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体育祭 20

「え?」


桃は、思わずポカンとしてしまう。


「ほら、その団旗を貸せ。どうせうちの団は優勝できないんだ。一生懸命走るのもバカらしい。・・・君と一緒に歩いてやる。」


感謝しろよと言った仲西は、桃からひょいっと団旗を取り上げ、桃の手を握って立たせると、砂がついたなと顔を(しか)めながら、桃の膝や体操着からパンパンと砂を払ってくれた。

スラリと背が高く優美な雰囲気な仲西だが、案外力があるらしく、団旗を2本抱えて動いてもビクともしない。


桃はそんな仲西から目を離せなかった。


その桃の視線から、微妙に目を逸らす仲西の眼鏡の奥の目元が、ほんのりと赤いのが目に止まる。


「あ!?・・・でも、団旗は自分で持たなくてはいけないのでは?」


半ば呆然と桃はそう呟いた。

あまりに驚き過ぎて、なんと言ってよいのか、わからない桃だ。


少し考えて、仲西は、蜀の団旗の旗の端を桃に差し出すと、それでも握っていろとぶっきらぼうに命令する。


「これで、君は旗を”持って”いる事になる。どこからも文句は出ないだろう。さあ、行くぞ!」


照れたように早口でそう言うと、旗を2本抱えたまま歩き出そうとした。


言われるままに旗の端を握り、その自分の手を信じられないように見ていた桃だが、動き始めた仲西について行こうと、慌てて足を踏み出す。


しかし・・・


()っ!」


その瞬間、ズキン!と走った痛みに顔を(しか)めて桃は(うずくま)った。


・・・どうやら、転んだ際に足を痛めてしまったようだった。


動きのおかしい桃に気づいて、仲西が振り返る。


「どうした?」


「あ!その・・・」


どう言おうか考えて顔を上げた桃は、そのままびっくりしてポカンと口を開けた。


「?!・・・どうした?」


(いぶか)しそうに仲西が再度訊ねてくる。



桃の目は、その仲西の後ろ・・・つまり、ゴールの方から、こちらに駆け寄ってくる男の姿に釘付けになった。


「桃!足を痛めたのか?」


駆け寄ってきた男は、そう聞くと桃の返事も待たずに、慣れたように桃を抱き上げた!


「きゃっ!!」


「なっ!?・・・吉田!!」


それは、もうとっくにゴールしたと思っていた吉田だった。


「何で?」


「俺のせいで転んだのが見えたからな。」


見えたからといって、戻って来る必要などないはずだった。

見れば、ゴール直前に魏団の旗が地面に突き刺さっている。

持ち手のいないその旗は、風にパタパタと揺れていた。



「・・・ゴールしなかったのですか?」



それは聞くまでもない事だった。


「ゴールすれば戻って来られないだろう?」


何を当たり前の事を言っているのだと、吉田は呆れたように肩を竦める。


その様子に、桃同様呆気にとられていた仲西が我に返った。


「桃は私が運ぶ!あなたはさっさとゴールしてください!」


憤然として叫んだ!


「旗を2本も持っていては、どうしたってムリだろう?」


ほら、行くぞと桃を抱えたまま歩き出した吉田の後を、仲西は怒鳴りながらついて行く。


「あなたは!!勝負はどうしたんですか!?」


「勝負なんかどうでもいい!第一、この状況で俺1人でゴールしてみろ、あっという間に人心を失うぞ。それでは例えこのリレーに勝ったとしても何にもならん!」



・・・それは確かにそのとおりかもしれなかった。



その証拠に、桃を助けに立ち止まった仲西と、ゴール直前まで行きながら戻ってきた吉田に対し、他の生徒や観客から称賛の拍手がまき起こっていた。


体育祭会場は、時ならぬ感動の嵐に包まれる。


「それに、お前が勝負を捨てた時点で、魏団の優勝は消えたからな。今更勝負にこだわってどうする?」


その拍手に笑顔で応えながら、声を潜めて付け加えられた言葉に、桃も仲西もハッとした。

確かにこのまま、仲西と桃が同時にゴールすれば、呉と蜀は2位タイとなり、点数は2位の50点と3位の20点を足して2で割った35点となる。

吉田が1位をとったとしても、魏の得点は80点だ。

蜀との差は45点であり、現在の点数差の52点に7点足りずに、体育祭の優勝は蜀となる。


どの道、優勝できないのであれば、人心を得た方が“得”だと吉田は言った。



(・・・それは、確かにそうなんでしょうけど・・・)



