと返球する姿が目に入る!


荒岡は3塁を蹴った!!


「ムリだ!!バカやろうっ!!」


それはどうみても完全にアウトのタイミングだった。

誰が見ても暴走だと思うだろう。


しかし、奇跡は起こる!


堤坂の返球が、大きく右に逸れたのだった!




・・・いや、それは奇跡などではなかったのかもしれない。


堤坂の前世である夏候惇は、戦いで片目を失明し盲夏候とあだ名された隻眼の武将だった。

平時では視界に何の異常もないこの男が、戦いの中で無意識に前世では無かった左目を気にする“癖”があることを、当然荒岡は知っていた。

ストレスのかかるこの場面で、前世と現世の視界のブレが堤坂の返球を狂わす可能性を、荒岡は読んでいたのかもしれなかった。


「私が捕ります!ベースカバーを!!」


そう叫んだ内山がボールの方へと飛び出す。

大きく逸れた返球をがっちり捕って、すぐさまそれをベースカバーに入った吉田へと投げた。


荒岡が猛然と本塁へ滑り込んで来る!


ボールを受けた吉田が、その荒岡にタッチする!!



もうもうと砂埃が舞い上がった!!!



一瞬、周囲に静寂が訪れる。

誰もが固唾をのんで、見えないホームベース上を見詰めていた。



永遠のような一瞬の後、砂埃がおさまり、中から白い五角形のベースが見えた途端。



「セーフ!!!」



主審の大きな声が響いた!

吉田のグラブの下、滑り込んだ荒岡の足は確かにベースに届いていた。


「うおおおおおっっっ!!!」


2年1組サイドから爆発的な大歓声が沸き上がる!


「っ!!」


3年1組からは、声にならない悲鳴が上がった。





その興奮の中、サヨナラランニングホームランを決めた男が、「ふうっ。」と大きく息をついて立ち上がる。

パンパンと服に着いた砂を払った。

そんな動作の1つ1つまでもが見惚れる程にさまになる男は、そのまま、皆が喜ぶ中で何故か仏頂面をしている仲西の前に歩み寄る。



「ご命令に背き、申し訳ありませんでした。」



荒岡は深々と頭を下げた。

仲西の顔が、微かに歪む。


「・・・全くだ。」


小さく吐き捨てるようにそう言った。


「私の手首は大した怪我じゃない。」

「はい。」

「普通にヒットくらい打てる。」

「はい。」

「返球が逸れる確率など、そんなに多くはないんだぞ。」

「はい。」


何を言っても、はい、はいと頭を下げ続ける荒岡に、ついに仲西は諦めたように脱力し、大きなため息をついた。


「もういい。顔を上げろ。」


仲西と荒岡は正面から向き合って顔を見合わせた。

そのまま仲西は、痛めていない右手を開いたまま上に上げる。


「やったな!」


「はい!!」


バシン!といい音をさせて、仲西と荒岡は片手でハイタッチをした!



「勝ったぞ!!」



「おおおおおぉぉぉっっ!!!」



仲西の勝利宣言に、先刻以上の雄叫びが周囲に満ちる。


2年1組が3年1組に勝ったのであった。







桃は、その勝負を猛と並んで見ていた。


「凄い!猛の言ったとおりね。」


「ああ。総合力で見れば2年1組の方が3年1組より上だからな。」


冷静に猛は言葉を返した。

この試合が始まる前に、どっちが勝つと思う?と訊ねた桃に、猛は2年1組が勝つと答えたのであった。


実は・・・野球というスポーツは、あまり番狂わせが起こらないスポーツなのである。


プロ野球のようにどのチームもそこそこ実力がある場合であれば勝ったり負けたりは日常的に起こるが、そうでなければ野球は強いチームが順当に勝つ競技だ。

猛は2年1組と3年1組の戦力をきちんと分析して、その結果2年1組が勝つと予想したのであった。


「1番大きいのは、やっぱりピッチャーだな。2年1組は、仲西と荒岡が交代で投げているけれど、3年1組は吉田が1人で投げている。良いピッチャーが複数いるチームは強いよ。」


猛の説明を桃は、目を輝かせて聞き入る。

猛は嬉しくてたまらなかった。



「どのクラスが優勝するかわかる?」



「もちろん!」


得々として猛は自分の予想を語る。


話を聞いて桃はニッコリと笑った。



「ありがとう、猛。」



そう言って考え込む桃は、何故か顎に手をやり、そこをしきりに撫でていた。

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