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セカンド・アース  作者: 九重


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球技大会 1

「すまない!桃!」


土下座せんばかりに桃に頭を下げる拓斗を、桃は諦めたように見詰める。


「仕方ないわ。」


拓斗の隣では剛も並んで頭を下げていた。

桃の隣では、明哉や翼、利長といったいつものメンバーが苦虫を噛み潰したような顔をして立っている。


どこかで見たような光景だなと思って、桃はそれがゴールデンウィークに仲西邸を訪問した時のことだと思い出す。

あの時はメインで謝って来たのは剛で、その隣には理子がいたのよねとなんだか懐かしく桃は思った。


ゴールデンウィークからまだたった2ヶ月しか経っていないなんて信じられない。

体育祭が過ぎ、期末テストも無事?終わり、あとは野となれ山となれ、夏季休暇に入るのを待つだけの7月初旬の事だった。


「まったく、どうにかならないのですか?あの上級生たちは!」


ジロリと明哉が睨む先には、涼しい顔の内山がいる。


「彼らが彼らである限り、ダメでしょうね。・・・まあ、それ程目くじら立てるような事でもないでしょう?要は勝てばよいのですから。」


何でもないことのように言わないで欲しい!


拓斗がますます身を縮めた。





事は、数日前に遡る。


拓斗は、ポカンと、目の前の見た目だけは文句なく整った容貌の男を見詰めた。


「え?」


「いやだなぁ、聞いていなかったのかい?球技大会だよ。7月24〜26日の終業式前の3日間で行われる!それを盛り上げる良い案を明日までに考えて来て。」


何でも無い事のように、城沢は拓斗にそう言った。


南斗高校もこの辺りの他校同様、夏休み前に球技大会・・・いわゆるクラスマッチを行う。

しかし、このクラスマッチは、当たり前ではあるが、純粋にクラス内やクラス間の親睦を深めるための行事で、軍学の授業等には一切関係ないために、南斗高校ではいまいち盛り上がりにかけるのであった。

それは、主催者側である生徒会では毎年の課題の1つとなっており・・・


それを何とかする方法を、城沢はいつもの如く拓斗に丸投げしたのであった。


「そんな事を、1年の俺に急に言われても困ります!」


「大丈夫だよ。君をただの1年生だなんて思っている奴、誰もいないから。」


なんたって“華尚書令”だからね。と城沢は言う。


拓斗にとって非常に残念な事に・・・それは城沢のみならず、全生徒会メンバーの共通認識となっていた。

もはや当たり前のように生徒会の書類の決裁が拓斗に回ってくることに、異を唱える者は誰1人いない。


だからと言って・・・


「そんな!どうすれば!?」


「わからないから、君に頼んだんだ。ルール改正でも何でも好きにやっていいから。じゃあ、よろしく。」


ものすごく軽くそう言うと、城沢はファンクラブの女の子たちとの約束があるからと、さっさと帰って行ってしまった。



・・・ここで、真面目にどうしよう?と悩むのが拓斗の敗因である。



勝手に押し付けられた難題など放って置けば良いのである。

責任を問われるのは城沢なのだと思えばそれでかまわないはずだ。

なのに、それを真剣になんとかしなければと思ってしまうあたりが、拓斗の拓斗たる所以だろう。

有能、謹厳、清廉の権化のように語られる、華歆の生まれ変わりだけの事はあった。


「要は、球技大会にみんなが本気で取り組めるようになればいいんだから・・・」


止せばいいのに、真面目に考え込んだ拓斗は、全員のやる気が出るかどうかのカギを握るのが、各学年の代表なのだと直ぐに思いついた。


吉田なり仲西なりが、「勝て!」と一言言えば、その学年は何が何でも勝利を目指すだろうし、1年にしても、桃の「頑張って!」の言葉1つで、全員やる気が出る事は間違いないと思われた。


考え付いた拓斗は、手始めに2年の仲西に協力を頼むべく2年1組の教室を目指した。


「悪いな、剛。」


「なに、このくらいの事であれば、いつでも頼ってくれ。」


仲西説得の“必須アイテム”である剛の協力も得て、案外簡単に事は成るのではないかと、気軽に仲西を訪ねたのだが・・・



「断る!」



拓斗の依頼は、言下に拒否されてしまった。


「陛下!!あなたという方は!!」


まなじりを決した剛の姿に、仲西はビクッと震えたが、頑として首を縦には振らなかった。


「だいたい何故、そんなモノに私が協力しなければならない?」


軍学に関係ないものに力を入れる必要など自分は感じないと、仲西は言った。


「人が頭を下げて、頼んできたものを一顧だにせずにお断りになると?そう仰るのですな!?」


剛に詰られて、仲西は目に見えて顔色を悪くしたが、それでも態度を変えなかった。


拓斗はがっくりと肩を落とす。


そんな友人の姿を見て、怒り心頭!爆発して、説教2時間コースに突入か?と思われた剛を、傍で見ていた荒岡が(なだ)めた。


「張公、どうか落ち着いてください。陛下は決して山本くんを困らせようとしているわけではありません。軍学に関係ない余計な事に私たちの力を無駄に使わせる事を忌避(きひ)されておられるだけです。」


