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球技大会 2

翼は大きく振りかぶった。


「死にやがれ!このイケメンハイスペック野郎!」


わけのわからない掛け声と共に投げられた剛速球が、音を立ててキャッチャーミットに吸い込まれる。


「ボール!」


きわどく外れたボールに、審判の判定の声が響いた。


「フッ。打てる球を投げてくれませんか?」


それとも敬遠ですか?と馬鹿にしたように、バッターボックスに立った荒岡が笑う。

その笑みは美しく、バットを持って立つ姿は、もの凄くさまになっていた。


「殺す!絶対殺す!」


「・・・いいから、お前は落ち着いて投げろ。」


戦隊もののヒーローのようなキャッチャーマスクをつけた猛が、ため息をつきながら翼にボールを返した。




南斗高校球技大会“野球”の試合中の1コマである。

うだるような夏の暑さの中、球技大会は、予定どおり開催されていた。


・・・なんで野球?

今どきの高校生は、サッカーじゃないの?


などと言う事なかれ。青い空、白い雲、照りつける日差しの中で無心に白球を追う高校生!学園モノのお話に、甲子園を目指す野球部の男子生徒は、必須アイテムである!!(断言!)


という訳で(どんな訳だ?)生徒の意向とは全く関係なく、南斗高校球技大会の種目は、特別クラスは野球で、普通クラスは男女別のバレーボールとなっていた。


特別クラスと普通クラスの種目が違うのは、主に各クラスの男女比の違いが大きな理由である。

当然大会会場も体育館とグラウンドにはっきりと分かれており、会場内の移動は制限されている。

無駄に騒ぎを大きくしないようにとの配慮から決められたと言うこの件について、普通クラスの生徒からは、かなりの数のブーイングが出ていた。


しかし、ご存知のとおり南斗高校生徒会は会長の吉田をはじめとした特別クラスが牛耳っているため、普通クラスの生徒の要望は、通るはずもない。

当然(くだん)の特別ルールも普通クラスには適応されず・・・憤懣やる方ない羽田が物凄い勢いで吉田に食って掛かったのだが、それで吉田がうんというはずもなかった。


かくて、【誰でも好きな生徒を海水浴等に誘う“優先権”】をかけた一歩も引けない戦いは、特別クラスの生徒間だけで争われることになったのだった。



3日間(正確には2日と半日だが)で行われる球技大会の今日は2日目。

1回戦を無事勝ち抜いた桃たち1年1組は、同じく1回戦を勝った2年1組と対戦していた。


これで勝てばベスト4になれる!

順調に午後の準決勝も勝てば明日の決勝に進める!

という大事な1戦だ。

勢い桃たちも力が入っていた。

それは、士気を上げるためには大いに結構なことなのだが・・・


ピッチャーの翼に関してだけは、力が入り過ぎるのはマイナスだと野球経験者の猛は思う。


しかし、それも仕方のないことかもしれなかった。翼には、野球の経験が全くと言っていいほどにないというのだから。

幼いころから家の牧場を、ずっと手伝っていた翼は、少年野球のチームに入った事がないのだそうだった。


ただ、肩が強く、思いのほかコントロールも良かったことから、今回ピッチャーに抜擢されたのだが・・・興奮して力が入り過ぎるとストライクが入らなくなることが、翼の最大の難点だった。


本来なら経験者の自分がピッチャーをしたいと猛は思う。しかし、残念な事に変化球が主体の猛の球を受け止められるようなキャッチャーが1年1組にはいなかった。



そう、1年1組の最大の弱点は、野球経験者の少なさにある。



(よく、1回戦を勝ち抜けたよな・・・)


キャッチャーマスクの中で、猛は遠い瞳を青い空に向けた。


中学は無理でも小学校時代に少年野球をしていた人間がもう少しくらいいたっていいはずなのにと思うのだが、いくら思っても実際にいないものは、仕方ない。


勢いチームのキャプテンのような立場に立ってしまった猛の苦労は、計り知れなかった。


もちろん、桃を中心とした1年1組は真剣に練習に取り組んだ。

あまりに一生懸命だったために、明哉と桃が明哉の部屋で一緒に寝てしまうという大事件(・・・)を引き起こしたほどに、彼らは練習に練習を重ねたのだ。


しかし・・・実は、野球というスポーツはルールを知らない人間には、とことん難しいスポーツなのだった。


打ったバッターが3塁方向へ走ったり、ピッチャーが投球動作に入る前にランナーが盗塁しようとしたりというような、脱力するしかないような間違いは、練習段階でかなり修正したのだが・・・


ランナー1塁で、内野ゴロを捕った内野手がランナーを無視して1塁に投げるのは止めて欲しいと思う猛だった。


「そこは、セカンドフォースアウトだろう!?」


「え!?だって練習の時は、みんなボールファーストだったじゃないか?」


試合形式の練習の時に、お前は何を聞いていたんだ?と首を捻るような発言はして欲しくない。

ちなみに猛は声を大にしてセカンドへ投げるように指示を出している。みんなそれを無視するだけだ。

この時ほど地味な自分の存在感を恨んだ時はなかった。


「すまない!声は聞こえていたんだが、体が自然に動いて。」


サードを守っていた拓斗が生真面目に謝って来るのだが、それって声は聞こえたけれど従う必要がないと思っていたってことじゃないのか?と思えてしまう猛は、それだけ追い込まれていると言えるのかもしれない。


他にも、凡フライで飛びだすランナーや、タッチプレイでもないのに律儀にランナーにタッチする内野手など、野球を知っているものからすれば目を覆いたくなるような珍プレー目白押しな1回戦を、1年1組が勝てたのは本当に奇跡と言っていいかもしれなかった。


(まあ、あの時は翼にもっと余裕があって、要所要所で押さえられたからな。)


「リラックス!肩の力を抜けよ。」


無駄とは思いながらも、両肩を大きく回しながら猛は翼に声をかける。

落ち着いてくれさえすれば、翼の球は十分通用する球なのだ。



「ご苦労さま。」



クスリと笑いながら荒岡は猛に向かって小さな声で話しかけた。

絶対わざと翼を(あお)っているだろうキレイな男に、流石の猛も向かっ腹が立つ。


(本当にぶつけてやろうか・・・)


右利きのはずなのに左打席に立つ・・・つまりは、自分は野球までできるのだというところを見せ付けるイケメン軍師は、嫌味以外のなにものでもなかった。


「次、インコース攻めますんで。」


当たったらすみませんと、キャッチャーミットを思いっきり荒岡寄りにかまえながら猛は言った。

普段は穏やかな猛だが、このくらいの意趣返しは許されるだろうと思う。

少しくらいビビッてくれれば嬉しいが、どうせ荒岡はなんなく避けるのだろうなと面白くもない考えに猛は顔をしかめる。



猛の言葉を聞いた荒岡は、見惚れるような笑顔を浮かべた。



「・・・それを、待っていたよ。」


「え?」


聞き返した時にはもう遅かった。


猛のミットをめがけ投げた翼の剛速球が、荒岡に迫りくる!


その見事なまでのインコースへのクソボールを・・・荒岡は、華麗に打ち返した!



(何で打つんだ!?)



カッキ〜ン!と金属バットの良い音がして、打球はライト方向へフラフラと上がる。

あれ程の悪球を打ったのだから、打球が凡フライになるのは当然だった。


なのに打ち上げてしまったはずの荒岡は、その場で小さくガッツポーズを決める。



「狙い通りだ!私の想いを、受け取ってください!!・・・相川さん!!」



・・・ゆっくりとスローモーションのようにボールが落ちる先、ライトの守備位置には”桃”がついていた。

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