桃を抱き上げる力強い腕は、限りない優しさに満ちている。


憮然として吉田の言葉を聞きながら、仲西もまた、素直じゃないなとボソッと呟いた。


「ともかく!何故私が旗持ちで、あなたが桃を抱いているんだ!?納得できない!!」


「年長者には、“花”を持たせるものだろう?」


「絶対、イヤだ!!」


喧々諤々(けんけんがくがく)と吉田と仲西が言い合った50mは、あっという間に過ぎた。

それでも律儀に仲西は、ゴール直前で地面に刺さっていた魏の団旗を引き抜いて3本一緒に抱えて、ゴールに入る。

今年度の体育祭最終種目の団対抗リレーは、魏・呉・蜀の3つの団が同率1位という前代未聞の結果となったのだった。




桃たちは、待ち構えていた仲間たちにあっという間に囲まれる。


「桃!!」


「大丈夫か!?」


「桃ちゃん!!」


理子は救急箱を抱えて走って来た。

文菜がタオルを敷いた上に、名残惜しそうに吉田が桃を降ろす。


「陛下!ご決断、お見事です!!」


「ご立派になられて・・・」


吉田と仲西も好意的に仲間たちに迎えられた。


そのまま、自分たちの団に戻ろうとする2人を、桃は慌てて呼び止める!



「吉田さん!仲西さん!!」



振り返った2人を、桃は見上げた。



「ありがとうございました!!」



心から桃は言った。


2人が大きく見えるのは、座った位置から見上げるだけが理由ではないと思う。


驚いたように目を見開いた2人は、同時に笑った。


「気にするな。」


「早く治せよ。」


そう言って、2人の君主は群臣を率いて去って行く。




桃は、その後ろ姿をジッと見送った。


「桃。」


「うん。」


「優勝おめでとうございます。」


タオルの上に座って、とりあえず理子から、痛めた足にテーピングを巻いてもらっている桃に、明哉が言葉をかけてくる。


「おめでとうございます!」


内山や利長、翼など他の仲間も次々にそう言って桃の前に、ザッと跪いた。


その様子を桃は、静かに見詰める。


確かに蜀は優勝した。

しかし・・・


「此度の勝利は、(ゆず)られた勝利だ。」


私は、何もできなかったと桃は、下を向く。

確かに勝利は得たが、50mもまともに走れず、何の力にもなれなかった自分を、桃は恥じていた。


そんな桃を、明哉は、それは違いますと諌めてくる。



「桃が、いた(・・)から私たちは勝てたのです!」



明哉は、きっぱりとそう言った。


「桃のために、私たちは精一杯戦いました!他の誰でもない、桃のためだからこそです!!桃以外の誰かが団長だったとしたら、私たちはこれほどまでに頑張らなかったでしょう。」


・・・いや、そこは、団長が誰でも頑張るべきでしょう?と桃は少し思う。


「それに・・・仲西にしろ、吉田にしろ、倒れたのが桃だからこそ助けに行ったのです!あの2人をあそこまで動かすことができるのも、桃だけです!」


桃がいなければ、蜀の勝利は有り得ませんでした!!と、きっぱりと言い切った明哉に、内山も他の皆もそのとおりです!と頷く。



桃は・・・ほんの少し微妙な気分になった。



(それって・・・困る。)



その人のために、絶対勝とう!と頑張れる存在や・・・

その人のためなら、敗けてもかまわないと思われる存在なんて・・・



(なんだか、物凄い重要人物ぽいんじゃない?)



そんな“重要人物”などに、なりたくない桃だった。



思わず眉間に皺を寄せながら・・・しかし、桃は、今はこの勝利を仲間と共に喜ぼうと思う。


純粋に喜びが湧き上がってくる!



「勝てて、嬉しいです。」



おずおずと・・・しかし、はっきり桃は言った。

その言葉と同時に、溢れる思いに思わず笑顔になる!!



「みんな!ありがとう!!!」



桃の言葉に、蜀団は弾けた!!


「うおおぉぉっっ!!!」


「やったぁっっ!!!」


「俺たちの勝利だぁ!!!」


大きな歓声が青空に吸い込まれていった。



その歓声を背中に聞きながら、吉田と仲西は静かに苦笑する。

今回は敗けたが、次は必ず勝つ!と両者とも静かに決意していた。




体育祭は、無事終了したのであった。

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