体育祭 18
呉軍は圧倒的大敗を喫した。
あの後、呉の陣地内で呉を挟撃した魏と蜀の騎士たちは、思う存分にそこで暴れまわった。
その攻撃は、なんとか態勢を立て直した荒岡が、仲西を守りながらフリー区間に逃げ込むまで続き、その後は各々まるで示し合わせたように魏と蜀は互いに互いの陣地へと進軍した。
桃たち蜀団は、魏の陣地に進み、吉田たちは引き返して蜀の陣地に居座る。
互いに相手の陣地内に陣取り、相手を引き込み、倒して、高得点を狙う作戦を展開したのだった。
当然、蜀も魏も、相手のその思惑に乗ったりはしない。
呉も既に攻め込む余力を残してはいないことから、戦いは膠着状態に陥ったところだった。
「どうする?」
いまだ上機嫌なままの吉田の質問に、城沢は肩を竦める。
「どうにもできないでしょう。今、叩くなら呉ですが、俺たちが呉を攻めた途端、間違いなく背後から蜀が攻めてきます。反対の立場なら、俺だってそうしますからね。蜀だってそれがわかっているから呉に討って出ない。かといって待ち構えている蜀に、こちらから戦いを挑んで、返り討ちにあって2倍の点数を与えるのは愚策です。幸い今現在、得点が一番高いのは我々なのですから、このまま時間切れを待つのが上策でしょう。」
吉田は、はじめて不機嫌そうな顔を見せた。
待つよりも打って出たい吉田である。
とはいえ、戦況は城沢の言うとおりだった。
今現在の得点は・・・
魏団・・・300点
呉団・・・80点
蜀団・・・280点
であった。
僅か20点差とはいえ、勝ちは勝ちである。
騎馬戦で1位の組には今現在得た得点の他に、100点が与えられる。
2位のチームは50点。
3位は0点である。
このまま終われば、最後のリレーを前に、魏団は2位の蜀団に60点以上の差をつけてトップに立てる。
リレーの配点が、1位80点、2位50点、3位20点であることを考えれば、このまま騎馬戦で勝った時点で、魏の優勝が決まるのであった。
騎馬戦の残り時間は、あと20分。
この20分が過ぎれば、魏の優勝だった!
危険を犯して打って出る必要性はどこにもないのである。
「むしろ、焦って出てくるとすれば蜀の方でしょう。」
城沢がそう言った時だった。
蜀の陣営に動きが出る。
「?!」
「・・・どうやら、焦って動き出してくれたようだぞ。」
酷く嬉しそうに、吉田が笑った。
それより少し前、翼はくどいほど明哉に説明を受けていた。
「いいですか?くれぐれも位置と人数を間違えないように。我々が勝つために必要なのは5人です。5人倒せれば、例えそれが全部Cランクの騎士だとしても、1人につき5点、全部で25点を得られて逆転することができるのです。」
「しつこい!!いくら俺が数学が苦手だってそれくらいの計算はできる!!」
明哉は疑わしそうだった。
もちろんその原因は、翼が騎馬戦の事前説明をよく聞かず、面倒くさい計算を全て名士任せにしたことにあるのだが、それにしたってくど過ぎるだろうと翼は思った。
・・・これから翼は単騎で魏に攻め込む。
一見無謀に見えるその作戦の、これは打ち合わせであった。
「あくまであなたは痺れを切らし、我々の制止を振り切って勝手に飛び出したという設定を布きます。我々は必死にあなたを止めますが、それは“演技”です。制止の声を鵜呑みにして立ち止まったりしないように!」
「俺をどれだけバカだと思っているんだ!?」
「バカをこの作戦に使うような真似はしません。」
至極真面目に言われる明哉の言葉に・・・翼は深いため息をついた。
「前世と変わらず、面倒な奴だな。」
ブツブツと言いながら、騎乗する翼に、利長と桃が声をかける。
「武運を祈る!」
「翼、気をつけて!」
翼は軽く片手を上げた。
「大丈夫。俺に任せておいて!」
ニコッと天使のような笑みを浮かべると、翼は一路魏団へ向かって馬を駆った。