陛下は陛下なりに、臣下の事を考えておられるのですという荒岡の言葉に、うんうん!と仲西は頷く。

頷きながら、荒岡の陰に隠れたりさえしなければ、それはそれで感心する理由だった。


剛は眉間に皺を寄せる。


「しかし!」


「もちろん!張公の仰られることもわかります!!」


反論しようとした剛の言葉を荒岡は半ば強引に遮る!


「私たちが、球技大会を盛り上げる事に反対する理由はありません!・・・しかし、現状では、球技大会に力を入れる事に価値(・・)を見いだせない事もまた事実です!」



「・・・価値?」



荒岡の言葉を聞いて、拓斗は呆然と呟いた。


「そう、価値・・・メリットです。球技大会で勝つことに何のメリットもないのであれば、誰がそれに力を注ぐでしょう?」


言われてみれば、そのとおりだった。

クラスの親睦を深める行事にメリットを求める事が、そもそもどうなのか?という疑問はあるものの、確かにそのこと自体に価値がなく、かえって余計な力を使うデメリットが大きければ、誰も動かないのは当然かもしれなかった。


「そんな!・・・ではどうすれば?」


拓斗は途方に暮れる。



そんな拓斗に、なんだか黒い笑みを浮かべて(しかし、そんな笑みまで美しい荒岡だった。)荒岡が話しかける。


「メリットがないのですから、作れば良いのですよ。」


「作る?」



「そう、例えば・・・優勝したクラスは、”相川さん”を海水浴(・・・)に誘えるといったような“特典”を与えるとか?」



「海水浴!!」



奇しくも、聞いていた全員の声がハモった!!


「海までいかなくても、プールあたりでも良いかもしれませんね?クラスや学年で自主的に行われる夏季合宿に誘えるというのも魅力的に思われませんか?」


良い案でしょう?と荒岡に言われて、拓斗は困ったように目を泳がせる。


「それは・・・確かに・・・でも、そんな勝手なことをしたら、桃に迷惑がかかってしまう。」


「もちろん!相川さんに承諾を得る事が大前提です。あなたや張公が誠意をもって頼まれるのであれば、相川さんは願いを聞いてくださるのではないですか?」


「それは・・・桃は、優しいから。でも!」


「陛下もそういったメリットがあれば、山本くんの依頼をお受けになりますよね?」



「・・・桃の了承が得られるのであれば。」



仲西は慎重にそう答えた。

しかし、その頬は紅潮し、碧の瞳は期待に輝いている!


「私は、1つの“方策”を提案しているだけです。他の方法もあるでしょう。・・・3年の吉田さんや城沢さんにも相談してみるのも良いでしょうね。」


あくまで控えめに、荒岡は話した。


拓斗や剛は頭を寄せて相談を始める。


2年1組の教室内では、松永(程普)などを中心として、早くもクラスマッチで勝てば、あの“相川さん”と海に行けるかもしれないと、熱気の籠ったひそひそ話が飛び交っていた。

中には、もう勝つための特訓計画を立てはじめる者もいる。


考え込んだ拓斗と剛は、とりあえず荒岡に礼を言って2年1組をあとにした。



見送る荒岡の笑みは、いつになく深かった。






その後、勧められるままに相談に行った3年1組で、話を聞いた途端上機嫌になった吉田に、その案が実現すれば、全力で球技大会に臨んでやる!と確約してもらってしまう。

というより、むしろ、絶対その案を実現させろ!!と脅し半分の激励まで受けてしまった。






そして、冒頭のシーンに戻るのである。


既に何だか引っ込みがつかなくなってしまった拓斗と剛に頭を下げられて・・・結局桃は折れる。


ただし、海水浴に誘える対象を桃だけではなく、他の生徒全員に広げてもらった。

加えて、その生徒にも拒否権を与える。




結果、


【球技大会で優勝したクラスは、誰でも好きな生徒を海水浴等に誘う“優先権”を得る事ができる!】


という、特別ルールができあがった!!




ものすごく恐縮して、謝り続ける2人に、仕方がないし、2人だけのせいじゃないわと慰める桃だ。


・・・実は、海が好きな桃は、海水浴に一緒に行くくらいそれほど大した事だとは思っていないのであった。


優勝すれば、誰はばかることなく桃を海水浴に誘える理由をもらえるという事に、その案を渋っていた明哉や内山も、最終的には賛成に回る。



それは直ぐに全校に周知された。



南斗高校球技大会は、未だかつてない異様な熱気を持って開催されることが決まったのだった。

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