利長の合図で、5将軍の残り4将軍が一拍遅れて翼の後を追う。
「益徳!戻れ!!」
「車騎将軍!お待ちあれ!!」
「無謀です!!」
「みすみす討たれに出るようなものだ!!」
口々に翼を止める言葉を叫び、追う彼らを振り切って翼は、魏の陣地へ向かう。
心配そうな桃の見守る中、その姿はグングンと遠ざかって行った。
「何だ?」
待ちに待った蜀の動きを面白そうに見ていた吉田が怪訝そうな声を上げる。
「・・・どうやら、張飛が暴走したようですね。単騎でこっちに突っ込んできます。」
蜀団の方を眺めながらの城沢の答えに、なんだと吉田は唇を尖らせた。
1人が相手では、戦にはならない。
「目障りだ。さっさと討ち取れ。」
「はっ!!」
吉田の命を受けて、数騎が翼めがけ駆けだして行く。
いくら張飛が優れた武将でも、たった1騎で自分たちに勝てるとは思えなかった。
しかし、その考えを彼らは直ぐに変えざるをえなくなった。
翼は、早かった。
人馬一体という言葉は、彼のためにあるのだろう。そうとしか思えぬ乗馬術を翼は披露した。
実は、今世の翼の家は競走馬の育成を行う牧場であった。そこそこ有名な牧場なのだが、馬の世話や調教は生半可な覚悟ではできないので、常に人手不足で困っていた。
そのため翼も小学生のうちから馬の調教の即戦力として家業を手伝っていた。
前世の記憶を取り戻す前から、馬の扱いに天性の才能を見せていた翼の乗馬術は、誰の追随も許さぬものがあった。
(いくら前世の記憶があっても、たかだか高校へ入って2〜3年馬に乗っただけの奴らに俺が捕まるかよ!)
見事な乗馬で、こちらの繰り出す武将の攻撃を躱した翼がグングン魏団の陣営に迫る!
堪らず城沢は、翼を迎え撃つ武将に加勢を出した。
自分に向かってくる魏の武将が5人になったところで、翼は一転逃げに入った。
敵わぬと見て逃げ出したのだと判断した追撃部隊は、翼を追い始める。
たった1騎にここまで振り回された魏の武将たちには、このまま翼を逃がすつもりはなかった。
「追え!!」
「討ち取れ!!」
「逃がすなよ!」
背後に聞こえる怒声に、翼はニヤリと笑った。
・・・翼は上手く敵を誘導していた。
あらかじめ明哉と打ち合わせた場所へと徐々に導いていく。
そこは蜀と魏の陣地にほど近い場所だった。
流石に追いかけてきた魏の武将たちも気づいて警戒する。
「深追いしすぎるなよ!!」
「陣地の外にでるな!!」
魏の武将たちは、油断なく注意をしあった。
しかし、それは遅きに失した。
未だ元々の蜀の陣地にいることから多少は安心して翼を追っていた魏の武将たちが、“その場所”を過ぎた途端、翼は大声で怒鳴った。
「今だ!」
「応!!」
何時の間にやらそこには、猛(糜竺)と不破(馬良)、西村(法正)の3人が集結していた。
5将軍や串田、戸塚といった攻撃力の高い武将と違いそれほどのマークを受けぬ彼らは、比較的簡単に移動が可能だ。
そしてこの3人は、悠人の指導の元、徹底的に弓矢の訓練を受けていた。
うかうかと翼を追いかけてきた魏の武将たちに雨霰と矢が降りかかる。
不意を突かれた彼らは、あっという間に朱液に塗れた。
まんまとおびき出すことに成功した翼が嬉々としてその様子を振り返る!
しかし・・・
「!?あ〜っ!!!」
翼は、悲痛な叫び声を上げた!!
5人を引き連れて来たと思った翼の遥か後方で、2人が無傷のまま魏の本陣に逃げ帰って行く姿が見える!!
なんと・・・翼は早すぎたのであった。
逃げる翼のスピードに着いて行けなかった2人の魏の武将が追撃隊から脱落していたのだった。
「何で5人いないんだよ〜っ!!」
これじゃ、明哉にバカにされるじゃないか!?という、なんとも情けない翼の嘆きが広い馬場に響き渡ると同時に、ホイッスルの音が高らかに鳴る。
騎馬戦が終了したのであった。




